これは中国人が設定した問題である。
問題自体に解が存在している。
中国人は優しい日本人の残酷が理解できない。
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日本人の優しさと残酷は皮一枚で繋がっている。
日本人には、一体化した残酷な優しさや優しい残酷がある。
中国人にはこれがないのだろう。
それが問題の設定から分かる。
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村上春樹文学は、優しさと残酷といった対象性を、
距離をとって、分離をよくした言葉として使う。
だから世界に受け入れられる。
だから日本では日本文学でないといわれる。
村上春樹現象が、日本の特質を示している訳だ。
若い人の世界は、言葉の対称性の分離をよくした。
だから異星人といわれる。
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これが分かると、靖国問題は、
感情衝動の違いが生む誤解もあることが分かる。
民族間差異のもっと高精度な理解が問題を処理するかも知れない。
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ある組織でその課の女性が全員辞めることがあった。
その課は皆仲良しだった。
その課の課長の特徴は、
上へのゴマすりがうまく、
それで課長になった男だ。
だから当然、彼に取り入るものは優遇し、
取り入らないものは冷遇する。
そこでうまくやるために、皆が無理して仲良しごっこをやっていた。
だから一見異常なほど仲良しだった。
当然この無理は、構成員に歪みを作る。
ここに押し出された、女性のリーダー同士が、
いじめ合いとなり、
一人が止めてしまった。
止めさせられてしまったのかも知れない。
これで無理して作られた仲良しごっこは終わった。
結局皆やめてしまった。
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日本世間はこのように作られているのではないか。
皆で無理して作った美しい日本は、
自虐史観といった突出現象を押し出し、
これで二分され、
異物排除システムとなる。
かくして殺し合いの日本となる。
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これがいじめやいじめ殺しであろう。
皆で仲良しになろうという。
この残酷な優しさが、やがていじめ殺しに反転する。
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美しい日本という考えは、残酷な優しさだ。
優しさと残酷は皮一枚で繋がっている。
だから優しさと残酷は、一体化し易い。
これがゼロ次元衝動、即ち一人称衝動の特性だ。
一点に見える感情衝動だが、
優しさと残酷という対象成分が、
楕円の芯のように、一つのフレームの中に芯が二つある。
衝動感情は、対称以前の、楕円の核関係にあるといえようか。
一方が強くなると他方が弱まり、
それが揺れ合い、どちらかに呑み込まれる。
これが日本人衝動力学であろう。
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人類の多くは、優しさと残酷を対称化し、
その対称距離を大きくとって、
容易に融合しないようにした。
日本人衝動感情は、皮一枚で繋ぎ、
容易に反転や融合が起きる。
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この特徴を自覚的に使えない。
それが衝動性であり、
思わず涙がこぼれるとか、
心の底から喜びが溢れるとの衝動現象を生む。
殆どの人類にはこの衝動感情がない。
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この衝動感情は、いじめ殺しの原因だろう。
優しさと残酷が一体化したいじめ殺しではないか。
だから国内ではいじめの世界となる。
このいじめ殺しは、世界の対立を殺す能力も持っている!
これが絶対矛盾の自己同一化能力であり、
それがいじめ殺しエンジンでもある訳だ。
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日本音楽は、対称分離をよくした西欧には受け入れられない。
中国や韓国で受け入れられるが、
衝動を受け入れるのでなく、
リズムやハーモニーに共振しているのではないか。