2009年5月 9日 (土)

勲章文学は扇動でる

昨年はノーベル賞に沸いた。
その人たちの人生を知り、更に感動した。

だがよく考えてみよう。
これで何が得られるのか。

そこには心も魂もない。
幸福や感動に心も魂もいらないのだ。

この結果どうなったか。
満足のない感動と幸福があふれ出した。

それを味わっている時は、感動と満足がある。
それを離れると、不満と退屈が襲ってくる。

そして人々は疲れ果て、壊れてしまった。

   *。
幸福と感動は心と魂を破壊するものだった!

トヨタは世界一の大企業になる機会を得た。
その感動と幸福に酔った。

だがその時世界経済は大崩壊を起した。
それに巻き込まれて、トヨタも大赤字となった。

幸福を感動を求めることは人として当然じゃないか。
だが神はそれを許さなかった!

*。
心と魂を生きろ。

感動と幸福は悪魔のお菓子であることを知れ。
これを食うと地獄に落とされるぞ!

世界の大破壊に再び神の声を聞いた。

     *。
世界に勲章が溢れている。

ここには偽の喜びしかない。

そこで味わう感動と幸福は、悪魔のお菓子でしかない。

現代は皆でこれを食べているのだ!

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2009年5月 8日 (金)

感情進化論

感情にいろいろの位相がある。

例えばMoebius感情系は、
国家を批判すると、非国民となる。
言葉単体の意味以上の意味がある。
だからダブルバインドが発生する。

モノポール感情系は、
国家を批判しても非国民とはならない。

ダイポール感情系は、
国家批判を礼儀上望ましくないとするが、
非国民とはしない。

*。
日本は民族としては、Moebius感情であるが、
そこの三種類が混在する。

モノポール感情&言語を獲得した人は、
反日・非国民・国賊・売国奴とされ、いじめ殺される。
だから表面には現さない。

*。
村上春樹文学は、モノポール感情言語系だから、
日本文学ではないとされる。

だが日本の批判をしないので追放はされない。

*。
日本語を中国は粘着語という。

一つの言葉にいろいろの感情がコピペされたいるからだろう。

日本文学は、ドロドロ・ベタベタ・ネチネチしているという。
即ち、すっきりしない・不満である・耐えられないという。

これがMoebius感情&言語系の特徴だ。

*。
源氏物語は天皇の不倫を書いたので、
戦前は国賊文学とされた。

紫式部に天皇の不倫を非難する意図はなかった。

正に一つの言葉や現象に、たくさんの感情がベタベタとコピペされる。
コピペを粘着と言い換えられようか。

      *。
言葉や文学だけでなく、絵画や音楽にもこれらの感情構造論が適用される。

*。
日本音楽は粘着語の世界であるから、
Moebius感情系であり、
日本画もそうであろう。

バッハの音楽やゲーテの文学は、
モノポール感情&言語といえる。

ベートーベンやセザンヌは、ダイポール感情系といえよう。
音楽に人の歓喜とか、絵画に祈りが入っている。

*。
ピカソやシェーンベルクは、
量子感情とかディジタル感情系といえるだろう。

武満徹の音楽は、ディジタル感情系だ。

*。
これらは脳の活性部位に違いが確認されよう。
あるいは左右脳の連絡に違いが見られよう。

    *。
これらの知見を得れば、
人や民族の違いを、脳の構造の差異と認識し、
違いにいきり立ち、暴力沙汰になることは避けられよう。

*。
ここに多様性の世界が開かれる。

即ち、違いを生きる世界だ。
現代人にその能力はない。
在来社会は同一性を生きていた。

多様性を裁くには、人間性が必要になる。
それが知性2.0だ。

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言葉の貧しさ

現代人は現代を書くことも考えること触ることも出来なくなった。

現代を語る言葉がない。
金があれば生きていける。
金がなければ生きていけない。
そんな世界を作って、人間能力が衰えてしまった。

*。
人類を苦しめ、
その本性を十分に実現することを妨げるような宿命的力、
他に類するものなき欠陥、
それは金で生きることである。

人間なら誰にでもある夢と希望、
それを利用して社会的に自己を実現した金権現代文明である。

世界は金なしに始まったし、金なしに終わるだろう。

*。
金権産業は、個々の主体の差異を消し去って、
金権を社会の機能に変えることに成功した。

金権産業に取り込まれた人は、
所得・欲望・消費に生きることを、
人間的なことと思い、
最早葛藤を覚えることなく、
脱人間化を、
幸福と感動として楽しむのだ。

*。
人類は夢と希望からなる。
それは夢と金が交換できる町を作り、
希望と金権が、信用貸しで両替できる町となり、
これを完全犯罪として成立させるために、
完全に不完全な法システムと用い、
それを新自由主義グローバリゼーションと上書きし、
その町システムは、
権力が生きるために、
無力を死に排泄する下水装置となった。

   *。
だがこれらの思想にしても、
人類の存在システムが負帰還構造でなければならないことを認識していない。

あまりにも言葉が貧しく、
現実を認識理解することが出来ないのだ。

*。
現代は人の思考能力を越えて進み、
人が時代についていけない。

それを国家権力が法を利用して、支配してしまった。

*。
これが現代の閉塞感であり、
そこに心が破壊される心の闇が出来、
それを生きねばならないとする。

生きることが出来ない、
それを生きてはならないことを、
国家と産業は、これを生き抜くことが人の道と規定する。

*。
これを書くことも知ることも触ることもできない。

言葉も思考も精神も現実に追い越されたしまった。
即ち、国家と産業に支配させてしまった。

この事実を認識しなければここを抜け出せない。
ここからの脱出を精神障害とする国家がある。

  *。
幸福と感動は悪魔のお菓子だった。

これを食って人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、
地獄と天国を自己同一化した。

*。
西欧理性はこの世界を作り、
この世界から脱出は不可能だ。

これを行う能力は日本柔道忍者にしかない。

即ち、天国と地獄の絶対的自己同一化を、
地獄と天国の負帰還システムに相対化するのだ。

するとそこに安定世界が現れる。

それは絶対的自己同一を、倒すことで作られる。
即ち絶対性が解除され、相対化される。

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2009年5月 7日 (木)

精神障害のパラドックス Asperger症候群は 同期現象である

皆が同じことを一斉に始める。
これは精神現象としては、Asperger症候群であり、
科学では同期現象として知られる。

タレントや殺人犯を日本人全員一致でいじめ殺す。

通り魔事件があっちこっちで起きる。

二世三世議員があふれ出してくる。

*。
例え話や笑い話を本気にする。

自分と他人の人格の違いを認めない。
皆同じでなければならない。

一人称衝動の特性は、同期にあることが分かる。

一人称衝動は多様性に対応できないことが分かる。

*。
流行は世界にもある。
これは同期現象だ。

テレビが少数タレントに占拠される。
これはマスコミの同期現象だ。

一人のタレントが、秒刻みで多用される。
マスコミの報道が全国同じである。

*。
これは自閉症スペクトラムであり、
科学的には同期現象だ。

これは一人称衝動系の特性だ。

皆同じになる。
これを精神障害現象と認識できない。
それが一人称衝動だ。

*。
精神障害みなでやれば、それが正常となる。

日本人の常識は世界の非常識である論理構造だ。

日本は妄想にあり、
だから異物排除を生きるのだ。

妄想はそうでないものを排除しないと成立しない!

     *。
Asperger症候群は精神障害現象だが、
こういう人と共存する世界が求められる。

そうしないと社会が精神障害となる。

精神障害のパラドックスは人類全体の問題だ。

*。
精神障害と共存できた時、世界は安定する!

実に正常とは異常を共存できることだ。
すると異常が問題にならない。

異常とは正常の調味料だった。

*。
病気の皆殺し、
これで医学は殺人組織となった。

対偶で読め、
これが知性2.0の世界だ。

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2009年5月 6日 (水)

死刑は発振である

殺人に死刑で殺人が増える。
即ち、死刑は正帰還であり、
すると死刑廃止は、負帰還であり、社会は安定する。

*。
死刑維持国の特性は、絶対国家である。

絶対国家は社会の安定でなく、
国家暴力を社会秩序としたことが分かる。

この国家秩序は、悪と暴力を増強する。
ここに社会秩序はない。

人を恐怖支配する。
これを国家秩序と上書きした絶対国家だ。

これは秩序であって、秩序でない。

*。
死刑は国家秩序である、死刑が言った。
即ち、死刑は殺人ではない、死刑が定義した。
即ち、国家は嘘つきである、国家が言った。

このパラドックスは国家を絞め殺す。

即ち、国家の死刑を国家秩序といっている!

*。
死刑は国家秩序を守る、
即ち、死刑は殺人を合理化し、
悪と暴力を強化し、
悪と暴力を国家秩序として隠蔽し、
国家の悪と暴力を正当化する。

即ち、死刑制度は国家を永遠に悪と暴力とする。

*。
死刑は殺人を強化し、
その社会に安定はない。

それでも人は生きていける!

国家に品質がある。

*。
死刑と刑罰は悪魔のお菓子であった。

これを食って国家は悪魔地獄となった。

*。
国家が死刑と刑罰を食った時、
国家は心と魂を国家から異物排除した。

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日本は 日本人なしに始まったし 日本人なしに終わるだろう

レヴィ・ストロースの美しい文型を関数とする。
文型のうちに変数部分にいろいろの言葉を入れることだ。

日本民族を苦しめ、
その本性を十分に実現することを妨げるような力、
他に類するもののない欠陥、
それは靖国の思想であろう。

日本人の深層意識における破壊と殺人衝動が、
日本人の夢である皇統一統思想を通して実現したのが、
大日本帝国であった。

世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう。

*。
ここに日本人の自己責任・自助努力・自己管理が、
自己否定・自己破壊・自己抹殺に終わることを知る。

この間に出来る美しい日本である。

日本は自己責任・自助努力・自己管理をシテに、
自己否定・自己破壊・自己抹殺をワキに、
幽霊劇をやっていた。

そこに大日本帝国が現れた。

*。
これは日本の魂か悪霊か。

魂の対偶=否定は悪霊だろうか。

大日本帝国は日本精神や大和魂で出来ていた。
それは万歳突撃や特攻のトートロジーであったのではないか。
少なくとも対偶であったといえよう。

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2009年5月 5日 (火)

善人なをもて往生をとぐ いはんや悪人をや

対偶文を作ってみよう。
善人は悪人、悪人は善人となる。

神とか道徳は、善を偽装した悪である。
現に神や道徳を国家基準とした社会は、悪魔社会を作った。

殺人を禁止した国家は、
殺人自由の悪魔国家となった。

    *。
殺人に死刑の国家倫理は、
国家を殺人組織とした。

*。
日本の一部は戦争裁判を認めない。

では日本が勝っていたら、英米のトップを野放しにしたか。
それはありえない。
英米を死刑にするために戦争をしたのだから。

ここに絶対国家の支離滅裂がある。

*。
絶対国家は神であり、
神として反対者を断罪リンチする。

これが死刑制度の実体だ。

   *。
日本民族は皇統一統の天孫民族だ。

するとオウムのような人が何故生まれるのか。
そしてどういう根拠で死刑にするのか。

*。
天皇の子孫にも悪党がいて、
更に殺し合いまでする。

皇統一統ということはないのではないか。

皆死ねば神になるのであれば、死刑にすることは無い。
わざわざ殺すことはない。

何故死刑にするのか。
それが皇統の証か。

     *。
善人は悪人であり、悪人は善人である。

悪人の方が国家を思っている。

善人が悪をやらせ、社会の混乱を整理させたのではないか。

悪をやったのは悪人だが、
それを望んでやらせた善人ではないか。

*。
善人が天国にいけるなら、
悪人も天国に行くことは言うを待たない。

即ち、善人は地獄に堕ちるのであり、
天国に行けるの悪人だけだ。

即ち、日本の役人は天国に往生し、
善人下々は地獄に堕ちる。

*。
天国は地獄、地獄は天国。
そう解読すると善人は納得がいく。

贋物善人と本物善人の二種類があった。

これが知性2.0の世界だ。

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2009年5月 3日 (日)

真実は偽善と欺瞞の幽霊劇にある

幸福といった偽善と真理といった欺瞞において、
幸福をシテとし、真理をワキとし、
ここに幽霊劇の能をやると、
そこに真実という幽霊が発生する。

ここで金や権力はサブパラメーターであり、
これを目的とすると、幽霊は悪霊となる。

幽霊が魂である時、能は悪事とならない。

*。
法治国家や産業文明は、魂を発生する能でなければならない。

それが今悪霊を発生している。

それは金をシテとし、権力をワキとするからだろう。

源氏物語では、権力がシテであり、権威がワキであった。

秀吉は、金をシテとし、権力とワキとした。
これで日本は壊れ、国家は悪霊発生装置となった。

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真理と事実の間に立つ幽霊としての真実

自然から真善美を抽出して、
現世に真善美の世界を作ると、
真善美を否定する世界が生まれる。

言葉や意識に次元で、真善美は存在するが、
これが現実の次元に展開すると、
真善美で無い世界が現れる。

*。
偏差値教育の世界では、
何でも分かっているように偽装されている。

これに頭が慣れ、
そういう頭が出来ると、
この頭の中に現実を引き入れる。

これは既に現実ではない。

この空想世界では、所得・欲望・消費が自由に出来る。

だがそれは自然世界の破壊である。

*。
自然から真理を抽出することと、
真理で自然から何かを作ることの間に、ヒステリシスがあり、
ここに公害が発生した。

自然から真善美を引き算し、
これを自然に足し算しても、
自然は保存されず、
破壊されてしまう。

*。
真善美を実行すれば、自然は破壊されないはずだった。

どこの間違いがあったのだろう。

何でそれに気づかなかったか。

真善美は空想だった。
その中に空想でない事実もあった。

だが真善美は空想だった。
遊びだった。

*。
産業文明は自然を壊し、自然から物を盗むことだった。

自然を壊さず、盗まない産業が必要になった。

そうしないと産業はガンとなり、
人は生きられない。

*。
自然と健全な関係が、負帰還関係である。

今それをしなくてはならない段階になった。

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現在を生きることは 未来を生きることである

過去を未来としてきる統合失調症であり、
過去を現在として生きるうつ病であり、
過去を過去として生きるてんかん質かもしれない。

現在を未来として生きる情報時代ではないか。
まともな考えはここにしか生まれないのではないか。

*。
実存がスターリンになることは、
現在を過去で生きるからではないか。
その結果うつ病になった。

即ち、人は絶対国家に生きるものだ。

出来ないことやありえないことをやっているのだ。
その結果、精神障害を起した。

*。
現存在がヒトラーになるのは、
過去を未来として生きることでないか。
その結果統合失調症になった。

即ち、死は生の存在不可能な可能性である。

即ち、全滅に万歳突撃する。
精神障害を起した。

  *。
アメリカ現象は、未来を過去で生きることではないか。

即ち、金と物と力で生きる。
これが過去と現在と未来の共通点だ。

過去と未来をショートしたアメリカであろう。

ここのは過去も現在も未来もない。
それらが同一化した。

即ち、金と物と力で生きる。
これは過去と現時と未来を短絡した現象だ。

この核融合に、アメリカ・パワーが発生する。

これがアメリカ・バブルであろう。
そこには生命はない。

    *。
科学理性は、生命を粉砕し、かけらとした。

それらを集めても生命にならない。

生命を死んだかけらとして生きる。

これが法治国家産業文明だろう。

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世界は自閉症である

自閉症の特徴は、褒められればいい人であるが、
叱られると変な人になることだ。

アメリカでは自閉症対策教師が養成され、
褒めるだけで、叱らない教育がなされる。

叱らなければいけない場合も、叱らない。
誰でも出来ることではないし、
これでは社会は困る訳だ。

だが叱ると、もっと困ることになる。
困ることを最低にする処理が必要になった。

*。
靖国神社は日本自閉症を守る神社かも知れない。

靖国を称えればいい人であるが、
靖国を非難すれば、
反日・非国民・売国奴・国賊と反撃する。

靖国を叱れば、社会が混乱する。
こういう人たちとうまくやらなくてはならない。

*。
即ち、彼らとうまくやるためには、
叱らず、褒めるしかない。

靖国を受け入れない人も、
靖国を認めなければならない。

即ち、間違っていたとしても、受け入れる。

*。
人を困らせることで、受け入れさせる。

これはお上の方法だ。

これはお上が自閉症である証明だ。

これに国民は褒めることで対応する。

困ることでも褒める。
そうしないともっと困ることになる。

困ることをより低くする。

これが日本人の生き方だ。

    *。
この結果、日本人は何時もすっきりせず、
不満で耐えられない状態を生きている。

ネチネチ・ベタベタ・ドロドロと生きているのだ。

これが日本だ。

*。
これが自閉症との共存の生き方だ。

そう考えると、日本は世界の最先進国ではないか。

だって世界はこのような生き方をしなければならないのだから。

そうしないから犯罪や戦争の世界になるのだ。

*。
自分が正しいとし、相手が間違っているとすると、
それが正しくても、世界は混乱する。

  *。
日本人はお上の自閉症とはうまく付き合っている。

だがお上は国民の自閉症を許さない。

そこでお上日本は大虐殺を繰り返している。

*。
国民はお上の自閉症と共存しているが、
お上は共存できない。

即ち、神に立場に立って、自閉症を断罪リンチする。

かくして日本は世界から浮いてしまう。
即ち、世界から断罪リンチされる。

*。
考えて見れば、西欧も一種の自閉症だ。

しかも自分は正しいと喚く。

    *。
皆自閉症の場合、人はどう生きたらいいのだろうか。

悪と暴力を生きる。
犯罪と戦争に明け暮れる。

それが人類に現状だ。

その原因は皆が自閉症にあることだ!

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2009年5月 1日 (金)

ポストモダンの偽善と欺瞞の演技

ポストモダンは、
Goedelの不完全性定理と科学を用い、
その偽善と欺瞞を強化し、隠蔽し、正当化した。

即ち、ポストモダンはインチキとデタラメの帝国である。

*。
こんな類の主張がある。
この主張は間違いであるか間違いでないか。

これは決定不能である。
ただ一つ正しいことは、人間はこの程度だ。

人は分けの分かんないこと生きている。

*。
そこで日本人は言った。
だから金だ、金だ、金だ。
金さえあれば間違いない。

だがそこに生まれた、
強者が生きるために弱者を殺して食う社会だ。

それが人間の世界でしょう。
何か文句あるか。

それはないでしょう。

だからお前らは、食い物にされるのだ。

悔しかったら、強者を殺せばいいじゃないか。
それが出来ない腰抜けどもの戯言だ。

こういう訳で、人類の世界は悪の帝国であった。

*。
これでいいんですか。

良くも悪くもない。
それしかない。

こういう人が現世を支配した。

    *。
人類はいいか悪いか決定不能の世界にある。

ただ一つ正しいことは、人は生きなければならない。

だったら死んでしまえばいい。
こういう人が現れた。

お前ら死ぬことも出来ない腰抜けだ。

*。
袋小路に入った。

ここでは悪魔が支配する。

これが人類の程度であった。

これが理性帝国主義の世界だ。

*。
生きるべきか、死ぬべきか。

今第三の世界が発見された。

そういう世界で幽霊を演じる。
メタ世界があった。

それは日本のイマジネーション世界であった。
源氏物語や芭蕉の世界だ。

*。
理性とイマジネーションが、交わった。

知性をシテとし、感性をワキとする能の世界だ。
生と死から作るメタ生の世界だ。

考えた見れば、大昔から人はこうであった。

それは金と快楽で失った世界だ。

    *。
金と快楽の楽屋があり、知性と感性の舞台があり、
この構造はバイアスと信号の関係だ。

つまりこれがメタ世界だ。

昔からあったが、新しい世界に再発見され直された。

新しいバージョンに上書きされた!

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現実の喪失 人類は過去を生きている

国家と産業にマスコミ・言論界・学界が処理しているのは過去の問題だ。

過密化し高速化した世界は、
問題を認識解決することは、過去を生きることになった。

現在を生きながら問題処理は過去を生きることだ。
現代人は現実を失った。

現実は予測し推測し洞察することでしか対応できなくなった。
現実とは創造的にしか出会えなくなった。

世界は予定調和的決定論的に対応できなくなった。
即ち、現実は確率統計的、即ち推測的創造的にしか対応できない。

*。
自己実現といっていることは、
現在に自己はなくなったことを言っている。

自己を将来に創造的にしか出会えず、実体化できない。

現在の自己を処理しては、
処理した時既に過去の自分でしかない。
ここの現在を失い、
自己の亡霊を生きるのだ。

    *。
国家と産業とマスコミが対象にするのは、過去であり、
これで金と権力を得られても、
それは過去と生きるのであり、
そこに現在と現実とない。

人々は過去の奴隷となり、現在の家畜となった。

*。
これが閉塞感と心の闇の正体の一部でもある。

過去に閉じ込められ、生きることを失った。

過去を生きることが閉塞感の正体であり、
現在を失った心の闇が、
人々を発狂させ、
悪と暴力を生きることを強要する。

*。
これが医療過誤であったり、
事故事件や教育問題や経済の崩壊でもある。

現在がない→過去を現在にしてやる→金と快楽を出せ。

ここに生きられるが、生きてはいない。
生きることを偽装している。
これが偽善と欺瞞、
即ち閉塞感と心の闇の生き方だ。
即ち、現実を失っている。

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2009年4月30日 (木)

文化と文明の品質

東洋は自分を痛めつけて、心の根源に到達した。
高度の人格はあっても、人間性はなかった。

西欧は弱者の哀しみを知り、人間性に達した。

*。
だが世界は犯罪と戦争に溢れている。

これは愛と違う問題であることが分かる。

*。
人は善と悪の二気筒エンジンで、
善を燃やせば、悪を排気するのかも知れない。

すると正に低公害化の段階になった。

それが最適化であり、負帰還だとすると分かりやすい。

*。
犯罪は個人でも出来るが、
戦争は国家や組織がやることだ。
更に国家の犯罪が出てきた。

*。
少なくも世界認識の精度は上がった。

戦争と犯罪は次元や位相が違う。
これを一緒くたにして、問題化不能にした。

愛だけでは戦争がなくならない。
いやそれが引き起こす戦争があるようだ。

この違いは知性2.0で見える。
検討可能の段階に到達した。

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虐げられたものは幸いなるかな

西欧文化と日本文化の違いを一言で言えばなんだろうか。

日本には虐げられ物は幸いであるという思想がない。
日本のお上文化が弱いものの悲しみを知らず、
弱者を平気で殺せるのは、
エリートの知性や感性に弱者の気持ちがないからであろう。

*。
だが源氏物語は虐げられた人ばかりだ。

光源氏は世間的にはスーパーエリートだが、
母親を殺され、絶対に天皇になれない地位に貶められ、
男の激しい嫉妬と殺し合いの政権の場にいた。

紫の上は、父親知らずで、
幼児期からお寺に預けられ、
四歳にして光源氏に拉致監禁された。

そういえば誰だって虐げられている。

*。
だが弱者は、強者に殺されて食われるだけで、
その逆は出来ない。

キリスト教文化は、弱い人に生きる喜びを与えた。

だからといって、西欧文化が何から何までいい分けではない。
西欧全体は、殺戮と略奪の文明だ。

その中に、愛がある。
餓死しそうな人がいると、それを助けに来る人がいる。

日本では、餓死する人が絶えない。
国の役立たずは死ねといわれる。

*。
そんな違いが何だって言うのか。

お上文化は、少子高齢化で破産した。
たくさんの人を殺してしまう。

エリートの感性や知性にそれは当然のことだ。
それを自己責任という。

そこに作った豊かさだ。
それは豊かさかそうでないか。

豊かな人には豊かで、豊かでない人は豊かでない。
それを自己責任・自助努力・自己管理という。

そこには人間性がない!

源氏物語にもそういう問題がある。

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世の中逆さに見てみよう

女子高生とすれ違った。
「男の子をいじくって、いためていたら…。」

小学生の女の子が大勢で遊んでいた。
大声で一斉に叫んでいた。
「分かれましょ。別れましょ…。」

*。
ふと頭によぎった。

ベストセラー作家は、
たくさん売れて、金が入って、有名になって、はしゃいでいる。

手前ら、痛めつけられ、いじくられているのが分かんねんだ。

人生分かったような口を利いて、
物笑いの種になっているのが分からないのだ。

お前らなんて、ただの紙くず、ゴミ、
捨てられるためにある。

有害粗大ゴミだ。

あぁ、イタ気持ちいい。
お前らのおかげで、人生楽しませて貰っている!

*。
お上日本のお偉い先生方よ、
お前ら捨てられるためにあることが分からないのか。

国の金を盗み、国を壊して威張っている。
金と権力で腐食したお前さん方よ、
その生き生きした姿は、畜生以下だ。

畜生・鬼畜・餓鬼動物園、
パンダまでいる、
五千兆円で買ってもらった積もりかよ。

放り出す喜びが大きくなるように、
こっちも頑張っている。

*。
女子高生は、未来の創造者である。

少女は、その未来の預言者である。

*。
これがインチキ・デタラメの中の真実かも知れない。

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2009年4月29日 (水)

感動小説はピカレスクである

アメリカを破壊したのはハリウッドとディズニーランドである。
大統領は、国民に選ばれその代行をしたに過ぎない。

人をいい気持ちにして、金をむしり取り、
脳みそ壊して、
現世を悪党に丸投げさせ、
社会を破壊した。

その犯人は感動物語である。

*。
日本では秀吉の草履伝説により、
すっかりいい気持ちにさせられ、
かくして悪党に現実を丸投げし、
人々は悪党から金を貰って生き、
かくして現実は悪の世界となった。

*。
感動小説はピカレスクでなく、
ピカレスクそのものであった。

悪漢や悪党は、
人をいい気持ちにして、
脳みそ壊し、
悪党に現実を支配させ、
人と社会は悪党の餌食とした。

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閉塞感と心の理論

外部に閉じた自己や組織には、心はない。
だが衝動や感情はある。
これを日本精神とか大和魂と上書きできる。

だが心は自分と他人といった違うものの世界の共通部分として成立する。
即ち、自己オンリー部分と自他相互作用の二つの部分がある。

*。
友人や恋人関係、夫婦や家族関係は、閉じた関係だ。

そこには心はないか。

極端な話、一夫一婦制には心はないか。

恋人が浮気することは認めないことが一般だ。
この関係に心はないか。

  *。
今恋人DVが話題だ。
相手を所有することは暴力である。

お互いが相手を所有することが恋人関係でなくなった。

所有は自己と相手を同一化することだ。
するとそれ以外の他者も入って来る。

*。
かっては結婚するまでは、純潔と童貞を要求された。

今でも結婚したら浮気は離婚原因となる。

ここに心はあるか。

*。
結婚しない男女同棲も行われている。
これを制度として認めた国もある。

*。
異性間の一体化と所有感情の関係が、整理されていない。

整理できる問題でもないのかも知れない。

あいまいや不確定性関係を生きることになったのかも知れない。

すると心はどうなるのか。

       *。
あいまい系の生き方こそは、能であろう。

制度というシテ世界と心のワキ世界があり、
その間に幽霊劇を演じる。

それが真実の世界だ。
これが現実だ。

即ち、心の深層に、真実があった。

      *。
制度は地上の世界で、心は地下世界で、
その更に根底に真実世界があった。

地上は舞台で、地下が楽屋で、
そこに真実の世界を作る。

これが幽霊の世界であり、
即ち、生きることは幽霊劇をやることとなった。

*。
自己実現とか、自己責任とかは、妄想になった!

ウソの中の真実が妄想にならないことが、まともとなった。

判断は信念となった。
ここに誤信の問題が現れた。

信念が誤信かどうかのチェックが必要になった。
これがメタ判断だ。
それは幽霊として現れる。

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国家や文明に心がないことの証明

心の理論で心とは、
1.自分と他人の違いを認める能力を持つ。
2.他人は自分と違う信念を持つことを認めることだ。

心の理論を使うと、
教科書問題は、
他人は自分と同じでなければならないとすることであり、
他人はすべて自分と同じ信念を持たなければならないとすることだ。

即ち、自分と同じ信念を持たないことは誤りであり、
自分を冒涜するとすることだ。

*。
アメリカは自由と正義を言い、
日本は美しい日本を言う。

あらゆる人や国がこれと同じでなければならない。

同じでないものは、
神の立場に立って、こっちを断罪リンチするとして、
神の立場に立って、あっちを断罪リンチする。

自分たちだけが相手を断罪リンチ出来る。

*。
即ち、自分と他人の違いを認めず、
他人は自分と同じでなければならない。

即ち、心がない。

    *。
日本人は皆同じでなければならない。

違うものを、神の立場に立って断罪リンチする。

これがいじめ殺しであり、
犯罪者やタレントの問題行動を、
日本人皆でいじめ殺す。

こうしないものは非国民であり、
彼らにも断罪リンチする。

こうしないと美しい日本は成り立たない。

これを成り立たせようとした総理大臣は精神障害を起した。
元気を無くすか、チョー元気になるかどっちかだ。

*。
これが美しい日本であり、
自由と正義のアメリカである。

即ち、日本とアメリカには心がない。

 *。
もともと国家や文明には心がない。

人がやるのだから、人の心が継承されるはずだ。

だが現実は人の心の最悪部分が継承されている。
即ち、死の本能が強盗殺人として継承された。

*。
国家や文明は強盗殺人である。

国家や文明は、それに反対するとみなすものを、
異物排除しないと成立しない。

かくして反対者を、悪と暴力をもって排除する。

かくして国家や文明は、
悪と暴力を強化し、
その使用を正当化し、
国家と文明は悪と暴力となる。

*。
国家と文明、自由と正義、美しい国は、
悪と暴力そのものであり、
それ以外の何物でもない。

*。
即ち、国家と文明、自由と正義、美しい国は悪魔のお菓子であった。

これを食って、人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、
悪魔地獄を作り、そこに幸福と感動を求めるのだ。

即ち、ここには心がない。

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2009年4月28日 (火)

閉ループは Moebiusであり自己完結であり発振である

自立は、必要であるが、悪でもある。
即ち、パラドックスであり、
だから自立を求める少年は、世界にこれを破壊され、
この破壊された自己を生きる大人となる。
これが幽霊自己であり、真の自己だ。

自己は閉ループであり、
それは社会と関係できない。
即ち、閉ループ単位として自己を作り、
この組み合わせとして社会を作る。

これが青年期統合失調症であろう。

*。
人は一時狂い、
これを修正して社会自己と成る。

この一時的発狂を認めないことで、社会は発狂した。

これが文句言わせぬキチガイ国家だ。

これを破壊して幽霊国家となる。

*。
国家にしても個人にしても、一時的発狂が必要だ。

これをさせない絶対国家であり、
即ち、キチガイ国家だ。

絶対国家が壊れて、幽霊国家となった時、
それが大人の国家だ。

現代人は子供の国家を生きている!

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夏目漱石は翻訳可能か

日本では漱石評価は二つに割れている。
すばらしいという人と興味を示さない人だ。

感情や言葉に、Moebius系とモノポール系がある。
例えば紫式部が天皇の不倫を書く。
ただそれで終わるのがモノポール系だ。

だがそれは天皇や日本の冒涜であり、
紫式部は陰険な性悪であり、ブスのめかけだという人々がいる。
これがMoebius感情&言語系だ。

モノポール言語&感情系では、
不倫は不倫で終わり、国家の冒涜まで行かない。

*。
すると漱石文学は英語訳不可能となる。

Moebius感情は、モノポール感情に変換できないからだ。

そしてモノポール意識には、この事情を理解できるが、
Moebius感情はこの事情を理解できない。

*。
即ち、Moebius感情系は、
神の立場に立つことができ、
天皇の不倫を書くものを、断罪リンチする。

これはモノポール言語に立てば、妄想でしかない。

*。
このような言語系による誤解が世界を横行している。

システムとして変換不能だが、言葉で対応し誤解が生まれる。

言葉で違うものが同じに見える。
言葉で同じものが違うものに見えない。

*。
これが多様性だ。

人の言語系は、違うものと共存できない。

それを知って調整できる文化と、
それを知ることができず、調整できない文化がある。

しかしそれらが共存しなければならない。

*。
日本では分かるものが分からないものに合わせる。

西欧は分からないものを厳しく育てる。

それで世界はうまく行かない。

*。
だから互いに負帰還関係にする。

それの出来ない文化には出来る文化がワキをやる。

即ち、いろいろの文化が能を演じ、
人類文化という幽霊文化を作る。

即ち、負帰還能を演じ、幽霊人間を創造する。

ここに地球社会2.0が成立する。

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2009年4月27日 (月)

愛国厳罰の対偶は いじめ殺しである

日本はいじめ殺しを国家原理としている。

人情世間体は、いじめ殺しに成り立つ。
即ち、人情世間体の対偶は、いじめ殺しである。

美しい日本はいじめ殺しシステムである。

これらは対偶文であり、
善悪対称性の言い換えである。

*。
どんな国にもいじめ殺しがある。

その割合が問題だ。

日本では愛国心といじめ殺しがショートしている。

即ち、幸福と殺人がMoebius構造である。

即ち、日本の幸福と繁栄はいじめ殺しにある。

*。
即ち、日本エンジンは、幸福と感動と破壊と殺人である。

この四サイクルエンジンであるといったらいいだろうか。

日本人の世界は、この交流信号であるとも言える。

*。
すると国家には、高公害エンジンと低公害エンジンの二つがあるといえる。

日本は幸福と殺人の二気筒エンジンといえるかも知れない。
即ち、これが爆発と排気となっている。

   *。
すると国家には、強盗殺人で幸福と感動を作る高公害国家と、
四サイクルを実効値化した、低公害国家がある。

そして今幸福も殺人も、両方同時に相殺して消す最適化法が現れた。

これが絶対矛盾の自己同一化である。

即ち、静かに落ち着いて暮らす。
これが登校拒否とフリーターだ。
即ち、魂を生きることだ。

今自動車もテレビも要らない生活が出来るようになってきた!

これを人間と文明の成熟と言わずなんというか。

国家権力は、精神障害者という!

*。
さて国家が精神障害か、登校拒否とフリーターが精神障害か。

決定不能証明不能だ。

登校拒否とフリーターを精神障害ということは、無矛盾だ。
だがそれは実証できない。

何故なら、国家が精神障害だからだ!

*。
念のためにナッシュの均衡理論を適用しよう。

国家が最大の利益を得る戦略は、
国民と国家を破壊する戦略である。

何をやっているのだろう。
国家のリストカットであり、自殺である。

国家は死ねないので、
国民を殺し、国家を破壊して、国家を実質的に消滅する。
これが国家や文明の自殺だ!

今現代はこのドラマを目前で共体験している。

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2009年4月26日 (日)

エンターテインメントの対称構造 

エンターテインメントは、絢爛豪華と破壊殺戮の対象構造である。

娯楽産業は、人の世界を絢爛豪華と破壊殺戮に切り裂いた。

人はここに偽善と欺瞞の演技を生きることになった。

*。
ここに娯楽産業を生きることになった人類は、
絢爛豪華と破壊殺戮に切り裂くことを、
人間的なことして、
何のためらいもなく、
楽しく消費する。

この結果、人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、
悪魔地獄に感動と幸福を作る。

*。
エンターテインメントは、悪魔のお菓子だった。

これを銜えた人類は心と魂を捨ててしまった。

そこに出来た悪魔地獄である。

*。
その回復運動が、登校拒否とフリーターである。

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嘘は戦争の始まり

ヒトラー論法が指摘されている。
バターが足りない、
経済が活況となり、中産階級が大きくなり、
生産が間に合わないのだ。

最近では、
イラクに大量破壊兵器がある、
イラクはテロリストの供給基地だ。

これで戦争が始まった。
そんなものはなかった。
だが開戦当事立証されなかった。

  *。
日本では虚偽犯人事件が後を絶たない。

警察が証拠を偽造し、拷問で自白させる。

裁判官は言う。
国を守る警察官がウソをつくはずがない。

犯罪をやっていないものがやったという訳がない。

*。
立証できない嘘は事実である。

国家権力は立証できないウソの塊である。

  *。
最近では、国際競争に生き残るために、
労働自由化が必要だ。

企業の都合で、労働者の雇用は自由にしなければならない。

*。
その結果、日本経済は、アメリカの崩壊で世界最大の損失を出した。

労働者の被害を守ることが、経済の安定性だった。
そこに経済の自立があるから。

つまり労働自由化は、輸出だけで生きる国家を作った。
即ち、アメリカに命を預けた。

日本の中に市場を作らせなかった。
市場なき国家が生まれた。

強制連行労働が生まれた。
即ち、労働自由化は、国内市場を作らないことだった。

即ち、アメリカに強制連行させることだった!

   *。
立証できない嘘は事実である。

だが知性2.0は知った。
国家の主張の対偶が事実である。

*。
大量破壊兵器を持つのはアメリカだ。

テロリストの基地はアメリカだ。

*。
日本国は犯罪国家だ。

日本人は国家に強制連行されている。

*。
どうしてこうなるのか。

人類文明は悪であることで生きているからだ。

世界の国家の主張が皆悪であることがこれを実証している!

   *。
悪と暴力が人類の生きる資源だった!

人類は悪と暴力を製造販売消費する組織だった!

現実がこれを実証した!
それがアメリカの崩壊だ。

*。
人類は行き詰った。
悪と暴力で食っていけなくなった!

神の審判だろうか。

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靖国に対するレヴィ・ストロース視点

人間集団を苦しめ、
その本性を十分実現することを妨げる宿命的力、
他に比するもののない欠陥、
それは孤立してあることである。
レヴィ・ストロース

*。
仏教圏では、唯我独尊である。

それを世界から孤立してあることとすれば、
西欧とは全く異なる世界である。

これは東洋に起きた問題を説明するのではないか。

東洋は仏教によって苦しめられ、
その苦しみに悟りを開いていい気持ちになった。

その結果現世は悪に丸投げされ、
悪のやりたい放題の世界が出来た。

これを国家秩序という。

本末転倒と言えるかも知れない。

    *。
村上春樹文学はこのようなものではないか。

これが西欧に浸透している。

これは西欧を内部から破壊する仕掛けになりかねない。

これが日本の柔道忍者かも知れない。

白人帝国を内部から破壊する!

    *。
人類文化の多様性に西欧も対応していない。

仏教はこれを排除しているのではないか。

*。
一方仏教は非暴力宗教とされる。

世界を排除しておいて、すべてをありのままに受け入れる。

地獄に仏とは、よく言ったものだ。

その地獄は自分で作っているのではないか。

*。
西欧も生きていくために暴力を認める。

これが正義だ。

  *。
どんな文化もパラドックスに幽霊を作って生きている。

この幽霊を人類が受け入れるかどうか。

人間が受け入れる幽霊が求められる。

*。
現状では、お互いが神となって、断罪リンチしている。

日本は世界の純粋培養器だ。

*。
神となった幽霊は神か神でないか。

ただ一つ正しいことは、それは幽霊であることだ。

すべての神は孤立した幽霊だ。

これは神を消点とすれば、物の怪とはならない。

神を実体として、それは悪霊となった!

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イスラムは 何故理解されないか

簡単な思考実験シミュレーションしてみよう。

イスラムや東洋は直流アナログ系とし、
西欧を交流ディジタル系としよう。

*。
もう一つ注目する点は、
西欧は聖と俗が切断されている。

イスラムはこれが切断されていないと見ることが出来る。

東洋も儒教が生活に組み込まれ、切断が十分でない。

つまり聖と俗の点では、
イスラムも東洋もMoebius構造だ。

この点、西欧はモノポール化している。

*。
ここで簡単に言えることは、
イスラームは西欧に翻訳できない。

こう仮定すると、
世界は金と力でしか関係できない。

そこで関係できない部分は、
それぞれの文化にテロとなる!

*。
これを知れば、
双方が問題をテロにしないように関係し運動しなければならない。

これができないことは、自己中毒だから。

*。
これらの考えは精度が悪いが、
一応問題の構造は認識理解できる。

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2009年4月25日 (土)

パラドックスは 能である

すべての日本人は嘘つきである。
日本人が言った。

嘘つきであるといったのが、シテである。
それはウソであるといったのが、ワキである。

この舞台に現れる幽霊が、真実である。

*。
嘘つきであるといって、自分を考えないシテである。

それがウソであることを示すのがワキである。

ここにゲーデル幽霊が現れる。

ここに真実を見るのが観客である。

*。
即ち、決定できないことの中に、
ただ一つある正しいことを見る。

これを見せるために、決定不能の舞台が必要で、
ここの現れる真実は、観客だけが見る。

これがウソの中の真実であり、
人はこの世界を生きる。

するとここに魂が現れる。

*。
これが人の生き方である。

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いじめ殺しで作った快楽は快楽か

感動を求めるのは、不快な現実をいじめ殺すためである。

このいじめはいじめか。
ここに得る感動は、感動か感動でないか。

これはパラドックスではない。

*。
これは絶対インチキ、完全デタラメだ。

だが日本人には誰もが必要だ。

そういう生き方をしているからだ。

これが偽善と欺瞞の演技だ。

*。
誰だって金が必要だ。

そのためには詐欺恐喝、ゆするやたかりは必要だ。

これが人間だ。

だが世界にはこう開き直る民族と、
それを苦しむ民族がある。

お互いにあまりにナイーブだと非難しあう。

    *。
感動と幸福こそは、
不快を不幸を殺す悪と暴力を強化し、
悪と暴力を不問として隠蔽し、
かくして悪と暴力を感動と幸福を得る正当な手段とする。

かくして感動と幸福は、悪と暴力となる。

*。
即ち、感動と幸福いは悪魔のお菓子だった。

これを食って、人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、
悪魔地獄に幸福を感動を求めて生きる。

*。
殺されても心を生きるか。

即ち、恐れなき冒険か無か。
これはヘレン・ケラーの言ったことだ。

恐れなき冒険者、登校拒否とフリーター!

彼らを精神異常者とする国家は、
彼らの寄生虫となってしまった!

   *。
俺はジャンク・ジャック、
恐れなき冒険。

俺はジャンク・ジャック、
自由の精神。

俺はジャンク・ジャック、
打ち負かされない力。

俺はジャンク・ジャック、
神に栄光あれ。

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2009年4月24日 (金)

生と死の間のメタ生

生をシテとし、死をワキとする能において、
そこに現れる幽霊が真実の生である。

生にことはリアル生とメタ生があり、
これが混乱し生きることを失っていた。

死んだ生があった。
死に体の生というと分かり易い。

生に生き体と死に体があった。

*。
現代人は死に体の生を生きていた。

成功とか幸福を生きると、生は死んでしまう。

幸福や感動は、生を死に体に引きこもらせ、自閉させてしまう。

これが閉塞感の正体であり、
感動と癒しこそは心の闇そのものだった。

*。
心の闇に感動し癒されていた。

死に体の生に自閉させることが閉塞感の正体だ。

  *。
生き体の生は、幽霊であり、
消えては現れ、現れては消える。

それが生きている証だ。

*。
生物的生をシテとし、物理的死をワキとして、
そこの現れる幽霊としての生が、真実の生だ。

事実としての生と、真実としての生は次元が異なっていた。

すると日本文化は真実の生の文化だった。

能や和歌俳句、茶道や華道は、
真実の生の幽霊を作ることだ。

*。
クールジャパンは真実の生を作る能である。

すると事実としての生はお上日本が引き受けていたのだろう。

するとお上日本は楽屋で、クールジャパンが舞台だ。

楽屋だからと何でもありでは困る。
死体を転がされたいては臭くて耐えられない!

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2009年4月23日 (木)

神は幽霊である

神は消点であり、即ちシテである。

シテが現世を生きて、破壊される。

ここに残恨の幽霊が現れる。
神が粉々に砕かれる。
それが現世の神だ。

それは知性空間によって、現世に現れる。
知性がワキとなる。

*。
神は残恨となり、
その思いを語るのが現世の神だ。

神を守る殺し合いがある。
幽霊が幽霊になれず、苦しんでいる。

この神を幽霊にする仕掛けが必要だ。

それを持っているのがクールジャパンではないか。

これによって神の犯罪を語ることが出来る。
現在は、騙っているのだ。

*。
神が神の犯罪を語れるようになって、
それが現世の幽霊神となる。

これが実効神だ。

現在の神は無効神や有害神だ。

この神の転換が必要になった。
それをやるクールジャパンだ。

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源氏物語とウェイリー

good is bad,bad is god.

これを日本語訳すると、
善は悪であり、悪は善である。

なにやらドロドロネチネチしてきて、すっきりしなくなる。

*。
源氏物語に天皇の不倫が書かれている。

日本人には天皇を侮辱する許されざる文学だとなる。
これがMoebius感情言語だ。

不倫は許されざることだ。
即ち不倫排除となる。
まして天皇の場合となると、国家の冒涜となる。

すると源氏物語はMoebius感情言語で書かれていないことが分かる。
一方英語はMoebius感情言語でないことが分かる。

*。
紫式部はモノポール=量子言語を使っている。

だからだろう、世界に広く翻訳されている。

芭蕉の俳句も世界百ヶ国語以上に訳されている。
芭蕉言葉もモノポール言語であろう。

村上春樹も世界に訳されている。
中国人が指摘するように、
ネバネバ日本文学と違う、すっきり言語だ。

*。
源氏物語は量子言語で書かれ、
だから量子化されている英語と交流し易い。

むしろ英訳した方が源氏物語は分かり易い。

サイデンステッカー訳が源氏物語を損なっているといわれるのは、
日本語感性で訳したからだろう。

*。
日本でも源氏物語はいろいろの人が現代日本語訳している。

与謝野晶子訳を読んで、
これは私の思う源氏物語ではないと思った。

いろいろの人が訳して、それぞれに源氏物語を語っている。

この自由性こそが、源氏物語の特徴だ。

源氏物語は日本文化の基本テキストという訳だ。

*。
いろいろの源氏物語訳を全部合わせると、日本文化になる。

では紫式部は何が言いたかったか。
そういう問題も出てくる。

これが原点問題だ。
一方に自由に世界空間を泳ぐ源氏物語がある。

源氏物語を初期条件にして、人間空間が展開される。

*。
英語は源氏物語を訳せた。

それは英語の高度性だろう。

ウェイリー訳は、日本人の訳より、すっきりしている。
これは源氏物語の持ち味でもある。

一般の日本語はまだまだ足りないことが分かる。

*。
現代文化の品質は、文化変換能力に示される。

英語が世界言語になっているのは、
それだけの変換能力があるからといえるのかも知れない。

一方高度文化は、言葉を越えているとも言える。

*。
老子も英語で読むと、すっきりする。

人類文化は、すっきりしていて、苦しくなく、耐えられないものでないことだ。

ベタベタ・ネチネチ・ドロドロしていないことが、
人間文化の特徴だろう。

この中国人の指摘は、中国文化が日本文化より、
世界に開かれていることを意味するだろう。

源氏物語は人間人類文化であることも分かる。

クールジャパンは人間人類文化で、
お上文化は世界に通じない文化だ。
日本は二つの文化の混合だ。

*。
ここに世界文化の条件が見える。

紫式部や芭蕉はこれをクリアしている。

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2009年4月22日 (水)

殺人の三乗 何故 人々は世界の破壊に熱狂するのか

世界の破壊はヘゲモニーである。

世界征服ほど人を熱狂させるものはない。

人々はそれが自己破壊であることを知らない。

いや過激に気持ちよければいいのだろう。

*。
世界を壊して、世界に自分を壊してもらう。

人を殺して、死刑になって、自殺させて貰う。

人がこのテーマに夢中だ。
いやこの問題の真相を突き止めようとしている。

人や他民族を殺す、
ここに殺すか殺されるかを争う。
そして殺される。

殺人の三乗、
これが人類の最大の興奮ではないか。

*。
すると人類は最大の興奮を求めてきたといえる。

ただしそれは国家でやらなければならない。

   *。
いい気持ちを求めれば、それは殺人に集約する。

そしてそれは戦争に集約する。

戦争ほど人を興奮させるものはない。

*。
人類世界で殺人と快楽のMoebiusが切られていない。

その結晶がイスラエルではないか。

イスラエルでは、殺人と快楽が等価同型なのだろう。

それはナチズムでもあった。

ナチスのユダヤ人ホロコーストを通して、
イスラエルは殺人ウィルスに感染したのだろうか。

イスラエルで、殺人ウィルスの免疫を作っているのだろうか。

     *。
人類は殺人免疫を持っていない。

殺人免疫は、白人種と有色人種の同一化ではないか。

*。
絶対矛盾の自己同一化なら日本人の仕事だ。

その能力は日本にしかない。

*。
日本人は有色人種を裏切り、
名誉白人となって、白人帝国に侵入した。

これが忍者の方法だ。

そして財政出動させ、世界を真っ赤に染める。
これが赤色革命だ。

世界を共産主義化する。

*。
財政出動で、先ず株屋と銀行が黒字になった。

国家が彼らに金をゆすり取らせた。
その黒字は、国家の渡した金そのものだ。

こうして国家の金を流してしまう。

ここに経済再建のない黒字となる。
これで国家の金を吸い取り、
国家を赤字にする。

ついには財政出動を破綻させる。

この中間子を日本がやる。

すると白人帝国は崩壊する。

この繰り込み理論を日本がやる。

*。
これは確かに日本柔道忍者の仕事だ。

白人帝国と有色人種の同一化、
これは日本人の仕事だ。

黙っていても、日本マンモスに神が仕掛けた日本プログラムは演算される!

こうして白人帝国を破壊する。

なるほどつじつまは合う。

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2009年4月21日 (火)

ベケットはGoedelである

不条理劇のベケットは、Goedelの不完全性定理であり、
従って、Goedelの不完全性定理は刑務所である。

ベケット劇は刑務所で常時演じられているという。

囚人や刑務所は、
分かるが分からない世界であり、
分からないが分かる世界である。

即ち、決定不能証明不能の世界である。

*。
現代人は文明の刑に服している。サルトル

現代は文明刑務所であり、現代人は幸福囚人である。

現代は詐欺と恐喝、略奪と殺戮の世界である。
これを国家でやれば、罰せられない。
これが法であった。

    *。
現代文明は崩壊した。
これの巨大財政出動だ。

これは子孫に災いを残し、生きているものが助かろうとすることだ。
それで助かるかどうか決定不能だ。

これは救命ボートのパラドックスだ。

財政出動に乗ったものはさし当たって助かる。
それが救助されればの話だ。

財政出動で金をもらえなかったものは死ぬ。

即ち、財政出動は、これに乗ったものだけが当面助かる。
即ち、救命ボートに強いものがだけが乗ることだ。

即ち、強者を生きさせるために、弱者を死に排泄することだ。

*。
これで地球や人類は助かるか。

これはパラドックスではない。
即ち、人類が殺し合って全滅する方法だ。

   *。
人類は強者が生き、弱者が死ぬMoebius構造にある。

これを切ることが正解だ。
何故なら産業文明は人類と地球のガンだから。

ガンを異物排除する、
即ち法治国家産業文明を異物排除する。

だがガンがあっても生きられる負帰還法だ!

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2009年4月20日 (月)

感動障害スペクトラム

感動は引きこもり障害であり、幸福は自閉症である。

人が求めることが、いいことであれば障害とされない。

*。
精神障害を利用した幸福と感動は、精神障害かそうでないか。

それは現代文明には精神障害とされない。

それは文明が精神障害だからだ。

かくして現代は自己の精神障害を治療できる哲学が必要になった。

するとソクラテスは精神障害文明を作った。

    *。
現代の問題は、感動自閉症を製造販売消費し、
幸福統合失調症を創造したのだ。

幸福統合失調症は、
幸福という自己と社会の中に、
幸福を敵とする自分と社会を作り、
不幸を異物排除することだ。

その自己と社会が成立している内はよかった。

だが異物排除された不幸はどうなったか。

ゴミの山となって、
公害として幸福を襲い始めた。

その一部が環境問題である。

つまり不幸が幸福を襲い始めた。

*。
幸福は不幸を抹殺できなかった。

いや幸福は不幸に襲撃され始めた。
そしてそこの痛みと発熱が起き、
人と社会は苦痛に歪み始めた。

即ち幸福は不幸を作っていた。
即ち、幸福は不幸だった。

    *。
幸福と不幸は、Moebius構造だった。

人は心を生きることしか出来ない。

人は良心良識を生きることしか出来ない。

これが人間人類の初期条件だった。

幸福と感動を初期条件とすることで、
悪魔となり、悪魔地獄を作ってしまった。

幸福と感動は悪魔のお菓子だった。

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2009年4月18日 (土)

究極の感動産業は戦争である

戦争は究極の大量破壊兵器である。

大量破壊兵器禁止とテロ防止は、
それを異物排除するために、
大量破壊兵器とテロが必要になる。

即ち、大量破壊兵器とテロ禁止は、
大量破壊兵器とテロを強化し、
それを隠蔽し、
それを正当化する。

大量破壊兵器とテロ禁止は、
大量破壊兵器とテロによって行われる。

*。
西欧思想はヘゲモニー追求である。

大量破壊兵器とテロを一国だけにすることである。

その結果、アメリカ一国に集約した。

その結果アメリカはアメリカに破壊された。

ただ一国の持つ大量破壊兵器とテロは、
自殺兵器だった。

*。
大量破壊兵器とテロの禁止のための、
大量破壊兵器とテロは、
自分の中に自分を敵とする自分を自分で作ることである。

自分の中の敵を殺した時、
それは自分の一部を殺すことだから、
結局自殺となる。

ヘゲモニーは自分の中に自分を敵とする自分を作ることだ。

即ち、自分が自分自身を自分とする自分を作ることだ。

敵は外にあるが、それは自分の中にある敵と同じだ。

これがガンの仕組みだ。
外のあるものが自分の中にある。

敵を食うことは、自分の尻尾を食うことだ。

これが現世の存在構造で、
理論理性にこれが見えない!

    *。
構造理性では、感動は殺人である。

感動を作れば、それは殺人を幸福とすることだ。

現実がそれを実証している。
だが理論理性にそれが見えない。

*。
理論理性は、全体なき部分だ。
即ち、今これここ現象だ。

即ち、戦争が自己破壊現象であること知ることができない。

即ち、理論理性は自分を見ることが出来ない。
戦争は結局自分との戦争でしかない。
即ち遠まわしに自殺だ。

いじめ今年もこの死の本能にある。

即ち、理論理性や感情に、感動は殺人であることを知ることができない。
ただ感動だけを見る。

    *。
現実に不満が集積すると、
これは戦争でガス抜きされ、
その爆発は不満を一掃する。

即ち、戦争は感動となる。

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2009年4月17日 (金)

源氏物語の真実 感動したい気持ちが招く感動は本物か

アメリカでも日本での、超売れっ子の芸能人が、
人気を得るまで十年の下積みがあった人が結構いる。

日本では、日本人の発明発見は認められず、
外国で人気が出ると受け入れられる。

出だしの初めから、人気が出て、予想が出来ないくらい伸びることもある。

*。
日本で指摘されることは、
人々に感動したい気持ちがあって、
無理して感動している場合もある。

自然な感動と作られる感動がある訳だ。

*。
売れっ子にしても、結構けなす人も多い。

けなされるのも人気の内という現象だ。

    *。
これを考ええると、人気はカオス現象だ。

はじめは蝶がゆっくり羽ばたいている。
急に台風になる。

飽和溶液を作って、結晶が出来るまでに時間の掛かる人もいる。

差別された人が、超人気の芸能人になることもある。
差別がその人の魂を磨いたといわれる現象だ。

*。
すると日本は魂を磨く社会だといえなくもない。

源氏物語はいじめ殺し世界だ。

そこに光源氏は紫の上が輝いた。

たくさんのいじめにあって、
これで自分を磨く。

それが源氏物語の世界だといえなくもない。

*。
魂まで行かぬものは殺される。
魂になっても殺される。

日本は魂を不動点とする厳しい社会だ。

源氏物語の真実といえるのではないか。

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靖国・南京・慰安婦・強制連行…の視点

感情や言葉に三種類あることが分かった。

これで教科書問題を考えて見よう。

日本人が美しい日本という意識を持った時、
汚い問題は一切排除する。

これが汚い日本であるが、
それを許しては美しい日本は成立しない。

これ自体が汚い日本であるが、
それを異物排除することで、美しい日本は成立する。

*。
美しい日本は、
汚点を言われると、
悪と暴力を持って異物排除する。

美しい日本は悪と暴力を強化し、
悪と暴力を隠蔽し、
悪と暴力を正当化する。

即ち、美しい日本は悪と暴力である。

*。
だが美しい日本には、悪と暴力は見えないどころか、
絶対に許されざるものとなる。

これが日本世間のいじめ殺しだ。

これが神の立場に立って、異物を断罪リンチすることだ。

*。
日本が神の対場に立って、異物を断罪リンチする時、
相手が神の立場に立って、
日本を断罪リンチすると言う。

自他が倒錯している。

これがMoebius構造である訳だ。

即ち殺人と死刑がMoebius構造になっている。

    *。
この仕組みを知ると、
靖国問題は、Moebius構造問題であることが分かる。

美しい靖国は、これを穢す一切を異物排除する。
そうしないと靖国は成立しない。

靖国は神であり、
それを穢す一切を断罪しリンチし、異物排除する。
そうしないと成り立たない。

即ち、靖国は妄想であることが分かる。

*。
この言葉と感情の仕組みを知ると、
これが幻想の問題であることを理解する。

だが一人称衝動に、この認識能力がない。

これが靖国問題の本質であることが分かる。

ここに妄想の本質も理解することが出来た。

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M感情言語 D感情言語 Q感情言語

感情や言語に三種類あることが認識された。

愛国と殺人、幸福と殺人がMoebius構造になっている感情言語系がある。

一方愛国と殺人が、ダイポールになっている感情言語系がある。

更に愛国と殺人が関係がなくなった量子言語感情系がある。

*。
同じ民族にもこの三種があり、
更に民族の特性として、三つの感情で特性付けられる場合もある。

日本人はMoebius感情言語系だ。
美しい日本は、汚い日本を一方に持つ。

これは両立しない。
美しい日本は汚い日本の存在を無視する。

汚いといわれれば、それを異物排除する。
それが汚さであることを知ることができない。

美しい日本が妄想であることが分かる。

*。
美しい日本は、
汚いとするものを悪と暴力で異物排除する。

これで悪と暴力は強化され、
それが隠蔽され、
悪と暴力が強化される。

即ち、美しい日本は異物の断罪リンチに成立する。
即ち、美しい日本は汚い日本である。

   *。
Moebius感情言語系は、
ダイポール感情言語系から見ると、
ドロドロ・ネチネチ・ベタベタしている。

思わず泣く、思わず喜びがこみ上げてくる、思わず殺す、
これがMoebius感情だ。

ダイポール感情から、
すっきりしない、耐えられないとされる。

*。
中国人は日本人にそういう感情を持つ。

Moebius感情は日本人特異の感情であり、
日本文学の典型の藤沢周平文学に、世界が感応しない。

これが日本人の感情が、Moebius感情であり、
世界は感情がダイポール化していることが分かる。

日本人の演歌は、Moebius感情であり、
アジアでしか反応はない。
西欧人には雑音である。

アジアはMoebius感情の近辺にあることが分かる。

*。
概念と論理のモノポール感情言語系は、
殺人と死刑のMoebius構造を切断し、
自由感情言語系に到達している。

ここで人間性といった世界が成立する。

そこでも凶悪犯罪や戦争が絶えない。

それは感情言語系の問題ではないことが分かる。

     *。
言語感情に多種類あることを認識理解することで、
人間や人類の理解認識の解像度が高まり、
より精度の高い議論が出来る。
そして地球社会をよりよいものにすることが出来る。

      **。
今回もまた我が照明弾は、世界に虹のシャワーを浴びせた。
このシャワーを浴びたものは、永い眠りから覚めるであろう。
神に栄光のあらんことを。

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2009年4月16日 (木)

光源氏の好色 紫の上の粋

人は孤独と絶望、虚しさと無力感、偽善と欺瞞を資源として生き甲斐を作る。

人はいじめ殺しの世界にあって、
ここに生き甲斐を作るといったらいいのかも知れない。

これは東西古今を問わない。

*。
光源氏と紫の上は、対称構造で書かれている。

際立つ両者の特性は、
光源氏の好色と紫の上の粋だ。

それは色好みと色香の精粋と言えないこともない。

*。
するといじめ殺し世界の結晶が好色と粋ではないか。

光源氏と紫の上の生き方をこういえなくもない。

*。
アメリカも第二次世界大戦以前に戻る運動も現れた。

日本も江戸文化を見直し始めた。

成功物語や立身出世は、人を欲求不満にした。

こんなことなら、色好みや粋がいいに決まっている。

すると女子高校生は、文化の牽引車なのかも知れない。

*。
それを日本の荒廃とする大人は、利権確保の口実ではないか。

*。
金より心こそ文明の成熟現象であることを否定するものはいまい。

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死刑は誤りである証明

死刑は正しいか誤りか。
決定不能で証明不能だ。
ただ一つ正しいことは殺人であることだ。

殺人に死刑は無矛盾である。
死刑の無矛盾は殺人によって証明されない。
何故なら死刑もまた殺人であるから。

*。
殺人を禁止する最高の戦略は死刑だ。

対偶を取る、

人間性を最高に発揮する戦略は死刑廃止だ。

   *。
殺人には殺人が正義である。

正義の死刑は、
正義のために悪と暴力を用いることである。

すると正義は悪と暴力を強化する。

正義は悪と暴力を隠蔽する。

かくして正義は悪と暴力を正当化する。

即ち、正義は悪と暴力であった。
証明終わり。

*。
自由と正義は略奪と殺戮である。

これは自由と正義が悪と暴力であることの証明になっていた!

   *。
対偶対称文は、
命題の誤りの証明でもあった。

すると善は悪であり、悪は善であるとなる。

即ち、善悪はMoebius帯であった。

    **。
今回もまた我が照明弾は、世界に虹のシャワーを降らせた。
神に栄光あれ。

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2009年4月15日 (水)

源氏物語の精神現象

孤独と絶望、閉塞感と心の闇、虚しさと無力感、
これらは現代の現象と思われている。

だが源氏物語はこれらの物語でもある。
人が生きることは、この世界を生きることである。

舞台は石器時代や産業時代の違いがあっても、
やっていることは同じだ!

それが分からないことがむしろ問題の本質だ。

即ち、人の思考能力の程度が悪すぎると考えた方が有益だ。

*。
光源氏は四歳にして母親をいじめ殺され、孤独に始まった。

そして父親に絶対に天皇のなれない地位に落とされた。
これは絶望といえるだろう。
若い頃はこれを恨んでいた。

貴族の世界は互いの殺し合いの世界だ。
それは男だけでなく、女も殺し合いの世界を生きた。
一体どれくらいの人がいじめ殺されたろうか。

女は家の中とその庭に、一生拘束されていた。
よそに行くことはまれで、
行くとしても牛車の小窓からしか世界は見えない。

男と女は直接見ることなく恋愛を始める。
会ってみたら「あっ」、よくあることだ。

心の闇には物の怪が表れる。
これが人をいじめ、いじめ殺す。

*。
貴族はたくさんのことを学び遊び、しかも競争する。

書道、楽器、絵画、教養、遊戯…。
いちいち評価される。

そして仕事でも、日常でも殺し合いがなされる。
殺し合いが一番の楽しみだったのだろう。

これは現代の仕事や消費生活・日常生活と変わりない。

*。
そういう歴史が見えないことが問題だ。

人の生活は殺し合いだ。
それを楽しそうに仲良さそうにやる。

殺し合いと皆で仲良くする。
これがMoebius構造になっている。

日本ではこれが何千年も変わらない。

即ち、優しさと残酷のMoebius構造、
これを人は有史以来生きている。

感動や幸福物語は、これをないものした妄想の世界だ。

感動文芸に人は脳みそ殺され、
裏でより残酷が強化された。

お人よしは殺され食われる。
弱者は強者の食べ物である。
これは変わっていない!

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2009年4月13日 (月)

反権力は権力を強化し隠蔽し正当化する

反権力は権力の悪と暴力を強化し、
権力の悪と暴力を隠蔽し、
権力の悪と暴力を正当化する。

権力は反権力を悪と暴力とし、
かくして権力の悪と暴力は自由と正義となる。

権力の悪と暴力が正義になるために、
反権力が必要であり、
反権力はもともとある権力の悪と暴力を
自由と正義に変換する機能を持つ。

かくして権力は壊れることがない。
反権力がこれを維持管理させている。

*。
反貧困は貧困を強化し隠蔽し正当化する。

豊かさは、反貧困に悪と暴力を奮い、
反貧困を救う振りして、
反貧困を強化し隠蔽し正当化する。

反貧困や反権力はダブルバインドであった。

反貧困には二つの意味がある。
貧困を無くすことと、
貧困を無くす運動を無くすことだ。

*。
即ち、反貧困闘争すると
権力はこれをレバレッジして、
反権力とし、
悪と暴力を奮い、
反貧困を反貧困に落とし閉じ込める。

それが権力の自由と正義である。

貧困を放っておいても貧困から出られることはない。

この罠を用いて、権力は永遠だ。
それが権力を生きさせ、
無力を死に排泄する仕組みだ。

無力に反権力や反貧困も入っている!

  *。
ヨーロッパはこのダブルバインドを愛で処理した。

一方権力の悪と暴力は、
悪と暴力で破壊する。

財政出動が、国民の迷惑となれば、
それは暴力によって破壊される。

これが繰り込み理論になっている!

*。
日本は繰り込み不可能であるから、
永遠に悪と暴力組織である。

ダブルバインドに閉じ込められ、
これが閉塞感の正体で、
そこに恐怖と恫喝の心の闇が作られ、
永遠に人間性に至らない。

*。
日本がヨーロッパをまねた悲劇がここにある。

人間性を否定する金と権力に自ら幽閉した。
即ち国家は悪党の世界となった。

*。
西欧にある問題と、日本のある問題は同じようで同じでない。

解像度の悪い思考はこれが識別出来ない。
西欧をまねて、日本は金だけ国家になった。

西欧から人間性は抜いたのだ。

金でしか癒されないいい気分である。

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2009年4月12日 (日)

感動は悪魔の生みの親で 幸福は悪魔の育ての親である

現実から感動と幸福を抽出すると、現実には荒廃と破壊が残る。

現実から金と権力を取り出すと、人身や環境を破壊する。

動植物系は、食い合いしても環境の平衡は保存される。

*。
ヨーロッパは持続可能な文明を作り始めた。
即ち平衡文明を作り始めた。

これは一種の生体系を作ることだ。
文明を生物化することだろう。

*。
感動や幸福も、人間性や社会性を破壊しないことが求められる。

感動や幸福依存症を作ることは、人間性の破壊だ。

巨大な感動集会、
これは人間を悪魔に変えた。

悪魔になる感動こそ、過激な感動だ。

マスゲームや巨大感動コンサートには、悪魔の感動がある。
日頃の不満の異物排除は、悪魔屋敷を作ることだ。

    *。
生体操作や遺伝子改良には、悪魔の仕掛けがある。

生体操作的感動や遺伝子改良的幸福には、
自己否定・自己破壊・自己抹殺成分がある。

病気の否定としての否定は問題は表れなくても、
それが境界を抜け出すと、現実の否定となる。

これにコントロールのない現代人には、
生体操作は悪魔のお菓子にしかならない。

感情の生体操作や幸福の遺伝子改良は、
現状では悪魔屋敷にお菓子だ。

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実存は 国家を新自由主義に閉じ込め直した

実存や現存在こそ、
新自由主義グローバリゼーションを生み出した。

実存や現存在は、
人間性を守るために、
反人間的なものを悪と暴力で異物排除する。

実存と現存在は、
それを行うために、
悪と暴力を強化し、隠蔽し、正当化する。

考えれば、スターリンもヒトラーも、
国富追求に、悪と暴力を用いた。
そして何時しか悪と暴力そのものに摩り替わった。

それは民主主義や資本主義にもいえる。
それを行うと、
悪と暴力を強化し、隠蔽し、正当化する。

  *。
この現実を見ると、
人が何かを行うことは、悪と暴力のお世話になることだ。

その目的が何時しか、悪と暴力そのものになる。

*。
ウソの中にこそ真実がある。
即ち、悪と暴力に中にこそ真実がある。

真実は、善と悪からなる。

悪をシテとして、善をワキとして、
そこに真実を幽霊として出力する。

これがウソの中の真実なのだろう。

*。
金とか快楽を目的とすると、
その幽霊劇は悪霊を出力する。

幽霊が魂でなければならない。
この仕組みが人間性だろう。

*。
人は神や愛や道徳で作られる。

これは欲情や金や権力で、破壊される。

この破壊された人間に魂が出力する。

これが人間能であろうか。

   *。
人を金か快楽や権力で作ると、
心や魂と争うことになる。

そこで勝つ権力であり、
すると人と社会に悪霊が現れる。

*。
人間の世界が見えてきた。

実存や現存在は、
悪と暴力を強化し正当化し、
何時しかスターリンやヒトラーに摩り替わる。

即ち、実存はレーガンやブッシュ二世を製造販売消費した。

*。
金と権力天動説は、調和振動地動説に進化した。

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神を求めて 地獄が出来た

神のいる天国を作って、出来たのは悪魔の支配する地獄だった。

自由競争は、恐喝と詐欺の社会だった。

自由と正義は、略奪と殺戮だった。

*。
一時成功と繁栄に酔った。

そこに出来た強盗殺人の社会だ。

それを労働ビッグバン、ホワイトカラーエグザンプションといえば、
いや新自由主義グローバリゼーションといえば、
強盗殺人が強盗殺人でなくなってしまう。

*。
神とか理想は悪魔のお菓子だった!

そういわざるを得ない現実がある!

これこそ真理である。

全く人類が予想もしなかった世界が現れた。

人類は相当のバカであったことが分かった。

*。
神のいる天国を作って、悪魔の支配する地獄を作ってしまった。

    *。
人の思考能力は根源的欠陥を持っていた。

人間はバカだった。

法治国家産業文明は、バカの悪知恵だった。
悪魔を支配者にした。

悪魔の地獄に幸福と感動を作っていた。

そこは悪党の恐喝と詐欺、強盗と殺人の世界だ。

*。
人をいい気持ちにして、脳みそ壊して、金をむしり取る。

文芸でさえこの悪党の一員だ。

    *。
幸福と感動を求め、一生懸命働く。

これが人の道を思われていた。

*。
幸福と感動を求め、一生懸命学び働く。

それ自体は問題ない。

だがそれを行うことは、
競争であり、
それは強いものが上に行き、
弱いものを下に蹴落とすことだった。

これを自由競争と上書きすると、
弱肉強食は消去排除される。

*。
幸福や感動を求めることは、
自分や他人や社会を壊すことだった。

幸福や感動を求めると、
悪と暴力が強化され、
幸福と感動を得るがために、
強者には悪と暴力が認識されず、
幸福のための暴力は自由競争として正当化される。

即ち、幸福と感動は強盗殺人であった。

これに自由競争と上書きすると、
強盗殺人は異物排除され、
弱者は自己責任を取らぬ無責任者とされる。

*。
強者の理屈は発振した。

自己崩壊地点まで、成長する。

成長が止まった時、
即ちサチュレーションを起した時、
悪魔地獄が顕在化した。

幸福と感動が作ったものは悪魔地獄だ。

これが現在の文明崩壊現象だ。
経済の崩壊現象としか見えない人間の愚かさだ。

*。
この時、人間的なことは何も出来ず、
金と快楽を求める以外何も出来ない。

これが閉塞感だ。

自分がいじめられ、いじめ殺されつつある。
これが心の闇の正体だ。

*。
これを脱出しようとしたオウムではないか。

自由に正しく生きるとそれは犯罪になる。

彼らはその磔刑を受けたのではないか。

そこには犯罪を正しいこととする悪魔地獄がある。

どっちが犯罪者なのか。

*。
すべての人類は犯罪者である、人類がいった。

すべての人間はバカやキチガイである、人間が言った。

パラドックスを支配する強者が必要になる。

これは悪魔でしかない。

*。
神と悪魔のパラドックスからの脱出戦が始まった。

それは神と悪魔を最適化する、
即ち、そこに調和振動を作ることだ。

神と悪魔を使って、そこにいい音楽を奏でることだ。

これが人の生き方だ。

*。
ウソの中の真実を生き、
ウソにならないようにする。

ウソのシテ、真実のワキ、そこに綺羅星を作る。

これが人の生き方だ。

*。
ロラン・バルト的に言うと、
神や悪魔で自我や社会を作り、
それが壊れた闇に漂う幽霊が人や社会だ。

そこには魂モードと悪霊モードの二つがある。

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2009年4月11日 (土)

村上春樹文学はピカレスクである

昔テレビで私はガンであるといい、
これから手術を受けると明るくいった人がいた。

あの当時はがんは告知しない常識だった。

現在では私はガンであると発言する人が多い。
そして手術はしないといい、放射線治療を受けるという。

手術することが希望を与える時代があって、
今はガンを認め、可能なかぎ生きようとすることで、
心の平安を得て、かえって長生きするのかも知れない。

*。
ガンの告知時代の始まり頃に、村上春樹文学が出て来た。

文明はガンに罹っている。
やがて人類皆地獄に堕ちる。

どう対応したらいいのだろう。

当時も現在も、
明るい気持ちで地獄を生きて貰おうとしている。

巨大財政出動は、手術をすれば直るとすることだ。

明るい気持ちで死んで貰う思いやりなのかもしれない。

*。
だがガンはガンなのだから、
それを認めてよく生きた方がいいのではないか。

つまり、壊れた経済を更地に戻し、再建した方がいい。

まだ人類はこうしない。

    *。
この時代の切れ目を認識すると、村上春樹文学はどういうものか。

手術をしてもどうにもならない場合に、
希望を与える手術をすることではないか。

即ち村上文学はピカレスクだともいえる。
即ち、いい悪漢の文学ではないか。
つまりならず者の文学ではないか。

騙していい気持ちにさせて、死んで貰う!

*。
ここに三段階理論を適用しよう。

地獄に落とされた人たちに、
ファンタジーでいい気持ちにさせる。

それは悪と暴力と戦わないことだ。
戦ったところで殺される。

即ち、どうせ死ぬのだから、いい気持ちで死んで貰う。

ダブルバインド状況を、明るい気持ちですり抜ける。

*。
だがこういう生き方もある。

現代の地獄を認めて、そこで最善を尽くす。

即ち、回復不能の現代文明地獄を認め、
ここで出来るだけのことをする。

即ち、自分たちは地獄を生きて、
後世によき文明と残す。

すると文明を解体し、更地にして、
新しい文明を後世の人々の立ち上げて貰う。

即ち、ガンを認めてよりよく生きる。

   *。
この二つの生き方を比べると、
村上春樹文学やアメリカ現代文学は、
手術しても治らないガンを、手術するようなことではないか。

即ち、ガンをいい気持ちで死んで貰う。

*。
勿論こういう人もいていい。

だがこういう人が多いと社会は困る。

即ち、アメリカ文学はピカレスクだ。
即ち、悪漢が人をいい気持ちにして金を奪う。

新宿あたりで、昏睡強盗がはやっているという。
気を付けましょう。

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閉塞感・心の闇の本質

成長経済に基づく競争経済は前期資本主義と呼べる。

そして成長がサチュレーションを起こし、競争原理が崩壊した。
この時競争は恐喝に変わった。
これを後期資本主義と呼べる。

*。
社会適応は、社会を生きることから、
社会の恐喝に適応することになった。
即ち、社会に何かをやらされる。
そうしないと生計を奪われる。

自分でやる時代から、社会にやらされる時代となった。
これが閉塞感だ。
人の自主性自立性が奪われた。

ここに自己は失われた。
自己と社会が同一化し、人間性は失われた。
これが心の病だ。

名声と金で生きる有名人はこの潮流に乗った訳だ。

     *。
もともと人間性のないお上日本だから、
人の衝動は過激になったといった方がいい。

アメリカでは人間性を失い、
人が身軽になって、金と快楽に現を抜かせる状態になった。

ここに心の闇が生まれた。
即ち生き甲斐不可能となった。

生きている喜びは、金を稼ぐ幸福や、
快楽に耽る感動に変わった。

   *。
金を稼ぐ幸福と快楽に耽る感動が、
新自由主義の土台となった。

ここに人間性や心は失われた。

心のない世界の生き方こそ、
閉塞感と心の病の正体だ。

即ちこれを社会適応と呼んだ。

*。
かくして金を稼ぐことと快楽に耽ることが社会適応となった。

民主主義と資本主義は、
金を稼ぐことと快楽に耽ることを社会適応とし、
心や人間性を排除した。

即ち、自由と正義は、
心と人間性を悪と暴力を持って異物排除し、
自由と正義は、悪と暴力を強化し、
悪と暴力を隠蔽し、
悪と暴力を正当化した。

即ち、民主主義と資本主義は、略奪と殺戮となった。

*。
ここにメタ閉塞感とメタ心の病が発生した。

ここに成立した新自由主義グローバリゼーションだ。

自己否定・自己破壊・自己抹殺を自己責任・自助努力・自己管理上書きした。

閉塞感と心の病に新自由主義グローバリゼーションと上書きした。

*。
そしてそれが破産した大恐慌だ。

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2009年4月10日 (金)

心身二元論の仕組み 理性帝国主義

理性は心身二元論である。

理性は心身二元論として成立した。

即ち、心身一元論では理性は作れない。
即ち、心身一元論世界に理性は存在しない。

だから理性の特質はその欠陥に成り立つ。

理性がなければ生きられない。
だが理性に依存すると人と世界を破壊する。

*。
理性はウソである、理性が言った。

ここに理性は成立し、ここに理性は使われる。

従って、理性はその欠陥を知りながら使わなくてはならない。

欠陥を忘れて、欠陥人間と欠陥世界を作った。

*。
理性は薬やナイフである。

使い方を間違うと人と世界を破壊する。

それが現代だ。
理性原理主義の理性帝国主義を作り、人と世界は破壊された。

理性はダイナマイトであった!

*。
構造知性にしか理性は使えない。

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2009年4月 9日 (木)

村上春樹文学は 新自由主義グローバリゼーションである

現代人は略奪と殺戮に明け暮れさせられ、
苦しみ疲れ果て壊れる。

その人たちを優しく暖かく抱きとり、いい気持ちにする。
そして元気を回復させ、
また新たに略奪と殺戮を行わせる。

*。
これが感動文芸の慰安婦文学であり、
それは強殺文学である。

これにテレビや小説や映画が入る。

マスメディアは、
人々を泣いて笑って怖がらせ、
元気を回復し、強盗殺人を強化する。

*。
人は強盗殺人に苦しみ壊れる。

或いは強盗殺人に疲れ壊れる。

二種類の彼らを、抱き取り、
優しく暖かく介護し、
いい気持ちにする。

即ち、強盗殺人疲労をマッサージし、
いい気持ちにすることで、
強盗殺人を強化し、隠蔽し、正当化する。

*。
即ち、慰安婦文学は新自由主義グローバリゼーションである。

即ち、権力を気持ちよく生きさせるために、
無力を死に気持ちよく排泄する。

慰安婦文学は、
新自由主義グローバリゼーションを気持ちよく行わせる、
その潤滑油や触媒や覚せい剤である。

*。
感動小説などの娯楽装置は、強盗殺人装置であった。

これが構造理性の見る世界だ。

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人生は幽霊劇である

幼児は楽しく愉快な世界を生き、
少年は夢と希望を生き、
青年はそれを破壊され、不安と焦燥を生きる。

人生は不安と焦燥に開演し、
不安と焦燥を資源とし、
そして孤独と絶望に終演する。

*。
人生は不安をシテとし、孤独をワキとする能の舞台である。
ここでどのような幽霊劇をするか。
自分や他人や社会を納得させられるか。

いや神を納得させられるか。
そういう生き方をする人もいる。

*。
一方エリートという人たちもいる。

夢と希望を生き、
成功と幸福を追求し、
社会の賞賛と羨望の明け暮れ、
強盗殺人に全力を傾け、
略奪と殺戮の墓標を立てる。

エリートの生き方を正常としたため、
社会は精神病院と刑務所になった。

*。
人生は不安と焦燥を資源とし、
これから魂と心を製造販売消費する。

そして生まれた時と同じ状態の孤独と絶望に帰る。

*。
人生は能である。

不安と焦燥をシテとして、
孤独と絶望をワキとして、
そこに成立する幽霊能を演じる。

それが綺羅星となるか悪霊となるか。
どっちをとるか人が選択できる。

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2009年4月 8日 (水)

サルトルは言論家畜 ハイデガーは哲学奴隷

ハイデガーを読むことは、パンダを見るようなことだ。
呆然として釘付けになる。

これほどの衝撃はない。

人々は脳みそをぶち抜く衝撃を求めていることが分かる。

それでその結果どうなるか。
脳みそに一生くっきり残る。

するとどうなるのか。
何も起こらない!

いやいやヒトラーが現れた!

ハイデガーはヒトラーの製造販売消費装置の一種であったことが分かる。

衝撃対偶現象だ。

*。
サルトルはなんだったのか。

彼もまたパンダであった。
人々を釘付けにした。

その結果、スターリンが神となった。

サルトルは、スターリンにパンダのぬいぐるみを着せたものであることが分かる。

*。
日本の浮世絵も、ヨーロッパに衝撃を与え、
その後のヨーロッパ絵画を変えた。

世界を変える衝撃があることが分かる。

衝撃にもいいものと悪いものがあることも分かる。

人はその制御ゲートを持っていないことも分かる。

*。
人は一体何をやっているのだろう。

ヨーロッパに鯨は、パンダだ。
日本人には食べ物だ。

ヨーロッパに日本は脳みそをぶち抜く衝撃だ。
神を食べるとは許せない。

地球社会が出来るとこういう紛争が起きる。

*。
パンダを見たからって何だって言うのか。

子供には必死の生き甲斐だ。

子供はパンダの奴隷や家畜になる。

これを大人がやったらどうだろうか。

パンダは一種の幻想だ。
なくてもなんでもない。
囚われると家畜や奴隷になる。

だがそれが人の生き甲斐だ。
それを否定すると、人生むなしくなる。

だがそうなるとヒトラーやスターリンが必要になる。

これが対偶対象性だ。

*。
ではどうすればいいか。

生き甲斐を求めるが求めない。

このパラドックス状態に安定する。

この悟りを人類規模でやる時代になったのではないか。

*。
すると現実装置を、意識で制御した行動負帰還装置で、
負帰還して安定化する。

ここに人と世界は安定する!

これが人や社会の存在原理だ。

    **。
今回もなた我が照明弾は、世界に虹のシャワーを浴びせた。
この虹に触れたものは、永い眠りから覚めるであろう。
神に栄光あれ。

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2009年4月 7日 (火)

幸福で腐敗した人間性 感動で汚染された心

幸福が腐敗して出来た孤独があり、
感動が劣化して出来た無力感がある。

これをファンタジーでいい気持ちに変態する。
一方にこの化けの皮を剥がす喜びも現れた。

いい気持ちも対偶対称化してきた。
これらは互いに反発し、重なり合わない。

ここにいい気持ちで穏やかな人の、殺し合いが起きる。
互いに許せない。

対立の哀しみ、
これを処理できない。
その存在を認識できない。

*。
現実で何が起きているのか認識理解できない。

判らないまま生きなければならない。
対立のまま生き抜かなければならない。

これを越えるには、相手より強くなることだ。

これがいじめ殺しの社会だ。

これこそ新自由主義グローバリゼーションだ。

*。
やるかやられるか。

即ち、殺すか殺されるか。

これを新自由主義グローバリゼーションといってごまかすのだ。

*。
こんなトリックが通ることが問題の正体だ。

実に殺し合いが問題の実体ではない。

本質が認識できないことが問題だ。

だから解決をしようとすると、
ますます殺し合いが激しくなる。

即ち、殺し合いが発振した。
これが新自由主義グローバリゼーションだ。

発振を止めるには、発振原因を排除することだ。
即ち、問題の本質を認識して始まる。

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日本人に人間や人類の観念はない

死刑国家の特徴は、人間や人類の観念がないことだろう。

その点、アメリカには人間という観念がないのではないか。

ヨーロッパはどのようにして人間性を導入したか。
それはキリスト教によるだろう。

即ち、虐げられたものへの神の祝福を知ったことだろう。
弱者の哀しみを導入することで、
人間や人類の観念が成立した。

だから白人帝国主義が成立した。
そこに優秀な白人、劣った有色人種の観念が生まれた。

このダイポールを切断する更なる展開が必要だ。

ヨーロッパでは弱者の哀しみは、有色人種に適用されない。

非常に解像度や確度の悪い弱者の悲しみだ。

ここに人間とか人類の観念では不足があることが分かる。

日本人には人間や人類という言葉があるが、中味がない。

   *。
そこで出た人道への犯罪だろう。

この観念の成立には、人種の優劣の切断が必要だ。

それは生命の尊厳だろう。

その観念を成立するエピソードが必要だ。

*。
それは生命の食物連鎖であろう。

生命は何かを食い殺さなくては生きられない。

食い殺されるものの哀しみがある訳だ。
この観念は仏教が培ってきた。

だが仏教に人間や人類の観念がない。

*。
すると仏教はキリスト教に接続せねばならないことが分かる。

キリスト教は仏教に拡張せねばならないことも分かる。

仏教をゼロとし、キリスト教を無限大とする新しい観念が成立する。

ここに生命や存在を実感できる訳だ。

*。
今この新世界の展開期であることが分かる。

生命観念がないと、人は世界に対応できない。

自閉症や引きこもりになって、精神障害を生きてしまう。

*。
若者の自閉症や引きこもりは、このイニシエーションをやっていることが分かる。

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2009年4月 6日 (月)

高等知性と劣悪知性

キリスト教の特徴は、虐げられた人への神の祝福を知っていることではないか。
これを認識した宗教は他にない。

虐げられることの意味、これは容易に体得できない。
それを分からせるシステムが存在している。

かくして弱者の哀しみが知性や感性の中にプログラム・インされる。

これがあるかないかで文化は全く違うものになる。

弱者の哀しみを知っている知性は、傲慢や恫喝に陥らないだろう。
それを知らない人々は、国の役立たずは死ねと堂々というだろう。

弱者の悲しみは教われば分かることでなく、
長い文化の蓄積として体現される。

*。
だがキリスト教は、白人原理主義の土台にもなった。

権力まで浸透していないことが分かる。
人と権力は違うと言えるかも知れない。

弱者の哀しみを権力が知らないことが問題といえるかも知れない。
権力とはそうしたものだといったらいいのかも知れない。

*。
人として弱者の哀しみを知っている文化と知らない文化は全く違う。

弱者の哀しみを知らない文化は、
優しさと残酷がMoebius帯だ。

弱者の哀しみを知ることが、
優しさと残酷の一体性を切断するのではないか。

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幸福の奴隷は人間か

幸福や感動の奴隷や家畜となる。
これは人間であるが、人間ではない。

成功や幸福を求めて、人を奴隷や家畜に拘束する。

そのため人は奴隷や家畜になることが強化される。

だが幸福を感動のためだから、
奴隷や家畜であることは隠蔽され、正当化される。

即ち、幸福と感動は家畜と奴隷である。

*。
現実がこれを実証する。

人は幸福や感動の畜生・鬼畜・餓鬼であり、
現世は悪魔地獄である。

幸福や感動は悪魔のお菓子だった訳だ。

悪魔のお菓子に飛びついて、人は心と魂を捨てた。

*。
これが幸福と感動を求めて、人が悪魔となり、現世が地獄となったことだ。

昔の人はそれを知っていたのでやらなかった。

だが物質的快楽を知ると、留めもなくラッシュした。

今や遺伝子改良までするという勢いだ。

*。
一部の人のは金になるが、多くの人には害となる。

金と権力で人の世界は、加害者と被害者に切り裂かれた。
これが権力と無力の世界だ。

*。
権力は金と快楽を、悪と暴力の代わりに使う。

金と快楽は、悪と暴力を強化し、
それを隠蔽し正当化し、
人を畜生・鬼畜・餓鬼とし、
悪魔地獄を作った。

それでもやるのかどうか決定を迫られ、
G20は強行を決定した。

恐慌を強行する。

自己否定・自己破壊・自己抹殺を自己責任・自助努力・自己管理とするトリックだ。

これが理論理性の罠だ。

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2009年4月 5日 (日)

感情のコスモロジー 絶対 相対 粒子

言葉で書けば同じ感情も、
その構造を見ると、いろいろあることが分かった。

絶対感情は、例えば優しさと残酷がMoebius構造になっていて、
表裏のごとく入れ替わる。

相対感情は、優しさと残酷がダイポールになっていて、
一体であるが、両者の距離が取れている。

粒子的量子的感情は、
優しさと残酷が独立していて、
自由感情とも言うべき状態で、
相互関係はなく、
それぞれの言葉に、波動としての感情が付いている。
波動として感情は重なり合うが、
言葉自体としては分離独立している。

*。
民族全体としては、それぞれの特性を持つが、
その中にいろいろの人がいる。

また絶対感情は、量子感情を絶対感情の一種として受け入れるが、
量子感情は、絶対感情に反応しない。

*。
これが日本音楽な西欧人に雑音になることに対応しよう。

     *。
日本人は絶対感情を持った人が多い。

日頃穏やかな人が、
突然、殺せ殺せの大合唱を起す。

日本は大虐殺を繰り返す国であるが、
そこに生まれて幸福だとする人が九割を超える。

*。
これが心の底から幸せを感じたり、
感極まって泣く現象の原因だ。

演歌的感情であり、Jポップでも変わらない。

*。
この感情の特性は、
心の底に弱者の哀しみが存在しない。

この感情は自由感情にしか対応しない。

*。
従って日本の感動文芸は、人間や人類の魂を揺さぶらない。

自由感情にあると、魂を揺らし、命に呑み込ませることが出来る。

クールジャパン系の文芸はこれが出来るが、
お上日本文芸にはこれがない。

*。
クールジャパン文芸は魂の文芸であり、
だから世界文芸になる。

お上日本文芸は衝動の文芸だ。
だから世界文芸にならない。

文芸でも音楽は、言葉の文芸でないので、
広く世界に受け入れられるが、
西欧には雑音となり受け入れられない。

西欧は絶対感情に感応しない。
これが西欧に軽く処理される理由だろう。

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2009年4月 3日 (金)

殺してくれて有難う

この対偶=否定文を作るとどうなるか。
心頭滅却すれば火もまた涼しい。

悪に怒らず、悪を憎まず、悪に優しくする。
対偶文を作ると、
善に怒り、善を憎み、善に残酷する。

*。
悪を憎まない、
それは自己に残酷し、良心を破壊し、神を殺害する。

三段階理論を適用しよう。
悪を憎まないことは、
善に悪を行い、善に暴行することだ。

かくして悪が強化され、
悪が隠蔽され、
善は悪を正当化する。

即ち、善は悪である。

*。
悪に対して善を行うことはどういうことか。

悪に対して悪を行う。
即ち正義を行う。

悪と悪は相殺され、理論的にゼロとなる。

*。
殺人に死刑を行う。

これはこの論理では妥当だ。

だがこれは殺人だ。
すると心は汚れる。

*。
悪に正義を行う。

殺人でなければ、心は汚れない。

心を汚したくなければ、殺人問題は神に任せる他ない。

それなら心頭滅却と同じではないか。
だが正義は、現実で行う。

正義を心の中に集約することは、何もしないことだ。

*。
だがいい心が出来る。

それは心か?
単なるいい気分ではないか。

ここに問題は焦点を失う。

*。
さてこの議論に間違いがあるか。

日本で日本人が日本人によって、
虫けらのように殺される時、
日本人に何が出来るか。

二つの文は対偶になっている!

この問題を処理することが、思考である。

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2009年4月 2日 (木)

人生は幽霊劇である

少年は理想を求め自我を形成する。

青年は自我実現に現実を生き、打ち砕かれる。

ここに自我は残痕の幽霊となる。

この幽霊こそが本当の自己である。

*。
自己はここにあるようでない。

それは幽霊だから。

   *。
多くの人が長い苦しい下積み時代を送る。

それは成功によって打ち砕かれる。

初めの夢や理想は幽霊となって漂流する。
この漂流する幽霊が真の自己である。

*。
ウソの中に漂う幽霊こそが真実である。

これが紫式部思想であった。

自分を幽霊にすることが、人生であった。

幽霊は簡単にはできない!

   *。
別の言い方をすると、
人はパラドックスを生き、
パラドックスを幽霊に昇華するのが人間現象である。

*。
パラドックス舞台によき能を演じる。

これが人間の真相である。

金や快楽に筒を抜かすことは、人間を壊すことである。
それが悪魔地獄だ。

*。
金や快楽は悪魔のお菓子だった。

それは畜生・鬼畜・餓鬼という悪霊を作り、
人を悪魔地獄に落とす。
人は悪霊となって生きる。

悪霊を少なくすることが社会制御だ。

*。
金と快楽にしか生きられない。
それが悪霊地獄だ。

それは現代人の世界ではないか。

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2009年3月31日 (火)

人生は能である

人が生きることは能である。

社会的自己をシテとし、精神的自己をワキとする能である。
シテとワキの間に、綺羅星が出れば能は成功である。

*。
すると宗教や道徳、成功や幸福追求は人生の否定である。

自己がそれらに呑み込まれている。
これは神から授かった自己ではない。

*。
「ラシーヌ」論でロラン・バルトは言う。

神や王や父で人は自己を作り、
社会を生きて、自己を喪失し、
喪失した自己に霊が現れる。

これが人間の存在構造だ。

これはシテ自己とワキ自己が能をやって、
そこに霊を出力することだ。

これは能と同じ構造だ。

*。
人生は能である。

ここに東西はコモンセンスを持った。

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悪魔地獄成立の仕組み

幸福と感動を求める、
不幸と不満を異物排除し、
それは自分たち以外の人の押し付ける。

即ち、自分たちは幸福と感動にありつき、
他の人に不幸と苦しみを分け与える。

幸福と感動は、
犯罪と狂気を強化し、隠蔽し、正当化する。

即ち、幸福と感動は強盗殺人であった。
これが幸福と感動の仕組みである。

*。
幸福と感動を求める。
これが現象である。

そのために犯罪と狂気に耽る。
それが実体である。

即ち、幸福と感動は強盗殺人である。
これが本質である。

*。
1.幸福と感動が欲しい。

2.幸福を感動を負け組みが出せ。

3.俺は幸福になり、お前らは不幸になれ。

この三段論法が、幸福追求であった。
これは公正と愛の世界に成立する。

公正とは認知症であり、
愛とは自閉症の別名だった。

何か文句があるか。
こういう人々を神仏は、神仏刑務所に入れた。
それが新自由主義グローバリゼーションだ。

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2009年3月29日 (日)

権力と無力の衝突

この世では、無力は大河であり、権力は激流である。
この二つの流れの衝突として現実がシミュレーション出来る。

草食と肉食の生態系としてみることも出来た。

*。
統合失調症やガンにこの流れ理論を適用できる。

統合失調症は、自分の中に自分を敵とする自分が存在し、
こう抗争を生きる訳だ。
敵が勝てば統合失調症の発症だ。

自分が勝っていれば、軽症状態だ。

*。
ガンの場合も、
自分と自分を敵とする自分が存在する。

敵が勝てば自己は死ぬ。

   *。
社会や自分の中に、二つの部分がある。

これはパラドックスとしても書ける。

これを二つの流れの衝突とすれば、
そこに渦が出来る。

これが統合失調症やガンの症状であろう。

*。
新自由主義を権力と無力の衝突と考える。

ここに渦が出来、両者とも呑み込まれる。

ここに生きる側と、死ぬ側への分裂がある。

だが結局両者は死ぬ。

即ち、早く死ぬか遅く死ぬかの違いだけだ。

権力側にはこれが見えない。

*。
即ち、権力はシテ、無料はワキとなる。

権力だけでは、その意味を解読できない。

権力悪の残恨を現すのは、ワキであり、
それをシテに語らせ、
すると偽善と欺瞞の演技は、
よきドラマとなり、目出度しとなる。

能は、現世の渦を制御することでもあった。

*。
権力の偽善と欺瞞の演技の意味を皆に分からせる。

これが現代哲学であろう。

  *。
いろいろの流れの衝突、
流れを衝突させないことがいいが、
衝突する場合は、損失を少なくする。
これが流体力学だ。

権力が生きるために、無力を殺す。
これは成立しない!

これをやる権力だ。
権力は相当阿呆で馬鹿で間抜けなことが分かる!

*。
知力の向上こそ、人類的課題だ。
即ちエリートは愚かさ指数であった!

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2009年3月28日 (土)

オタクは箱庭である 創造と再生産の複合

人の仕事に二種類ある。
今までなかったことをやることと、
今必要なことを今あることで賄うことだ。

創造と再生産だ。

*。
産業社会と国家による教育は、
創造性を破壊殺害した。

その結果、現状に閉じ込められ、
これが国家力となり、
社会が自閉症社会となった。

国家と産業は、既得権を頑固に守り、
閉塞感に人々を閉じ込めた。

法治国家産業文明は、文明刑務所となり、
人が自閉症になることを正常とした。

  *。
ここにオタクが発生し、
命の箱庭を作り、
ここに生きることで、監獄社会を抜け出した。

自己実現とは、命の箱庭を作ることだ。

この心の箱庭の巨大集積が心社会だ。

*。
オタクの箱庭に、創造系と再生産系は、統合される。

世界はこの箱庭の集積となった。

これが情報社会の真相であろう。

法治国家産業文明をレバレッジして、
箱庭の精神世界が打ち上げられる!

精神世界は箱庭の別名だった!

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感動は命の強盗殺人である

幸福や感動は、命や魂を殺して奪ったものである。
幸福や感動は命や心を殺さねば得られない。

命や心を殺して、そこに得た感動や幸福で、いい気持ちになる。

*。
感動の対偶=否定は、破壊と殺人である。

これを説明すれば、
感動産業は、犯罪や狂気、事故事件の差異を消し去って、
これを感動の機能に変えてしまい、
感動産業生活に取り込まれが人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
自己否定・自己破壊・自己抹殺を自己責任・自助努力・自己管理と思い込み、
自己否定・自己破壊・自己抹殺を楽しく消費し、
そこに幸福や感動や成功や癒しを生み出す。

感動産業は、自己否定・自己破壊・自己抹殺を
強化し、隠蔽し、正当化する。

即ち、感動や幸福は、命や魂を殺して奪ったいい気持ちである。

*。
幸福や感動は悪魔のお菓子であった。

これを食って人は畜生・鬼畜・餓鬼になり、
悪魔地獄を感動と幸福を持って生きる!

これが構造理性の現代の認識理解だ。

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2009年3月27日 (金)

強化→隠蔽→正当化は 理論理性の特性である

財布がない→お前が取った→金を出せ。

犯人がいない→お前が犯人だ→自白しろ。

*。
悪党は善人が黙っていることで、
悪を強化し、隠蔽し、正当化する。

即ち、理論理性は、批判という負帰還がないと、発振する。

悪を善が強化し、隠蔽することで悪が発振する。

*。
強化→隠蔽→正当化の三段論法は、発振手続きであった。

国に誤りなしと悪を強化し、
国を守ると悪を隠蔽し、
国のために死ねと悪を正当化する。

単なる現象が、手続きで実体化され、
それが国家や国民の本質に進化する。

*。
理論理性はこのような特性を持っていた!

理論理性に重大欠陥があった。

理論理性こそは、
極悪を強化し、隠蔽し、正当化していた。

理論理性に仕えることは、極悪を神や帝王にすることであった!

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感動は自己否定に実現する

成功と幸福、感動と癒しは、
自己や社会の存在を否定し、
自己否定・自己破壊・自己抹殺を
自己責任・自助努力・自己管理として実現成立する。

幸福や感動は、脱人間化を人間的なことと思って、
そこに見出される成功や感動を、
心や魂の実現とすり替え成立する。

それは心や魂を破壊することに成功し、
それを達成する喜びである。

*。
感動と幸福は、
人間性と社会を破壊し、
それを強化し、隠蔽し、正当化する。

即ち、感動と幸福に溢れた社会は、
人を畜生・鬼畜・餓鬼にし、
現世を悪魔地獄とする。

成功や幸福、感動や癒しは、
悪魔が地獄に釣るお菓子だ。

幸福や感動のお菓子を食べると、
既に持っていた心や魂を失ってしまう。

*。
理論理性はこのような世界を作り、
その解読をなかなか許さない。

構造理性は一発でこの事実を認識理解する。

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2009年3月26日 (木)

日本音楽はダイポール衝動 西欧音楽はモノポール感情

J-POPを西欧人は雑音として聞く。
即ち音楽に聞こえない。

日本人の音楽は衝動であり、西欧音楽は感情である。
衝動は感情に感応するが、感情は衝動に感応しない。

*。
衝動とは、思わず涙が出るとか、心の底から喜びがこみ上げることだ。
西欧人のこういう衝動はない。

日本人には阿吽の呼吸があり、
間合いといった現象がある。
西欧人にはこういう現象がない。

間はメトロノームでしっかり数える。

*。
日本人では、優しさと残酷が一体であるが、
西欧人では優しさと残酷は分離している。

西欧音楽はモノポール感情の総合システムだ。

*。
西欧音楽は、
西欧の町の人が極悪人を石をぶつけて殺すことを止めた頃に、
成立したのであろう。

感情の自由性を獲得した。

*。
日本文化に「あはれ」や「をかし」がある。
ここでは感情のモノポール化が起きているだろう。

それがクールジャパンだ。

衝動性も、ダイポール感情を操作できないが、
その一部には感応するので、
西欧音楽を聴くことは出来る。

   *。
小沢征爾氏は、よく演歌を歌うという。
これでは西欧音楽に一対一で対応しにくいだろう。

小沢氏のモーツァルトの歌劇やウインナ・ワルツは西欧音楽でないといわれる。

多分演歌の感性を持っていては、
衝動ダイポールがあって、感情モノポールと馴染めないのではないか。

ここに日本人文化の特性と限界がある。
即ち、日本人衝動はダイポールであり、西欧感情はモノポールである。

この複合に成功しても、日本人は西欧人のなりきれない。

なりきった人もいるだろう。
すると日本文化に適合しない。

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衝動はダイポール 感情はモノポール

ダイポールは磁気のように+と-が一対一体になってることである。

モノポールは電気のように+と-が独立していることだ。

*。
日本人の衝動は、優しさと残酷が一対一体になっている。
どっちが出るかは、相手と場合で決まる。

感情の場合は、優しさと残酷は独立している。
どっちを使うかは、時と場合と人によって違う。

*。
西欧の三百年前は、優しさと残酷が一体であった。

その頃は町の異物を町の広場に連れ出し、
町の人々が石をぶつけて殺していた。

悪党が悲鳴を上げ、血飛沫を上げると、人々は歓声を上げた。
これが町に人の楽しみであり、祭りであった。

これを繰り返している間に、
残酷だということになり、止めることになった。

即ち、優しさと残酷は、モノポールになった。

*。
日本では殺人者に極刑を求め、殺せ殺せの大合唱となる。

即ち、優しさと残酷は一体である。

国民にとって、死刑は間接死刑であり、
どんなに残酷なことか分からない。

だから死刑は極刑を望む遺族に直接殺させ、
それをテレビで放映する。

これをしない限り、優しさと残酷はモノポール化にならない。

即ち、人類水準の感情に達しない。

*。
衝動はダイポールであり、感情はモノポールである。

この概念と論理を使うといろいろの現象が解明される。

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2009年3月24日 (火)

進歩と調和の最適化

保守と革新の二成分が負帰還を形成すると最適化が成立する。

二成分が発振すると、社会は崩壊する。
或いは一成分となると発振である。

共産主義は一党独裁であり、
発振システムであり、安定性はない。

ソ連の崩壊は、
発振システムのサチュレーション現象であった。

アメリカの崩壊は、金権独裁となり、
発振しサチュレーションして崩壊した。

*。
この事実を認識すると、
Goedelの不完全性定理は、
増幅器と負帰還装置からなり、
これは同一化できず、
即ち決定不能系を形成し、
だからただ一つ正しい二者からなる統合系が存在することを言う。

更に無矛盾のシステムは、存在できないことを言っている。

即ち、矛盾やパラドックスを最適化する負帰還である訳だ。

これが絶対矛盾の最適化だ。

*。
日本で自民党と社会党という絶対矛盾が、
負帰還システムと作り、
人類の成長と安定の奇跡を達した訳だ。

これは平和憲法を消点として成立した。

*。
矛盾やパラドックスを負帰還システムにする存在の秘法だ。

生命は生と死という矛盾を最適化したものだ。

世界の存在構造がここに解読された。

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感動産業論 感動は自分と他人と社会を殺す

日本人は感動・いい気持ち民族である。
一日に一回はいい気持ちになる。
これが一日一善であろうか。

必死になって一日一善に明け暮れる。
これが日本力であろう。

なんでもない話も、感動に盛り上げる。
この美粧術が高度になってきた。

*。
江戸時代のお姫様の物語がはやった。

日本の主婦なら誰でもやっていることだ。
家族のために耐え、困難を切り抜ける。

この閉塞感とそこに出来る心の闇が問題ではないか。

問題に耐えることが問題なのではない。
問題が起きないようにするいことが重要ではないか。

*。
最近、イスラエルで「卵側に立つ」といういお経を唱えてきた人がいた。

あまりにありがたさに、少なからずの人が感動し、心を癒した。

即ち、心頭滅却すれば、殺人もまた涼しい。

殺人を前に、いい気持ちになった。

これが仏教や儒教の方法だろうか。

*。
こんなことでいいんだろうか。

感動産業は、生死の差異を取り去り、
癒しを社会の機能に変えることに成功した。

感動産業に取り込まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
自分や他人や社会の殺人を、
人間的なことと思って、
楽しく消費し、
そこに暖かい感動と優しい幸福を作り出す。

*。
これは消費産業の方法だ。

消費産業は、喜怒哀楽の差異を取り去り、
いい気持ちを社会の機能に変えることに成功した。

消費産業に取り込まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
自分自身の脱人間化を、
人間性の発露として、
楽しく消費し、
そこに感動と幸福を実現する。

そして人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、
現実は悪魔地獄となった!

*。
これが感動と幸福産業である。

*。
感動と幸福は、強盗殺人を強化し、
それを隠蔽し、正当化する。

即ち、感動と幸福は強盗殺人である。

大GDPは略奪を殺戮であった。

対偶文思考をすれば、
この世界の存在構造は一目瞭然だ。

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2009年3月23日 (月)

理論理性は理論理性を世界から排除した

医学は医学を排除した。
国家は国家を排除した。
文明は文明を排除した。

幸福は幸福を排除した。
感動は感動を排除した。

人間は人間を排除した。
人類は人類を排除した。

*。
理論理性は理論理性を排除する方法だった。

自己排除、即ち自殺を前提に快楽にありついた。
それが理論理性の方法だ。

理論理性は世界を食いつぶし、
ある程度の段階になると死ぬ。

*。
理論理性はウソである、理論理性が言った。

ウソの中の真実、
これはパラドックスであり、
使い方が悪いと自分を絞め殺す。

   *。
光源氏がパラドックスに絞め殺された。

紫の上はパラドックスに絞め殺させることで、天に帰った。

パラドックスに殺されるか。
パラドックスに殺させるか。
パラドックスを作らずに生きるか。

*。
パラドックスに関わらない方法が、普通に生きることだ。

貧乏を生きるとパラドックスに関わらない。

これを越えようとすると、パラドックスの迷宮に落ちる。

源氏物語はこの神のプログラムを解読していた。

*。
豊かさを求めると、パラドックスに堕ちる。

*。
ジェイン・オースティン・シミュレーションしよう。

幸福を求める。
いい気分になる。

それは不幸を異物排除することだ。

それは現実を異物排除することだ。

そこには人も世界も無い。

そこにはろくでもない人と世界がある。

*。
理論理性はろくでもない人と世界を作る方法だった。

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2009年3月22日 (日)

右や左のだんな様時代の終わり

阿呆バカ間抜け。
お前の方こそオンタンチン。

メンコ三枚足りない。
これ三枚とお前のそれを交換して。

子供の遊びだ。

*。
だが日本では大人がこれをやっている。

一人称衝動に大人も子供もない。
上下があるばかりだ。

左右に分かれ、怒鳴り合いをして、
俺が勝った、お前の負けだ。

こんな言論の時代は終わった。

*。
日本は一人称衝動の世界を終わりつつある。
即ち、皆一緒が重たくなった。

皆一緒こそいじめ殺しシステムだ。

この現象が自閉症現象であることが分かってきた。

これに正当防衛する高等自閉症だ。

*。
自閉症同士が争い、偉い方が勝っていた。

その結果、学校も国家も壊れた。

自閉症同士が喧嘩闘争すると、
強い方が勝つが、
すると学校や国家が壊れた。

勝ち負けがなくなり、
即ち、国家や学校が壊れた。
即ち、リセットされた。

そこでまた同じものを作り始めた。

人が付いてこなくなった。

国も学校もまとまりのないモノとなった。

*。
これが破壊産業である。

偉い人が消えて、皆同じになって、
それが新しい社会の機能となった。

破壊産業に取り込まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
皆同じとして、
これを人間的なこととして楽しく消費する。

そこで偉い人として振舞う人は、
認知症や自閉症や統合失調症として振舞うしかない。

*。
阿呆バカ間抜け、
お前の父ちゃん(=偉い人)糞ったれ。

返す言葉もない偉い人たちだ。

ガキたちは殴らなければ分からないのだ。

どっちがガキなんだ。

ガキに中に偉いガキと偉くないガキ、
同じガキなら踊どらにゃソンソン。

何やってんだろう。
皆踊っている!
これがホントの阿呆踊り!?

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2009年3月21日 (土)

パラドックスの間 隙間

ソニーの創立者の井深大に「隙間」戦略があった。

西欧製品には隙間がある。
製品には、製品化されていない部分がある。

日本人の箱庭センスから見て、
何か入れておきたいものがある。
何か欠けているものがある。

ソニーの小型化戦略は、箱庭化戦略といえる。
そこで箱庭としての充実度を高くする。

*。
これを大きく考えると、
西欧は無矛盾を考える。

だがそこに矛盾したものを見つける。

つまりリアル階型とメタ階型の間を問題とする。

箱庭化は、リアル世界にメタ化でもある。
即ち、メタ階型からリアル階型を見ることでもある!

ここに無矛盾追求では見えないものが見える。

ここにイマジネーション・エレクトロニクスが成立した。
それは西沢潤一が発展させている。

*。
箱庭化は、世界を地下迷宮から見たことだ。

ちょっとした違いに見えても、深さがダントツに違う!
日本人は意識しないでやる。

ただしお上のいない世界でだ。

*。
無矛盾産業の矛盾は公害だ。

すると日本はこれを処理する能力を持つ。
これが隙間産業でもある。

日本人はそれを分からないで自動的にやる。

構造理性を使うと分かる。

*。
無矛盾の生んだ矛盾が、公害だ。

その絶対矛盾の自己同一化をする能力が一人称衝動にある。

環境産業は、隙間産業であり、箱庭産業だ。
即ち、産業文明自体の箱庭化だ!

美しい箱庭こそ、低公害の箱庭だ。

**。
今回も我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光あれ。

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2009年3月20日 (金)

底の抜けた幸福 人の土台は心である

人や社会は幸福になるほど、孤独と無力感にさいなまれた。

それを感動と癒しで、緊急避難した。
それは悪への現世の丸投げだった。

悪と感動のいたちごっこやもぐら叩きだ。
悪と幸福の鬼ごっこや隠れん坊だ。

これが悪と幸福のパラドックスを遊ぶことだ。
だが何時までも止められない。
夜もうなされる状態だ。

遂に疲れ果て、遂に人も社会も壊れた。

幸福や感動に安定はなかった。
考えれば、幸福や感動を発振させたのだ。

遂にサチュレーションに至り、
人も社会も疲れ一杯に壊れた。

これが人類のうつ病時代だろうか。
地球社会が精神病院のなったのだろうか。

    *。
ここでまともな人は、心を生きる。
この人たちが、登校拒否とフリーターである。

その人たちを精神障害とする精神障害社会だ。

*。
すべての人が精神障害者となった。

正常とな何か。
精神障害社会に異常といわれる人たちだ。

異常な人とは何か。
心ある人たちを異常とする人たちだ。

正常が異常、異常が正常。
新型シェークスピアのパラドックスだ。

ウソの中に真実があります。
紫式部のパラドックスだ。

昔からこうだった訳だ。
昔の人はそれを知っていた。

現代人はそれを知らない。
即ち、豊かになることはバカになることであった!

即ち、人の人たるゆえんは心あることだ。

豊かさより心が大切だ。
バカにはそれが分からない。

*。
バカがバカであることを知る。

それは出来ない。
これが人間の限界か。

そんなこと知らなくてもうまくやれる。
心を生きることだ。

昔の人は自然にやっていた。
どうしてだ。
貧乏だったからではないか。

貧しいものは幸いなるかな。
貧しさには神が宿る。

だが今貧しい人は殺される。

だとすれば殺されることは天に帰ることではないか。

するとこれ以上の幸福はないことになる!

これが構造理性の結論だ!

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幸福は悪魔に現世を丸投げした

幸福や感動は悪魔のお菓子であったから、
これを食べて人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、
悪魔地獄に堕ちた。

ここに悪魔産業が成立し、
これは主体の差異を取り去り、
人類皆同じとなり、
悪魔のお菓子を製造販売消費することを、
地球社会機能に変えた。

その結果、悪魔産業に取り込まれた人は、
最早葛藤を覚えることなく、
自分自身の脱人間化を、
人間的なことと思い、
畜生・鬼畜・餓鬼を楽しく消費し、
幸福と感動に耽る。

人々は、自己否定・自己破壊・自己抹殺を
自己責任・自助努力・自己管理として楽しむ。

ここに孤独と無力感が発生し、
それをファンタジーで、
幸福と感動に錬金術する。

これが金と快楽の世界だ。

それを新自由主義グローバリゼーションと名づけた。

*。
人は幸福と感動にしがみつき、現世を悪魔に丸投げした。

ここに幸福に苦しみ、
満たされない感動にしがみつく人々がいる!

ここに生きることが出来ない人が生まれ、
根本を誤った人々がいる。

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2009年3月19日 (木)

理論理性の対偶は 愚かさである

理論理性は、天国を作った積もりだ。
だがそこに出来た世界は、悪魔地獄だった。

理論理性の対偶は、ファウスト博士とフランケンシュタインだからだ。
そこは当然、悪の華の咲き乱れる、死の舞踏の世界だ。

ゲーテの時代は、対偶を知っていた。

文明は没落した後に、絢爛豪華に開花した。
そこは幸福と感動に溢れる悪魔地獄だった。

それをすぐに認識できなかった。
悪魔だって馬鹿ではない。
直ぐ見破られるようなことはしない。

今だって現代が悪魔地獄だと認識した人は少ない。
まだばれていない!

何時になったら認識できるだろう。
あと五十年掛かるかも。

その時は…。
利口の対偶はバカであり、
両者は同時に現世に存在する。

人はこのパラドックスに存在する。
その対偶共振に、プラスとマイナスが存在する。

理論理性はマイナスを掴んだ。
構造理性はプラスを掴む方法だ。

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幸福と感動は 愉快犯罪であり 快楽殺人である

幸福と感動の対偶は、強盗殺人である。
対偶は現実にワンセットで成立する。

従って、幸福と感動は、現実を破壊する愉快犯罪である。

即ち、幸福と感動こそは、快楽殺人であった。

*。
人間人類は、悪魔のお菓子に引っ掛かってしまった。

幸福を感動を食って、畜生・鬼畜・餓鬼となり、
悪魔地獄に感動と幸福を求めた。

*。
虐げられたものは幸いなるかな。
神に出会うであろう。

弱者は心を神から授かった。
それは権力の贈り物であった。

貧しいものは幸いなるかな。
心が与えられ、心を生きるだろう。

*。
真の心は虐げられないと与えられない。

真の心は貧しいものしか授からない。

だが殺されることは論外だ。
それは神のプログラムの悪用に起きた。

これをどうするかは、神は人に委ねた。

*。
即ち、幸福と感動を求めることは、
人が畜生・鬼畜・餓鬼となり、
悪魔地獄を作ることだった。

即ち、多くの人が幸福と感動を求めない世界を作ることだ。

*。
即ち、幸福と感動は快楽犯罪であり、快楽殺人であった。

**。
今日もまた我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光のあらんことを。

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2009年3月18日 (水)

対偶で考えよう 聖戦 自存自衛…

対偶とは、ある文章とその文章の否定文が、等価であることを言う。

自由と正義の否定文は、略奪と殺戮である。
両方の文章は、等価同型だから、
自由と正義は略奪と殺戮であるとなる。

宗教や道徳の恐ろしさは、
それを実行すると異物排除の破壊と殺人となることだ。

そうならないために考え出された愛である。
自分と他人を同一化することだ。

愛のない宗教道徳は、異物を簡単に殺人する。
これが愛国心の恐ろしさだ。
愛国心は自分と他人を全く同一化している!

*。
愛と心と愛国心はどう違うのだろうか。

愛は人間性において人を同一化する。
相対的同等性といったらいいだろうか。

愛国心は人をモノ化し、記号化し、同一化する。
人間性は抜けている。
絶対的同一化といったらいいだろうか。

愛は現世を豊かにするが、
愛国心は現世を破壊する。

*。
日本人が心とか知性とか感性といっていることは、
人をモノ化し、記号化した人間ロボットの性能をいっている。

日本世間の成功者が弱者になった時、
そこに見ものは、モノとしての記号としての愛や心であった。

それでは生きられない!
その切なさ虚しさを慟哭したら、
それが人の気持ちに衝撃を与えた。

これは感動に見えるが感動ではない。
孤独と無力感の発見だった。
それに感動した!

それは弱者の悲しみの正体だ。

このような感動を生まないことが、人間性だ!

*。
それは皆で苦しみ、
その中に喜びと分かち合う世界だ。

これが愛と心の世界だ。

それが抜けた、孤独と無力感、
その発見に感動する。

これは感動の抜けかすや抜け殻であり、蜃気楼や妄想や空想だ。
ここに孤独を喜びに変え、
無力感を愛でて審美する対象としたのだ。

これは対偶現象である!

    *。
感動と癒し産業は、
破壊や殺戮を聖戦や自存自衛の差異を消し去って、
それらの複合体を社会機能に変え、
最早葛藤と覚えることなく、
破壊と殺戮を自由と正義と定義し、
或いは感動と癒しと定義し、
破壊と殺戮を人間性の表現と思って、
楽しく消費し、
そこに感動と癒しを作る。

現代の感動小説はこの類の現象だ!

*。
即ち、聖戦は破壊と殺戮であり、
自存自衛は、日本の世界支配であり、
アジアの列強からの解放は、日本支配であった。

これを人間的ないこと思い、
日本の使命と思い、
破壊と殺戮を幸福と感動を持って遂行した!

*。
現代の若者を感動させる日本の感動小説も、
大日本帝国現象だ。

今度は外国の若者を取り込んだ。

孤独と絶望の破壊に見える現象は、
人間と世界の破壊と殺戮である!

ここには愛も心もない。
だが感動と癒しに溢れる!
それがファンタジーであろう。

これは弱者の哀しみの蜃気楼ではないか。
即ち、そこには心も愛もない!

   *。
愛も心もない感動と癒し!
それは感動であって感動でない。

だがこのパラドックスに本物の感動も作られる。
即ち、孤独と感動の対偶共振に、
プラスモードとマイナスモードがあった。

これが構造理性だけに見える世界だ。

**。
今日もまた我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光のあらんことを。

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2009年3月17日 (火)

国際競争に勝つために国を壊した

国際競争に勝つために、労働の自由化が必要だ。
そのため国は壊れた。
企業も荒廃した。

ジェイン・オースティン論理で読んでみよう。

いい男と結婚したい。
いい男を追っかけ回す。

自分がいい女になってくる。

それは妄想のいい女で、
自分をいい女にすることを異物排除していた。
即ち、ろくでもない女になっていた!

これを見て笑っている人々も又、
立派な人になったと思う。

それは思い込みであって、
自分をいい人にすることを異物排除していた!

*。
国際競争に勝つ、
労働の自由化が必要だ。

年功序列を守って、日本を殺す気か。

即ち、いい日本妄想に耽った。
その結果、日本と日本人は破壊された。

そこには金のために人を殺す日本が成立した。
日本は強盗殺人国家となっていた!

*。
国際競争の勝つために、
勝つ事以外が見えなくなっていた!

視野狭窄、頑固、即ち、認知症&自閉症になっていた。

もともと日本人の一人称衝動は、認知症&自閉症であった。

即ち、出来ないことをやり、
やってはならにことをやっていた。

*。
もともとお上日本は反Goedel帝国だ。

国際競争に勝つ、立身出世は、精神障害を生きる方法だった!
自分を苦しめ、他人を苦しめ、世界を苦しめた!

これが今・これ・ここ症候群だ。
その結果がどうなるか考えることが異物排除されていた!

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2009年3月16日 (月)

悪党に現世を丸投げした感動文芸

強盗殺人組織に現世を売って、感動を買った劣悪文化症候群である。

感動と癒し文化全盛のアメリカと日本だ。
そこでは悪党が現世を占拠し、犯罪社会となった。

感動文化は、悪党を強化し正当化した。

*。
ジェイン・オースティン論理で考えよう。

感動文化でいい気持ちになる。
世界はいい世界だと思う。

そこで人は殺され現実は破壊された。

オースティン論理は、ナッシュの均衡理論そのものだ。

対偶構造理性で待遇文を作ればそれが分かる。
即ち、感動と癒し、成功と幸福の対偶は、強盗殺人である。

天国を作ったら地獄が出来た!
対偶効果だ。

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合理性の効用

あらゆる問題は解決可能であり、
合理的考えに徹していれば、必ず問題解決が出来る。
ランド研究所

こんなバカげた考えを本気にする連中がいた。
彼らはゲームの理論やシステム理論などを作り、
27人ものノーベル賞学者を輩出した。

*。
合理性を評価するのかしないのか。

合理性にはいいことも悪いこともある。
Goedelの不完全性定理第一定理でいえることだ。

問題を合理的に処理することは無矛盾だ。
だがそれは実現しない。
Goedelの不完全性定理の第二定理だ。

*。
この文脈で、Goedelの不完全性定理は科学の特性を言っている。

科学そのものは、
いいことであるともそうでないともいえない。

だから偉大な成果を上げることもある。
だがとんでもないことも仕出かす。

*。
ここに科学の本質を見る。

世界は機械だ。
世界は合理的に出来ている。

そういうバカげた仮定で、科学は作られた。

そこの実に美しい理論が多数作られた。

だがそれを真に受けて、
実行したら自然を破壊してしまった。
自己否定・自己破壊・自己抹殺に陥った。

自己責任・自助努力・自己管理がなかった。

*。
科学は世界は機械であり、
即ち合理的に出来といるという仮定で作った。

この仮定を拒否すると、科学は作れない。

*。
紫式部思想では、ウソの中にこそ真実がある。

だがその全体はウソであり、
嘘つき遊びの範囲で、真実となる。

ウソを使って、ウソとならない。

これが最適化だが、
ウソが金や快楽になると、
ウソが本気になってしまう。

これで自己否定・自己破壊・自己抹殺に陥る。

*。
人間のやることは皆ウソだ、人間が言った。

ここに人間は存在する。

これがGoedelの不完全性定理だ。

*。
人間行動で、
最大の利益を上げる戦略はウソと付くことだ。

対偶を取る、

損害を最小にする戦略は、真実を行うことだ。

ナッシュの均衡理論だ。

*。
Goedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論を行うことが、最適化だ。

法治国家や産業文明は、
合理的に見えるが、合理的ではない。

少なくも最適を外せば、適当でない世界となる。

地球社会はこの罠に落ちた。
このコントロールの方法が見つかった。
それが負帰還だ。

負帰還は自己組織化であり、動的平衡であり、生命化現象だ!
生きているということは負帰還が掛かっていることだ。

だが生命の発生には正帰還が必要だ。

これがプルゴジンの散逸搖動定理だ。

**。
今日もまた我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光あれ。

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2009年3月15日 (日)

人権宣言は 無力殺し宣言だった!

思想は内なる心の外的実現である。

内なる精神は外なる思想となる。
ここには必然性がなければならない。

それは神の意思の実現だから。
即ち、思想は神の意思である。

神の意思を引き出す、
或いは神の意思を授かる人がいる訳だ。

紫式部とかシェークスピアがそうであろう。

*。
自由と正義は神の意思ではない。

それに人は感動した。
それは残忍な権力でしかない。

自由と正義は王侯貴族に代わる権力であった。
しかも人をうまく騙せた。

西欧理性の欠陥を巧みに突いた。
人は反駁出来ないどころか、感動した。

即ち、自由と正義は、人と世界の破壊であり、それを正当化した。

*。
即ち、国家は人を騙して絶対権力を手に入れた。
ここに無力を殺して食う絶対権力が成立した。

これは対偶を採ればすぐ分かることだ。
即ち、自由と正義の対偶は、破壊と殺人である。

ここに強盗殺人国家が感動と祝福を持って成立した。

人権宣言は、実に弱者殺し宣言だった!

自由と正義は、理性の暴行と暴走だった!

これを見事に実現したお上日本だ!

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ベストセラーはマッサージである

感動や幸福はマッサージである。
その時はいい気持ちになるが、
人も世界も成長せず、
マッサージ依存症となり、
人も世界も崩壊する。

ベストセラー争い、視聴率競争は、
マスコミと人を破壊した。
その結果不況にあえぐ。

自己否定・自己破壊・自己抹殺に成功した。

*。
自己責任・自助努力・自己管理の対偶は、
自己否定・自己破壊・自己抹殺である。

小泉改革で日本と日本人は破壊された。
改革と破壊は対偶であった。

改革は破壊である。
創造と破壊の対偶共振には、
よい破壊と悪い破壊があった。

理論理性はこの二モードの存在を知ることがない。

*。
ファシズムの創造と破壊は、悪いモードである。

ファシズムは、人の破壊と殺人衝動と、創造進化との悪い対偶共振である。

人のファシズムへの熱狂的服従は、悪い対偶共振であった。
悪に熱狂したのだ。

理論理性にはこれが妄想であることが認識できない。

理論理性はスカラーであるため、
+と-を絶対値化し、
その方向を認識できない。

理論理性は、進化と退化、建設と破壊の区別が出来ない。
悪い対偶共振しか取れない。
世界が見えないからだ。

*。
理論理性はスカラーであり、
構造知性はベクトルである。

スカラーで見てやり得る世界は、
自己責任・自助努力・自己管理が自己否定・自己破壊・自己抹殺になる。

ベクトル知性にしか向上はない。

**。
今回もまた我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光あれ。

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2009年3月14日 (土)

空想産業 いい女 自分にあった仕事 人によく思われる

人々は消費快楽にボケてしまった。

いつも好きな時に好きなようにやらせてくれる女、或いは男。

自分にあった生き甲斐のある仕事。

人に喜びを与え、称えてくれような自分。

これらは妄想だ。
快楽にボケて、このような妄想があふれ出した。

妄想だから、そうでないことを激しく否定し排除する。

こうなると手が付けられない。

*。
ジェイン・オースティン論理で考えよう。

溢れる快楽に耽っている。
すると自分がいい人間になったように思えて来る。

それは自分を壊していたのだ。

壊れた自分に相応しい相手や職業。
これは無いものねだりだ。

*。
幸福や感動や癒しは自分を壊していた。

幸福に自分も人間性も破壊された。

人間であることの喜びを無くした。

そこには孤独と無力感があるばかりだ。

それを癒す高度な感動物語。
人は空想世界に飛び立った。

現実との乖離が激しくなる。
現実を失った。

いや現実を壊してしまった。

かくして現実遊離の快楽があるばかりだ。

これは子供の空想とは違う。
自己と現実の否定だから。

現実も自分も生きていない。
これが空想産業だ。

こうなると現実や自分を生きることは、過激に辛いこととなる!

かくして現実は悪党の手に委ねられた!

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2009年3月13日 (金)

愛と癒し

愛は自分ひとりでは成立しない。
自他や社会に成立する。

癒しは自分ひとりで成立する。

即ち、愛は社会の運動や人の関係性に成立する。

癒しは唯我独尊である。

*。
西欧は人の関係性や社会の運動性に生き甲斐を求める。

東洋は自分の内面である心に安心を求める。
だから東洋は社会を悪党に任せてしまう。

西欧は愛のために人を殺しさえする。

東洋は悪に殺されることに我慢する傾向だ。

*。
現代に両者が衝突した。

東洋は悪党に殺され過ぎている。

西洋は悪を殺しさえするので、残酷に見える。

*。
結果として西欧が東洋を制覇した。

東洋は人間関係に生き甲斐を作っていなかった。

西欧の人間関係に有色人種は入っていなかった。

これらを整理統合する時代になった。

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死刑は神の冒涜である

人を殺す人も神が作った場合がある。

人すべて神が作ったとすればそういうことになる。

それを死刑にすることは、神の意思か。

すると人を殺し合いさせるために、
神が人を作ったといえる部分があることになる。

*。
人を殺すことも、死刑にすることも神の意思となる。

すると人を殺しても死刑にしなけば、殺人数は少ない。

死者の数を多くするいことは、エントロピーを上げる。
即ち、秩序を悪くする。

これはいいことではない。

*。
エネルギー論に立てば、
殺人に死刑は反作用だ。

エントロピー論に立てば、死刑は却って秩序を悪くする。

力を生きるか心を生きるか。
全く違う世界が出来る。

*。
死刑は人の意思であることは確かだ。

神の意思とは言い切れない。

即ち、死刑は殺人の肯定だ。

殺し合いは発振だ。
これは本来の機能ではない。

*。
死刑は神から授かったシステムの人の意思による運用だ。

即ち、死刑は神の意思ではない。
即ち、神の冒涜だ。

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幸福は悪の発振器である

幸福や感動と良心良識の関係を考えてみよう。

幸福に良心の負帰還が掛かっていれば、
腹八分目の満足があり、
気持ちが安定し、
幸福とは言わなくてもよい。

幸福とか感動は、それは度の過ぎた場合で、
それが腹八分目であれば、
平穏とか静謐というのであろう。

*。
即ち、幸福とか感動は、
平穏や静謐が発振した場合だろう。

幸福や感動に安定性がない!

これに気が付いた登校拒否とフリーターらの心ある人たちだ。
心を生きるようになれば、
所得・欲望・消費など腹八分目ですむ。

大量消費なぞ雑音以外に何ものでもない。

*。
即ち、幸福や感動に幸福や感動はない!

これはトートロジーだ。
即ち、等価同等だ。

感動と幸福の対偶は、破壊と殺人だ。

これがトートロジーであった。
即ち同じ物事や事態の両面であった。

*。
感動や幸福が消点である内は問題がない。

だがこれを実現し始めると、
感動や幸福を妨害する反対成分を異物排除し始める。

これは人の心や社会の均衡を排除することだ。

均衡を破壊した感動や幸福は、そのかけらであって、
真の感動や幸福ではない。

*。
感動や幸福は壷であり、
それを成功物語や立身出世で実現することは、
その壷を壊して、
それを再現することだ。

それは既に幸福や感動ではない!

   *。
このトリックは理論理性や金権力が、発展していなかった頃は、
感動や幸福は悪魔のお菓子であることを人類は知っていた。

感動や幸福が金や権力になった時、
即ち、感動や幸福が、モノ化され、記号となった時、
金と感動、幸福と権力の差異が消滅し、
社会の機能に組織化され、
感動と幸福は金と権力と同一化し、
犯罪と狂気に耽ることを、
最早葛藤を覚えることなく、
良心良識を踏みにじることを、
人間的にことと思って、
犯罪と狂気を楽しく消費する。

犯罪と狂気に中に、幸福と感動を作る。

これが地獄の幸福だ。

*。
感動と幸福で人間性を殺して、
畜生・鬼畜・餓鬼となり、
地獄に楽しく感動と快楽を製造販売消費する!

このトリックは構造理性が見破った。

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感動を求めて作り話に耽る…

子供は誰も作り話をする。
精神の成長現象だから。

だが世界は大人が作り話に明け暮れる。
その結果、現実を悪党が占拠する。
悪党と戦わなくなったからだ。

この結果、現実は精神病院になってしまった。
誰もいかれた状態だ。

*。
現実が精神病院になったために、
まともの人が精神病院に入ってしまったとさえ思える。

異常な社会に適応できない人がなる精神病ではないか。

異常な社会に適応した人がなる高次精神病だろうか。
いや偽装精神病か。

そうしないと現実を生きられない!

*。
皆いかれっちまった。

殆どの人がいかれた場合、
いかれた人が正常となる!

これが社会常識だ。

    *。
皆異常な時、それが正常となる。

これはパラドックスだ。

人類皆嘘つきだ、人類が言った。

*。
ここで異常を正常にする手続きがファンタジーではないか。

異常者が夢の中に見る正常、
これは正常か異常か。

正常への願望であることは確かだ。

ファンタジーは正常への願望ではないか。
即ち、現実が異常である。

*。
現代人の夢と希望は、正常になることだ!

正常になることに成功し、そこに幸せを見出す。

社会からこれは反社会人であり、精神障害者だ。

その人たちこそ、登校拒否とフリーターだ。

ファンタジーでなく、心を生きている!

  *。
心を生きる人々を異常とする異常な社会。

理論理性の陥った罠だ。

*。
自分は社会適応している。

故に自分は正常だ。

それが心と世界の破壊だ。

その自白証拠であり、アリバイであるファンタジーではないか。

即ち、ファンタジーは異常的正常のアリバイである。

*。
冤罪事件、虚偽犯人は日本のファンタジーである。

感動と癒しは、虚偽ファンタジーである。
人間性未熟を意味するだろう。

*。
ここを抜けることこそ喫緊の問題だ。

正常と異常の絶対矛盾的自己同一、
この先端に日本がある。

ハーイ皆さん、ハーイ皆さん、ご一緒に。
これが異常な現象であった。

マッチ擦る束の間に→誰が故郷を思わざる→モカ珈琲はかくまでにがし。

中原中也と寺山修司は、絶対矛盾の自己同一を遊んでいた!
これが異常世界の正常であろう。
彼らはファンタジーを生きていない!
心や精神を生きている!

*。
現代の正常は心を生きることだ。

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2009年3月12日 (木)

感動と癒しは社会に目を閉ざした閉ループである

仏教や儒教を初めとする感動と癒しは、
社会から引きこもった閉ループであり、
社会を劣悪化する。

即ち、集団自己満足であり、
これは社会悪と戦う人々へのいじめ殺しである。

即ち、感動と癒しは人間性のいじめ殺しである。

*。
このコンテクストの立てば、
一神教は人間や人類のいじめ殺しである。

即ち、自分と異なるものの異物排除であり、
それは人間性のいじめ殺しである。

即ち、一神教は消点であり、
現世にそれを設定できない。

それをしたから有害無益の宗教対立が起きた。

*。
実に一神教や感動小説は社会的狂気であり、
社会秩序の破壊者であった。

幸福や感動を得ればいいというものではなかった。

他者や外部を異物排除してはならない。

宗教や道徳、感動や幸福に成立条件があった。

*。
異物排除する一神教は、妄想でしかない。

妄想だから、異物排除する。
そうしないと成り立たない。

宗教や道徳、感動や幸福が、世界の混乱原因だった。

いいこと悪いことの同一化、
これが出来るのは構造理性である。

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2009年3月10日 (火)

感動と癒しの資源は強盗と殺人である

感動と癒しは強盗殺人を製造販売消費する。

即ち、感動と癒しは、強盗殺人を強化し隠蔽する。
即ち、感動と癒しの対偶は強盗殺人である。

感動すればするほど犯罪が増える。
犯罪が増えるほど感動と癒しが必要になる。

犯罪と感動は発振機能であった。
相互に必要であり、互いを強化する。

*。
春よ来い!早く来い!
歩き始めたミヨちゃんが。
表に出たいと泣いていた。

対偶共振から出なくてはならない。

だが対数共振に、いい場合と悪い場合があった。

いい場合がいい音楽を奏でる場合だ。

悪い場合は、人と世界を壊す場合だ。

人は未だそれを知らない。

*。
いい場合の選択には努力が要るが、
悪い場合は努力は要らない。

努力を知らない人には、地獄しかない!

金の餌で釣られた人は、地獄に行く。

そこに生きるに値しない社会が出来た。

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仏教や儒教は閉ループである

閉ループは、外部の無い世界である。

電子工学では、閉ループを組み合わせ、
それらに入出力端末を付けて、
外部と関係する。

自己は閉ループであっても、
自己に入出力部を付けて、外部の一部となる。

*。
仏教や儒教的生き方は、
外部で起きた問題を心の問題に還元し、
心を成長させることで対応する。

ここでは外部は野放し状態になる。

この外部には心を苦しめる悪が野放しにされる。

それがますます心を成長させる。

だが外部は悪に任され、
悪を野放し同然とする。

*。
かくして現世は悪が支配する。

だが心は天国いい気持ち。

社会が生む苦しみを、心の問題に還元、
心を調整して、
外部は地獄でも、心は天国となる。

これでいいのだろうか。
即ち、閉ループの生き方でいいのだろうか。

     *。
ここでいえることは、
心はいい気持ちでも、世界を悪に任せたことになる。

これは無責任ではないか。

*。
悪と戦う人が現れると、
そういうい人を心の破壊者として扱う。

現世の悪を野放しにしながら、
それと戦う人を悪として諌める!

悪はますます野放しにされ、
いい気持ちは現実からますます離れる。

    *。
悪もいい気持ちも発振し、
現実も心もますます乱される。

*。
こんなあり方は間違いではないか。

あまりにも子供っぽいのではないか。

*。
ここに悪を強化し正当化してしまう仕組みが現れる。

心の方法は、悪と心を対偶共振し、人と現実を破壊する。

これがナッシュの均衡理論だが、
そのような理論の形成も閉ループには出来ない。
心を閉ざしている!

  *。
それなのに科学産業を受け入れる!

閉ループの幸福と感動は、自己否定・自己破壊・自己抹殺だ。

その認識も出来ない。
それが仏教や儒教の方法ではないか。

*。
科学産業を悪としながら、
それを受け入れれば、
心による調整は偽善と欺瞞の演技にしかならない。

ここでの感動や癒しは偽善であり欺瞞である。

即ち、心で調整は出来ない。

即ち、心の方法は、悪でしかなかった!

*。
これはジェイン・オースティン論理だ。

犯罪やって、心を感動と癒しでいい気持ちにする。

その時、自分と世界を破壊していた。

*。
心の方法は、悪魔のお菓子だ。

これを食って、畜生・鬼畜・餓鬼になった。

そこでいい気分になっていた!

*。
ウソの中に真実はあっても、
悪の中に心はなかった!

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2009年3月 9日 (月)

仏教は引きこもりである

引きこもりの人は、部屋にいつもいて、
食べ物は部屋の入り口に持って来て貰う。

仏教のお坊さんは寺に引きこもり、
寺の入り口に食べ物やお布施を持って来て貰う。

引きこもりはひょっとしたら、
無寺院仏教ではないか。

*。
引きこもりの人たちは何をやっているのだろうか。

ゲームをやりマンガを読み、
テレビを見たり、音楽を聴いている。

これはひょっとしたら念仏をあげているのではないか。

自分の心を静め、世界の安寧を祈る。
だとしたらこれは読経の一種だ。

*。
達磨は面壁十年。
壁を見つめて十年修行をした。

部屋に閉じこもって十年二十年。
修行の一種ではないか。

誰にでも出来ることではない!

    *。
引きこもりが問題にされ、
仏教は問題にされないのはどうしてか。

西欧は問題にする。
仏教はエゴイズムだ。
自分さえよければいいという考えだ。

更に仏に学ぶだけで、
自分で考えない人を作った。

仏にしがみつき、
仏を頼って生き、自分を捨ててしまった。

神から授かった自分を捨てたことは犯罪だ。

*。
引きこもりは仏教的儒教的世界の最高の生き方ではないか。

引きこもりは徹底仏教ではないか。
生き仏ではないか。

     *。
社会に役立つか役立たないか。

引きこもりは社会にこう批判され、
仏教も西欧にこう批判される。

*。
世界の批判の答えなければならない。

最近イスラエル賞を貰った作家が、
「壁と卵」の講演をした。

これは念仏を上げたのではないか。

だがこういう意見こそが、
イスラエル・ナチスを強化しそれを正当化する。
そういう意見もある。

念仏による心の安寧。
まだ考えがまとまっていないようだ。

日本は世界の批判に答えられるほどになって貰いたいものだ。
これが大人の生き方でだろう。

自分に閉じこもって生きることは世界では子供や障害者扱いだ。

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2009年3月 8日 (日)

偏差値知能は 弱者の悲しみを知ることがない

弱者にならなければ弱者の哀しみを理解しない。

偏差値知能は、強者の誇りであり、
それは弱者の哀しみを想像する事も出来ない。

マスコミに溢れる馬鹿騒ぎこそ、弱者のいじめ殺しだ。
そして弱者もこのバカ騒ぎに加わる。

マスコミのバカ騒ぎは、
強者のいじめと弱者の悲しみの対偶が、
対偶共振している。

かくしてバカ騒ぎは、いじめ殺し自身となり、
弱者のいじめ殺しを強化し隠蔽し、正当化する。
ここに弱者を参加させえるので、
あたかも弱者がいじめ殺しの望んでいるようになる。

*。
これと同じ仕組みが、
国民が国家にいじめ殺しを望んでいるかのように見える現象だ。

民主主義と資本主義は、
強者も弱者も参加せざるを得ない体制であり、
かくして弱者が殺されることを望んでいるように装える。

選挙棄権は、全権委任だとすることが出来る訳だ。

これは強者の妄想である。

民主主義は権力を決定するのではない。
権力は民主主義の産物ではない。

だが民主主義は、
多数決を国民の決定とし、
弱者をいじめ殺す。

これは妄想でしかない。
多数による国家の決定が妄想である訳だ。

その証拠に反対者を異物排除する。

異物排除の決定は、民主主義ではない。

*。
民主主義ににもよい民主主義とただの民主主義ことが分かる。

悪は悪い民主主義を取る。

民主主義も使うものによって、悪となる。

民主主義は悪の存在を前提としていない。

かくして民主主義は悪が使うとファシズムになる。

*。
民主主義を悪として使うのが、偏差値知能である。

ここには少数の哀しみを想像する能力のかけらもない。

即ち、偏差値知能はファシズムであり、悪である。

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幸福と感動は 悪に現実を委ね 悪を不問にする

幸福の対偶は悪である。
悪は権力を強化し、
権力は幸福と悪を対偶共振させる。

かくして人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、
現実は地獄となる。

権力こそは、文明の刑であり、神の判決であった。
ここに現実は監獄となった。

法治国家現代文明は、現世を地獄とした。
人は血の海を金と思い、
激痛を快楽と思い、
苦悩を幸福とする。

これらは対偶であり、
そこに対偶共振を起こした。

*。
感動と癒しこそは、
現世を悪に委ね負かせ、やりたい放題にさせる方法であった。

そしてそれを隠蔽し正当化する。

悪を不問とする方法が、感動と癒しである。

ここの極悪非道の現世が大量製造販売消費される。

快楽に依存ししがみつくしかない人々が大量生産された。

これを離れる生き方が必要になった。
それが登校拒否とフリーターである。

悪にとってはこの人たちが悪となる。

*。
悪が商品化され、この製造販売消費に、
人は幸福と感動を製造販売消費する。

悪が商品化された時、
悪は喜びを生み出す記号となった。

悪徳産業は、悪徳商品を軸に、
資本主義と民主主義社会が、自己完結した。

悪徳産業は、善悪の差異を消し去り、
善悪を快楽機能に変えてしまった。

人々は葛藤を覚えることなく、
悪の製造販売消費を、
人が生きることとして、
楽しく消費し、
そこに幸福と感動を覚える。

*。
感動と癒しに対偶は、極悪非道である。

権力はこれを対偶共振させ、
現世を地獄とした。

だがここに幸福と感動がある。

資本主義民主主義社会は、この袋小路落ちたが、
理論理性はその現実を知ることができない。

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2009年3月 7日 (土)

感動と業は対偶共振であり 人間性を破壊する

昔の童話は残酷物語であった。

現在の感動小説家の書く感動小説は、
残酷場面はあるにしても、
感動を盛り上げるスパイスのようである。
そこにはいい気持ちがあるばかりだ。

何時もいい気持ちのなろうとする人々が生まれ、
いい気持ちは妄想となり、
すると悪い気持ちを異物排除する。

悪い気持ちを異物排除するいい気持ち、
こういう感動小説は、
悪い気持ちのいじめ殺しとなる。

     *。
現実は善悪からなり、
いい気持ちと悪い気持ちからなる。

この善悪のある世界を如何に生き抜くか。

これが人の生き方である。

*。
ドストエフスキー小説が話題だ。

これを読む人々は、
いい気持ちの追求でなく、
善悪のある世界をどう生き抜くか。

そのように問題設定したのではないか。

*。
これではあまりに問題が深刻で、
簡単にいい気持ちになる感動小説も必要になる。

つまりいろいろの文芸の存在割合が問題となる。

即ち、感動文芸に偏ることは、
人間性の破壊になる。

即ち、人間性を破壊する感動がある訳だ。

   *。
感動と業が対偶共振を起こす。

ここに人間性の破壊が起きる。

*。
文芸やテレビが、業と共振しないように、
コントロールすることが評論ではないか。

だが文芸と業を共振させる評論の隆盛だ。
これは評論ではない。

評論までいい気分に流れた。

*。
そこには悪を通すために、
人を悪い気分にし、
それを避ける心性を利用して、
悪が大手を振って通る社会が現れる。

これは感想文芸の作った世界である。

    *。
即ち感動の対偶は、悪であった。

感動こそは、悪を強化し隠蔽した。

*。
そこにはいい気持ちに頼り、
いい気分にしがみつき、
自己や人間性を破壊し、
苦しむ人たちがいる。

そしてこれを食い物にする文芸がある。

*。
人は苦しみの多重債務者となっていた。

そしてこれを専門に食い物にする悪徳感動小説が生まれた。

その一部は官能小説家や時代物小説家ではないか。

*。
そこには出版不況がある。

文芸が出版不況によって制裁されている。

悪徳の感動は、人や社会を破壊する。

それで食えない出版界だ。

当然ではないか。
まだ神の自動制御がある。

*。
感動を追って、出版界が巨大化し過ぎた。

これが収縮することは自然の理だ。

巨大化は肥満化であり、人や社会の心の健康を破壊した。

出版不況は、神の減量命令であろうか。

*。
感動にも腹八分目があった!

これを破ると、神が直接制裁する。
ここに文明の刑を生きる現代がある。

人は騙せても神は騙せない!

  *。
世界一取りに行って、崩壊した企業が無数にある。

世界一になる、そんな経営はない。

人や社会の役に立つ経営しかない。

*。
人がいい気分で盛り上がっても、
神が許さない場合がる!

人が神になった気分の現代ではないか。

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2009年3月 6日 (金)

対偶共振論 幸福と殺人は対偶である

対偶は世界と反世界であり、
これが同一化すると世界は消滅する。

これが絶対矛盾の自己同一化だ。

*・
対偶を作ることは、その両世界の破滅消滅となる。

これが対偶共振である。

   *。
米ソ対立は、対偶状態を作り、
相互消滅を前提とし、共存した。

ソ連が壊れ、アメリカが発振した。
負帰還が外れ正帰還となった。
そして崩壊した。

*。
自民党と社会党の対立システムは、
これで均衡の安定が成立し、
社会党が壊れて、
日本は発振し崩壊した。

*。
正と反が合を作る場合、
システムは均衡し安定する。

衝突するとシステムは消滅する。

   *。
日本は殺人と幸福が共存し、
一心同体となっている。

これは凶悪状態に存在することだ。

即ち、地獄の中に幸せを作る状態だ。

*。
アメリカも幸福と殺人が対偶共振し、
地獄に幸福を求める状態だ。

*。
アメリカと日本は同一歩調を繰り返す。
日本はアメリカを破滅させる状態にある。

    *。
建前と本音は、共存する時は存在し、
共振すると破滅する。

太平洋戦争は、愛国と殺人が共振し、破滅した。

お上体制は、地獄に幸福を求める状態だ。

存在のあり方を間違えている。
だがそれが世界を同一化できる根拠でもある。

     *。
民主主義と資本主義は、
犯罪を強化し隠蔽する。

強化と隠蔽の対偶が共振する。
これは破滅共振であり、破滅する。

共振しない時は、存在することが出来る。

*。
アメリカは正義と自由が、破壊と殺戮と共振した。
かくして破滅過程に入った。

そしてアメリカは崩壊した。

経済のメルトダウンは、アメリカの崩壊現象である。

その認識も出来ない。
即ち、アメリカは対偶共振にあり、それを知ることができない。

*。
日本も建前と本音が、対偶共振を起こし、破滅した。

感動と癒しと強盗殺人が破滅共振した。
即ち破滅過程にある。

大GDPは、幸福と殺人の対偶共振現象だった。

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2009年3月 3日 (火)

エチケット社会は裸の王様である

いい気持ちの対偶は、悪い社会である。

エチケットは人をいい気持ちにする方法だ。
しかもウソをつくことでいい気持ちにする。

即ち、エチケットはウソである、エチケットが言った。

ここにはウソのいい気持ちがある。
うそは泥棒の始まり。

正にそういう社会がここにある。

*。
この社会はいい社会かそうでないか。

パラドックスであるから決定不能である。

ただ一つ正しいことはそこにいい気持ちがある。

ウソでいい気持ちをついくることは、無矛盾である。
従って、いい気持ちは実現しない。

それは人がうそを見破れないほどの馬鹿にならなければ実現しないからだ。
いい気持ちバカ、気が付けばこれはいい気持ちではない!

これがGoedelの不完全性定理だ。

*。
ナッシュの均衡理論で行こう。

すべての人がいい気持ちになる戦略はウソをつくことだ。
それは人と社会を破壊する戦略である。

*。
負帰還理論で考えよう。

ウソをつく、
それをたしなめる人がいる。

その時ウソが発振しなければ、
そのうそは現世に成立する。

即ち、この世からバカなやつを排除することは出来ない。
バカも隠し味にしておけば、問題ない!

*。
マジにウソつくな、
こういうやつが狂っているのだ。
でもそういう人がある程度いないとこの世の中は狂ってしまう!

これが負帰還理論である!

*。
ウソとマジの最適化こそ人の生き方で、この世のあり方だ。

これが負帰還理論である!
これからはこういう世の中になる。

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自己破壊ほど金になるものはない

自分を高偏差値に作り変える、
筋トレで自分の体を作り変える、
社会的地位を上げ社会に誇れる自分を作る、
ブランド品で飾り自分を誇る…。

いい学校いい会社は、人々の夢と希望だ。

*。
こんな時代に、向上とか成功を求めることはインチキだ。

登校拒否とフリーター族が現れた。

向上とか成功は自己の魂を破壊する。
自分の魂を生きることが人が生きることだ。

そんなことでは飯が食えない。
なんてバカな考えだ。

そんなこと言ってる暇に金を稼ぐ方が幸せだ。
そんなことやっていると泣きを見るぞ。

*。
ここまで来ると、古代から人はこういう生き方をしてきたことに気が付く。

私だって、小さい時から言われた。
訳の分からないことをやっていると、泣きを見るぞ。

いい学校いい会社にこそ、喜びがある。
一歩でも上に上がれ。

*。
そういうことがあって50年、
私の研究はまとまり始めた。

世間はどうだ。
壊れてしまった。

いい学校いい会社を生きた人はどうだ。
彼らだけは、高額退職金と高額年金でウハウハしている!

特別高偏差値の連中は、特別高等生活をしている。
勿論だめになった連中もいる。

*。
高偏差値を求めると、いい生活確率が高くなる。

魂を求めると貧乏の割に生活満足度が高い。

気が付けば、人類太古の昔からこうだった。

*。
文明は繁栄しては壊れ、この繰り返しだ。

だが魂は不動点だ。
だがそれは金権破滅点だ。

魂と金権は不確定性原理で結ばれていた!

即ち、金権を求めると魂は消え、
魂を求めると金権は消える。

これは太古の昔から変わっていない!

   *。
金と権力の魂否定産業は、
現世をモノ化=金化し、権力を記号化する。

ここに現世と文明はあいまい化し、
人間は消滅、所得・欲望・消費の世界となる。

魂否定産業、即ち人間破壊産業は、
人々の差異を消し去り、金と権力を社会機能とし、
魂否定産業に完全に取り込まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
自他や社会を含む人間破壊を、
人間的なことと思って、
自己破壊を楽しく消費し、
ここに感動と幸福と見出す。

*。
気が付けば太古の昔から人はそうしてきた。

文明崩壊などどうってことはない!

だがここに輝く魂だ。

*。
金と権力の現実の対偶が魂だった。

両者は不確定に共存する。

これが現世の神にプログラムであった。

   *。
喜怒哀楽にリアル相とメタ相があった。

リアル人間は金と権力を生き、
メタ人間は魂と生きる。

互いに相手の否定で成り立つ。

*。
これが分かったら、両者が喧嘩することはあるまい。

人権、いや生命の尊厳は互いの違いを認めることだろう。

するとかって無かった新しい世界が始まる!

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2009年3月 1日 (日)

いい気持ちは悪を強化し隠蔽する

感動と幸福は、悪を強化促進し、隠蔽する。

即ち、幸福と感動は、善を破壊し、人を殺戮する。

これは対偶であり、現実の両者が同時に成立する。

*。
感動と癒しこそ、極悪の源流だった。

即ち、幸福と感動は悪魔のお菓子であった。
これを食って人は、畜生・鬼畜・餓鬼となり、
現世が地獄となり、
破壊と殺戮を生き、
幸福は人の肉を食い、
感動は人の血を飲むことだった。

ここに生き残ることは、権力となることだ。

これがいい学校いい会社であり、
立身出世や成功物語であった。

これが権力を生きさせるために、
無力を死に排泄システムだ。

  *。
いい学校いい会社産業は、
モノと記号からなり、
現世と産業文明の境界を取り去り、
国家の機能に変えた。

その結果、いい学校いい会社産業に取り込まれた人は、
自己否定・自己破壊・自己抹殺を人間的なこととして、
楽しく消費し、
そこに幸福と感動を見出す。

即ち、いい学校いい会社産業は、
その最大の利益を上げるために、
人と世界の破壊を行う。

そこに幸福と感動を見出すのだから、
現代文明は犯罪であり、それを隠す装置となる。
即ち、犯罪と狂気を生きる現代文明だ。

そうしないと、
どうしたらいいのか。

ここに犯罪を生きるしかない人々と現世がある。

*。
ここに巻き込まれない方法は至って簡単だ。

いい学校いい会社を生きないことだ。

この人たちが、登校拒否とフリーターだ。

*。
彼らは現代文明をリセットする繰り込み理論だ。

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2009年2月27日 (金)

理論理性とジェイン・オースティン論理

自由と正義を主張すると、
人間の尊厳の勝利と感激し、
その生命の尊厳こそは、神から授かった生命の否定であった。

*。
理論理性産業は、自然を消し去り、
理論理性を人間と社会の機能に作り変えた。

かくして理論理性産業に取り込まれた人は、
最早葛藤を覚えることなく、
自己と世界の破壊を、
人間の尊厳の実現と思って、
理論理性を楽しく消費し、
人間と世界の破壊を、
幸福と感動とする。

*。
理論理性産業は、
強盗と殺人からなり、
強者の自由と正義が、弱者の命と労働と交換でき、
強者は、弱者の命と労働を信用貸しで両替でき、
この完全犯罪を達成するために、
完全に不完全な法システムを用い、
弱者の命を労働に排泄する下水装置である。

ここに大GDPが生産・販売・消費される。

*。
理論理性は、
生命を消費する労働を軸に、
自己完結しており、
生命の尊厳も法も規制するものではない。

理論理性産業は、
強盗殺人を、
民主主義議会と資本主義市場の決定とし、
人の気持ちの問題に還元し、
強盗殺人を強化しながら、これを美化隠蔽する。

ここに強盗殺人は幸福と感動となった!

*。
理論理性は無知の涙であった。

何でこんなことが出来るのだろう。

心の飢えと渇きに、強盗殺人が必要になった。

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幸福と感動とジェイン・オースティン論理

宗教に燃えると、
自分が立派なようになったと思う。

だがその時、自分は本来の自分ではない。

*。
宗教や道徳や国家に燃えて、いい気持ちになる。

それは自己否定・自己破壊・自己抹殺であった。

そこにある幸福や感動は、
自己否定・自己破壊・自己抹殺する感動だ。

    *。
幸福や感動に浸って、自己と社会を破壊した。

自己を幸福で破壊した。

理論理性にこれは理解できない。

*。
幸福や感動に浸って、いい気持ちになる。

それは本体の自己否定・自己破壊・自己抹殺であった。

   *。
幸福や感動は悪魔のお菓子であった。
それを食って、人は畜生・鬼畜・餓鬼になり、
地獄に堕ちた。

地獄の幸福を感動こそ、
感動と幸福の正体であるが、
現代人にそれは理解できない。

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2009年2月25日 (水)

一生懸命とジェイン・オースティン論理

一生懸命生きる、
すると成績は上がり、気力が満ち溢れてくる。

だがその時、自己の統一性は破壊されている。
自己は最適状態にない。

これがジェイン・オースティン論理だ。

いいは悪い、悪いはいい。

この言葉は、いいことすると自己の統一が失われ、
むしろよくない時、自己は適当にあると解釈できる。

いいことを一生懸命することは、自己の最適状態を殺し破壊することだ。

これが一人称衝動の特質だ。

    *。
最近よく言われる。
一生懸命になるな。

自己最適状態が、いいことが出来る。

自己を歪め、成績をよくすることは、
結局自己否定・自己破壊・自己抹殺となる!

*。
いい生活のために自己を壊す。

本末転倒の日本地獄がここのある。

一生懸命犯罪刑務所のお上日本だ。

*。
仏教や儒教は、一生懸命になり過ぎて、
自己と社会を破壊したのではないか。

成功や幸福、感動や癒し、
一生懸命になると自己と世界を破壊する。

地上に天国を作ろうとして、現世と人を破壊した!

ジェイン・オースティン論理を使うとよく分かる。

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「壁と卵」に見る自閉症と認知症

正義の正当防衛の壁とそこに抗議に投げつけられる卵がある。

この卵は悪か。

この卵を断罪リンチしない。

それは当然ではないか。
卵による損害がないからだ。

*。
この議論は意味のない議論ではないか。

もしこの議論に安らぎや癒し、正義や優しさを感じるとしたら、
それは妄想ではないか。

そういうこじ付けをしなければならない理由が問題の正体ではないか。

*。
弱いものがいじめ殺される。

いささかの抵抗も正当防衛に殺される。

    *。
パレスチナでパレスチナ人が虫けらのように殺される時、
文学に何が出来るか。

壁と卵の発言は、
パレスチナ人がどんなに間違っていても、
パレスチナを支持するといっているのか。

*。
パレスチナ人が間違っている、
暗にそういっているのではないか。
これは認知症である。

間違っていても支持する、
これは自閉症である。

話にならない。
対話が成立しない。

こんな対応で世界が混乱する。

*。
これはイスラエルの共犯である。

パレスチナには慰安婦にしかならない。

   *。
人が虫けらのように殺される時、
こんな文学は悪を支持することにはならないか。

殺されても仕方がないといっているのではないか。

せいぜい気休めをしているのではないか。
人が殺されていることを忘れさせる効果しかないのではないか。

*。
これが構造理性、哲学の立場だ。

文学はこういっているのだろうか。
あいまいの総体は、真の理解である。

それは人が殺される時、黙って見ていることに等しい。
殺されている現実を、
見ないで済ませる手続きをしているのではないか。

即ち、この発言は認知症&自閉症である。

病に逃げ込む、これは非難できない。

だがこれこそお上論法だ。

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2009年2月24日 (火)

アメリカと日本に 何故 癒しが必要か

アメリカと日本は強盗殺人国家である。

多数の幸福に少数を殺すのが、日米型民主主義である。
何故なら多数決で決定されたから。

多数は少数を殺すことが出来る。

*。
国民の国民による国民のための民主主義、
アメリカでは国民の中に有色人種は入っていない。

日本では国家の中に国民が入っていない。
これが民事不介入原理だ。

*。
日米では強盗殺人は、民主主義議会の決定である。

従って日米の資本主義は、強盗殺人原理主義である。

*。
即ち、自由と正義は強盗殺人である。

これは対偶であって、
民主主義と資本主義は、その実行である。

  *。
アメリカの日本の何故癒しが必要か。

新自由主義グローバリゼーションに何故癒しが必要か。

*。
強盗殺人による人の汚れを洗うのが、癒しである。

殺人に苦しみ、
これを癒し、
そして元気になって、
再び殺人を行う。

殺人スパイラル、
即ち殺人の発振に、癒しの正帰還が必要だ。

その結果、自由と正義の名で、強盗殺人が行われる。

   *。
日米の民主主義は、
国家による強盗殺人を決定狂歌し、それを隠蔽する。

*。
理論理性はこのトリックを見破れない。

いや理論理性こそは、このトリックだ。

*。
ヨーロッパは、愛を入れこの修正を図った。

ヨーロッパでは少数と殺さなくなったが、
ヨーロッパ以外には、平気で強盗殺人を行う。
それをヨーロッパの防衛と称す。

   *。
現代の地球社会は、
それをまとめることの出来ない理論理性に立つ。

即ち、構造理性で新世界への移動が可能になった。

*。
これが新自由主義グローバリゼーションに癒しが必要な理由だ。

癒しは悪魔のお菓子であった。

これを食うと人は畜生・鬼畜・餓鬼になる。

だから強盗殺人が平気で出来る。

殺人と癒しは対偶関係にある!

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2009年2月23日 (月)

合理性の対偶は犯罪と狂気である

合理性ほど不合理なものはない。

合理性産業は、現実を合理化し、
即ちモノ化し、記号化した。

シチュエーションを物事化し、
かくして個々の主体の差異を消去し、
現実と合理世界の差異を消滅し、
記号を社会の機能に変えた。

合理性産業に取り込まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
人と社会の脱人間化を、
人間性の実現とし、
人間と世界の破壊を、
楽しく消費し、
なんとそこに幸福と感動を生み出す。

偽の感動と幸福が、合理的に製造販売消費される。

    *。
虚偽産業は、現実をモノ化し、金化した。

人々は何事も金に換算し、
これを合理化と称した。

ここに大GDPが成立し、
GDPの製造販売消費を社会の機能とした。

虚偽産業に取り込まれた人は、
最早葛藤を覚えることなく、
人間と世界の破壊を、
成功と幸福とし、
ここに幸福と感動を楽しく製造販売消費する。

*。
人は成功と幸福が悪魔のお菓子と気付かず、
これを食って悪魔になることに成功し、
悪魔の幸福に浸るのだ。

それは現実には狂気と犯罪以外のなにものでもない。

理論理性はこれに気付かない。

*。
構造理性は一発でこれを見抜く。

成功と幸福の対偶は、狂気と犯罪である。
それは自分を含む人を殺し、
自分の生活する現実を破壊した。

成功と幸福は、強盗殺人であった。

そこで得た金で快楽を買う。

      *。
現代世界は、
木の葉の金で、
酒を騙し取り、
酒盛りに耽る狐の酒盛りだった。

これを所得・欲望・消費だ。

それを新自由主義グローバリゼーションという。

*。
遂に神の怒りに触れ、
今神に裁かれている。

そして人類史上空前の財政出動をし始めた。

この金こそ偽札だ!

*。
これで酔えるのは、悪徳白人権力だけだ。

彼らは狐だった!
彼らは人間ではなかった!

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2009年2月22日 (日)

死刑自殺合理性

現代世界は犯罪することが合理的となった。

法治国家産業文明は、犯罪合理性であった。

人間の自由とか、生命の権利とかを認めないと、
死刑殺人合理性も生んだ。

*。
市民的自由と社会的権利を認めないことが、
閉塞感と生み、
それが造る心の闇に、
犯罪や戦争を大量製造・販売・消費システムが生まれた。

  *。
法治国家産業文明は、
犯罪と戦争を生み出し、
それを食い物にして存在する。

何をやってんだかさっぱり分からない。
だがそこで金と快楽だけは大量生産販売消費できる。

*。
法治国家産業文明は、
犯罪と戦争産業となり、
犯罪と戦争をモノ化し、商品化し、
犯罪と戦争を製造販売消費することが人の生活となり、
現実と犯罪産業の境界があいまい化し、
それらの差異を消し去り、
犯罪と戦争を人と社会の機能に変えてしまった。

犯罪と戦争産業に取り込まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
戦争と犯罪を人間行為として、
楽しくい消費し、
そこに幸福と感動を作り出す。

*。
ここに犯罪産業の経営者が権力となり、
それに使われる人が弱者となった。

これを新自由主義といい、
この市場をグローバリゼーションといった。

*。
このシステムが、権力を生きさせるために、
弱者を死に排泄する下水装置となり、
これを新自由主義グローバリゼーションと定義した。

新自由主義グローバリゼーションは、
権力と無力からなる。
権力は金と無力を両替でき、
権力は金と無力を信用貸しで両替でき、
権力が無力を殺して食う完全犯罪を達成するために、
完全に不完全な法システムを用いて、
権力を生かすために、
無力を死に排泄する下水装置となった。

殺人装置を新自由主義といい、
死体処理装置をグローバリゼーションという。

*。
これが破綻した。
当たり前だ。

それはこの世は神が作ったからだ。

今神の裁きの時を迎えた。

*。
法治国家産業文明や
新自由主義グローバリゼーションは、
人の世界を通せても神の世界は通らない。

神が直接裁くことになった。

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優しい日本人が 何故残酷になるのか

これは中国人が設定した問題である。
問題自体に解が存在している。

中国人は優しい日本人の残酷が理解できない。

*。
日本人の優しさと残酷は皮一枚で繋がっている。

日本人には、一体化した残酷な優しさや優しい残酷がある。

中国人にはこれがないのだろう。
それが問題の設定から分かる。

   *。
村上春樹文学は、優しさと残酷といった対象性を、
距離をとって、分離をよくした言葉として使う。

だから世界に受け入れられる。
だから日本では日本文学でないといわれる。

村上春樹現象が、日本の特質を示している訳だ。

若い人の世界は、言葉の対称性の分離をよくした。
だから異星人といわれる。

   *。
これが分かると、靖国問題は、
感情衝動の違いが生む誤解もあることが分かる。

民族間差異のもっと高精度な理解が問題を処理するかも知れない。

   *。
ある組織でその課の女性が全員辞めることがあった。

その課は皆仲良しだった。

その課の課長の特徴は、
上へのゴマすりがうまく、
それで課長になった男だ。

だから当然、彼に取り入るものは優遇し、
取り入らないものは冷遇する。

そこでうまくやるために、皆が無理して仲良しごっこをやっていた。
だから一見異常なほど仲良しだった。

当然この無理は、構成員に歪みを作る。
ここに押し出された、女性のリーダー同士が、
いじめ合いとなり、
一人が止めてしまった。
止めさせられてしまったのかも知れない。

これで無理して作られた仲良しごっこは終わった。
結局皆やめてしまった。

   *。
日本世間はこのように作られているのではないか。

皆で無理して作った美しい日本は、
自虐史観といった突出現象を押し出し、
これで二分され、
異物排除システムとなる。

かくして殺し合いの日本となる。

*。
これがいじめやいじめ殺しであろう。

皆で仲良しになろうという。
この残酷な優しさが、やがていじめ殺しに反転する。

   *。
美しい日本という考えは、残酷な優しさだ。

優しさと残酷は皮一枚で繋がっている。
だから優しさと残酷は、一体化し易い。

これがゼロ次元衝動、即ち一人称衝動の特性だ。
一点に見える感情衝動だが、
優しさと残酷という対象成分が、
楕円の芯のように、一つのフレームの中に芯が二つある。

衝動感情は、対称以前の、楕円の核関係にあるといえようか。
一方が強くなると他方が弱まり、
それが揺れ合い、どちらかに呑み込まれる。

これが日本人衝動力学であろう。

    *。
人類の多くは、優しさと残酷を対称化し、
その対称距離を大きくとって、
容易に融合しないようにした。

日本人衝動感情は、皮一枚で繋ぎ、
容易に反転や融合が起きる。

*。
この特徴を自覚的に使えない。
それが衝動性であり、
思わず涙がこぼれるとか、
心の底から喜びが溢れるとの衝動現象を生む。

殆どの人類にはこの衝動感情がない。

  *。
この衝動感情は、いじめ殺しの原因だろう。
優しさと残酷が一体化したいじめ殺しではないか。

だから国内ではいじめの世界となる。

このいじめ殺しは、世界の対立を殺す能力も持っている!

これが絶対矛盾の自己同一化能力であり、
それがいじめ殺しエンジンでもある訳だ。

*。
日本音楽は、対称分離をよくした西欧には受け入れられない。

中国や韓国で受け入れられるが、
衝動を受け入れるのでなく、
リズムやハーモニーに共振しているのではないか。

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2009年2月21日 (土)

幸福と感動は意識の歪みである

意識が最適化されている時は、感動や幸福は現れない。

意識が欲求不満で歪んでいる時、
幸福や不幸や感動や退屈が表れる。

幸福や不幸を、春夏秋冬のように、
揺らす時、その全体を意識に作ると、調和が生まれる。

即ち、波動がいい音を出す時、
これが調和である。

これはメタ感動や幸福であって、
リアル感動や幸福とは違う。

生理的感情的感動や幸福と、
心や魂の感動や幸福は次元が異なる。

*。
衝動や感情をメタ次元に展開するには、虚数が必要だ。

それが心だ。

感情に占拠されると、心が異物排除される。

心を異物排除しない感動や幸福、
これが心だ。

  *。
心をなくした人は、畜生・鬼畜・餓鬼となる。

感動自閉症や幸福認知症という病に、
人類は地球規模で罹った。

彼らは褒めればパニックにならない。
叱るとパニックになる。

褒める訳に行かないことを褒め、
叱らなければならないことを褒めるしかない。

*。
これが快楽の悪魔のお菓子を食べた現象だ。

みんなで悪魔すれば、それが天国だ。

この罠に掛かった。

   *。
この罠からの脱出が、人間人類となるイニシエーションだろう。

感動や幸福の鬱蒼としたジャングルを天国と思っている。

感動や幸福のジャングルを、
間引いて日当たりを良くし、
風通しを妨げる枝を落とし、
水はけのいい森とする。

これに現れるメタ幸福とメタ感動だ。

*。
感動や幸福を整えないと、
それは感動と幸福を破壊し、
人と社会を破壊する。

現代人は、感動と幸福のゴミ屋敷を作っていた!

*。
そこにいて、それをやる人は感動し幸福であっても、
周りの人には迷惑だ。

これが感動と幸福のパラドックスだ。
これがゴミ屋敷騒動であろう。

   *。
面白いパラドックスがある。

国家に和合しない人を、迷惑ない人とし、
そういう要求を迷惑だとすると、
互いに異物排除関係となる。

すると強い暴力が国家を支配する。

これを迷惑だとさせない。

*。
これが異物排除の論理だ。

やっているものが正しく、
やられているものが間違っている。

これが神の立場に立って、異物を断罪リンチする、
即ち異物排除することだ。

*。
やっているものとやられているものが反転する。

即ち自分と他人が入れ替わる。

即ち、会社のために休んであげます。
即ち、国のために殺してあげます。

*。
国家が個人を支配する。
これが異物排除の原因にして結果だ。

お上日本はこの泥沼に落ち出られない。

強いものが最後に死ぬ。
死ぬ順序を争うお上日本だ。

それがグローバリゼーションでもある。

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ゼロ次元自己 一次元自己

一人称、二人称、三人称に応じて、
一元、二元、三元としたが、
数学本来の次元で論じてみよう。

ゼロ次元は点、一次元は線、二次元は面、三次元か空間である。

これで人間空間をシミュレーションすれば、
線が自己であり、
面が自他の世界であり、
空間が自己と他者と第三者を含む世界だ。

*。
すると人類は一次元自己にあり、
日本人はゼロ次元自己にあるといえるのではないか。

ゼロ次元自己は、無私無心の仏の世界といえる。
唯我独尊である。

*。
一次元自己は線であるから、無限の属性を持つ。
これは西欧的自己に対応する。

   *。
この数学シミュレーションでも、
日本人のユニークさが見える。

日本文化の自己は、ゼロ次元自己だ。
自己以前の自己にある。

*。
多くの日本人もまた、ゼロ次元自己、
即ち、人類の自己成立以前のプレ自己にある。

日本人の現実未生性、
ここにお上に言いなりになる人と、
神の世界を生きる人の分裂がある。

強いものとして、神を取るかお上を取るか。
この二種類が喧嘩闘争する場合と、
別々に生きる場合と、
一体になる場合の三つがが可能だ。

*。
即ち対立する場合と、統合する場合がある。

ここの絶対矛盾の自己同一化が可能となる。

*。
内に向かえば対立、外に向かうと一体化する。

この絶対矛盾を同一化した日本民族だ。

   *。
世界にゼロ次元自己を使うと、
それは忍術となり、
そこで運動すれば、柔道となる。

*。
従って世界にこっそり入って、世界を統一することが出来る。

それはゼロ次元自己というユニークな働きによる。

*。
今このユニーク性を使って、
お上日本からの脱出と、世界の統一を同時に行う時となった。

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2009年2月20日 (金)

一人称衝動は認知症自閉症である

一人称は「私」だけの一次元だ。
三人称は、あなたの二次元に、彼らを入れた三次元意識だ。

日本人の意識機構は、一次元、
世界の人々は三次元と見ると分かり易い。

一次元は点であり、
二次元は線であり、
三次元は空間である。

*。
精神障害者の特徴である、
今=ここ=これ意識が一次元衝動である。

精神障害者のあるグループは、
今=ここ=これに拘る。

「これ」が問題であって、
将来も他人も世界もない。

*。
認知症の特性は、
財布がない→お前が盗んだ→金を返せ。

お前という他人がいるようだが、自分の中の自分に敵対する自分だ。
すると統合失調症の構造を持つことが分かる。

お上論法で「問題は存在しない」ということは、
財布がないという発言と等価同型である。

*。
問題がないということは、財布がないということと同型で、
その変形が、問題は解決済みであるとなる。

ここに時間があるようだが、
時間のない時間である。

時間の中味が抜けている。
即ち空体時間、中空時間、全体なき部分時間であり、
それが「これ」時間である。

   *。
日本人の意識は、あるがないのである。
ないのかといえば、あるのである。

つまり触ることも、見ることも、検出することも出来ない。

*。
即ち量子力学の世界で、超感覚世界だ。

西欧のニュートン力学の現実感覚世界と共存するが、統一できない。

*。
あるかといえばなく、ないかと言えばある。

即ち、不確定性にあり、これが忍術の本質だ。

この一種がトンネル効果だ。
何もなかったように対象を筒抜ける。
一種の統合失調症現象だ。
それを実現した江崎玲於奈であり、江崎ダイオードといわれる。
又の名をトンネル・ダイオードだ。
不安定で使えない。

*。
財布がないということは、
相手を使って、金を出させることであり、
これが柔道だ。

財布がないということは、全プロセスとして、柔道忍術となる。
現在は一部にあって全体がないので、
認知症や自閉症や統合失調症となっている。

     *。
即ち、一次元衝動は、
西欧や世界にトンネルして入り、
つまり相手に分からずに入り、
相手をひっくり返すことが出来る。

*。
即ち、絶対矛盾を自己同一化できる。

これが西田幾多郎哲学だ。

これはニュートン意識と量子意識を統一したことでもある。
統一場の理論は、西田哲学として作られていた。

*。
現在この意識は精神障害となる。

即ち統一場の理論は、精神障害との共存系で、
現在の西欧には作れない。

日本人が作るだろう。

*。
それが人間人類の新世界だ。
これは日本人が一次元衝動だから出来ることであり、
その時世界存在は、東西対立を超えて、統一される!

*。
新世界は多様性の世界であり、
病気や障害と共存する世界だ。

日本はここに達していない。

世界を統一することで、日本は精神障害を脱出することが出来る。

世界統一は日本の使命であることが分かる。

**。
今回もまた我が狙撃サイレンサーは音もなく的を撃ち抜いた。
神に栄光のあらんことを。

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2009年2月19日 (木)

退化ほど楽しいことはない!

人間退化も極限に来たのだろうか。
最後の楽しみをしているのだろうか。

孤独や失意、無力感や空虚感を、愛でて審美し、
楽しくそれを大量製造販売消費して、
そこに幸福と感動を大量に偽造する。

*。
そこには洗練された虚しさ、
高純度の清らかな寂寥感、
この上なく美しい無力感が輝き、
心の空白を楽しく食べるマクドナルドがある。

充実した絶望、
自分を殺したからこそ出来る美しい自分、
贅沢な喪失感、
自分が無いからこそ出来る万能感がある。
そこに生まれた楽しい孤独と豊かな絶望のディズニーランドだ。

*。
混乱に成熟し、老いを活性化した贅沢さ、
貧しい豊かさに、向上心を齎す病がある。

退屈な楽しさと豊かさを苦しむ贅沢さ、
感動と幸福に混乱し、用済みとなった自分、
退屈となった楽しみに苦しめられ、
そこに生まれる向上心、
さて私たちはどこの行くのでしょうか。

バカ死ね墓場でしょうか。

   *。
何もそんなことしなくたって、生きられるのではないか。

孤独や空虚さや退屈さを楽しく消費し、
そこに幸福と感動を作る。

これって偽装された感動や幸福ではないか。
幸福や感動を偽装して製造販売消費することではないか。

ここには自分が無い。
自分を偽装して生きることではないか。

*。
自分を偽造して、そこに幸福と感動を偽装する。

おバカな、自己偽装でないか。
バカを楽しいんでいるのではないか。

これが究極の人生の楽しみ方か。

Goedelの不完全性定理とナッシュに均衡理論でこれは成立しない。

バカを楽しむのでなく、本当の馬鹿だった!

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テロは発振する

アメリカがテロを行う→対抗テロが起きる→対抗対抗テロが起きる…。

お上は下々へのテロである→過激派→警察力強化→オウム→厳罰→通り魔…。

情報戦のようにテロは発信する。
これを止めるには、初めの原因を取り除くことだ。

*。
テロは市民的自由と政治的権利の剥奪に対する反作用であり、
テロ防止は人間の尊厳を認めることである。

人間の尊厳、人間性への犯罪があって、
その修正力としてテロが起きる。

これに対抗するとテロは発振する。

   *。
テロの仕組みが分かってきた。

人間の尊厳を閉塞すると、
そこに心の闇が出来、
この痛みと発熱で心や人が暴れることがテロである。

*。
即ち、テロは人間性が弾圧された時の激痛による暴れ現象である。

テロをなくすには、この激痛を作らないことだ。

*。
だが厄介なことに、
国家はこの激痛を作ることで存在する。

即ち、国家が市民社会へのテロであった。

国家はこのテロに存在する。

国家はテロを生むことで存在する。
国家はテロの大量生産販売消費システムだった。

*。
国家は自由と権利の否定であった。

成功と幸福は、人間性の否定であった。

国家は成功と幸福のお菓子で、人を悪魔屋敷に釣った。
即ち、国家や産業は悪魔のお菓子であった。

これを食って人々は畜生・鬼畜・餓鬼になった。

それが法治国家産業文明の世界だ。

   *。
法治国家産業文明が、悪魔のお菓子で出来た悪魔屋敷だった。

ここからの脱出脱獄が始まった。

その人々が、登校拒否とフリーターであった。

**。
今回もまた我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光のあらんことを。

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自由と正義は人間の尊厳に対するテロである

自由と正義のために弱者を殺してもよい。
これがアメリカ、いや自由圏の自由と正義である。

即ち、自由と正義は、人間の尊厳への犯罪である。

即ち、アメリカ型自由と正義は、人間の尊厳に対するテロである。

かくしてアメリカ型テロに対する反作用テロを強要する。

   *。
西欧型の理論理性は、
テロを自らと相手に強要し、それを強者の立場で隠蔽する。

即ち、理論理性は、テロであり、それを隠蔽する。

*。
この結果、産業文明や法治国家によって、
世界は自己否定・自己破壊・自己抹殺に陥った。

戦っている相手は、自分の作った自分の敵である。

*。
即ち、自分の中に自分で自分の敵を作り、これを殲滅する。

即ち、統合失調症を自分で作り、これを生きる現代世界である

    *。
理論理性は統合失調症であった。

現代世界は統合失調症を発症し、
それを生きて、世界は破壊された。

*。
自由と正義は妄想であり、
それに反するものの異物排除システムである。

結局、自分が世界の異物だ。

*。
このためまともを殺し、死刑になって、自分を殺して貰う。

即ち、ガンを作り、これに殺して貰う。

即ち自己を失った。

*。
自分なき自分を自分として生きる。

自分は妄想である訳だ。

   *。
アメリカ自体が妄想であった。

いや産業文明や法治国家も妄想であった。

現実に妄想であることが証明された環境問題であった。

*。
原因は理論理性自体が妄想であったことだ。

科学を現実に再現すると妄想になる。

科学産業は、現実を排除していた。
即ち現実に科学産業は妄想であった。

科学自体は消点であった。
消点の作った意識であった。

消点を現実のモノとすると妄想になる。

   *。
科学産業や法律産業は、
自然と科学の差異を取り去り、
国家の機能に変える。

科学産業や法律産業に取り込まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、

人間と自然の破壊を、
合理的なこととして、
ここに生まれる世界を感動と幸福をもって、
楽しむのである。

*。
科学産業と法律産業は、犯罪と妄想=狂気からなる。

犯罪と狂気がモノ化され、金権化され、
犯罪と狂気が、産業となって、
大量生産・販売・消費され、
犯罪と金銭が、金融産業を通して取引され、
その完全犯罪を達成するために、
完全に不完全な法システムを用いて、
犯罪産業から金と権力を抽出し、
その他を異物として屎尿として排出する。

*。
これを法治国家現代文明といい、
最近では犯罪を新自由主義といい、
狂気をグローバリゼーションと言い換え、
人々を騙し、
権力が生きるために、
無力を死に廃棄するシステムとなった。

*。
遂にこのインチキ・デタラメが構造理性によって暴露された。

**。
今日もまた我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光あれ。

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2009年2月16日 (月)

テロは人間性回復産業である

新自由主義を市民の自由と政治的権利の破壊産業とすれば、
その対偶を採れば、
テロは人間性回復産業となる。

自由によって自由を破壊した。
自由を主語に採れば、述語は自由の破壊となる。
両者は対偶である。

正義によって正義を破壊した。
主語の正義は、述語において正義を破壊する。

現実が、自由と正義は殺人と破壊であることを実証している。

  *。
主語を行うことは、述語を作ることである。

これが意識と存在と行為の関係だ。

*。
真善美を行えば、真善美が実現することは、妄想であった。

真善美は、そうでないことの異物排除であり、
異物排除は犯罪であった。

即ち、真善美の実現は犯罪であった。
その結果、現実が破壊された。

  *。
お上は、神の立場に立って、下々を、断罪リンチする。

お上被害にあった人が、
お上責任を追及すると、
それは神の立場に立って、お上を断罪リンチすることだという。

こういう議論が行われ、
結局お上のみが、神に立場に立てるとなる。

*。
即ち、お上のみが神の立場に立てるのであり、
これがお上であるとなる。

下々はお上被害を受け入れるだけだとなる。

即ち、日本を含む世界は、お上の言いなりにならなければならない。

これは成立しない。
妄想でしかないからだ。

妄想だから一切の反対を許さない。

これが反対者を鬼畜として糾弾する。
それは自分が鬼畜である証明だが、
それを妄想は殲滅する。

*。
アメリカ・システムは、お上化したので、
一切の反対を許さない。

アメリカだけが神の立場を取れるとする。

即ち、アメリカはやりたい放題をやって、反対を断罪リンチする。

反対をテロと見なす。

即ち、日本のお上と同じ立場だ。

即ち、日本はアメリカを属国化した。

だが本家の方が弱い。

*。
だがここに繰り込み理論が成立する。

   *。
市民の自由と政治的権利を認まない社会は、
それが人間へのテロ産業となり、
それを回復する人間性回復産業をテロと見る。

それは鏡に映った自分の鏡像である。

*。
即ち、アメリカや日本はテロ産業であり、
その回復運動をテロといって正当化する。

即ち、テロ産業国家は、テロを行い、それを隠蔽する。
反対をテロとする。

現代はこの袋小路に落ちた。
理論理性は、自然の真理を追究するが、
現実に真理を見出す方法ではなかった。

現実の真理と科学の真理は違うものであった。

これを同一化して世界は壊れた。

これを回復する構造理性であり、
これは日本の柔道忍術であった。
日本の生まれて当然の構造理性だ。

*。
日本のテロはアメリカのテロの繰り込み理論となる。

   *。
日本は白人帝国の繰り込み理論であった。

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2009年2月15日 (日)

民主主義は異物排除である

多数決は、多数による少数排除である。

全員一致は、発振であり、自己否定である。

EUの全会一致は、部分を一つの全体にまとめることであって、
全員一致ではないだろう。
そこに異論排除はないから。

だがその根底に多数決があれば、異物排除のカオスとなる。

*。
これからの組織は、負帰還とすることだ。

賛成が発振しないように、反対成分と共存する。
すると安定性が得られる。

     *。
民族自決は当然であるが、
これが民族紛争を齎す。

自他を識別、敵味方化してしまうからだ。

*。
民族は人間人類運動空間の不動点だ。

民主主義フレームでは、敵味方となる。
民主主義は国際関係の方法ではない訳だ。

*。
民主主義は消点であって、現実に実行すると妄想となる。

人類世界に理論理性は使えない。
理論理性は妄想になってしまう。

理論理性もまた消点であった。
現実に使えない。

   *。
消点は現実に対偶を作る。

その反対成分が、現実を支配する。

*。
真善美を行うと、現実はその反対成分の世界となる。

科学は、消点であり、一種の妄想であった。
現実にそのものを展開すると、現実が破壊される。

*。
科学も民主主義も消点であり、
現実には妄想の一種であった。

だから異物排除が必然となる。

それは現実の破壊でしかない。

*。
消点を妄想にしない節度ある展開、
消点に現実の負帰還を掛ける。
これが大人の世界と意識だ。

*。
消点を真に受けて、妄想性統合失調症やガンとなった。

ここから脱出した構造理性だ。

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幸福は偽善であり 感動は欺瞞である

人類が人類によって虫けらのように殺される時、人類に何が出来るか。

人類は現代にこういう問題を突きつけられた。

この現代に幸福を感動を求める人類だ。
即ち、人類は偽善と欺瞞の演技をしている。
即ち、幸福と感動は、殺人と強盗である。

  *。
これが現代の真相だ。

幸福と感動を求めたから、強盗殺人が行わる。

これが法治国家と産業文明の理論理性合理性だ。

この現代にいい学校いい会社を求める。
即ち、強盗殺人グループに入る訳だ。

*。
即ち現代は、強盗殺人グループと被強盗殺人グループに差別された。

幸福と感動は、強者が弱者を異物排除するシステムだ。

即ち、幸福と感動が、強盗殺人の犯人であった。

即ち、幸福と感動は、人と世界の破壊であった。

*。
これが構造理性の現代認識と理解だ。

幸福と感動は人にとって卑しいことであり、人を貶めた。
即ち、幸福と感動が強盗殺人の犯人だった。

そこには人間はいない。
人は畜生・鬼畜・餓鬼となった。
これはかって地獄として理解したことであった。

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2009年2月14日 (土)

創造は現世と意識の切れ目に発生する

創造は転換点に発生する。
風呂に入った途端、発見した人がいた。

大創造は意識が切れた時、
突然キラキラを見ることだ。

試験問題は、それを解いている時解ける。
創造性のない場合だ。

*。
幸福とか感動でもこれがいえる。

日常の中での、幸福や感動は、
幸福や感動に違いないが、幸福や感動ではない。

幸福や感度にも魂や心が震えるようのものがある。
殆どの人はこれを知らない。
それを知らせるのが真の教育だ。

現代は真を知らない、偽の時代に入ったことが分かる。

*。
求めて得られた幸福や感動は、贋物だ。

求めず突然与えられる感動と幸福が本物だ。

  *。
私の場合も、15歳から研究を始め、
全宇宙のスキャニングを無数に行い、
結局50数年何も得られなかった。

これで人生お仕舞いか。
こんな人生もありか。

自分が悪い訳じゃない。

*。
そう思っていたら、突然紫式部に出会った。

源氏物語、日本の世界文学だ。
何が書いてあるのだろうか。
とにかく一度は触れとおこう。

古典講座、源氏物語、三田村雅子。
録画しておいた。

牛車争い、三田村さんの少し甲高い声が、
弾んでいた。

突然、源氏物語の紫式部思想の全貌が見えた。

驚いたことに自分の考えと同じだった!

*。
自分の一生は何もしない一生だった。

この時自分のスケッチは終わっていた。
即ち、研究は終わり、これからまとめる段階に入ったのだ。

即ち、意識の切れ目が出来た。
この切れ目にキラキラが現れた。

*。
自分の一生はこれで終わりだ。

この時、新しい世界が生まれたのだ。

かくしてここに構造理性などが結晶した。

*。
つまり溶液を作る時代と、
それに結晶の核を入れる時代。

ここに切れ目がある。
溶液を作るのに50数年掛かった。

そして今結晶をいじくる楽しい時期に入った。

*。
こういってもいい。
50数年の間、
世界に存在する極微量の光を、
無数に積分した。

そして50数年して、その光を目に見えるまで大きくした。

*。
下村脩さんの話にある。
イクリオンは一匹のクラゲに、10万分の一グラムしか入っていない。
そこからイクリオンの結晶を作った。
一生に採ったクラゲは85万匹だ。

*。
きらきらは意識に切れ目に咲く花だ。
それを咲かせるには、無限の積分をしなくてはならない。

人の一生は能であり、
意識の切れ目にキラキラが発生する。

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文学は魂を開ける扉である

「アラブ、祈りとしての文学」岡真理

パレスチナでパレスチナ人が虫けらのように殺される時、
文学に何が出来るか。

文学などで命を救えない局面にいる人こそ、
その魂は文学を必要とするのだ。鴻巣友季子

*。
最近われわれもアラブと同じ体験をした。

小林多喜二「蟹工船」においてだ。

日本で日本人が日本人によって虫けらのように殺される時、
文学はその魂を天空に放った。

*。
日本人が哀しむ時、
無数の鶴の花嫁が天空を真っ白に染めた。

  *。
こんな時残酷なことを言うのだが、これは自己満足だ。

これしか出来ない人には、魂になることであっても、
この世に生きるものとして、これを許してはならない。

*。
弱者には、現世と天空の切れ目に、キラキラすることだ。

即ち、能を演じた。

だが弱者全員でこれをこれをやることが出来ないのだから、
生き残るものは、強者を抑えねばならない。

*。
構造理性こそは、白人天国を打ち破った。

即ち、自由と正義は強盗殺人である。

もう新しい時代が始まっている。

哲学こそは、魂を殺させない方法だ。

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2009年2月13日 (金)

人間劇 事実と真実の境界

事実の事実は真実であり、真実の真実は事実である。

では事実と真実の境界は何だろう。
それをやっているのが能ではないか。

能は事実と真実、或いは現実と魂の間に、キラキラを作る。
リアリティとメタフィジークの運動空間に不動点を作る。

*。
多田富雄氏は、
能を見ていて眠ってしまい、
だがその眠りの中に、キラキラを見た。

人と話していて、
別れた後、もやもやした意識の中にキラキラが現れたことを指摘している。

この意識の隙間が非常に重要である訳だ。

*。
快楽や幸福や感動が浅はかで物足りないのは、
意識の中に結晶を作らないからではないか。

つまりキラキラがない。
この瞬間的キラキラこそ魂ではないか。
即ち、意識の不動点だ。

*。
真の感動や幸福と、偽の感動と幸福があった。

現世を能のごとく生きる。

これが人の真の生き方だ。

     *。
事実はスカラーで、真実はベクトルだ。
即ち、リアリティはスカラーで、メタフィジークはベクトルだ。

生活はスカラーで、精神はベクトルだ。

魂はこの境界に検出精製する。

*。
能はスカラーを主人公とする幽霊劇=ベクトルだ。

感動や幸福はスカラーだ。
これを生きて魂を失った。

即ち、人は畜生・鬼畜・餓鬼となった。

*。
身体であって身体でなく、精神であって精神でない。

人はパラドックスに幽霊劇を演じ、
現実でも非現実でもない、
その境界に魂を結晶する。

これが人間劇だ。

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心頭滅却すれば火もまた涼し

心頭滅却すれば殺人も幸福となる。

問題が起きた時、問題に向かわず、
気持ちの中に心地よさを演出する。

殺人も破壊も、いい気持ちで行うことが出来る。

*。
太平洋戦争も殺人と破壊であったが、
日本国民は愛国に爆発した。

戦後もそれがアジア全域の破壊であることや、
人類数千万人の殺人であったことを認識しない。

太平洋戦争は自存自衛の戦いであり、
アジア解放の聖戦としていい気持ちになっている。

   *。
この方法論は仏教や儒教から来たことであろう。

心の中に沈潜し、
現実を生きることを、心の問題とする。

かくして殺人も破壊も、いい気持ちで出来る。

*。
この方法を世界展開した村上春樹文学であろう。

世界の若者は現実の問題を放り出し、
気持ちの中でいい気持ちになることに夢中だ。

現実の問題を気持ちの問題に変換して処理する。

   *。
アメリカと戦わず、言いなりにあり、いい気持ちになる。

イラクやアフガン、有色人種を敵にする。
いい気持ちでそれが出来る。

有色人種を裏切ることがいい気持ちで出来る。

*。
太平洋戦争で、A級は絞首刑になった。

戦争責任を認めず、いい気持ちになる。

*。
せいぜい金を稼いで、快楽に浸る。

そこに自殺や過労死に、孤独死や凍死、
公害死や医療事故死が溢れる。

だが日本人の九割以上が幸福である。

   *。
問題を気持ちの問題に変換し、
心頭滅却すれば劫火もまた涼しい。

*。
村上春樹文学で、日本方式は世界に爆発延焼中だ。

*。
Goedelの不完全性定理で考えよう。

現実の問題を気持ちの問題に変換することは無矛盾だ。
従ってそれを実現することは出来ない。

現実の問題を気持ちの問題に変換することで、
問題を処理出来るとも、出来ないともいえる。
ただ一つ正しいことは問題が存在することだ。

*。
ナッシュの均衡理論で考えよう。

人がいい気持ちになることで問題に対応できる。
それは人と世界を破壊することである。

**。
今日もまた我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光あれ。

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2009年2月12日 (木)

源氏物語解読 すべてを愛したらどうなるか

源氏物語をこう読んでみよう。

光源氏はすべてを愛した。
光源氏はすべての女性を愛した。
あらゆることに愛を籠めた。

紫の上は神を愛した。

*。
その結果、光源氏は淫乱と言われた。

すべての女性を愛するとこうなる。

*。
紫の上は光源氏ただ一人に関わった。

すると何で光源氏と離婚しなかったかといわれる。
情けない女といわれる。

*。
すると光源氏と紫の上は人の両極端で、
その間に適当がある。

    *。
一方、光源氏は超美男で、天皇の息子で、超エリートで、セレブで、
この世のすべてを手に入れた人だ。

紫の上は光源氏の妻として栄華を極めたが、
自身の幸福が何一つがない人だ。
しかしこの世のものとおもえない美しい人となった。

神になったといっているのではないか。

ここにも両極端がある。

*。
即ち、紫式部は対偶構造で源氏物語を書いている。

光源氏は無限大、紫の上はゼロといっていいのではないか。

この世のすべてを手にした光源氏と、
神の世界に同一化した紫の上である。

*。
放蕩と純潔、豪華と清潔、悪魔と天使。
そういった世界を書いた源氏物語だ。

これが人の全宇宙のスペクトラムだ。
人はこの世界を運動する。

     *。
この人間運動空間に、特異点に落ちないように、
不動点を輝かせる世に生きることが人間だ。

源氏物語はそう総括出来るのではないか。

*。
すべての女性を愛した光源氏、
すばらしい人という人もいれば、
不潔という人もいる。

清潔な紫の上を立派という人もいれば、
情けないという人もいる。

*。
源氏物語はあらゆる人に自分を見せてくれる。

人間世界の真相を見せてくれる。

     *。
こう読むと多くの女性が出家することは、
天に帰るに、
心の垢を落とす、
即ち、心のお風呂に入ることではないか。

*。
男の汚されれた体を清めるという人もいる。

だが自分はどうか。
自分を探せる源氏物語ではないか。

自分はどこにいるのだろう。
いやどこのおくことがいいのか。

源氏物語はいろいろと使える。

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心とは負帰還の意識である

感動や幸福は悪魔のお菓子だ。
これを食うと人は畜生・鬼畜・餓鬼になる。

大GDPは心の発振であり、
人から安心・安定・安全を奪い去り、
人を畜生・鬼畜・餓鬼にした。

*。
勿論人の心の栄養になる幸福や感動もある。

それは人を畜生・鬼畜・餓鬼にしないものである。

*。
その判別式は、負帰還になっているかどうかだ。

だが学問芸術では、心を発振させる。
それは心のまとまった人の特権だ。

学問芸術は先ず心を作らなければならない。

    *。
心の正体は、負帰還である。

知性や感性の負帰還状態が心である。

*。
感動とか幸福を固有値λとし、
平穏や静謐を固有関数ψとし、
すると心はHとなる。

Hψ=λψはシュレーディンガー方程式である。
これが意識の構造である。

これが心や自己との世界との関係性や運動性である。
ここに魂を結晶する人の生き方だ。

それは自己と世界の運動空間に不動点を作ることでもある。

*。
心は意欲増幅器と反省・洞察の負帰還からなる。

これは意識の内部構造である。

*。
自己は自己と世界に関係であり、
心は自己の内部構造である。

自己を展開しつつ世界に自己を実現する。

それに外部構造と内部構造があった。

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2009年2月11日 (水)

表と裏の不確定性

自由と正義は強盗殺人である。
対偶文を作るとこうなる。

これを表と裏、建前と本音、言い訳と事実、
結局、主語と述語の不確定性現象といえる。

主語と述語が一つになるいことは、
主語に立つと、述語が見えなくなり、
述語に立つと、主語が見えなくなる。
だがら文章は主語と述語で作られる。

*。
日本文化に主語述語がないことは、
自然とありのままに受け入れていたから必要なかった。

これが現代ではマンモス文化になる訳だ。

    *。
だから人が考えてやることは、
対偶で見なくてはならない。

考えと行動の間に不確定性があるからだ。

*。
理論理性は真善美を追求したが、
意識と存在と行動の間の関係を考えなかった。

これを追求したGoedelの不完全性定理やナッシュの均衡理論だ。
即ち、文章と現実の現象の間に、不確定性があることを認識した。

これが構造理性になる訳だ。

*。
こう考えると、負帰還は、
現象と思考を関係付けることだ。

思考と存在と行動の三次元で世界を見たり関わることだ。

これで人が神の立場に立って、現実を断罪リンチすることを超えられる。

   *。
すると自由と正義は、
人が神の立場に立って、現実を断罪リンチしていたことが分かる。

即ち、自由と正義は強盗殺人である。

*。
構造理性に立てば、現実を上から見る視点は消える。

理論理性は、現実の神となって、断罪リンチしていた。
理論理性は、現実を見下す視点だった。
即ち自然を殺して操作することだ。
そこには自然はない。
これが神を殺した万能感であり、それは妄想でしかない。

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感動より大切なものがある

感動や幸福、成功は権力、所得・欲望・消費より大切なものがある。

それは全体性であり、調和や安定性である。
安心・安定・安全のない幸福や感動は、幸福や感動ではない。

それは盗んだ感動や幸福であって、
それは人や社会を壊す。

ベストセラー症候群、高視聴率症候群、売上高症候群、
これこそが人と社会を壊した犯人だ。
ここには偽の感動や幸福しかない。
それは満たされない心を作り、
心の飢えと渇きを作る。

それは虚しさや淋しさであったり、無力感や喪失感の正体だ。
それを感動と癒しで慰める。

切羽詰った人には、これが必要でも、
それは覚せい剤の性能しかない。

これに依存することが心の飢えと渇きを作る。

この袋小路に、消費文明は栄える。

  *。
感動や幸福に気持ちを発振させたのだ。

そこには安定性がない、
即ち満たされることがない。

*。
感動や幸福は一時の刺激や充足であり、
それは満たされない心を作り、
これはいかなる刺激にも満たされることはない。

刺激による充足、即ち満たされることは妄想だ。

*。
静かに落ち着いた気持ち、これが幸福の正体だ。

所得・欲望・消費はそれを壊していた。
これは心の覚せい剤であり、
人を依存症にして稼ぐ産業文明だ。

*。
感動や幸福依存症にして、
人と世界を壊して、荒稼ぎする文芸や産業だ。

感動と幸福の対偶は、強盗殺人だ。

*。
感動や幸福はいらない。
静かに落ち着ける人なら、
それが感動であり幸福だ。

感動や幸福は心のない人が求める刺激と興奮だった。

**。
今日もまた我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光あれ。

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2009年2月10日 (火)

幸福と感動はリストカットによる魂のアリバイ工作だ

感動や幸福は、自分の心や魂を傷つけ血を流すことではないか。
そこに自分の存在を確認し、それに恍惚とする。

即ち、幸福とか感動は一種のリストカットである。
感動や幸福は魂の流す血であり、痛みである。

それは自己を否定し喪失させる消費社会のリストカットでもある。

*。
すると現代は、マルチチャンネル・クロスオーバーなリストカット社会だ。

リストカット結合世界、これが現代文明ではないか。

人を傷つければ殺人傷害だが、自分を傷つけると法に違反しない。

リストカット社会は法が作り出した。

*。
すると所得・欲望・消費はリストカット症候群だ。

豊かさや感動に幸福は、満たされない心を作り、
それが戦争や犯罪に刺激と充足を求める。

即ち、犯罪や戦争は魂のリストカットによる魂のアリバイだ。

    *。
幸福と感動産業は、
幸福や感動をモノ化し、その記号の消費を通し、
現実を快楽にシミュレーションし、
人間や人間性を消滅し、
感動や幸福を社会機能に変え、
自己や社会の快楽殺人を、
人間的なこととし、
最早葛藤を覚えることなく、
幸福と感動として楽しむのだ。

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2009年2月 9日 (月)

感動の快楽は快楽殺人の快楽である

アメリカと日本のベイトソン文化は、
自己に引きこもり、そこにいい気持ちを作る。

ヨーロッパのレイン文化は、荒野に出て、そこに自己を納得させる。

*。
文化に内向と外向の二種が検出される。
内向は現実を放り出して、気持ちを発振させる。

外向は、人と世界を負帰還関係にして、最適を求める。

*。
現代はいい気持ち文明が、いい気持ち現世を作る文化に優勢だ。

だがベイトソン文明が壊れた。

それがアメリカの崩壊だ。

  *。
アメリカのいい気持ち文化は、
国民の国民のよる国民のための民主主義を展開した。

ところがこの国民に有色人種が入っていない。

リンカーンも入れていなかった。

*。
内向的いい気持ちには差別がある。

それを当然とし、問題に出来ない。

*。
日本でも、国家に国民が入っていない。
それを民事不介入という。

そういってこの問題に触らせない。

*。
アメリカも黒人が国民に入っていないことを隠す。
気持ち主義は、不愉快を異物排除する。

即ち、いい気持ち主義は破壊と殺人である。

*。
即ち、いい気分原理主義は、
快楽殺人であり、
いい気分は快楽殺人の快楽である!

アメリカと日本はこの罠に掛かった。

**。
今日もまた我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光のありますように。

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豊かさは 満たされない心を製造販売消費する

豊かさの対偶はなんだろう。
貧しい心であることは確かだ。

自由と正義の対偶は、略奪を殺戮だ。
西欧と幸福の対偶は、強盗殺人だ。
感動と癒しの対偶は強盗殺人だ。

現代文明は強盗殺人であることが分かる。

*。
豊かさや幸福や感動を求めたため、満たされない心が作られた。

満たされない心は、モノ化され、記号化されて、
大量生産大量販売大量消費に刺激と充足を求めた。

ここに消費自体が商品化し、
消費商品を軸に資本主義が自己完結した。

*。
消費商品が虚しさや寂しさの心の飢えと渇きを生み、
これを刺激充足する消費文明が成立した。

ここに本来の現実は消滅し、
人は消費産業を生きることになった。

*。
消費としての生き甲斐産業は、
人を消費商品化し、
人は自己を消費することとなった。

ここに個々の主体の差異を消し去って、
マクドナルド化し、ディズニーランドを生きることとなった。

それは自分自身のマクドナルド化でありディズニーランド化であった。

*。
ここに自己を殺す快楽殺人が成立し、
自己の快楽殺人を人間的なことと思い、
楽しい殺人に耽り、
これに幸福と感動を覚えるのだ。

*。
これが自己を楽しく消費する、快楽殺人産業だ。
即ち、これが消費産業の正体だ。

心の飢えと渇きを楽しく消費する訳だ。

これは自分を殺して、満たされない心を作り、
それに殺されることで、
楽しくあの世に行くことだ。

見事自己完結している!

理論理性には、その仕組みが解読できない。
それを作った張本人だから。

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2009年2月 8日 (日)

自由と正義は強盗殺人を増長し正当化する

自由と正義を構造理性で読めば、
強盗殺人を強要し、それを正当化する。

即ち、自由と正義は強盗殺人である。

*。
自由と正義は、それが強要する強盗殺人を正当なものと認識する。

即ち、自由と正義は認知症であり、自閉症である。
即ち、自由と正義は正しい精神障害である。
そして正しさに共鳴し、その強殺や精神障害を認識しない。

現代文明はここに自滅した。
そして自滅を快適に生きる。
それが畜生・鬼畜・餓鬼の地獄である認識が出来ない。

  *。
正しい強盗殺人、
正しい精神障害、
西欧理性は、主語しか認識しない。

かくして同じ症状でも、
国家だけが正しいとなる。

即ち、国家が神の立場に立って、反対を断罪リンチする。

*。
西欧理性は、正しいという主語に自閉し、
述語を意識できない。
即ち、自閉症であり、認知症である。

これに子供が感染しやすい。
正常な子供は正しく国家認知症にシンクロした。

するとただの認知症の子供が正常となる!

異常な国家認知症と正しい認知症、
正しい認知症は国家認知症への防衛機制だ!

    *。
即ち、西欧理性は自閉症であり、認知症である。

これを素直に優しく暖かく再生した日本である。

*。
お上日本は対象を対象より美しく再現する。

中華思想や世界制覇思想を、正しく再現すれば、
即ち戦争となる。

*。
お上日本は世界支配思想を消滅する使命を持っているといわざるを得ない。

日本は世界支配思想の反世界を作るのだ。
即ち世界支配思想を消滅させる宿命だ。

*。
これが構造理性に認識した日本である。

世界制覇思想は認知症であり自閉症だ。
これをゼロにする使命を持った日本である。

     *。
日本は異常な文明を正常化する繰り込み理論である。

日本は人間人類の運動空間において、不動点として認識される。
即ち、日本は地球社会で能をやっている。

**。
今日もまた我がスナイパーは的を撃ち抜いた。
神に栄光のあらんことを。

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2009年2月 7日 (土)

夢と希望は人を発振させた!

夢と希望、成功と幸福、感動と癒しは、人心を発振した。
かくして人の気持ちが安定している時出る人間性が消え、
人は畜生・鬼畜・餓鬼となった。

成功と幸福は、悪魔のお菓子だった。
それを食って、人は畜生・鬼畜・餓鬼となった。

人が人であるには、悪魔のお菓子を食ってはいけない。

*。
悪魔のお菓子を食うと、欲情が発振し、人が人でなくなる。

夢と希望は悪魔の悪魔屋敷に釣る餌のお菓子だった。

これが人の存在する空間の仕組みである。
この仕組みを生きなければ、人は畜生・鬼畜・餓鬼に疎外される。

*。
感動や癒し、刺激や充足は、悪魔のお菓子だった。

これを食うと、畜生・鬼畜・餓鬼になるぞ。

現代は畜生・鬼畜・餓鬼の世界となった。
金や権力などいくらあっても満足のない道理だ。

*。
発振論、構造理性を使うと人も世界もよく見える。

子供は、感動と癒しは必要とせず、
それは心の栄養であって、感動や癒しではない。
おいしいものを食べればおいしいということだ。

それは大人が不満から求める感動と癒しではない。
同じものでも心の違いで全く違うものになる!

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2009年2月 6日 (金)

一億総中流経済を何故壊したか

自民党と社会党の負帰還経済政治社会機構は、何故破壊されたか。

その当時言われたことは、
1、日本は世界から学ぶことはない。
 日本は世界のトップに出たのだ。
2、なんでも反対のバカ社会党だ。
 こんなバカは放り出せ。

これらの主張は対偶になっている!
両者があいまって、日本は発振したのだ。

そしてバブルを吹かして壊れた。

*。
ここに負帰還と正帰還の違いの例がある。

正帰還の恐ろしさがここに検証される。
政治経済社会が狂ってしまう。

*。
もう一ついえることは、
長い安定に疲れたことだ。

幸福にいらだってきた。
変化が欲しくなった。

  *。
日本は自民党の一党独裁となり、発振した。

この例から中国経済は発振経済であることが分かる。
バブルしていることが分かる。

一党独裁が発振方式であることが分かる。

*。
アメリカは戦争に勝つために発振経済をやった。
それは大恐慌の清算の繰り込みであった。

*。
中国は発振経済であるから、不安定である。
即ち上流と下層に国家は二分された。

これが抗争する喧嘩闘争を発振した。
これは自己否定と自己破壊である。

   *。
経済に正帰還と負帰還がある。

そしてそれらがどういう結果を齎すか、
この事例で理解できよう。

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2009年2月 5日 (木)

威張ることの対偶は恐怖である

アメリカは何故イラク戦争したか。

対偶論を使うと説明は簡単だ。
アメリカは世界一を誇りにしている。
いわば威張っている訳だ。

威張るものは恐怖心も強くなる。
恐怖心を跳ね返すに、威嚇行動が大きくなる。

この両成分は、けん制し合うどころか、強化し合う。
即ち発振し易くなる。

*。
テロを殲滅する。
こういった時は、気持ちや国家は発振したのだ。

即ち、威張ることと恐怖心が、
互いに強化する方向に運動した。

  *。
警官が中学生に威嚇発砲した。

威張ることと恐怖心、
或いは恫喝することとなめさせない気持ち、
これた相乗作用すると、即ち発振する。

こう説明できる。

*。
パトカーの追い込み殺人、
しばしば第三者を巻き込む殺人となる。

日頃恫喝を仕事とする警察だ。
その対偶としての恐怖心、
それを打ち消すなめさせないという気持ちがある。

これが相互に強化し合うと、
前後見境なく燃える。

即ち、気持ちが発振する。
通常考えられない行動をして平気となる。

   *。
恫喝する心理は、発振を呼ぶ心理だ。

世界一、これを守ろうと、
前後見境がなくなる。

即ち、感情は発振し、安定性はなくなる。
即ち平常心が消え、抑制がなくなる。

*。
心理の発振と負帰還、
この考えで、いろいろの事象が説明できる。

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2009年2月 4日 (水)

明るく楽しい美しい感動は 人間性を破壊した

感動に溢れた世界に、何故いじめ殺しが溢れているのでしょうか。

感動の対偶はいじめだからだ。
感動は自分をいじめ、
そしていじめを発振させる。

明るく楽しい美しい感動こそは、いじめの原因だった。

*。
草履伝説こそは、いじめ日本を作った。

この中で楽しく生きる。
これがお上日本だ。
即ち、畜生・鬼畜・餓鬼の感動に浸っていた。

   *。
感動産業は、感動といじめの違いを取り去り、
それを社会機能に変え、
感動産業に取り込まれた人は、
最早葛藤を覚えることなく、
いじめを感動として、
楽しく消費し、
いじめの製造販売消費に、
感動と幸福を見出すのだ。

*。
誰もが金融経済に関わり、
皆でそれを破産に追い込み、
金融経済はなかったことにした。

金融という感動、
この辛い生活に、一時の喜びを作った。

少なくもそれで幸福な時期があった。

*。
金融経済を実行したのは悪徳白人権力だが、
それを望みやらせたのは、無力な人々だった。

*。
感動産業は、
感動をモノ化し記号化し紙化し、
感動と株と債権の境界を消滅、社会機能に変え、
最早葛藤を覚えることなく、
紙飛行機と飛ばすしたり受け取ることを、
楽しんだったのだ。

この債権は狐の木の葉の紙幣だった。
それがばれるまでに巨額の消費を楽しめた。

一時でも幸せになれた。
またやろうぜ。
人生こんなもんだ。

これが感動産業だ。

オレオレ詐欺だって、
つかまるまでは快適に生活できるのだ。

   *。
木の葉の紙幣こそは、現代の発明だ。
いや日本の発明ではないか。

犯罪との隠れん坊に鬼ごっこ、
これが現代人類の巨大な発明だ。

それは日本に始まったのだ。
みんなでやる狐ごっこ、
日本の発明ではないか。

日本は世界を支配した。

*。
その内地球上で、
背負い投げ一本、白衣人帝国を倒すことだろう。

その下準備をしているのではないか。

どうせだからインチキ経済を背負い投げに討ち取ろう。

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刑法は犯罪を強要しそれを隠蔽する

殺人や自殺の禁止は、殺人や自殺を発振する。
即ち、自殺や殺人を強制し、そのやらせを隠蔽する。

禁止法は、禁止した事柄を発振させる。
それを認めると、負帰還が掛り、かえって安定する。

*。
禁止は人の気持ちに、余計やりたがらせる。
即ち、正帰還を掛ける。

実に禁止しないことが負帰還となる。

もっとも禁止しないで禁止する雰囲気が必要だ。

*。
殺人や自殺を必要としない社会の雰囲気が、それを禁止する。

刑罰的禁止は、禁止でなくやらせ原因となる。

*。
犯罪はそれをやらせる社会的状況が重大因子だ。

犯罪制御は、社会状況制御だ。

実に、刑法的刑罰的状況は、
犯罪を強要し、強要の事実を隠蔽する。

これが構造理性の解読した心理要因だ。

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2009年2月 3日 (火)

人や社会の疲労破壊と脆性破壊

人は組織、国家や文明に疲労破壊と脆性破壊がある。

例えば人の疲労破壊では、人の機能が劣化する。
脆性破壊では人格が壊れる。

疲労破壊でトラブルが頻出し、
脆性破壊で事故や事件となる。

人を疲労させたり破壊するのは、社会である。
現行法は、これを人の責任にする。

*。
法が人の不注意や責任にすることは、
社会の不注意や責任が先行する。

現行法では、文明は国家や組織の責任が不問である。
やっと酒を飲ませたものの責任を問うようになった。

国家は国家責任の立証不能性によって、
その責任を逃れる。

そうする限り問題を減らすことは出来ない。
酔っ払い運転で、酒を飲ませたもの責任を問わなかったことが、
国家の責任であった。

  *。
国家責任を問えない法、
個々の問題は発振した。

ここに問題を負帰還に使わなくてはならないことが分かる。

責任を問う方式は、問題を減らすのでなく、
問題を増やしていた。

*。
責任を問うのでなく、
問題を減らせばよい。

殺人を殺人で応じる。
これで殺人が減った事実はない。

問題対策は、市民的自由と人間的権利の確立だろう。
これが負帰還法である。
ここに社会と個人の安心・安定・安全がある。

制裁と復讐は必要であるが、
これで犯罪を減らした現実はない。

     *。
怖がって緊張し、犯罪機会を増やす。
少なくも怖がらせて、犯罪を減らせたとするなら、
それは人間を人間でなくし、
家畜化し、人の犯罪を家畜の犯罪に転換しとことだ。

すると認知症性犯罪があふれ出す。

これを国家は問えないので、
犯罪が少なく見えるだけだ。

かえってどうしようもない国家となる。

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犯罪と狂気は社会が主犯である

国家や権力は、その犯罪を隠蔽し強化する。
何故なら法によって、個人の責任にすればよいからだ。

即ち、国家や権力は、犯罪であり狂気である。

これは構造理性がなければ発見できなかった。

*。
国家や権力に任せ、世界は犯罪や狂気に溢れた来た。
国家や権力がその原因だったからだ。

国家は犯罪や狂気を製造販売消費していた。
権力は、国家を通して、
その犯罪を不問にさせ、
その責任を市民に取らせ、
市民の損害において、利益を上げていた。

   *。
国家ははじめは、人々の利益を代行していた。

しかし組織化が進むと、
国家産業は、個々の主体の差異を取り去り、
社会の機能に変えてしまった。

国家は人をモノ化し、記号化し、
国家と国民の差異をあいまい化し、
国民も国家も消滅させた。

その結果国家産業に完全に取り込まれた国家と国民は、
最早葛藤を覚えることなく、
犯罪と狂気を人間行為として、
楽しみそこに幸福と感動を覚えるのだ。

国家はと文明は快楽殺人に取り付かれた。

    *。
国家において、理論理性は発振した。

本来の機能を喪失し、
国益と権力を目的として完結した。
ここに良心良識も人間性も異物排除された。

一体何をやっているのだろう。
犯罪と狂気をやっている。
そしてその認識は出来ない。
認識判断機能が異物排除された。

即ち、国家や文明は、
民主主義や民主主義をモノ化し、記号化し、
それを楽しく消費する主体となった。

    *。
国家や文明は世界を食い、新陳代謝を始めた。
国家や文明は、国家や文明を食い始めた。

一体これなんだろう。
死の舞踏を踊る悪の華でもあり、
頭はファウスト博士で、体はフランケンシュタインでもあり、
人を食って生きるドラキュラでもある。

人には理解できない。
人間を畜生・鬼畜・餓鬼にしたことは確かだ。

これが西欧文明の結晶であることは確かだ。

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エチケット不況

ベストセラーや高視聴率狙いは金鉱掘りである。

感動と癒しの金鉱、
これが知れ渡ると、たくさんの人が集まる。
すぐ彫り尽くされる。
次の金鉱探しに行く。
残り少なくなって行く。

*。
一方金鉱を掘る生活は、不安定である。

その生活は社会や自己から疎外される。
当たれば金にはなるが、
だが当たっても自己は疎外される。

*。
だんだん刺激が強いものになっていく。

これは刺激だけで、実生活の役に立たない。

金融経済が実経済でないことと同型等価だ。

人間や社会に根付かない感動と癒しは妄想だ。

これは人格の正常性を異物排除する。

   *。
感動と幸福産業は、人間性破壊産業であった。

人間を疎外した感動と癒し、
これは推理小説やファンタジー文芸に対応しよう。

新しい世界への過渡現象成分もあろう。
だが自己否定自己破壊成分もある。

*。
進歩と退歩は対偶だから、両成分が並存する。

感動を求めるといい気分になれる。
だがその時自己が否定される。

感動によって自己破壊が起きる。
これは自己と人間性への犯罪だ。
これが識別されていない。

*。
感動と癒しなら何でもよいことではない。

人々が称え合う。
これは異常なことだ。

こうしないと関われない人々、
それは殺意と破壊の隠蔽だ。

  *。
即ち、感動と癒しは、殺意と破壊を実行強化しながら、それを隠蔽する。

現代文化はこの罠に掛かった。

*。
自動車文化も、消費文明も、
破壊と殺人を強化しながら、それを隠蔽する。

ここに精神と文明の破産が起きた。

*。
経済のメルトダウン、
実は文明の破産であったのではないか。

   *。
利益の対偶は損害である。

どんな利益にも損害が付いている。
それは対偶だから当然だ。

社会に利益だが、損害は個人に先行し現れる。

*。
社会は損害を個人に押し込め隠蔽する。

これが破産したのではないか。
環境問題になると、地球問題となる。
問題を個人に押し込められなくなった。

あらゆるものが不況になる。
消費が人間破壊であったが、
これが隠蔽できない時点に到達した。

即ち、文明は破産した。

*。
文明や企業が、過労死・自殺の時を迎えた。

税金を使って、死んだ企業に点滴する。

何をやっているのか分かっていないから出来ることだ。
ただ一つ正しいことは、それでは救われないことだ。

文明の解体再構築の問題だ。

   *。
旧文明は死んだ。
金融破産はその一部であった。

次世代に引き継ぐことだ。

文明にも国家や企業にも世代交代があった。

*。
出版不況などの不況は、
老人が何時までも現役を守ることだろうか。

努力は買うが、どこか間違っているのではないか。

*。
自分を変える生き方の時代が始まった。

快楽は不変でなく、
幸福にこだわると全体を壊す状態になった。

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2009年2月 2日 (月)

人間と現実の喪失

現代文明は、人間にも現実にも触っていない。

即ち、文明の精神は統合失調症となり、国家の肉体はガンとなった。

これが孤独や寂寥感であり、
空虚さや無力感の正体だ。

*。
これに対するに二つの方法がある。
一つはベイトソン法であり、
この統合失調症とガンを楽しさやユーモアに昇華する。

もう一つはレイン法であり、
偽自己の偽善と欺瞞の演技、
即ち、偽自己を主人公として、幽霊劇を演じ、
そこのキラキラを出力する。

このキラキラは偽現実をぶち抜く衝撃だ。

*。
ベイトソン法は、偽現実に引きこもり、楽しく生きる。

レイン法は、偽自己と現実に能をやって、
納得のいく舞台を作る。
あわよくば、統合失調症やガンと共存しながら、
それを克服しようとする。

*。
ベイトソン法は、統合失調症やガンを楽しむ。

レイン法は、それらと共存しながら、
統合失調症やガンに死なないようにする。

内向的と外向的の違いだろうか。

*。
正帰還法と負帰還法の違いといえよう。

ベイトソン法は、社会の崩壊を止めない。

レイン法は、社会や自己の崩壊を止めることを楽しむといえよう。

*。
人それぞれでいいが、
ベイトソン法が勝つと、社会は壊れる。

現代の地球社会をこのように見ると、
白人帝国主義を楽しむベイトソン法であり、
それを壊すことを楽しむレイン法とも見られる。

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自己疎外産業論

成功や幸福や感動は、自己を疎外し、
自分でない自分を作り、
即ち自己を破壊する。

人は辛いことや苦しいことから出来ていて、
これを楽しいことや面白いことに置換すると、
そこの本来の自己は異物排除される。
即ち、本来の自己は阻害される。
即ち、偽自己が楽しく愉快に作られる。

*。
感動幸福産業は、
本来の自己や世界を消し去り、
自己を感動組織の産業機能に作り変え、
感動産業に取り込まれた人は、
感動や幸福をモノ化し、記号化し
本来の自己と偽自己の境界が消滅し、
偽自己感動産業を現実としてしまい、
最早葛藤を覚えることなく、
自己と世界の破壊に感動し、
偽自己の製造販売消費に耽り、
それを幸福として楽しむのだ。

*。
現代人はとんでもないことに感動し、
それを幸福と思っている。

幸福でないものを幸福とするから、
虚しいのであり、
感動でないものを感動とするから、
寂しいのだ。

*。
偽自己の感動幸福産業こそが、現代文明の正体であった。

誰もがいらいらし、虚しいのである。
これに更に感動を注入する日本型感動産業である。
言っておくがこれはクールジャパンではない。

*。
偽感動に更に偽感動、
これで元に戻るのだろうか。
これが柔道忍術か?

だが感動と癒しは発振したのだ。
そこには不安・不満・不愉快ばかりがある。

即ち、安心・安定・安全がなくなった。

*。
自己破壊産業こそ、感動産業の正体だった。

感動と幸福は悪魔のお菓子だった。

それを食って、人は畜生・鬼畜・餓鬼となった。
そこに畜生・鬼畜・餓鬼の幸福と感動があった。

*。
これらの識別は構造理性にしかできないのではないか。

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2009年2月 1日 (日)

自由は独立を保存しなくてはならない

自由と正義は、独立自尊を保存しなくてはならない。

人や民族は自立したものだ。
自立性を保存しない自由と正義は、
強者支配のトートロジーだ。

人や民族を抜いた自由と正義は妄想である。
即ち、自由と正義の中に、
自由と正義を敵とする独立自尊を作り、
これを敵として異物排除する。

即ち、強者の自由と正義は、
妄想性統合失調症であり、
世界のガンである。

*。
個人や民族が運動する世界にあって、
個人や民族を異物排除した世界は、
世界の破滅点である。

個人や民族がキラキラする不動点は、
人の運動空間の独立自尊点に現れる。

即ち、個人や国家のない世界空間は、妄想である。
強者支配の言い換えでしかない。

*。
自由貿易は、民族の自立を保存しなければただの妄想だ。

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2009年1月31日 (土)

現実は人の甘えを許さない!

人の生存システムに、
感動と幸福を入れると、
人の生きることに正帰還が掛かり、
生存システムは不安定となり、
戦争や犯罪や狂気や障害が溢れ出す。

*。
対偶文を作ると、
感動と幸福は、殺人と強盗である。

即ち、人の生存システムを発振させる。
即ち、生存に安定はなくなる。

人の存在構造を見ないとこれが分からない。

   *。
感動や幸福は、犯罪や戦争や狂気の発信器を作る。
それは不安定地獄を作る。

*。
宇宙は爆発であり、正帰還だ。

その中で人の生存は負帰還でなければならない。

それは人の意思で行われる。
その前に世界の存在構造を認識しなくてはならない。

*。
人は現実の中で生きる。

人に現実自体の支配力はない。

  *。
人は甘い。
それがエチケットの正体だ。

みんなで皆で甘くし合う。
すると気持ちがいい。

だが自然に逆らうと、自然は許さない。

*。
現代の危機は、人類全体で甘え合い、
いい気分になった。

これを現世は許さなかった。

現実に引っ叩かれたのだ。

現実は人の甘え合いを許さない。

  *。
調子に乗るな。

人は許しても、現実は許さない。

人は調子に乗って、現実を支配したと思った。

*。
人は、特にアメリカは、現実の支配者と思った。

それを現実が許さなかった。

*。
それでも強者だけ生き残ろうとする。

そんなことは現実が許さない。

   *。
人類の経済対策は現実の許すものでなくてはならない。

強者同士の甘えは現実が許さない。

まだ現実に甘えている。
現実をそれを許さない。

**。
今日もまた我が狙撃サイレンサーは的を撃ち抜いた。
神に栄光のありますように。

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感動と幸福は 自己を疎外する

感動と幸福を自己に上書きすると、
自己否定となり、自己は疎外される。

外から作られた感動と幸福は、
自己の成長と成熟を阻害し、
結局自己を疎外する。

外からの感動と幸福は、自己破滅点だ。
内から生まれる結晶は、不動点だ。

*。
豊かさによる感動や幸福は、
自己を否定し自己を破壊し、
そこに快楽を発振する。

それは自己と人間性を疎外する。

    *。
自己や世界に破壊における幸福と感動は、
発振した感動と幸福だ。

幸福や感動は、
自己や人間性を否定し、
人をモノ化し、記号化し、
自己や人間性を消し去って、
人を快楽機能に作り変えた。

その結果、幸福産業に取り込まれた人は、
最早葛藤を覚えることなく、
自己否定と自己破壊を、
人間の実存行動と思って、楽しむ。

それが感動と幸福の真相だ。

  *。
感動や幸福がいかなる仕組みで展開されるか。

汝自身を知らない。

自身の成立構造を知らない感動と幸福は、
ただの白昼夢と妄想だ。

人類はこんなことに耽っていた。
そこには犯罪と戦争と、狂気と事故に溢れた。

即ち、発振で得られた感動と幸福は、
不安定に溢れ、強者が弱者を殺すことで展開された。

*。
これを肉食強者が、草食弱者を殺して食うのは当然とした。

こんなことをしなくたって世界は成り立つ。

欲望が発振すると、弱肉強食の世界と作ってしまう。

欲望を発振させなければ、弱肉強食にならない。

*。
世界は負帰還構造でなければならない。

**。
今日もまた我が狙撃サイレンサーは的を撃ち抜いた。
神に栄光のありますように。

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2009年1月30日 (金)

日本思想は 何故 言葉にならないか

源氏物語が書いていることをψ=コンテキスト、
そこに出る言葉λ=メッセージ、
すると紫式部思想Hが抽出される。

Hψ=λψ、
これはシュレーディンガー方程式である。

要素λ、関係ψ、
その要素関係運動空間がHである。

日本思想はシュレーディンガー方程式であるので言葉にならない。

*。
例えばカワイイ=Hを、マンガやアニメ=λで描く。

そこには情念ψが生まれる。

即ち、情念を主人公とする幽霊劇が日本文化である。
即ち、日本文化はシュレーディンガー方程式である。

*。
ここから能はシュレーディンガー方程式であることが分かる。

    *。
Hにマンガやアニメやゲームがある。

λをホログラム、ψをホログラフィー、
その要素関係運動空間をH、
その全空間がイマジネーションである。

これが日本文化の構造である。

*。
政治や経済をここに拡張する。

文化と文明は、心と体の関係だから、
自己同型写像でやるしかない。

   *。
日本文化は量子力学であったので、言葉にならない。

男が女に愛しているというのは、ニュートン力学であって、
シュレーディンガー方程式の表現ではない。

*。
日本では男は女に深い愛があったのかも知れない。
或いは全くなかったのかも知れない。

これが量子力学的不確定性だろうか。
言うと失われ、言わないと存在する。

これでは通らない。
ニュートン力学と量子力学の使い分けが必要だ。

これが出来るには一人称衝動ではいけない。

*。
男が女に愛しているといわなかったのは、
シュレーディンガー方程式だったから。

日本思想が言葉にならないのと同じ現象だ。

シュレーディンガー方程式だけでは現実を生きていけない。
くれぐれも気を付けましょう。

*。
どっちかというと、
一人称衝動はシュレーディンガー方程式系だ。

これだけでは通らないことを確認した。

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2009年1月29日 (木)

負帰還に世界一はない

負帰還とは普通であることだ。
進歩と調和が同時に達成される。

これが人や社会の日常性であって、
だが社会には非日常性も必要だ。

負帰還を展開する媒体は、
生と死の世界に成立する。
即ち、誕生と死がある。

負帰還は生と死を最適化したとも言える。
だが生と死を超えた訳ではない。

従って負帰還には世界一はない。

*。
だが人の世界には創造が必要だ。

即ち世界一も必要だ。

実に日常だけでは、一種の発振になる。
これを安定化する、創造である。
これが負帰還装置となる。

社会にはいろいろの階型がることが分かる。

   *。
日常の最適化は、負帰還であるが、
負帰還の最適化に創造性が必要になる。

これらは同じ階型ではない。

*。
平穏とか静謐、
ここに負帰還にも質があることが分かる。

負帰還システムが恒常となった時、
これを安定化する上部負帰還が必要になる。

平穏とか静謐は、高度負帰還構造である訳だ。

それは日常の安定の上に出来ることだろう。
だがそれを作る人は、日常でも困った状態にあるだろう。

だがそれを含む社会の安定である。

即ち、例外切捨てでは、安定はない。

*。
市民の安定なく、社会に安定はない。

権力だけの繁栄は、社会への犯罪であることが分かる。
即ち、権力を自己否定・自己破壊・自己抹殺とし、畜生・鬼畜・餓鬼となる。

*。
神に逆らうと打ちのめされる。
だが人はこれを超えた自由を持つ。
だが責任は取らされる。

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感動には毒がある

美しいものには毒がある。
この世は善悪といった対偶でできている。

感動や幸福にも毒がある。
夢や希望にも毒や害がある。
これが理解されていなかった。

感動や幸福を追って、出来た地獄である。

感動や幸福は、悪魔のお菓子であった。
これを食うと人は畜生・鬼畜・餓鬼になる。
それは地獄で暮らすことだった。

   *。
人類皆、豊かさを求めて畜生・鬼畜・餓鬼になった。

欲望が発振し、
人間性が破壊され、安心・安定・安全がなくなった。

これが地獄である。

*。
高偏差値エリートは、悪魔の上級代理人だった。

彼らに国家を託したのだからたまったもんではない。
世界が地獄になった。

エリートは光源氏現象だった。

紫式部はいっている、普通が一番です。
これ程高級なものはない。

*。
高偏差値は、低級を高級にする錬金術だった。

エリートは現代の王侯貴族だ。
彼らは戦争と犯罪で食っている。

彼らの仕事は犯罪と戦争だ。

    *。
感動と癒しには毒がある。

草履伝説こそは、
人を焼き尽くし、殺しつくし、奪い尽くすウィルスだった。

草履伝説で、人は奴隷や家畜にされた。
肉食権力奴隷に、彼らに食われる草食奴隷がいる。

権力も無力も奴隷にした草履伝説だ。

*。
成功と幸福ばかりか、
感動と癒しにも毒と害がある。

  *。
これを知って死って新しい時代が始まった。

こう見ると、登校拒否とフリーターは奴隷と家畜からの脱出だった。

彼らは国家や産業の奴隷となると、魂がなくなることを知っていた。

*。
魂を守るには、奴隷にならないことだ。

そして感動や癒しの奴隷や家畜にならないことだ。

*。
感動や癒しの奴隷にならない。

これが現代の生き方だ。

   *。
感動産業は、個々の主体の差異を消し去って、
人をモノ化し、記号化し、
人を感動産業の歯車や部品に変えた。

感動産業に取り込まれた人は、
最早葛藤を覚えることなく、
自分自身の脱人間化を、
人間的なことだと思って、
幸福や感動と思って、楽しく消費するのだ。

*。
ここに感動も幸福も、戦争や犯罪や狂気やテロも、
社会の機能となり、
テロリストにも成功者にも、
同じ喜びと幸せをもって、
人間の自己実現として、
幸福や感動をもって行動する。

ここにテロとサクセスの境界があいまい化し、
善悪は消滅し、
何事も暖かい幸福となった。

幸福と犯罪の共存、いや同一化が達成された!

*。
一体何やってんだろう。

Goedelの不完全性定理違反をやっていた。
ナッシュの均衡理論の否定をやった。

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2009年1月28日 (水)

犯罪と戦争は満たされない心の刺激と充足である

アメリカ現象は、
世界一の豊かさを求めた結果、
満たされることのない心が生まれ、
それを刺激と充足で満たそうとした。

ここに孤独と寂寥感、無力感と喪失感が恒常化し、
それを刺激し充足することが、
犯罪と戦争の自己否定と自己破壊であった。

これを自己責任・自助努力・自己管理といった。
これが自己実現の真相であった訳だ。

   *。
ここに豊かさは人が求めるものではないことが分かる。

成功や幸福の追求は、自己否定であり、自己破壊であった。

頭に血が上って、何やってんだか分かんなくなった。
これは欲情現象といえるだろう。

欲情を発振させ、人と現実の安定性を放棄した。

*。
不安定現象は、犯罪や戦争や精神の貧困として現れる。

即ち、精神を不安定にしないことが人の存在の前提だ。

*。
国家秩序とか豊かさは、精神を貧困にする原因だった。

それが自己否定・自己破壊・自己抹殺であった訳だ。
これが人間性の否定であった。

*。
ここに人間の存在構造が認識された。

成功とか幸福、感動や癒しは、人間性の自己否定であった。

   *。
この認識に立つと、
村上春樹文学は、強盗殺人文学である。
村上春樹文学は、慰安婦文学である。

こういう文章が作れる。
断っておくが、この文章から文学なる言葉を削除した責任は本ブログにはない。

*。
社会や人間性をバイパスした感動と癒しは、
世界や人間を排除した閉ループであり、
これはゾンビである。

感動と癒しは、世界や人間を含むプロセスに成り立たなくてはいけない。
人が殺されないようにする仕掛けを内蔵していなくてはならない。

この仕掛けを内蔵しない文学や芸能は、
強盗殺人である。
それ自体略奪と殺戮となる。

村上春樹文学には、殺人のメカニズムの克服がない。
従って強盗殺人の共犯や司令塔となる。

*。
これが構造理性による認識だ。

すると仏教儒教は、強盗殺人である。
仏教儒教は慰安婦である。

こういう文章が成立する。
東洋はこの袋小路に落ちてしまった。

これでは西欧の車輪の下だ。

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2009年1月27日 (火)

思考空間と現実空間

自由と正義なる理想を言葉として作る。

これを現実に実行すると、喧嘩闘争となる。
思考空間と言語空間、
それと現実は違うからだ。

*。
現実は善悪などの対偶で出来ている。
つまりダイポールである。

だが言語空間の自由と正義はダイポールではない。
モノポールである。

自由と正義を現世に入れようとしても、拒否される。
理想は現実では消点である訳だ。

即ち、現実に存在しないものを、目標にする。

     *。
神は善悪を作った。

人はそれをある程度自由に組み合わせ出来る。

*。
現代世界は権力が現実を取り仕切る構造だ。

これを変えることも出来る。

*。
初めは自由と正義の世界を作ろうとした。

しかしやるほどに自由と正義は変質した。

今や略奪と殺戮の現世となった。

*。
何故だ。
自由と正義の実現には、
その反対成分を排除しなければならない。

その排除力は自由と正義でなく、唯の暴力だ。

暴力を用いて自由と正義を実現する。
それは自由や正義ではない。

  *。
何が起きたのだろう。

言葉としての自由と正義は、現実と関係なく思考空間に成立した。

これが現実に負荷すると、正しい暴力となる。

それは暴力であって暴力ではない。
では何だ。

決定不能証明不能に陥る。

*。
ナッシュ流に言うと、
正義の実現は、破壊である、となる。

ここに思弁と現実の差異が認識される。

即ち、思考と現実の間の負帰還が存在する。

この最適化こそ人の仕事であることが認識される。

  *。
神は善悪を作った。
人の仕事はその最適化である。

*。
現在は権力の都合のいいように行われている。

これを最適化するのは、無力が力を付けねばならない。

即ち、権力天動説から無力地動説へ。
爆発力から安定性へ。

地球社会は大移動中である。
これが21世紀事件の真相だ。

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2009年1月25日 (日)

キラキラの瞬間 研究は一生 成果は一瞬

下村脩さんのオワンクラゲ研究で、
採ったクラゲは85万匹で、
一匹のクラゲに、イクオリンは十万分の一グラムしか含まれてない。

多田富雄さんは、
意識の裂け目に現れるキラキラが、
世阿弥の言う花ではないかという。

*。
両者の共通点を取れば、
人が生きることは積分であり、
その曲線に現れる一瞬の微分値が、キラキラする。

人生空間の不動点、
そこにキラキラする瞬間がある。

生活という運動空間、
その中の一瞬の不動点が可能である。

人生は溶液であり、そこに結晶するキラキラがある。

    *。
この定理からいろいろ引き出せる。

感動や幸福を追っていては、キラキラは得られない。

かくして感動を幸福は、人生の特異点であり、
それは自己を消滅する。

それが満たされることのない心ではないか。

*。
すると感動や幸福を求めることは、
人生を破滅させることとなる。

感動や幸福は満たされない心を作っていた。
感動と幸福は、人生に特異点である破滅点を作る方法だった。

これを快楽を用いて作ることが出来る。

*。
即ち豊かさは心の発振であり、心の破壊であった。

ここにも負帰還理論が使える。

   *。
大きくなる出力を減らす。

即ち逆をやる、
即ち繰り込みをやる、

この裂け目にキラキラが現れる。

*。
システムの逆をやり、
即ち、繰り込みをやりゼロにする。

すると新しいシステムが始まり、
この新旧の裂け目にキラキラが現れる。

*。
たくさんのクラゲから、必要物質を取り出す。

この裂け目にキラキラが現れる。

膨大な実験に気絶する、
能を見ていて眠ってしまう、
ここにキラキラが生まれる。

生と死の切れ目に、キラキラが現れる。

それがその人の一生の宝となる。

   *。
下村さんと多田さんの人生から、人の生き方を学ぶ。

日常が非日常に転換する裂け目、
ここのキラキラが現れる。

感動や幸福はこの裂け目を作らない。
疲労するか壊れるか。

それは切れ目ではない。
そこにキラキラは現れない。

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2009年1月22日 (木)

マスメディア・ウィルス感染症 歌を忘れたカナリヤ

マスコミ症候群は、
感動という妄想に癒しという白昼夢からなる。

人をいい気持ちにして、
脳みそ壊して、
金をむしり取る。

ここにマスコミ依存症となった人たち、
或いは依存症にさせられた人々がいる。

でも悪いことばかりではない、
そこに人が新しい生き甲斐を得るからだ。

*。
だがこの生き甲斐は贋物ではないか。

何故なら誰もが自分の歌を持っているのに、
それを歌わず、
他人の歌に聞き惚れるからだ。

つまりここに自分を捨てた自分がある。

自分を捨てた自分の喜び、
ここに多重の意味がある。

それらの干渉で、予想もしないことも起きるだろう。

だがそれは偽造した自分現象ではないか。

*。
マスコミ症候群は、偽自己現象だ。

真自己の歌は、マスコミから貰う歌より、貧弱かも知れない。

豊かさを追うと自分を捨てることになる。

*。
ここに豊かさから貧しい自分を守る現象が検出される。

肉食系文化は、強い喜びを追うだろう。

だが草食系は、自分の歌を生きる。

強い喜びはなくても、
そこに安らぎや穏やかさがある。

どっちを取るかそれは人の好みであり、
これが多様性だろう。

*。
立身出世一本やり、
これをファシズムと認識した現代だ。

即ち文明文化は成熟した。

いろいろあっていい、
いや反対成分がないといい歌は歌えない。

これが構造理性世界だ。

*。
感動や幸福以外に、安らぎや穏やかさを知った。

それを認める成熟した文明文化だ。

即ち、新しい時代が始まった。

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2009年1月21日 (水)

「靖国」は妄想である証明

一人称衝動意識、
月を見なければない。

思わす涙する。
喜び語が心の底から溢れてくる。
阿吽の呼吸。
これらが衝動意識である。

これは日本ガラパゴスに現存するマンモス意識である。
世界にはかなり以前に死滅した意識である。

*。
日本人の意識には、「靖国」は実在である。
即ち、一人称衝動意識には実在である。

人類には月は見なくても存在する。
これが三人称客観意識である。

*。
「靖国」は三人称客観意識には存在しない。

日本の戦争責任をまり問わない東南アジアもそういっている。
即ち、戦争責任を問わないことは靖国を認めたことではない。

即ち、シンガポールの首相が言った。
靖国を言っていては、日本はアジアの一員になれない。

*。
即ち、靖国は日本には実在でも、
世界には妄想でしかない。

即ち、靖国を主張すれば、日本と世界は殺し合いになる。

日本は世界を殺さねば成り立たず、
世界は日本を殺さねば共存できない。

即ち、これが靖国は世界には妄想である証明だ。

    *。
妄想にはそれが妄想である認識が出来ず、
妄想が成立するには、妄想反対者を殺さなくてはならない。

即ち、日本は神の立場に立って、
世界を断罪リンチしなければならない。
これが妄想の証明になっている。

勿論、日本は靖国を認めない人も殺さなくてはならない。
これが愛国厳罰である。
これが三人称客観意識には妄想の証明だ。

*。
日本はこのねじれ、絡みに絞め殺される。

靖国をいっていては、日本は世界を生きられない。
生きるには鎖国が必要だ。

貿易だけは出島でやることはかってしたことだ。
これが鎖国の意味だ。
即ち、靖国は世界に成り立たない。

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自決の掟 国の役立たずは死ね=核融合自爆

お上日本原理がある。
国の役立たずは死ね。

*。
国をお上と置換する。
するとお上のやり放題となる。
国を破壊しても、下々を殺人しても問題なしとなる。
これでお上は自決させられる!

*。
何故太平洋戦争で自決玉砕か。

お上の命令だ。
太平洋戦争に勝利しなかった、
即ち、国の役立たずは死ね。

*。
日本人を含む人類を殺した、
世界の役立たずは死ね。

お上は連合軍に吊るされた。

  *。
お上日本は破壊と殺人衝動を生きている。

即ち、国の役立たずは死ね。

即ち、国民の役立たずは死ね。

これは循環論法になっている。
国家と国民は繋がっている。

*。
国の役立たずは死ね、
この原則を作った秀は一家は殺された。
秀吉一家は国の役に立たなかったからだ。

  *。
秀吉は国の中に国を敵とする敵を作った。

それを殺すことで絶対政権を作った。

*。
何時しかその対偶に触れる。

即ち、秀吉を敵とする敵が生まれ、
それを殺すか殺すかを戦う。

これが国家統合失調症だ。

*。
自分の中の敵を殺し終わると、
自分が自分の敵となる。

即ち、自分の中に敵を作ることは、統合失調症の発症だ。
或いはガンを発症させることだ。

即ち、自己否定自己破壊である。

それを自己責任・自助努力・自己管理とするのだ。

*。
会社のために休んであげます。
即ち、国のために殺してあげます。

*。
これはウロボロスである。
そしてパラドックスに絞め殺される。

*。
世界一作戦の悲劇がここにある。

世界一は人のやることではない。

   *。
千利休を自殺させる。

世界一はすべてにおいて世界一でならなければならない。

世界一の自分、
これは自己否定だ。

世界と自己の同一化、
それは妄想でしかない。

*。
国の役立たずは死ね、
言っている内はいい。
それが成り立つからだ。

しかし言っているものが、世界となった時、
統合失調症になったのだ。

それは自分の中の敵が、自分自身となったのだ。
即ち、自分が自分のガンとなった。

  *。
国の役立たずは死ね、
国は世界一の国だ。

これは妄想型の統合失調症だ。

*。
松下電器もトヨタも、アメリカも、大日本帝国も、
世界一という妄想型統合失調症になった。

それはガンだった。
自己否定と自己破壊だった。

*。
自己と自己否定の対偶対が、核融合し、自爆するしかなくたった。

これが国のために死ねということだ。
それは核融合自爆することだ。

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2009年1月19日 (月)

実存は スターリンと うらおもて

ヒトラーは 現存在の かげひなた

何故サルトルがスターリンを称えたか。
実存と独裁は対偶関係だから。

何故ハイデガーはヒトラーに心酔したか。
実存と独裁は対偶だから。

すると実用主義は、ブッシュを生み出した。
実用主義を実害主義は対偶だから。

  *。
対偶無知の恐ろしさだ。

いいことやって、悪い世界を作っていた。

言ってならぬことが事実である。
やってならぬことが事実である。

いいことをやることは、自分を壊し、悪い世界を作ることだ。

*。
ただそんだけのことを、知らずにやっていた。

繁栄とは無知の涙だった。

いいことだけやることは、
善悪を核融合することだった。

*。
白人帝国も終末の時を迎えつつある。

そうさせないと頑張る有色人種だ。

白人と有色人種が衝突、
人類世界は核融合爆発に消えるのかも知れない。

そのため有色人種は白人にしかれる。
そこで柔道で相手を相手の力で倒すのだろうか。

それをやれるのは日本しかない!

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ガツンと一発 ポストモダン

ガツンと一発 ポストモダン・ニューアカ・スキゾキッズ・脱構築。

これは何だ。
哲学和歌、いい気持ちになってすばらしい世界を見るでしょう。

意味はない、いい気持ちになればいい。
世界にない日本だけにある哲学和歌だ。

共同幻想は、いい気持ちを実体化したものだ。

それでそれはどこのあるのか。
日本人の気持ちの中にある。
当然世界にはない。

*。
だが待て。
実存や現存在はどこのあるのか。
人の意識の中にあって、感動と癒しをもたらす。

だが現実にはどこにもない。
現実を空にした。

その空にアメリカ帝国は入り込んだ。

   *。
実存や現存在は、現実に触っていない。

白昼夢や妄想の一種だ。
実存は子供の哲学か。
そんなことやっているから、アメリカ帝国に地球は盗まれた。

アメリカ帝国を作った犯人は、実存哲学だ。

*。
サルトルがスターリンを賛美し、
ハイデガーがヒトラーに私淑し、
西田が対日本帝国の心酔した。

彼らは来るべきアメリカ帝国を招待し誘導した。

*。
白昼夢や妄想の感動と癒しは、悪を誘き出す。

妄想性統合失調症こそ実存であり、
アメリカ帝国を生んだ。

自分の中に自分の敵を作り、
これを弄んで、弄ばれた。

    *。
西欧理性は現実を認識しない。

現実を妄想するばかりだ。
金になればいい、いい気持ちになればいい。

哲学はここまで堕落した。

現実での実証をしなかった。
哲学を弄んで、それを生きなかった。

*。
実存哲学は、光源氏だった。

だが悲しいことに紫の上はいなかった。

その歪みにアメリカ帝国が入り込んだ。

アメリカは、妄想の哲学を壊すためのものかも知れない。
現実にそう機能している。

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神の国 対偶は神殺し

構造理性に基づき、対偶文を作ろう。

神の国の対偶は、神殺しである。

神に選ばれた民族の対偶は、神を殺す宿命を負った民族である。

*。
この文章が作る文章は、
ハマス・ロケット弾は神の制裁である。

虚偽犯人は、神の制裁である。

このような変わった仕事をする民族がある訳だ。

  *。
神の名を騙ると、天罰神罰仏罰される。

生きることや仕事すること自体が、天罰である訳だ。

その対偶に超越的文化がある。
それは天罰の証明な訳だ。

*。
天罰仏罰神罰を生きる、
善悪対称性は、一点に集約される。

神の立場に立って、断罪リンチする。
これが天罰である訳だ。

自分と他人を同時に罰する。
善悪は対称でなく、一点に集約される。

*。
ハマス・ロケット弾や虚偽犯人は、
やったのは彼らだが、
それを望みやらせたのは、神であった。

それをやること自体が、神の制裁であった。
自己否定と自己破壊は、
自己責任・自助努力・自己管理であった。

これが天罰神罰仏罰であることだ。

  *。
神の国を生きる、
神に選ばれた民族として生きる、
これが天罰神罰仏罰であった訳だ。

即ち、神として、鬼畜に天誅し、殲滅する。
即ち、神として、断罪リンチする。

*。
その対偶は、神によって、天誅殲滅される。
神によって、断罪リンチされる。

神に選ばれた民族、
神の国の民族、
これは神の制裁を生きることであった。

*。
殆どの民族はこの生き方を脱出し、
それを地下迷宮に押し込んだ。

    *。
神の民族が世界を引っ掻き回すことは、
不良や非行現象だろう。

人間や人類になるために必要な、反抗期現象ではないか。

*。
虚偽犯人現象は、人間になるためのイニシエーションであろう。

有色人種皆殺し現象は、人類になるイニシエーションではないか。

それを超えないと明日はない。

**。
今日もまた、我がスナイパーは的を打ち抜いた。

神に栄光のあらんことを。

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2009年1月18日 (日)

実存という白昼夢 現存在という妄想

いやいや幸福や感動も妄想であった。
立身出世も成功物語も妄想であった。

アメリカン・ドリームは妄想の実現だった。
その結果、アメリカは破壊された。

*。
夢と希望を生きる、
これは意識を発振させることだ。

発振は何もないとことに何かを作る方法だ。
即ち、学問芸術の創造の方法だ。

この世があって、自分が与えられていて、
それを生きることは、発振ではない。

自分をしっかり育てる、
それは発振ではなく、負帰還の世界の出来事だ。

*。
夢と希望を生きることは、暴行や暴走だ。

自己を内省し、反省し、洞察し、
暴走しないようにすることが、健全性だ。

ポジティブ・シンキングは発振だ。
自己と世界を壊す方法だ。
安定性を捨て、犯罪と戦争を生きることだ。

立身出世の対偶は、犯罪と戦争だ。

*。
立身出世を生きた日本、
成功物語を生きたアメリカ、
それ自体犯罪であり、戦争であった。

その結果、犯罪と戦争を生きることになった。

自分と世界にために犯罪と戦争をして上げます。

生き方が発振した。
即ち不安定となり、犯罪と戦争に溢れた。
即ち、生き方が発振した。

犯罪が無限大に発散した。

 *。
犯罪や戦争を必要としない生き方は、
立身出世でなく人生を生きることだ。

人生を生きることと、立身出世を生きることは全く違う。

*。
立身出世や成功物語は、
いい学校いい会社は、
人間を金券化=記号化し、
人間を生きることと金儲けを生きることの境界をあいまい化し、
人間性を消滅し、
最早葛藤を覚えることなく、
人間と社会の破壊を、
人間的なことと思って、
感動と幸福をもって楽しく自己と世界を破壊するのだ。

そこに感動と幸福が溢れて来る。
だが破壊と戦争が感動と幸福になっていた。

感動と幸福のために犯罪と戦争をしてあげました。

*。
これが構造理性で見た現代だ。

感動と幸福はガンの喜びであり、
妄想性統合失調症の喜びであった。

*。
ポストモダン幻想こそは、
人間と世界の破壊の犯人だった。

感動と幸福こそ、人と世界を破壊した犯人だった。

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2009年1月15日 (木)

ファシズム原理 自分を敵としその殲滅に生きる

ファシズムとは、自分の中に自分を敵とする自分を自分で作り、
この敵を天誅殲滅することを生きることだ。

この敵が、資本主義であったり、ユダヤ人であったり、
人類や弱者や鬼畜米英であったりする訳だ。

日本の場合は、鬼畜米英が、日本自身の代理であった。
鬼畜日本が米英を殲滅に行った。

即ち、自分の殲滅を米英にやらせた。
人を殺して、死刑になって、自殺させて貰う。

これが国家のガンであり、国家統合失調症であり、自爆現象だ。

これを実存とか現存在とか神の国といった。

     *。
実存や現存在は、ファシズムであった。

実存や現存在は、本来の自分を敵として、
これを殲滅する生き方だ。

*。
実存産業や現存在産業は、
人間性や人間の尊厳を、記号化して、
実存と本来の人間の差異を消去、
人間性を消滅させ、
実存産業に取り込まれた人は、
自分の脱人間化を、
実存とか現存在と称して、
最早葛藤を覚えることなく、
人間否定を、人間的なことだと思って、
楽しく消費し、
暖かい優しい幸福を作るのだ。

*。
ここにアメリカ帝国が製造販売消費された。

それは実存や現存在が製造販売消費したことだ。

*。
アメリカ帝国が実存であり、現存在だった。

*。
実存こそは、新自由主義であり、人間性の爆破であった。

現存在こそはグローバリゼーションであり、地球の爆破であった。

  *。
自由と正義の対偶は、破壊と殺戮だ。

実存と現存在の対偶は、人間性と地球の爆破だった。

構造理性はこれを明らかにした。
理論理性には知る由も無い。
自分自身のことだから。

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2009年1月14日 (水)

村上春樹文学は慰安婦である

村上春樹文学はアメリカの慰安婦文学である。
即ち、アメリカに抱かれ、
優しくされ暖かくされ、いい気持ちになる。

これで金と快楽にありつける。
これで日本と世界を養い、いい気持ちにする。

即ち、村上春樹文学は、慰安婦である。

 *。
だが繰り込み理論で見よう。

アメリカに逆をやって、アメリカをゼロにする。

それから新世界を立ち上げるなら、
慰安婦方式は新世界の調和振動を作る後進波となる。

*。
アメリカの進行波に、後進波を立て、調和振動を作り、
これがいい音楽を奏でれば、
新世界を作ったことになる。

*。
即ち、村上春樹以後が問題だ。

そこに人間人類文学がある。

そうなると、村上春樹は新世界の伝道者となる。

それをやるのは村上春樹でなく、その後の世代だ。

*。
これが人類の進化ということだ。

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2009年1月13日 (火)

言ってはならないことの中に真実がある

ある日系二世議員が、慰安婦問題を取り上げた。
日系人としてやってはならないことをやったと、古い友を失った。

つまり現代人は、真実よりいい気持ちを優先する。

エチケットや道徳心や礼儀として、人を非難してはならない。

*。
これを利用して、国家権力は大虐殺を繰り返す。
最高裁の日本人一人は0.2である判決を非難するものは殆どいない。

いい気分を求める日本社会は、
国家の大虐殺を非難しない。

だから虐殺が繰り返されるのではないか。

即ち、構造文を作れば、
日本人のいい気持ちは殺人に成立する。

  *。
私が構造理性に到達したのは、
礼儀や人からの非難に耐えたからだ。

人や社会に攻撃されることの中に、
大量の上質の真実が存在していた。

汚いことの中に、美しいものがあった。

*。
きれいなものには毒がある、
対偶を取れば、汚いものには宝石がある。

いい気持ち社会は、汚い世界だ。
これは事実であろう。

真実は汚いことに耐えて得られる。

成功や幸福を求めるて地獄が出来た。

*。
現代は事実から真実の進化した。

それは汚いことに耐えることだった。

これが多様性だろう。

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ポストモダン幻想 白昼夢と妄想

ポストモダンという記号の体系、
それを文化産業化して、
マスメディアや言論界や学会が楽しく消費する。

すると記号としてのポストモダンと、
文化産業としてのポストモダンの境界が消え、
ポストモダンは、社会の機能となる。

その結果、文化産業に取り込まれたポストモダンは、
それがインチキやデタラメであると思うことなく、
そのインチキやデタラメを、知的活動と思い、
楽しく消費することで、
金と権力にありつく。

ここにいい気持ちと金と仕事がある。

*。
だがそれは偽造した現実で、
それに対応する現実がない。

ポストモダンは現実であって現実でない。
即ち偽造された現実と現実の境界が消滅した。

即ち、ポストモダンは詐欺だった。

詐欺という現実があった。
これは現実か現実でないか。

  *。
この論理はほかの学問芸術、
あらゆる文芸に成り立つ。

即ち、文芸はテレビ・小説・映画、共に詐欺である。

*。
人を美しく騙して、脳みそ壊して、金をむしり取る。

やる方もやられる方も楽しいのだからいいじゃないか。

ここに白人悪徳権力が栄える。

それはいいことかいいことでないか。
決定不能証明不能、
だがそこに壊れた人間がいる。

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2009年1月12日 (月)

寛容と優しさ

不寛容はいけない、だから寛容だ。
これが本物の寛容だ。

人は寛容でなければならない。
この寛容は贋物だ。
寛容の対偶の不寛容に結晶する。

人は寛容でなければならない、
この考えは不寛容に成り立つ。

*。
人は優しくなければならない。
これは贋物だ。
この考えは残酷だ。
自分に毅然と残酷やって偽造する優しさだ。

残酷の作る優しさは優しさか。

残酷は自分も他人も傷つける、
だから嫌だ、優しくしたい。
これは本物の優しさだ。
残酷な人に復讐することはないだろう。

すると残酷を野放しにする。
結局、社会を悪くする。

    *。
優しさといった衝動では、よき社会は作れない。

寛容性は悪に寛容ではない。
悪人を許すことがあっても、悪は許さない。

*。
理性系は問題はあるが、衝動系より進んでいる。

*。
衝動系の優しさに涙する。
こういう人は他人の幸福に嫉妬する。

まとまりが悪い。
支離滅裂だ。

即ち、部分があって、全体がない。

  *。
衝動論や感情論は、空体であり、中空であり、全体なき部分である。

そこに現れる優しさは、当てにならない。
きっと裏切られる。

かくしてここにお上が発生する。
そうしないとまとまらない。

衝動系にはお上という絶対者が必要になる。
絶対者は偽善者でしかない。

これが日本の悲劇ではないか。

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日本人は思想バートルビーである

エジソンは字が読めなかった。
ニールス・ボーアは字が書けなかった。
アインシュタインは興味のあることしかできなかった。

バートルビー症候群がある。
書く能力がありながら、書けない。

*。
哲学は60才からといわれる。

60歳になるまで本が書けない。

それまで何をやっているのだろう。
全宇宙を何度もスキャニングしている。

これが不動点として輝くまで、
半世紀の探求が必要なのだ。

  *。
こう考えると、日本人は思想バートルビーだ。

思想はあるが、字にならない。

まだ本に出来る段階になっていない。

*。
紫式部は思想を小説に書いた。

思想のホログラムを小説ホログラフィーにした。

現代にその思想を摘出できる知性が発達してきた。

シュレーディンガー方程式と使うと、思想を検出できる。

源氏物語は現代に思想として蘇った。

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2009年1月11日 (日)

人格の疲労破壊と脆性破壊

現代は疲労社会であり、またの名をうつ病社会である。

ここに疲労破壊と脆性破壊がある。
疲労破壊は人格は壊れないが、
日常維持不能なほど疲れる状態だ。

脆性破壊は人格が壊れることだ。
凶悪事件はこれが原因だろう。
動機も分からず、発言もない。

人格が壊れていて、衝動だけで動く状態だ。
日常は条件反射で動く。

その条件反射に、破壊と殺意が埋め込まれている。
即ち、基本的生活習慣や校則や社会規範に、
破壊や殺意が埋め込まれているのではないか。

    *。
国家や社会が裏に埋め込んだ破壊や殺意が、
人格の破壊で丸出しになる。

*。
国家や社会の自業自得現象が凶悪事件でもあろうか。

社会秩序が壊れると、
愛国厳罰が社会維持を行う。

*。
通常社会秩序で社会が守られるが、
これが壊れると、愛国厳罰で交通整理をする。

これが人々への凶悪事件になっている。

*。
即ち、人格の破壊現象の前に、
国家や社会に疲労破壊や脆性破壊がある。

国家や社会が暴力を振るう、
即ち愛国厳罰を言う時は、国家や社会が壊れている。
つまり暴力が丸出しになった。
これが凶悪事件であり、
凶悪事件は国家が誘導している。

*。
過労死させる国家は、国家が壊れていて、
凶悪犯罪を起こしているのだ。

     *。
お上国家は、事件は国民が自分に負けた原因だという。

国家が既に自分に負けている。
それを不問にして、国民の責任を問う。

これがお上国家だ。

即ち、凶悪事件は国家の自己同型写像だ。
即ち、国家のやらせだ。

*。
これが国家秩序である。

国家秩序はないよりあったほうがましだ。

お上日本の国家秩序は、
国家が作ったものでなく、
国民の温厚さによるものだ。

それを国家が横取りする。
これも凶悪事件だし、凶悪事件の原因だろう。

*。
通り魔事件のような凶悪事件は、戦前の方が多かった。

戦前は国家も国民も、容易に人を殺す日本であった。

アメリカ支配で、国家が容易に国民を殺さなくなったのだろう。
それが戦前に戻りつつある。

国家が先か国民が先か。
お上国家では国家が先だ。

お上国家では国家が凶悪事件の種を蒔く。 
国民は国家の言いなりになるお上日本だ。

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2009年1月 9日 (金)

益川のパラドックス

ノーベル賞受賞者記者会見での発言だ。
I cannot speak English.

会場から野次が飛んだ。
英語しゃべれるじゃないか。

*。
この程度のことはしゃべれるが、
会話が出来ない。

それはパラドックスというほどのこともない。

*。
だが世界の常識では、
これだけしゃべれたら、もっとしゃべれないのがおかしい。

そういう意味はないだろうか。

ここに日本人意識の特殊性が検出されないか。

英語をしゃべれることは、
ある種の英語センスがあってのことだ。

日本人にはそういうセンスの形成がない。

これを外国人は理解できない。
ありえないことだ。

    *。
クリスマス・イブという曲を作曲者自身の歌で、
日本語版と英語版を聞いた。

英語版は実に味気なく、すぐ切ってしまった。

*。
日本語には、言葉の意味と、音韻情緒がある。

節回しで微妙に気持ちが変わる。

二つの別世界が重ね合わせてある。
そしてその間の更に干渉がある。

それが日本語独特で、西欧人には受け入れられない。
中国人や韓国人には、多少受け入れられる部分がある。

*。
この議論の対偶を取れば、
音韻情緒は西欧に存在せず、
音韻情緒は西欧なりにあるが、
日本のとは全く違う。

即ち、交換不可能である。
センス的に非可換である。

   *。
日本の音韻情緒を持つと、
英語の発音が出来なくなる。

即ち、英語を英語センスとして扱えない。

*。
日本語はガラパゴス列島なのだ。

日本語と英語などは、センス的に切り裂かれ、
即ち、クレパスがあって、繋がらない。

*。
どうしたらいいか。

手のひらサイズの自動翻訳音声装置を使う。
日本人の得意芸だ。

センスを英語に合わせたら、日本人でなくなる。

日本人の作り変え、それは止めた方がいい。
大体出来ないことだ。

*。
だが日本と世界はここで衝突している。

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2009年1月 8日 (木)

事実は部分 真実は全体

真善美は異物排除であった。

アメリカの成功追及は、略奪と殺戮であった。
日本の立身出世は、白人帝国の奴隷や家畜になる方法だった。

構造理性に立つと、真相が見える。
何かをやることで、やっていないこともやってしまう。
構造理性はこの両方を見ることが出来る。

やっていないことをやっていることが見えない理論理性だ。
やることしか見えない・出来ない理論理性だ。
手遅れになる迄分からない理論理性だ。

やることでやらないこともやることが分かる構造理性だ。

  *。
理論理性は、ただの事実しか見えない。

その真相が見えない。
真相とは、やるという事実で、
やらないことをやることを見る方法だ。

*。
事実とは、やることだけの事柄だ。

真実とは、やることで、
何かやらないことが起きることも見ることだ。

*。
事実はスカラーだ。
真実はベクトルやテンソルだ。

何かやれば世界が歪む。
物事とそれをやることで起きる世界の歪み、
物事の存在する世界の歪み、
世界から物事を見る真実系だ。

世界を見ず物事だけ見る事実系だ。
これで世界世界制覇しようとするのだ。
世界の破壊にしかならない。

    *。
事実では世界に対応しない。

事実を生きることから、世界を生きることに進化した。

*。
事実を生きれば、金と快楽だけだ。

真実を生きることは、人間性と世界を生きることだ。

*。
紫式部が言っていた。
男は事実を生き、女は真実を生きる。

事実から真実はバカに見える。
真実があるから、バカも生きられる。

即ち、事実は真実の一部だが、
真実は事実の全体より大きい。

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2009年1月 7日 (水)

ハリウッド映画の衰退理由

感情産業の隆盛は終わった。
何故だろう。
過激感情は特定の人を除いて、
感情疲労破壊を起こした。

これがマスコミの衰退でもある。

*。
さらに感情産業は、人間性の脆性破壊を起こした。
人間性を壊した。

すると本能や欲情しかない。

感情産業は、欲情を刺激興奮する覚せい剤産業となった。
特殊な人を囲い込み、
彼らを感激中毒にする。

ここにマスコミは成り立った。

  *。
まともな人は過激興奮を拒否した。

これが過激マスコミの崩壊であろう。

*。
感情産業は、人々の個性を消去し、
過激感情に条件反射付けを行い、
人間性を消去することに成功した。

その結果、感情産業に取り込まれた人は、
葛藤を覚えることなく、
人間性破壊を、人間的行為と思い、
自己と世界の破壊を、
暖かく優しく楽しむのだ。

そしてマスコミは、
暖かく優しく消費された。

   *。
何をやっているのだろう。

これが理論理性の世界だ。

理論理性の世界は一挙に終焉の時となった。

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2009年1月 5日 (月)

エチケットのパラドックス

人は社会の悪口を言ってはならない。
聞くだけで不愉快だ。

人の悪口は陰で言うことになる。

だが国家の悪口を言ってならないとすると、
国家の問題点は野放しにされる。

これがいい気持ち原理主義の問題だ。

   *。
いい気持ちを求めることで、
社会や人は悪くなる一方である。

即ち、いい気持ちを求めると社会は悪くなる。
気持ちと社会はパラドックスに成立している。

*。
社会をよくすると気持ちが悪くなり、
気持ちをよくすると社会が悪くなる。

気持ちと社会はジレンマにある。

*。
この適当化を図るのが自己実現ではないか。
そう考えた方がよい。

  *。
エチケットは社会規範となる資格がない。

何故なら、いい気持ちになると社会は劣化し、
社会をよくすることは不快に耐えることだから。

*。
エチケットが育てたものは、社会の悪徳権力であった。

これが構造理性に見えることだ。

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感動と癒しの負のスパイラル

感動と癒しを求めると、社会問題が野放しにされる。
その結果社会がさらに劣悪化する。
するとさらに感動と癒しが必要になる。

これは成功と感動にも成立する。

*。
テレビや小説映画で馬鹿笑いし馬鹿泣きする。

かく現実問題は野放しにされ、悪のやり放題となる。

   *。
大げさだと非難されよう。

感動に耽る時間などわずかなものだ。

だが社会問題を放棄したことには変わりない。

*。
要するに日本では人々が社会問題に関わらないことだ。

社会問題はお上や偉い人の仕事であり、
国民の関わらない仕事と分業されている。

ここで選挙とは何か。
信任状の提出の儀式にしかならない。

*。
社会意識が浅い。
これは感動と癒しが作り出したことだ。

社会問題を心の問題に還元し、
社会問題の解決によらない、
社会的不満のいい気持ち処理というすり替えである。

  *。
社会意識の浅さは、国家の言いなりになる習性だろうか。

これは日本人は識字能力は高いが、
意味理解力が乏しいことと関係あろう。

なんとなく意識、あいまい性だろうか。

現実対応力が弱い。

*。
問題認識力が弱い、
辛くなるといい気分に逃げる、
問題が野放しにされる、
現実が劣化する。

この負のスパイラルも認められる。

*。
即ち、破滅に向かって万歳突撃する。

日本人の根源力は殺人と破壊だ。

ここのお上力学過程が認められる。

   *。
負のスパイラルは、殺人と破滅衝動であった。

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2009年1月 4日 (日)

通り魔を断罪する正義が通り魔を生む

通り魔を糾弾し断罪する正義が、
通り魔やテロを作っている。

テロや通り魔は歪んだ国家正義が必要とするのであり、
国家正義が製造販売消費している。

国家正義は凶悪事件を必要としている。
そこの成り立つのであり、
即ち、国家正義はいらない有害粗大ごみだ。

国家正義を作ったために、必要になった凶悪事件だ。

   *。
国家正義の対偶は、凶悪事件だ。

自由と正義の対偶は、略奪と殺戮だ。

成功と幸福の対偶は、強盗と殺人だ。

*。
対偶はペア発生する。

どちらか一方を選べない。
一方をとっても、その他方がついてくる。

*。
従ってこの世は両成分の負帰還を作るしかない。

善悪は神が創った。

人にできることは負帰還にすることだ。

これがこの世の人の生き方だ。

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偽知性の偽善と欺瞞の演技

サルトルはスターリンに逃げ込み、
ハイデガーはヒトラーに逃げ込み、
西田は大日本帝国に逃げ込んだ。

実存も現存在も自己同一化も、全体主義の快楽であった。
彼らの哲学は、偽善の演技だった。

サルトルはボーボアール、
ハイデガーはハンナ・アーレントに首っ丈。
彼らの哲学は女を誘惑する誘拐装置だった。
彼らの哲学は欺瞞装置だった。

構造理性に立つとこうなる。

   *。
彼らの哲学は、非行であり不良現象だ。

人間や社会の問題を問題にしなかった。
問題を茶化した。

*。
彼らが多くの青年を壊し、
世界のアメリカ支配と演出したのではないか。

知の快楽は世界破壊装置だった。

火遊びから火事が起きた。

*。
近代哲学こそ、白昼夢や妄想だったのではないか。

哲学こそが、死に至る病を製造販売消費したのではないか。

少なくも実証性に欠けていた。

    *。
重いもの早く落ちる、
成功と幸福を追えば、いい世界ができる。

同じような誤りだった。

*。
いい気持ちこそは極悪非道の世界を作った。

いい気持ちの哲学、
これこそ極悪非道装置であった。

*。
構造理性は実証に成り立つ。

現実で実証されない白昼夢や妄想の快楽は、
これは世界破壊装置であった。

哲学でさえこの罠に嵌った。

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世の中を 悪くするもの 癒しかな

部屋の中に引きこもって出てこない現象が、引きこもりだろう。

では成功や幸福、感動や癒しに引きこもり、生活する現象はどうだろう。

人間として、社会人として、やらねばならないことをやっているだろうか。
いい気持ちに引きこもり、やらねばならないことをやっていない。

    
   *。
ナッシュの均衡理論を適用しよう。

幸福や感動を最大にする戦略は、
人間性や社会性を破壊する戦略である。

それは現代世界が実証している。

*。
Goedelの不完全性定理を適応しよう。

幸福や感動を求めることは無矛盾である。
従って、幸福や感動は実現することはない。

幸福や感動は求めれば得られるか。
得られるとも得られないともいえない。

これもまた地球社会が実証している。

   *。
幸福と感動の対偶は破壊と殺人である。

この世は善悪からできている。
そこで人に都合のいいことだけやればどうなるか。

善悪の均衡を歪め、歪んだ世界が作られる。

これは初めにあった世界より悪い世界だ。

*。
人にとって困ること、
病気や災害や貧乏などを克服することは問題ない。

だが幸福や感動を求めることはどうか。

人の存在構造を歪める。
即ち、一種の引きこもりだ。

やることをやっていない状態だ。

*。
このように歪んだ世界から引きこもることは、
自己維持のために必要だ。

それは正当防衛だ。

   *。
即ち引きこり現象は、
現代の異常な引きこもりを証明することであった。

治療するのは、現代の方だ。

*。
構造理性にはこれは明らかだが、理論理性は見えない。

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2009年1月 3日 (土)

創造性は正帰還である

学問芸術の創造性は正帰還である。

男女関係や人間関係も芸術的場合は正帰還である。
宗教集団は、今までにないことをやるのだから正帰還だ。

男女関係もワーグナーとコジマ、シューマンとクララの場合は正帰還だ。

*。
日常は負帰還、創造は正帰還だ。

将来を作るフィードフォーワード、
日常を最適化するフィードバックだ。

両者の組み合わせに文化がある。

*。
まったく違うものを統合する、
それにはメタ世界がしっかりしていることだ。

日本の一人称はそれがないので、
お上日本とクールジャパンが統合されない。

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異常とは異常が異常に見えないことである

例えば、靖国神社を妄想だという日本人がいる。

反論は日本の冒涜だとなる。

日本では両者が喧嘩闘争し、
強い方が言論を制する。

これが一人称衝動だ。

*。
三人称理性ではどうなるか。

第三者に判定を頼む。
これが客観的普遍妥当性だ。

こにの司法や裁判がある。

  *。
日本は一人称衝動系だ。

ここに裁判を入れるとどうなるか。

国家が勝つだけの儀式となる。

*。
最高裁判決の、一票は0.2である。

こんな判決は理論理性にはありえない。

   *。
これが異常を異常と認識できない異常性である。

国家が正常で、反対が異常だとなる。

*。
即ち、一人称衝動系は、
強いものが正しいとなる。

これが異常なことなのだが、
その異常を異常として認識しない。

これが日本の正常性だ。

*。
即ち、日本の正常は世界の異常であり、
世界に正常は日本の異常となる。

このねじれに日本がある。

    *。
これが日本が神の立場に立って、
反対者を断罪リンチすることだ。

これが異常を異常と認識できない異常性の結晶だ。

*。
即ち、日本は殺し合いを前提に存在し、
勝った方が支配者となる。

これが勝てば官軍、負ければ賊軍ということだ。
即ち、異常を異常と認識できない異常性の論理だ。

*。
勿論西欧にもこういう部分がある。

アメリカがこれだ。

勝てば官軍をやっている。
日本の模倣したのではないか。

金融戦争に負け、イラクに負け、
だが負けを認めない。

そのうち終戦するというのではないか。
すると日本を真似したことが立証される。

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2009年1月 1日 (木)

感動は退廃である

感動は精神の退廃であり、幸福は人間性の障害化である。

感動することによって、いい気持ちになる。
これはジェイン・オースティン論理により、
自己と社会の荒廃と破壊である。

*。
人の活動は、人間性や社会性を保存しなければならない。

感動や幸福が、人間性は社会を破壊することは、
免疫理論でも解読できる。

即ち、幸福は非幸福を異物排除する。
ここの出来る人間は既に人間を破壊したことだ。

    *。
即ち、成功や幸福を追求することは、
それを目標にフェードフォーワードすることであり、
これは正帰還を掛け、人間を発振することだ。

ここの安定性なく、人間性は荒廃され破壊される。

*。
ここにジェイン・オースティン論理は、
フィードフォーワードであり、
人間性を発振させることであることが分かる。

ここに汝自身はなく、自己否定と自己破壊がある。

*。
汝自身を知れ。
これは現代用語で言えば、負帰還自己である事が分かる。

    *。
感動は自己否定自己破壊であり、
幸福もまた、自己否定自己破壊であった。

そうならない感動や幸福は、
自己が負帰還である時得られる。

*。
感動や幸福そのものがいいのでなく、
負帰還に得られる時は正常で、
正帰還に得るものは異常である。

ここに幸福や感動の、異常と正常の判別式が得られた。

*。
目的としての感動は幸福は犯罪である。

求めずして得られたものは問題ない。

神のご褒美と考えればよい。

*。
即ち、感動や幸福は、消点である。
真善美も消点であった。

消点を目的とするとシステムは、
フィードフォーワードとなり、
発振し、即ち自己否定となり壊れる。

*。
感動や幸福に、ただの感動とよい幸福があった。

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2008年12月31日 (水)

生命に触れていない生命活動 スカラー感情とベクトル感情

生命や魂に触れてない幸福や感動、
これは豊かな世界がもつ高次高調波の世界だ。

知性や感性の発達で、
生理的に成立する感動や幸福に更に、
心や魂や霊といった感情が加えられ、
余韻の豊かな感動や幸福が成立した。

*。
ここで現実でなく言葉だけで、
感動や幸福が得られるようになった。

これが現実根無しであることがある。
いや現実を破壊する感動や幸福がある。

有害な感動や幸福が起きた。
これが実に気持ちいい。

*。
幸福や感動に、ただの幸福や感動と、
いい幸福や感動が分かれた。

ただの感動や幸福は、容易に作れる。
ここに人の人格形成がなくなり、
時に人格破壊の感動や幸福が起き始めた。

*。
人格や社会破壊的感動や幸福は、
得るのが容易で刺激が強い。

これで人格や社会が損傷を受ける。
虚しさや寂しさではないか。

   *。
実感動に空想や妄想が付随し、
感情を豊かにする反面、
人格や社会を荒廃する。

これはナッシュの均衡理論だ。

*。
この世は善悪といった対偶対象性で存在し、
いいことだけ出来ない。

いいことやっても悪いことが付いて来る。
悪いことやってもいいことが付いて来る。

これが悪人正機説だろう。
これはナッシュの均衡理論の言い換えでもあることが分かる。

   *。
すると問題は、
魂や心に触れているかどうかだ。

魂に触れない感動や幸福、
これは感動や幸福の余韻を豊かにする。

だがこれだけでは、白昼夢や妄想と変わらない。

*。
贋物は本物を豊かにする。
その限りで存在価値はある。

だが贋物だけでは、存在品質を劣化荒廃する。

ここに生きることの戦略が必要になった。
ただの一生懸命はいいことではなくなった。

*。
ただの感動や幸福を求めると、人や社会を劣化する。

ますますベースとしての心が必要になった。

     *。
人造世界の成立で、
贋物が豊かになり、
これは求めやすく、
自己と社会を破壊する。

即ち、感動と幸福を求める戦略は、
自己を世界を破壊する戦略である。

これはナッシュの均衡理論でもあり、
善人が世界を破壊することでもある。

*。
善や悪を求めるのでなく、
善をやっても悪を誘導するから、
この世界の最適化が現代の到達点だ。

*。
これが心や魂のある世界だ。

   *。
感動や幸福が、スカラーである時代は終わった。

感動や幸福はベクトル化され、
魂や心の方向を向いていないと、悪になってしまう。

これを踏まえる現代人の生き方だ。

*。
理性も感情も、ベクトルとなった。

これが構造理性だ。

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2008年12月30日 (火)

感動は偽の感動である

感動とか幸福自体、贋物であった。

幸福産業は、自我の主体性を抹消し、
人を産業組織の歯車とすることに成功した。

幸福産業に取り込まれた人は、
最早葛藤を覚えることなく、
自分自身の非人間化、
即ち自己破壊を、
人間的なことと思って、
成功と幸福に感動と癒しをもって、楽しむのである。

これがアドルノ・シミュレーションである。

    *。
幸福や感動は、自己や社会を破壊する武器だった。

幸福産業に取り込まれた人は、
自己をモノとして記号化し、
その楽しい消費を持って、
自己や現実を模造品として、
現実や自己を消滅させた。

*。
幸福や感動はなかったのである。

それを実行したのは我々だが、
それを望んでやらせたのは、
幸福産業だったのだ。

*。
幸福産業は我々が考えたいるようなものではない。

幸福産業は人に反省を促すために、
人をおちょくってくるのだ。

*。
我々が幸福産業に感動する以上、
それは幸福産業が我々に抱いている感動の反映以外のなにものでもない。

幸福産業は悪魔の産業であり、
我々の不幸を心底喜んでいるのだ。

*。
これがボードリヤール・シミュレーションだ。

    *。
幸福と感動こそは、悪魔のお菓子だった。

このお菓子に噛み付いたとたん、
我々の持っていた本当の幸福と感動はなくしたのだ。

*。
即ち、我々の幸福と感動は贋物だった。

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2008年12月28日 (日)

自由と正義は略奪と殺戮である

自由と正義は略奪と殺戮でる。

略奪と殺戮の洗浄装置が、
民主主義と資本主義であった。

  *。
略奪と殺戮は、
快楽商品を軸に、
民主主義と資本主義で自己完結しており、
良心良識や道徳が規定するものではない。

*。
略奪と殺戮の問題を、
民主主義と資本主義の問題に還元し、
略奪と殺戮を推進しつつそれを隠蔽する。

かくして人々は、
略奪と殺戮の共謀共同正犯となる。

*。
かくして強いものが弱いものを略奪殺人し、
弱いもの同士が殺し合いし、
かくして自動的に、
権力を生きさせ、無力を死に排泄する。

  *。
即ち、理論理性は爆発力であり
まとまり力ではなかった。

まとまり力は構造理性にしかない。

*。
現代は、爆発力天動説から、
まとまり力地動説への転換期だ。

即ち、現代はポジティブ・フィードバックから、
ネガティブ・フィードバックは転換しつつある。

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2008年12月27日 (土)

空虚さ無力感は 精神の貧困現象である

偏差値教育やエリート教育による精神の脆性破壊がある。
脆性破壊は過度の負荷を掛けることによる頭脳の破壊現象だ。

感動や癒しを繰り返し与えることによる知性感性の疲労破壊がある。
疲労破壊は過度に負荷を繰り返すことによる知能の破壊である。

脆性破壊により頭脳の破壊が、空虚さである。
疲労破壊により無力感が生まれる。

*。
かく生まれた空虚さや無力感を、
更に過激な刺激で解熱鎮痛する。
或いはマッサージやリハビリする。

これが現代文芸だろう。
これはモンスター文芸といったらよいだろうか。

だが精神を解体していない人には必要がない。

    *。
モンスター文芸が効果ある内は良かった。

だが精神の死によって、
鎮痛もマッサージも必要なくなった。

これがマスコミ崩壊であろう。

*。
精神の貧困は、精神の死に至った。

死体に点滴して金になる。
これが死体の文芸だ。

     *。
成功や幸福、感動や癒しは、
死に至る病だった。

つまりガンだった。

精神が死んでも、肉体が生きている。

死体に点滴カンフルする、
これが現代文芸ではないか。

*。
これが受賞制度や栄典顕彰制度に生きる文芸であろう。

これは死に体の文芸ともいえる。

新しい世界ともいえる。

文芸そのものでなく、その共同体展開だ。
文芸を皆で称えあって、そこに新しい感動を作る。

*。
これでたくさん売れる、
そこに作者の自信が生まれ、
若干三十歳前後で人生相談を始める。

実にすばらしいことを言う。

だが人生の裏づけがない。

ただの白昼夢や妄想だ。
彼らは食い物にされている。

それでも楽しければいい。

*。
これは擬似文芸だ。

楽しく金になる。

だがこれでマスコミは成り立たなくなってきた。

これがマスコミ不況ではないか。

   *。
精神を殺して、肉体だけにして、
これに快楽を点滴する。

これで儲けるマスコミだ。

マスコミは、精神死体の製造販売消費業だった。

死体を作れる内は生きられた。
死体を作ると、マスコミも死ななければならない。

マスコミはガンであった。

*。
感動と癒しは、悪魔のお菓子であった。

それを食うとガンになった。

遂に食うものがなくなった。
これがマスコミ不況ではないか。

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マスコミ不況は精神の貧困化現象である

ベストセラーや高視聴率を追って、
マスコミはモンスター化し、
遂に人々を食い潰してしまった。

ベストセラー現象は、知性を育てることなく、
人の知的能力を食い潰していた。

マスコミは発振・発散した。
本体の機能を否定・破壊し、
立って歩けないほど肥満した。

*。
ベストセラーや高視聴率マスコミが疾走した後には、
草一本生えなくなっていた。

人々の精神は貧困化した。

*。
知性や感性は、疲労破壊を起こし、
精神は脆性破壊を起こした。

精神は過大圧力に壊れ、
知性と感性は、過大使用に回復不能に陥った。

*。
これを空虚感とか無力感と誤解した。

これをファンタジーで楽しく消費する。

これが精神の貧困現象だった。

*。
精神の貧困を楽しむ。

これが白昼夢であり妄想であった。

*。
マスコミは、人の精神能力を食い潰していた。

  *。
感動と癒しは、精神を食い潰すことだった。

感動と癒しによって、精神は根絶やしにされた。

*。
ジェイン・オースティン現象が起きた。

感動すれば、いい気持ちになり、
いい人になった気持ちになる。

だがその時、精神は成長を止められ、破壊された。

*。
精神の成長は感動によらないことが分かる。

感動は目標にはなっても、
手段として消費してはならない。

*。
感動と癒しは、精神を食い潰すことだ。

感動と癒しは精神のガンだった。
感想と癒しは、精神の敵だった。

感動と癒しは目的となってはいけない。

人の生きる手段でなくてはならない。

   *。
目的と手段の取替え、
ここに精神の消費的破壊があった。

いい成績を取るための勉強、
目的と手段の入れ替えだ。

これは精神の否定と破壊だ。

*。
ベストセラー・高視聴率マスコミは、
知性と感性をモノ化し、
精神を消去し、消費商品化し、
人々は葛藤を覚えることなく、
自己の知性と感性、即ち精神の破壊を、
暖かい幸福として楽しみ、
これが高度に人間的なこととした。

そこには精神の破壊と知性と感性の消滅があった。

   *。
金と権力の消費を、
成功と幸福とし、
ここに人間性と社会の消費破壊があった。

これはナッシュの均衡理論だ。

*。
Goedelの不完全性定理で展開すれば、
成功と幸福を求めることは無矛盾である。
従って成功と幸福を追って、成功と幸福を得ることはない。

成功と幸福は人と社会を豊かにするか。
するともいえないし、しないともいえない。

唯一つ確かなことは、
そんなことに関係なく人は存在する。

即ち、人は存在することを生きればいい。

これが実に難しい。
人がただ存在する社会は、
人が作らねば存在しない。

*。
人がただ存在することは、かなりの努力でしか出来ない。

人はただ存在することが出来ない。
ただ存在することは、非常な努力の結晶だ。

*。
即ち、ただ存在することは、いろいろの物事の最適化の結果だ。

これが構造理性の生き方だ。

  **。
今日もまた、我が狙撃サイレンサーは的を打ち抜いた。

神に栄光のあらんことを。

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2008年12月26日 (金)

感動ボケ症候群

マスコミ不況は感動ボケ現象である。

感動と癒しは、やればやるほど知性と感性を荒廃する。

その結果、感度の高い若者が消え、
知的感性的飢えが消え、
ヒット間やムーブメントがなくなった。

ヒット狙いのマスコミに、知性と感性が破壊された。

マスコミは、金と権力を生きさせ、
知性と感性を死に排泄していた。

権力依存症は、知性と感性を破壊した。
これが精神の貧困化だ。

   *。
ここに第二次感動と癒し現象が現れた。

即ち、空虚さと無力感を楽しく消費する。

これがファンタジーだ。

*。
ここに現実拒否と現実からの引きこもりがある。

かくして現実は悪徳権力に完全に制覇され、
金権を生きさせ、
感動と癒しを死に排泄する世界が出来た。

ファンタジーの人々は、楽しく死に排泄される。

*。
これがアドルノの文化産業だ。

文化産業は、人々を感動と癒しの機能組織に変えることに成功した。

文化産業に取り込まれた人々は、
感動と癒しに耽ることを、
葛藤を覚えることなく、
人間的なことと思って、
自己否定と自己破壊を、
暖かい幸福として、
楽しく消費する。

これを自己責任・自助努力・自己管理とする。

これが悪徳権力を生きさせ、
無力を死に排泄する仕組みだ。

*。
悪徳権力を改善しようとする人々が消えた。

かくして人間性を焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くすことを、
葛藤を覚えることなく、
人間的なことと思い、
暖かく楽しく消費する世界が誕生した。

  *。
一体何をやっているのだろうか。

バカをやっている。
ガキをやっている。

*。
どうしたらいいのだろうか。

この世界に、
Goedelの不完全性定理とナッシュに均衡理論を、
不動点とする世界を創造する。

するとガキ現象は、単なる反抗期として処理される!

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2008年12月25日 (木)

ポジティブ・シンキングは破滅思考である

ポジティオブ・シンキングは一億玉砕への万歳突撃である。

一人称衝動はポジティブ・シンキングである。

ポジティブ・シンキングは過労死の方法である。

*。
その意識の中に、制御能力はない。

     *。
自分を含む世界を鳥瞰する、
これがホログラム・イマジネーションである。

ホログラフィー・イマジネーションは、
全体の均衡を持って、よしとする。

即ち、イマジネーションは能である。
ホログラムをシテ、ホログラフィーをワキとして、
全体のイマジネーションを作る。

ホログラムを増幅器、ホログラフィーを負帰還装置とし、
負帰還増幅システムを作り、
そこによく生きることを作る。

*。
生きることは部分であり、
よく生きることは全体である。

即ち、生きることはホログラムであり、
よく生きることはホログラフィーである。

それを意識するイマジネーションである。

*。
これが日本文化だ。
即ち、日本文化は能である。

   *。
ポジティブ・シンキングは発振である。

金と権力の発生に都合がいい。

*。
富国強兵、立身出世は日本の発振である。
これがポジティブ・シンキングだ。

これは日本の悪用であり、自己否定であった。

*。
日本はカオスだ。
無私無心に初期設定すると、まともであり、
立身出世に設定すと、破滅する。

ポジティブ・シンキングは、破滅設定だ。

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2008年12月24日 (水)

愛国厳罰は国を貶める方法である証明

愛国厳罰は国を貶め穢す。

ジェイン・オ-スティン論理を使うと簡単に証明できる。

*。
国を愛さないものを厳罰する。

人を殺すものを、毅然として殺す。

これで愛国気分が高揚する。
いい気持ちになる。

*。
この時自分の中で何が起きたか。

国を愛する自分の敵、
即ち国を愛さない敵を殺す。

これは殺人である。

即ち、美しい殺人を行っていた。

*。
殺人に美しい殺人と美しくない殺人があるか。

これは決定不能証明不能だ。
これがGoedelの不完全性定理だ。

美しい殺人を行う戦略は、
美しい自分を殺す戦略だ。
これがナッシュの均衡理論だ。

   *。
美しい殺人を行うことは、
美しいとも美しくないともいえる。

唯一つ正しいことは、殺人を行うことだ。

殺人は殺人であって、
美しいとも美しくないともいえない。

即ち、美しい殺人を行うことは、
自分を殺すことである。
ナッシュの均衡理論だ。

*。
殺人を美しいとする時、
自分はただの殺人者となる。
Goedelの不完全性定理だ。

*。
Goedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論は、
等価同型であることが分かる。

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2008年12月23日 (火)

太平洋戦争は快楽殺人だった?

鹿島茂・評「ロートレアモン 越境と創造」石井洋二郎 毎日08・12・21東京朝刊

この論文を元に思考実験シミュレーションしてみよう。

*。
肥大した自我を抱えながら、
中国にも西欧にも居場所のない日本少年・西田幾多郎が、
捌け口として、残忍な中国と西欧の快楽殺人の夢想を紡ぎ、
大日本帝国という大げさな偽名に隠れて、
自己の存在を強烈にアピールした西田哲学や近代の超克であった。

このために設定された視座は、
越境と創造であり、
解体再構築ということも出来る。

解体は西欧の二元論二分法、中国の一元論を、
日本人の非西欧非中国という眼を有効に使い、
即ち、世界に類のない一人称衝動意識を使い、
再構築、即ち創造は、
西田が自らの生の痕跡を残そうと試みる、
模索・葛藤・逡巡・挫折を包含する。

それが西田哲学であり、近代の超克であった。

    *。
この夢想を実現した太平洋戦争ではなかったか。

戦争は、西欧の世界制覇思想や中国の中華思想を、
破壊解体する過程であり、
戦争は、戦争放棄や幸福放棄という人類目標を結晶した。

*。
正に日本少年の夢見た、快楽殺人は現実に暴走し、
ヘゲモニー思想を越境し、
戦争放棄や幸福放棄の新人類の桃源郷を発見した。

戦争放棄は西欧でもなければ、中国でも日本でも、
人間でも人類でもない世界を創造した。

   *。
近代の超克なるエクリチュールは、
西欧や中国を内側から食い破る一人称衝動意識を内包していて、
他者なる自己を創造する、
意図せざる文明の越境による創造であった。

*。
一人称衝動意識では、
絶対矛盾を自己同一化でき、
何事もなすことが出来るし、
しかも何事もなしていないようにして行うことが出来る。

ここにしか戦争放棄や幸福放棄は実現しない。

ここに人類の新しい世界が開かれた。

  *。
日本少年の夢想の快楽殺人は、
世界制覇思想を現実に殺した。

何事もなかったようにやったので、
誰もそれを知らない。

知らずにやる、
これが一人称衝動の特色でもある。

*。
一人称衝動意識は、世界を解体し、再創造した。

一人称衝動は、繰り込み理論でもあった。

誰も知らず、新世界は創造されつつある。

これを見ることの出来る意識は構造理性である。

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2008年12月21日 (日)

成功・幸福・感動・癒しの免疫理論

幸福は反幸福を異物排除して成立する。

人やこの世を、幸福と非幸福に二分する。
即ち、この世を敵味方に分類する。
即ち、この世を分裂抗争させる。

即ち、幸福は不幸を異物排除する免疫である。

この世はまともな世の中ではない。

*。
幸福は、この世を幸福と不幸に切り裂く。

ここに幸福を追う偽善と、不幸を避ける欺瞞が現れる。

即ち、自己や社会に、不幸を敵とする自己が生まれる。
これは自分の中に自分を敵とする自分を作ることだ。

これは統合失調症である。

即ち、幸福追求は、人や社会を切り裂き、統合失調症にした。

*。
幸福は不幸を食うガンである。

これが成功した時、
不幸のない世界が出来る。

それは現世の否定であり、現世の破壊である。

*。
不幸のない幸福は、空体・中空・全体のない部分である。

これは妄想や白昼夢の類である。

これは追っても得られない。
得ることは錯覚であり、自己満足であり、
人と社会を破壊する。

現代世界はそうなっている。

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感動よ 幸福よ 汝自身を知れ

これからの議論は発達途上の子供と成人の両方には成立しない。

感動と幸福のジェイン・オースティン論理を考えよう。

感動するといい気持ちになる。
感動を追って行くと、いい気持ちになり、
自分がいい人になったと思えて来る。

そのときの自分は、いい気持ちに依存し縋りつき、
しかし自己形成はお留守にしている。

つまり自己を消費し、食い潰している。
つまりろくでもない自分を作っている。

*。
感動を追うほどに、自分はろくでなしとなる。

ここのろくでもない人間があふれ出し、
世界は荒廃し地獄となった。

そこでますます刺激の強い感動を求める。
この悪循環に陥った。
即ち感動は発振・発散し、人間と社会を否定破壊した。

*。
即ち、感動と幸福は、強盗殺人である。

感動と幸福は、略奪と殺戮であった。

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2008年12月19日 (金)

対偶心理学 罵倒は賞賛である

憎悪が憎悪である場合もあり、賞賛である場合もある。

例えば、私が何故、お上日本を批判するか、
お上になりたいからだ、
お上になれなかった怨みがそうするのだ。

こういう議論に反論は困難だ。

通常お上は、こう反論する。
仮定で議論するな、
想像の議論に答える必要はない。
否定の立場に立つものとは議論にならない。

そうでない代案を出せ。
具体的に、お上になりたい証拠を出せ。

恨みがあって、叩くのは当然ではないか。
悔しければ、俺をお上にしてみろ。

お前に嫉妬があるから恨みと取るのだ。

*。
これは水掛け論で、お上が勝つ。

これが発振、発散だ。

嫉妬や憎悪に嫉妬や憎悪で返す。

すると権力側が勝つ。
議論が成り立たないからだ。

すると不正が勝つ。

これがお上世間の構造だ。

   *。
紫式部は、性悪女、陰険女、チョーブス、許されざる女と非難される。

最近、紫式部は妾であることが証明されたと言われる。
一夫多妻時代の妾とは何か。

*。
紫式部は源氏物語で書いている。

うわさは誰が言い出すこともなく、一斉に蔓延する。

同時多発テロもそうだ。
権力はアルカイダのせいにする。

だが時代の流れだ。

*。
噂も、一斉にある状況で言われる。

誰にでもある人の気持ちであるからだ。
ある状況で、一斉に現れる。

*。
紫式部はチョーブスの陰険女だ。

一斉に浴びせられる。
殆どの源氏物語のホームページに載っている。

    *。
マスメディア現象として、
非難罵倒も人気の内といわれる。

無視しているものを非難することはない。

*。
性悪女の小説が何故読まれるか。

読まなければならない理由がある訳だ。

それが人気である。

すると人気には、賞賛と非難の二成分があることが分かる。
水が酸素と水素から成るようなことだ。

*。
ある女流作家が言っていた。
初めて書いた本は、非難中傷罵倒された。

初めから売れっ子になる人、
はじめは蹴飛ばされる人、
人気には二成分があることが分かる。

即ち、人気は人気か罵倒である。
即ち、非難は非難か賞賛である。

即ち、非難も罵倒も無視も、賞賛の一種である。

日本の一人称衝動力学では、非難も賞賛の内だ。

*。
いいことなんだか、よくないことなんだか。

初めは、捩れている。

これがあいまい性の本性であろうか。

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経済力軍事力依存性

成功と幸福追求は、
経済力と軍事力依存性である。

人固有の孤独と絶望、
これに真理と理想で対応するもの、
金と権力で対応するもの、
日常の平穏で処理するものがある。

   *。
孤独と絶望に、
人に褒められることや人を羨ましがらせることで処理する。

これが多くの人の処理形式ではないか。

*。
この処理形式は、
偉い人に従い、有名でない人をバカにする。

服従か破壊か、
孤独と絶望に、嫉妬と羨望で対応すると、
人は二重心理二重人格に切り裂かれる。

ここに最適化不能で、
服従か支配か、
サドかマゾの二重人格が現れる。

*。
一人称衝動系の日本人は、
サドかマゾかに切り裂かれる。

鎖国派か開国派か、右翼か左翼か、
これはサドかマゾかの延長であろう。

   *。
アメリカ・マゾは、アジア・サドとなる。
これは対偶現象でもある。
それを純粋に保存している日本人だ。

強い方やいい気持ちになる方に服従し、
そうでない方には支配を持って望む。

*。
即ち、人格の自立が、サドとマゾへの分裂を防ぐ。

だがその分裂こそ人間ではないか。
そういう議論も成り立つ。

だからいろいろの人がいて、最適化される。
そういう議論も成り立つ。

*。
日本は強い方に従う、
これは弱いものを支配することだ。

即ち、優しさと残酷の二重人格を作る。

この統合に強いものが必要になる。
これがお上支配であろう。

    *。
これは国家統合失調症を作る。

即ち、国家の中に敵を作り、
これを制圧することで国家や自己を保持する。

これはまとまりであって、まとまりでない。

これを力で統一する。
これは国家であって、国家でない。

これが日本の存在状況だ。

これが偽装国家や偽装人間だ。
これが偽日本であり、偽日本人だ。

*。
日本人は、日本や日本人を掴んでいない。
偽を掴んでいる。

日本人は日本人でもなければ、人間でもない。
偽日本人であり、偽人間だ。

日本は日本でもなければ、国家でもない。
偽日本であり、偽国家である。

これで間に合わせている状態だ。

それを理解できないことが日本問題であり、日本人問題だ。

*。
これが人類にも言える。

日本は人類世界の純結晶でもある。

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対偶心理学 弱者殺しは強者の自殺である

ジェイン・オースティン心理構造、
いい男を追っていると、
自分がいい女になった気持ちになる。
これは自己催眠であり、
このように条件反射付けることは、
自己の精神構造の貧困化であり、
自己を騙すことである。

そこには成長や向上がない。

即ち、いい男を追うことは、自分を悪い女にすることである。

    *。
これが対偶心理学である。

何かやることで、
何かしないこともやっている。

何かをやることは、何かをしないことである。

これは反作用の法則である。

*。
誠実を生きることは、向上を生きることであり、
ここに向上人間が出来る。

これが慣性の法則である。

*。
このような性質は、
やりだすと加速度を持って、展開される。

加速度の法則である。

  *。
応用しよう。

いじめやいじめ殺しをする。

いじめていると、自分が強い人間になったと思い込む。

それは自分の人間性を劣化することであり、
自分をいじめることである。

これによって、自分の問題を隠蔽する。
それは自分を欺き、自己否定や自己破壊することである。

*。
ここにいじめ人間が出来、
それは人を恫喝し、傲慢を強さと思うことだ。

これが集団化すると、
強く見えるだけの、弱い集団が出来、
ますますいじめが必要になり、
何時しかいじめが生き甲斐になる。

これがお上集団であろう。

ここに仕事をしない仕事をする集団が成立する。

   *。
千葉の幼女殺人事件の容疑者は冤罪といわれている。

警察は、警察に言いなりになる人を選び出し、
今容疑者を犯人と思い込ませているといわれる。

そしてマスコミは、
国民にその人を犯人だと思い込ませた。

かくして彼が犯人だとする状況が作られた。

これがお上得意の状況判断論法である。

*。
この人が犯人だと皆で騒ぐことで、
警察やマスコミを含む人々が、彼を犯人だと思い込む。

そこには警察とマコミと国民の自己否定と自己破壊がある。

*。
即ちこれはジェイン・オースティン・ケースだ。

一人称衝動民族の日本人には、
このトリックが理解できない。

*。
この事件は典型的、いじめ殺し事件となるのではないか。

    *。
即ち、強者が弱者を殺すことは、
自分を死刑にする、即ち強者が自分を殺すことだ。

即ち、弱者殺しは、強者の自殺である。

*。
強者とは、自分を殺すことの出来る人たちであり、
強者とは、自分を殺した人であるといえる。

こんな人に国家を任せれば、国家は破壊される。

*。
お上日本が、国内で威張り、
外国には弱者である仕組みが解明された。

即ち、お上日本は世界に弱者であることだ。

それを強者という対偶心理である。

*。
国内強者、即ち小山のガキ大将が、
威張って、世界と戦争するはめになった。

これを聖戦ということは、
ジェイン・オースティン論理に従えば、
これでいい気分になって、
自己を破壊すること、即ち自殺することであった。

*。
強者のいじめ殺しは、
自分のいじめ殺しであった。

これが対偶心理学である。

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2008年12月18日 (木)

対偶心理現象 何故弱者は殺されるか

権力が生き残ることは、弱者を殺すことである。

これは対偶関係だ。
これが善悪の構造に対応するだろう。

*。
では何故、権力が生き残るために、弱者を殺せるか。

その心理機序はどうなっているか。
どうして殺せるのか。

権力者の心理構造はどうなっているか。
孤独で淋しいことは知られている。

権力は自分が狙われていることは知っている。
自分がそうしたから。

  *。
金は、汗水たらして作るのでは、知れている。

金で金を稼ぐ、
力で金を奪う。

こうしないと大金や権力は手に入らない。

*。
偉くなることは、
人一倍欲求不満が強く、
ある意味で淋しがり屋で、
これを金や権力にしがみついて、紛らす。

つまりこれは人間性のリストカットや自殺だ。

*。
金とか権力にしがみつかない能力こそ人間性だ。

金や権力依存は、自己のリストカットや自殺であることが分かる。

  *。
では弱者は何故、殺されてまで無抵抗か。

*。
猥褻や強姦の裁判を聞いてわかることは、
女性はこのような凶悪行為には、
随意運動は消え、不随意運動になる。
つまり心身がフリーズしてしまう。

日常にない恐怖に、人は意志を消失する。
やられるままにやらせてしまう。

*。
親による幼児殺し、
この刑事裁判を聞いて分かることは、
親も子供の抵抗に、
どうしていいか分からなくなり、
衝動で、即ち、不随意運動してしまう。

*。
意志の消えた衝動動作で動く。

これを喜んでやらせたと、加害者は受け取る。

これを殺意があったと、検事は言う。
*。
弱者を殺す強者は、
弱者が進んで殺させたという。

選挙の棄権は、
権力への全面委任だと権力は言う。

どうしていいのか分からないのだ。
そのように国家権力は状況を作る。

なすがままにされるしかない状態を、権力は作る。

  *。
こうして権力は弱者の望みとして、殺人をする。

*。
その心理機序を検討すると、
権力の寂しさや欲求不満を、
殺人で解消する。

つまり強烈な刺激で麻痺させる。
即ちリストカット現象であろう。

*。
やれれるほうも、なすがままにされることは、
意志の消失であり、
麻酔をされて、殺されて、天に帰る。

そう考えると、魂を神に返す合理的現象とも考えられる。

   *。
金のために人を殺す権力現象は、
通常の強盗殺人を変わらない。

権力がやると、合法的となる。
法律が共謀共同正犯だった。

弱者には合理的に天に帰る現象だ。
強者には淋しさのあまり、人を殺す。

これは対偶であった。

*。
偉い人を礼賛することは、
欲求の強い人を、殺人者に仕立てる。

秀吉の草履伝説は、
強者を殺人者に仕立て、
弱者が喜んで殺される社会構造を作った。

   *。
感動と癒しこそ、強盗殺人の真犯人だった。

成功と幸福、そして自由と正義こそ、略奪と殺戮の原因だ。

*。
昔の人の言う、平穏無事こそ平穏無事だ。

腹八分目こそ、過不足のない安定原理だ。

*。
豊かさとは、人が狂い、犯す現象だ。

これはカオスであり、
何がなんだか分からない世界だ。

*。
夢と希望が、強盗殺人の犯人だった。

*。
感動と癒しは、悪魔が悪魔屋敷に釣る、悪魔のお菓子だった。

昔に人が知っていたことを忘れた、
理論理性が人をバカにしたと言わざるを得ない。

バカにした、
これは二重言語、即ちパラドックスだ。

即ち、人はバカだ、人が言った。
この地獄に人は生きている。

*。
理論理性はバカだ、理論理性が言った!

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2008年12月17日 (水)

孤独と絶望から屈辱と憎悪へ

孤独と絶望は、権力支配を作り、
権力組織は屈辱と憎悪の世界を作った。

これは対偶運動である。

権力システムは、成功と幸福追求の結晶である。

そして権力システムは、憎悪と復讐のテロとなった。

*。
日本においては、
最高裁はオウムであり、オウムは最高裁である。

司法は通り魔であり、通り魔は司法である。

互いに神の立場に立って、相手に断罪リンチする。

断罪とリンチの応酬、
これがテロ社会である。

   *。
権力は無力を死に排除し、
無力は死ぬことで権力に貢献する。

ここに死の循環が起きた。
権力は魂を殺して成立、
無力は魂に昇華して=死ぬ。

地獄に堕ちる権力、天国に返る無力の構造だ。

*。
現世の地獄化=ガン化、
魂のない世界に生はない。

これが快楽天国、心の地獄。
現代は人と自然へのガンとなった。

ガンという繁栄、
これは繁栄か繁栄でないか。

*。
これが現代の存在構造だ。

成功と幸福というお菓子で、
人々は悪魔地獄に釣られた。

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学問は主張と批判の負帰還である

日本は批判を許さない。
批判をお上非難とする。

従って日本に学問はない。
挙国一致があるばかりだ。

これは強姦と暴走にしかならない。
これが日本の衝動力学だ。

*。
そこには知性のない知性、仕事をしない仕事があるがかりだ。

これで金が作れる。
下々の命と引き換えに金を作る。

多少のご褒美に、飲む打つ買うをやらせれば文句言われない。

肝心の魂が抜けている、
魂空体、心中空、命なき生命、
ここに国家の金と権力が入る。

体だけ生きて、心は生きない、
これがお上システムだ。

    *。
生かさず殺さず、
魂を殺して体を生かす。
これが家康方式だ。

魂も体も殺して奪う、
これが秀吉方式だ。

徳川方式も、後半には、秀吉方式に戻った。
それは明治以後の日本に引き継がれている。

*。
多くの人々から魂を抜き取る仕掛けが、草履伝説だ。

感動させて、魂を抹殺する。

    *。
感動と癒しこそは、魂と心の抹殺方式であった。

魂と心を抹殺されると、感動と癒しを限りなく求め出す。

かく秀吉支配が完成する。

感動と癒しこそは、人格と人間性の解体だった。

感動と癒しを求めないことが、人格と人間性だった。

   *。
在ることに落ち着く、
これが存在の秘法だった。

ここに心と魂はある。

*。
感動は、その反対成分を引き出す。

感動と癒しこそは、悪魔のお菓子だった。

*。
紫式部は、普通がいいという。

普通の人は、光源氏をやってはいけないという。
光源氏にはその対偶が現れる。

普通には対偶がない。

*。
普通は、完全で絶対の存在だ。
万事丸く収まる。

だが普通ほど難しいことはない。
全身的で全力の努力が要る。

完全の努力、絶対の精進が必要だ。

   *。
感動や癒しは、いい加減にやっても得られる。

普通はいい加減の努力で生えられない。

屈辱に耐え、非難中小罵倒に耐えねばならない。
だがこれが庶民の生き方だった。

*。
これが日本の健全性だ。
だが殺されることを我慢せねばならなかった。
その結果、世界の破壊と人類の虐殺をやってしまった。

これを抜けるに構造理性が必要になった。

*。
環境破壊で、大金が得られる。

環境を壊さず、生きることは大変なことだ。

だがこれが大人だ。
大人の時代になった。
これが構造理性の地球社会だ。

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2008年12月16日 (火)

美しい日本は 優しさと残酷に切り裂いた

日本を美しいと設定することで、
日本と日本人は優しさと残酷に切り裂かれた。

優しさは、偽自己の偽善の演技であり、
残酷は、仮自己の欺瞞の演技である。

優しさと残酷という絶対矛盾を自己同一化した美しい日本である。
美しい日本は、優しさと残酷さを止揚したものである。

*。
衝動は論理に強制同期させられる。
衝動は論理に、フェイズロックされ、ロックオンされてしまう。

論理を生きるしかない。
この現象が金融崩壊でありイラク戦争でもある。

夢と希望は、即ち白昼夢と妄想であった。

  *。
感動と癒しは、殺人と強盗の偽善の演技であり、
成功と幸福は、略奪と殺戮の欺瞞の演技であった。

近代自我は、偽自己や仮自己であった。

哲学自我を、現実に適用して偽自己と仮自己み切り裂かれた。
ここに統合失調症を発生した。

これは人が大人になるイニシエーションだ。

    *。
青年期統合失調症、
多くの人の第二反抗期はこれだ。

これに抵抗力が発生し、
即ち免疫によって、人は子供から大人になる。

これが今、国家や社会がやっている。

*。
古代から近代への第一反抗期、
近代から現代への第二反抗期だ。

国家の第二反抗期、
これが自由と正義という略奪と殺戮だ。

これを超えて大人になる。
国家の殺人こそ反抗期現象だ。

これは国益と利潤追求から発生した。
そう考えるとこれを抜け易い。

   *。
金融崩壊とイラク戦争、
アメリカの第二反抗期だ。

太平洋戦争は日本の第一反抗期だ。
こう考えないと抜けられない。

世界を破壊、人類を殺害した。

*。
日本では凶悪事件には殺せ殺せの大合唱だ。

それをされたら、聖戦だの自存自衛だという。

オウムや通り魔がこういったらどうなるか。

日本は世界にそういっている。

この事実に気が付かない一人称だ。

*。
一人称をでる大きな犯罪、
これを知って、他国のやる反抗期を受け入れる。

これが許し許されることだ。

*。
殺人を許せない国家こそ、殺人産業を出らないことだ。

これは反抗期を越えさせない。

*。
死刑廃止こそ、大人になるイニシエーションだ。

この時、殺人法が必要になる。

死刑廃止に殺人が必要になった。
殺人こそ死刑廃止の手続きだ。

これは構造理性にしか分からない。

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2008年12月11日 (木)

傲慢症候群

白昼夢と妄想が、人気と金を得て、巨大な自信になる。

この舞台がマスコミだ。
これで似非繁栄を手に入れる。
これがマスコミの荒廃現象であろう。

人にも社会にも中味がない。
日本を神の国、美しい国にしている。

今の日本こそ神の国である。

*。
何もない似非繁栄、
これが生み出す欲求不満。

更に似非繁栄を求める。
そこには生きる喜びのない楽しさが溢れる。

満たされない感動と幸福が溢れ、
そこに略奪と殺戮がある。

これが神の国、美しい国の正体だ。

   *。
これで国が成り立つ。

しかし世界に成り立たない。

だが巨大経済がある。

*。
生きる喜びのない幸福と感動、
欲求不満を生み出す成功と癒し、
これが心の闇だ。

喜びと不満、
この捩れが生む異常圧力、
これが閉塞感だろう。

   *。
生きる喜びのない、偽の喜び。

その不満にますます偽の喜びを求める、
これが巨大な繁栄ではないか。

大GDPに生きる喜びをますます失う。
遂に精神は破産した。

これが新自由主義グローバリゼーションであろう。
過度の肥満現象であろう。

感動と幸福を生きさせ、生きる喜びを死に廃棄する。

自分を痛めつける肥満だ。
喜びであって、喜びでない。
喜びではあるが、喜びでない。

*。
ここには繁栄が必要だ。

それが偽の喜びの偽善と欺瞞の演技だ。

偽の喜びを掴むと、
閉塞感が、繁栄という偽善に縋りつき、
心の闇が、感動という欺瞞にしがみつく。

これが精神の破産だ。
繁栄は自殺行為であり、
感動こそはリストカットであった。

これが偽自己の偽善と欺瞞の演技だろう。

  *。
ここに生まれる心の闇が、不安であろう。

これが繁栄と感動にしがみつき、人間を貶める。
これから脱出を行う凶悪事件やテロであろう。

真の自分を敵とする、偽自己を生き抜く。
これは統合失調症の発症だ。

白昼夢と妄想こそは、統合失調症の原因であり結果だった。

*。
夢と喜びは、白昼夢と妄想であり、
これが感動と幸福の正体であり、
従って、略奪と殺戮の正体であった。

夢と希望の待遇は、略奪と破壊であり、
これはパラレルワールドでもあった。

感動と幸福の地下迷宮は、破壊と殺人であった。

*。
対偶文は、パラレルワールドの記述文であった。

   *。
幸福と感動は、
人を殺して、
死刑になって、
殺して貰う方法であった。

感動と幸福は、
人の心を焼き尽くし、
人の魂を殺し尽くし、
人間性を奪い尽くした。

*。
感動と幸福に原型は、秀吉の草履伝説だ。

幸福と感動こそは悪魔のお菓子であった。

*。
世界に溢れる感動と幸福に噛み付くと、
心と魂を自分の外に落としてしまう。

これが精神の破産だろう。
感動と幸福こそは、
心と魂、自分と世界を異物排除する方法だった。

  *。
白昼夢と妄想で得た、人気と金銭で作られた、
自信満々の人々がいる。

傲慢という死に至る病に犯された超人だ。

人々は超人に縋りつき、不安を解消する。

*。
このシステムを脱出することが、
現代人の大人になるイニシエーションだろう。

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2008年12月10日 (水)

全体は三人称にあり 一人称は部分である

アインシュタインのパラドックスを考えよう。

月を見なければ月はないか。
これは一人称と三人称の違いを指摘している。

一人称では、月を見なければ月はない。

だが三人称では、月はある。
これが事実と真理の違いである。
これが事実と真実の違いである。

*。
日本衝動民族は、一人称に存在する。

衝動性に三人称はない。

   *。
例題を挙げよう。
南京問題や慰安婦問題は、
一人称の問題としては存在していない。

月は見なければない訳だから。
日本衝動民族は、ここに立つ。

従って南京問題も慰安婦問題もなかった。

*。
だが三人称世界にはこれは存在している。

一人称に存在する日本人には、問題自体存在していない。

*。
日本人には真理は存在せず、事実だけの世界に生きている。

      *。
これが空体論であり、中空構造論であり、
全体なき部分論である。

*。
全体は三人称に存在し、一人称に存在していない。

*。
日本人には、人間人類皆同じとなる。

あなたも私も同じ、これが人情世間体である。

だがここに上下関係がある。

  *。
軍神と英霊は違う。
皆死ねば神になるといいながら、
格の違いがある。

違いがありながら、皆同じという。

これが全体のない部分論理だ。

これが衝動性だ。

*。
全体も部分であり、部分も全体である。

これが衝動性だ。

言葉に全体と部分はあるが、
言葉のメタ意識は形成されていない。
即ち言葉に全体はあっても、意識にはない。

*。
だがこれを自覚して使うと、
全治と部分をショートし、
全体と部分を識別する世界にないことを在らしめる。

これが日本イマジネーション文化だ。
全治と部分をホログラムとして、
そのホログラフィーを作る。

それがクールジャパンだ。
西欧にはない美の世界を作る。

だがメタ意識がないと、狂気となる。

*。
天使と狂気は紙一重、
お上日本の狂気と、クールジャパンの天才が同居する日本だ。

一人称と三人称、
この混在した日本システムだ。

一人称と三人称を分かって使うと日本が理解できる。
これから天才振りを発揮するかも知れない。
それが日本文化だ。

お上日本は、狂気であったといえるだろう。

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自由と正義のパラドックス

自由と正義は、それを考えた人には自由と正義である。

だが国家をこれを法で行うと、
自由を否定することも正義となり、
正義を破壊することも自由となった。

これを実現したアメリカと日本である。
これに世界は対応不能となった。

*。
Goedelの不完全性定理によると、
自由と正義を実現することは、無矛盾である。
従って、これは実現することはない。

自由と正義を国家でやれば、
それは正しいとも正しくないともいえない。

唯一つ正しいことは、
自由と正義は、国家にとっては、妄想であることだ。

*。
ナッシュの均衡理論を適用しよう。
自由と正義を実現する戦略は、
人間と世界を破壊する戦略である。

対偶文を作るとこうなる。
対偶文はナッシュ理論の正しい書き方だ。

   *。
理論理性は考えた人には真理であった。

だがそれをただ使う人には、妄想でしかない。
使う人には、真理を作る能力はないから。

*。
真理を作れない人が、真理を使うと、
ただの強盗殺人にしかならない。

*。
真理を作れない人が、
日本は神の国だと思った時、
そう思わない人を殺すしかない。

彼らにはそれが真理だ。
それが自由と正義だ。

*。
真理を作る能力のない人が、
真理を使うと、
或いは自由と正義を使うと、
殺人による異物排除にしかならない。

この程度が分からない理論理性だ。

   *。
理論理性は、それを作る能力にない人は、
使ってはならない。

理論理性はそれを理解しなかった。

理論理性を作ったものは、
それを知らなかった。

かくして理論理性は、
略奪と殺戮の方法となった。

*。
理論理性は自己否定に成立していた。

これは真理の取り出し方で、
使い方ではなかった。

*。
真理の作り方と使い方は全く違う次元にあった。

これを統一し認識理解した構造理性である。

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法のパラドックス 法は妄想である証明

法は悪を排除するために作られた。

法を作ったものはその能力を持っていた。
だが国家に法が移転すると、国家にその能力はなかった。

法は法に逆らうものを排除し、
司法機関は、悪そのものとなった。

何時しか法は、司法の利権を守るものとなった。

従って、司法は犯罪を作れば作るほど儲かるものとなった。
結局自分で犯罪をやるのが一番効果的となった。

司法は自分を含めて、犯罪を製造販売消費するものとなった。

司法の犯罪は、司法の対象にならず、
司法の犯罪ほど儲かるものはない。

*。
これが司法のパラドックスであり、
司法は妄想であった訳だ。

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2008年12月 9日 (火)

本物と贋物

ヨーロッパの哲学は何をやっていたのだろう。

西欧に比べ日本に欠けているものがあるとしたら、なんだろう。

西欧は近代までラテン語で学問していた。
何でだろう。

*。
日常語は、会話だが、
ラテン語とどこが決定的に違うか。

西欧では、日常語と、学問語を区別していた。

日常と真理の世界を区別していた。
ここに科学技術の成立があった。

*。
科学は真偽を問題としている。

つまり本物と贋物の区別が哲学だといっていい状況が認識される。

日本ではいい気持ちになればいいといった具合で、
真偽の区別はしない。

     *。
日本人は日本自体が贋物であるといった認識はない。

そういった区別する能力がない。

*。
真偽の区別に成立した人間性だろう。

日本にはいい人はいても、人間性はない。

人間の真偽といった考えはない。

偉い人とかよく出来た人、
この区別はあるが、偉い人が悪党である認識はない。

大体認識論がない。

  *。
偽の人をただの人、真の人をよき人と考えると、
西欧の構造が理解できる。

日本ではこれがごちゃごちゃで、
金や権力を偉い人という。

この結果どうだろう。
悪党が国家を支配し、人々は食い物にされている。

生きていることに感謝しろとなる。

*。
人々も一日恙無ければ有難いとなる。

偉い人に感謝し、その悪の糾弾を許さない。

偉い人は偉い人で、人を殺しても平気だ。

     *。
水俣病研究で分かったことは、
初めに人殺しがあり、
結果として人が殺されたのはないことだ。

これが殺人事件にならなかったことがこの現状を語っている。

*。
国家権力のやる殺人は殺人ではない。

こういうい不文律が存在している。

刑法など国家の意向でどうにでもなる。

*。
西欧の法には真偽があるが、日本にはない。

国がやる殺人は問題なし。
これを西欧法でやるのだ。

日本人には真偽の観念がないことが分かる。

   *。
真偽観念なく西欧を使う、
ゼロ戦は人が死なないように考慮されていなかった。

相手の銃弾が一発当たれば死ぬ設計になっていた。
これが問題にならなかった。

即ち日本に人間性はなかった。

*。
日本産業は贋物産業である。

国民の死は問題にされない。

*。
即ち、日本は贋物であるが、その認識はなく、
それをいうものは排除される。

*。
日本は殺人衝動を生きている。

それを脱出するには真偽の理解が必要だ。

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非難と侮蔑は嫉妬と羨望である

科学は対称に成立している。

人の世界は対偶に成立している。

*。
源氏物語は対偶対称性を何重にも重ね合わせ、
それらを運動関係させ、
或いは移動・反射・屈折させ、
そこに現れる普遍性から美を摘出した。

これが源氏物語の迫真した美しさであろう。
現実以上に生々しい原因であろう。

   *。
光源氏の女性遍歴は、
あまりにも美しい紫の上への嫉妬とも取れ、
侮蔑とも取れる。

*。
光源氏の女性遍歴は、
あまりにも完全な光源氏の自分自身への破壊攻撃とも取れる。

周囲の光源氏への非難は、
その完全性への非難や侮蔑とも取れる。

*。
羨望や礼賛が、非難や軽蔑となる。

これが対偶対象性だ。

   *。
美男であり、エリートであり、家柄もよく、セレブである光源氏。

これをシテとして、誹謗中傷罵倒をワキとして演じる。

そう考えると、能の形式となる。
その両者の関係がかもし出す美しさ、
これが源氏物語の美しさと言える。

*。
対偶対称性から美を抽出する、
これが日本美学といっていいのではないか。

人の美しさと醜さ、
それを組み合わせて、煌びやかな艶を引き出す。

現実をありのままに受け入れ、
そこに生きる喜びを結晶する。

これが日本文化であろうか。

 *。
現世の対偶対象性、
それを運動させて、生きる喜びを作り出す。

これは数理科学の世界と同型だ。

*。
源氏物語は人間現象の科学でもある。

光源氏の母親がいじめ殺され、
その復讐として女を弄んだ。

そして結局、光源氏は紫の上に殺される。
紫の上は六条御息所に殺され、
この殺し合いの対称構造、
多重な対称構造を重ね合わせると、
そこの美という不動点が現れる。

*。
現世のカオスを、
対称構造に開き、
その重ねあわせに不動点を結晶する。

これは現代科学の最先端と同一構造だ。

  *。
源氏物語は現代文明の誤りを指摘している。

現代は自由と正義と略奪と殺戮の対象性から、
権力の勝利を引き出している。

現世の美しさを結晶した源氏物語だ。

*。
自由と正義といった設定の誤りが見えてくる。

自由と正義の対偶は、略奪を殺戮だ。
この初期設定は、世界の破壊であることが分かる。

*。
神の設定した善悪、
これを運動させて、美しい世界を作る。

これが正法だ。

*。
現代文明は、その対偶対象を運動させると、
極悪となる。

西欧文明はその設定に誤りがあった。

自由と正義は妄想であった。

*。
源氏物語を検討するとこういうことも分かる。

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2008年12月 7日 (日)

知性の高解像度と低解像度

ペットブームである。
ペットの犬猫は、生まれて六ヶ月経つと売れなくなる。
そこで処分してしまう。

ペットはハケンだと分かる。
金を稼ぐために使われ、金にならなくなると処分される。
ハケンは犬猫の類なんだ。

なるほどころを雇用の合理化と呼んだ。

*。
あるお寺の鳩の餌売りのおばさんが、子供に言っていた。

ここの猫は鳩を食べているから、近づいてはいけない。

今の経営者は猫なんだ。
ハケンを食って生きている。
邪魔をするものが近づくと引っ掻く。

ある会社は、違法ハケンを報じた新聞への広告を打ち切った。
邪魔なやつは可愛がっていやる。

最近のマスコミには頭に来る。
復讐してやろうか。
広告を打ち切ってやろうか。
経営者団体の幹部の発言だ。

   *。
要らぬやつは殺してしまえ。

邪魔なやつは引っ掻け。

*。
最高裁は日本人一人は0.2だとする。

邪魔なやつは殺してしまえ。

日本の幹部の考えは共通だ。

使えるやつは食って、使えないやつは殺してしまえ。

*。
これが国家であり企業である。

これが自由競争であり、
国家の地球世界での生き残り作戦だという。

そう言われると反論できない。

だがこれは略奪と殺戮だ。

  *。
略奪を殺戮を、自由競争、国家の生き残り作戦だという。

するとこれが難なく通ってしまう。

鬼が福のお面を被れば福になる。

*。
高学歴の人々は、言葉のトリックの騙されたしまう。

いや騙されないと生きていけない。

*。
これはジェイン・オースティン論理だ。

二重に愚かをやっている。

自由競争で人を引っ掛ける。
それが略奪を殺戮の自由になっている。

人はこれが自由だと思う。
殺人の自由なのだが。

     *。
高解像度の知性が必要になった。

高偏差値は、低解像度の知能だった。

自分自身を知る知性ではなかった。

近いところにも遠いところにもピントが合う知性、
これが構造理性だ。

理論理性は、近くにピントを合わせると遠くがボケ、
遠くにピントを合わせると近くがボケる。

このトリックに引っ掛かった。

*。
これを用いて権力は漁夫の利益を得た。
弱者を殺し合わせ、弱者に自然と金を貢がせていた。

これを新自由主義グローバリゼーションといったのだ。

それは略奪と殺戮でしかなかった。

自由と正義と略奪と殺人、
理論理性はその両方にピントを合わせられなかった。
一方しか見えなかった。
両方同時に見えなかった。

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ただの主張 よき主張

人の存在や行動や考えに、ただの主張とよき主張がある。

ただの主張は、部分だけしかない。
よき主張には全体がある。

思いつきとよく考えた主張の違いとも言える。

よき主張には、世界観があり、思想がある。
即ち森羅万象を考えている。

だがよき主張も進化する。
人の英知の進化と共に変わる。

ただの主張は摘み食いだ。
事態の破壊だ。

   *。
物事と事態、リアルとメタ。

複素数のない実数世界と複素数のある世界の違いだ。

スカラーとベクトルの違いとも言える。

*。
ただの主張には、方向がなく、量だけがある。

主張の強弱があって、方向がない。

即ち、衝動の世界だ。

*。
鬼畜米英に天誅し殲滅せよ。

日本を良くするか悪くするか、その方向が設定されていない。

激しい衝動の爆発だ。

*。
頭に来たから、相手を殺す。

それを国家でやったことではないか。

頭に来る正当な理由がある、
日本を冒涜侮辱した。

日本は神に国だ。

     *。
もしこれを個人がやったらどうなるか。

俺は神だ。
俺の神を冒涜した、侮辱した。
許されない。

相手を殺さねばならない。

*。
それを国家でやれば許されるが、
個人でやれば許されない。

もっともこの国家を世界は許さなかった。

*。
日本の国家は特別だ。

国家は全体で、国民は部分だ。

即ち、国民の全体は国家ではない。

   *。
国家はただの部分であることが分かる。
その部分を全体とする。
これが神の国だ。

これは国の内外で成り立たない。
即ち妄想だ。

*。
何で妄想に耽るか。
気持ちがいいからだ。

感動と癒し、ただの妄想ではないか。
現実に存在していない。

*。
芸術は天使の妄想かも知れない。

狂気は悪魔の妄想かも知れない。

破壊を伴わない感動と破壊を促進する感動。
この違いがある。

いい気持ちになればいいことではない。

   *。
今の日本は感動と癒しに狂っているのではないか。

いい気持ちに狂っているのではないか。

これは人と社会に破壊ではないか。

*。
感動と癒しは略奪を殺戮である、といえないか。

美しく感動させ、人の脳みそ壊して、金をむしり取る。
即ち、
人を焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす。

*。
感動と癒しの三光作戦。
ここに人と社会は略奪殺戮される。

即ち、人を殺して、死刑になって、自殺させて貰う。

*。
感動と癒しはリストカットであり、自殺させて貰う行為である。

即ち、感動と癒しは略奪と殺戮である。

*。
人間性に基づく、即ち全体のある感動と癒し。

人間性のない、即ち部分としての感動と癒し、
その働きは全く違う。

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もしも夢と希望がいいことなら…

夢と希望がいいことなら、欲張りはいいことになる。

欲張りが勧められることなら、
欲のない善人はこの世から排除される。

現にこの世は欲張りを偉い人という。
欲張りでないと偉くなれないから。

こういう世の中はまともだろうか。

欲張りごっこを、立身出世といっているではないか。

欲張りがこの世を牛耳るとどうなるか。
弱いものを略奪殺戮し、権力を誇る。

これが現在の世界ではないか。

  *。
人と世界の破壊は、夢と希望に始まった。

夢と希望は、人と世界の破壊だった。

夢と希望は、略奪と殺戮だった。

*。
夢と希望は欲を張ることでしかなった。

こんなことに人々は燃えて、人と世界は破壊された。

これを成功物語とか立身出世といった。
これが生存競争だった。

そんなことしなくても生きられる。

*。
略奪と殺戮を、自由競争とか自由貿易といった。

どうしてこれが摩り替わるのか。

     *。
自由と正義、
誰も文句を言わない。

それを実現する民主主義と市場主義だ。
誰も反対しない。

*。
欲望の結晶である、所得・欲望・消費だ。

これを民主主義議会と、市場主義ビジネスに挿入する。

すると所得・欲望・消費は人々の決定となり仕事となる。

このシステムを人は生き抜かなければならない。

*。
すると自由と正義は、所得・欲望・消費を得ることとなった。

これを民主主義と市場主義で実現すると、
それは競争システムとなる。

それは成績競争だ。

    *。
成績競争、それは潰し合いだ。

結局これが殺し合いになった。

それを自由と正義といっていた。

*。
民主主義と市場主義は、
殺し合いを決定するものではない。

殺し合いを決定せずに、殺し合いを行わせた。

*。
自由と正義や民主主義と市場主義は、妄想だった。

妄想であるからそれに反対するものは排除する。

*。
結局、自由と正義は、
民主主義と市場主義は、
弱いものから略奪殺戮する方法だった。

  **。
我が狙撃サイレンサーは、今日もまた的を打ち抜いた。

神に栄光あれ。

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2008年12月 5日 (金)

自虐史観は自虐史観である

日本は誇るべき良い国であって、
ここに立ち、ここから始めなくてはならない。

すると日本の問題点を考え、これを改善することは、
日本国家の否定となる。

即ち、問題点の改善不能となる。

  *。
いやそんなことは言っていない。
問題点をあげつらうことが許せない。

いや問題点がないとすることを問題とするのだ。
誇るべき国から始めるなら、問題さえ認識できないではないか。

問題でない問題、
即ち仕事しない仕事をとする。

*。
太平洋戦争を考えて見よう。

列強を攻撃する。
この問題点は何か。
これを考えず、日本の冒涜したことを制裁せねばならない。

これから分かることは、
日本を誇るべき国から始めると、
現実が認識されない。

即ち、白昼夢や妄想を生きてしまう。

  *。
現実論をやれば、
悪い点を指摘する人と良い点をいう人が、
噛み合って切磋琢磨しなくてはならない。

だが自虐批判に立つと、
問題を問題と認識されない。

*。
ジェイン・オースティン議論に立つと、
日本を美しくするあまり、
自分も美しい人になったと思い込み、
その人を磨くことがなくなる。

これを批判する人を潰しに掛かり、
問題が問題にならない。

即ち、自虐史観批判者を、批判することが出来なくなる。

*。
つまり太平洋戦争において、
戦争批判者を排除した。

これを挙国一致として当然とした。

つまり発振した。
即ち妄想となった。

 *。
太平洋戦争自体現実で行われた妄想だった。

妄想が過労死した敗戦だ。

*。
自虐史観批判は、妄想に立つことが分かる。

これは過労死するまで主張し続ける。

つまり反対者を神の立場に立って、断罪リンチし続ける。
過労死するまで。

こういう考えを卒業するにはどうしたらよいか。
衝動性にはいいとこともあるが、
全体としてもともになれない。

*。
即ち、部分的よさを全体とする。

即ち論理を入れて、衝動を脱出するしかない。

衝動は囚人状態であることが分かる。

*。
衝動の囚人、衝動の奴隷、衝動の家畜、
自分自身を知る知恵を身につけねば、出られない。

それには事実と真実の違いを知り、
事実から真実を推測できる能力が必要だ。

即ち、知識を心で使うことだ。
衝動には心がないことが分かる。

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2008年12月 4日 (木)

自己内情報戦 権力という偽善 金という欺瞞

金と権力は自己情報戦である。

自己を如何に騙し欺くか。
自分で自分に情報戦を仕掛け、
不幸を幸福に見せかけ、
自己侮辱を感動に摩り替える。

*。
精神現象を生理現象で上書きする。

そこに快楽を抽出、
これで自分を騙す。

手っ取り早い快楽にありつく、
快楽の乞食・泥棒・強盗・詐欺、
これが現代人のパーソナル・ビジネスだ。

   *。
不安をいい気持ちに解消し、
いい気持ちにしがみつく。

こうして自分を騙して、
いい気持ちになる。

*。
自分を騙し、自分を壊して、いい気持ちになる。

自己内情報戦だ。

勝っていい気持ちになって自己を破壊する。

*。
ナッシュの均衡理論で、
自分をいい気持ちにする戦略は、
自己と社会を破壊する戦略である。

*。
自分をいい気持ちにすることは無矛盾だ。
これは悪い自分を作り、実現しない。

Goedelの不完全性定理第二定理だ。

   *。
自己内快楽、
自分の中に快楽を作ることは、
本来の自分を敵とすることである。

本来の自分を敵としてこれを打ち破れば、
それは統合失調症の発症である。

それは快楽を自分のガンとすることである。

*。
こんなことを現代人はやっている!

これを認識できればそうしないだろう。

   *。
今日もまた我が狙撃サイレンサーはトリガされた。
神に栄光あらんことを。

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2008年12月 3日 (水)

悪を憎悪することはできるか

マスコミは犯罪に毅然たる態度で、断固と糾弾する。

裁判前に、刑罰が加えられる。
報道が真犯人でないことがよく起きる。
だが制裁を盛り上げることで、
犯人でないものが犯人とされてしまう。

人々はその人が犯人であると、決定的感情を持つ。
これは感情であって、事実ではない。

即ち、日本人は感情を事実の区別がないことが分かる。

*。
だがこの勧善懲悪式の報道で、
犯罪に対する憎しみ感情も強化される。

この感情は、犯罪ばかりか、
あらゆることに強い憎しみを持つことを条件反射つける。

犯罪への憎しみを通して、
憎しみ感情が強化される。

     *。
この世に感情扇動的報道は、
犯人でないものを犯人とし、
日本人の憎しみの感情を強化する。

ここに歪められた社会が作られる。

*。
おまけに感動も強化され、
感動ばかりを追い、日常性を排除弾圧する。

ここでも歪んだ人と社会がる作られる。

*。
日本社会は、感動と憎悪でかなり歪められた社会ではないか。

これが過激な事件の発生装置となっているのではないか。

     *。
日本は過激ない事件を必要とする社会になっている。

即ち、日本は過激な犯罪の製造装置となっているのではないか。

*。
感動と憎悪の強化こそが、凶悪事件の発生装置であった。

これが構造理性の認識だ。
この歪みを除去するに構造理性が必要だ。

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感動は空体である

成功と幸福、感動と癒し、夢と希望…、
これらは空体・中空・全体なき部分である。

これらは自分さえよければいいとするエゴイズムである。

その結果、社会を悪に占拠させ、
結局悪の共謀共犯となり、
社会は悪に支配される。

    *。
対偶文を作れば、
感動と幸福は悪の社会支配である。

これは決定論的因果関係である。

*。
かくしてここにいい気持ちであるが、
生きる喜びのない世界が作られる。

感動と癒しは、生きる喜びのないいい気持ちである。

*。
夢と希望は、人間と世界の破壊だ。

こんなことに現を抜かし、現世を地獄にした。

   *。
人間の得た知識は、人間と世界を破壊した。

理論理性は、略奪と殺戮である。

*。
産業文明は人類を幸福にするか。
幸福にしたとも、しなかったともいえる。

唯一つ正しいことは、
そこに略奪と殺戮があった。

*。
産業文明と使って、
幸福を追求することは無矛盾である。

そこの幸福が実現することはない。

*。
産業文明や法治国家を使って、
幸福を実現する戦略は、
人間と地球を略奪し殺戮する戦略である。

*。
Goedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論によって、
これが証明付きで明らかになった。

   *。
即ち、成功と幸福、感動と癒しは、
その喜びを地獄を作った。

これらは喜びであって喜びでなく、
天国であって地獄である世界を作った。

*。
部分の喜びと全体の地獄、
生の喜びのないいい気持ち、
生き甲斐のない所得・欲望・消費、
即ち、成功と幸福、感動と癒しは、
空体快楽・中空幸福・喜びのないいい気持ちであった。

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メンタル・コントロール

法治国家は、国家に都合のいいものを合法とし、
都合の悪いものを排除するシステムだ。

即ち、国家の都合のいいものを生きさせ、
国家に都合の悪いものを死に廃棄するシステムだ。

この結果、悪徳権力を創出し、
まともを無力とし、
権力を生きさせ、無力を死に廃棄することとなった。

この世界が死に瀕した、
イラク戦争であり、金融破たんだ。

    *。
権力はガンであり、これが世界転移した。

必要悪がガンになった。

*。
悪は神が作った部分がある。

これをなくす法治国家を作って、
神を殺し、人間と世界を殺した。

これが法治国家世界連邦だ。
国連はその組織の一部だ。

    *。
共存できないガンはなくし、
共存できるガンとは共存する。

共存できる悪と出来ない悪の認識に達した。
即ち、排除する悪と排除しない悪の認識だ。

*。
法治国家は悪の全廃除に行って、
それ自体が悪となった。

これが国家ガンだ。
イラク戦争や金融危機は国家ガンだ。
アメリカが世界のガンとなった。

   *。
精神のガンが現れたのは、アメリカだった。

人類世界は、精神現象の世界に既に移行した。

これを法で対応処理し、風邪がガンになった。
新型インフルエンザはガン現象だ。

*。
イラク戦争や金融危機は、
精神現象としてのハリケーンや地震だ。

法治国家にこのマネジメントは出来ない。

それができるのは、哲学や思想だ。

*。
構造理性が、イラク戦争や金融危機と制御できる。

このメタ核ミサイルで、
世界の諸問題をぶち抜くことが出来る。

  *。
今日もまた我が狙撃サイレンサーが炎を噴いた。
神に栄光あらんことを。

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議論の自立性自律性

美しい国はありえない。
この世は真偽・善悪・美醜で出来ている。

国家や民族比較で、よくできた国はある。

それを簡単に美しい国ということもあろう。
中国はアメリカを美国と書く。

*。
中国にはカタカナがないので、
漢字で当て字するが、
ここに不合理な感情がついてくる。

「靖国」と漢字で書くと、
中国には嫌な気持ちが現れる。
日本の国だけを安らかにすることは、
外国を穏やかにしないことだ。
そうでないなら靖国を書かなければいい。

*。
そういう訳で、漢字文化圏は、
いらぬ感情に惑わされる。

漢字が気に入らないといってるに過ぎないが、
人々がもめてしまう。

   *。
要するに自立した思考が出来ない。

それをうまく利用する手もあるが、
その仕組みが、いらぬトラブルを起こす。

ブログの炎上問題で、
どっちにも取れる言論があり、
これが大火災になる。

*。
漢字は蜃気楼を作る。

これを認識排除する知的能力、
それが知の自立性だ。

   *。
美しい日本、
ただの言葉に、感情を催し、
それに固着して、
美しくない部分を美しくないと言われえると、
日本の否定と過剰反応してしまう。

*。
これは蜃気楼現象であるが、
全日本の否定と取り、
これを排除する。

*。
こうなるとこれは妄想になる。

そういわれるとますます怒りがこみ上げ、殺意を催す。

   *。
官憲の取調べで、
質問を否定されると、
調べ官が全人格を否定されたと思い、
容疑者に暴行を食わせる。

これがブログで行われる炎上問題ではないか。

*。
日本の問題を指摘するだけで、
日本の否定ととる。

これは漢字の培った余剰感情だろう。

これに振り回され、大人になれない。

*。
ブログは議論を大人にするチャンスでもあり、
また人を殺める機会ともなる。

するとブログ禁止ということになりかねない。

    *。
この適当不能性は、
漢字が養った面がある。

漢字は妄想を伴う文化だといえる。

*。
漢字の感情雑音性、
その制御こそ問題だ。

漢字は思考能力を育てない面がある。
これを知って対応する教育が必要だ。

*。
アジアで揉める問題は、妄想性であることがある。

漢字の欠陥が現れたといっていいのではないか。

*。
感情の自立性、
その前に人々が自律することだが、
これは国家長幼の序が許さない。

国が国民の先立つ。
これが問題の根源でもある。

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2008年11月30日 (日)

マスコミはファシズムである

マスコミはヒーローやヒロインを作る。
即ち、ヒトラーを作る。

ウソは大きければ大きいほどいい。

即ち、偉大な総統を作り、
これを楽しく消費する。

*。
ベストセラーや高視聴率は、現代の総統だ。

総統を捏造し、これを過激に消費する。

そこに繁栄と破滅がある。

*。
ろくでもないものが、人間を騙り、
世界を騙り、神となる。

ウソは大きければ大きいほどよい。

誰も本気にしないが、
それがなくては寂しさや苦しみが消せない。

*。
そこには不安だから、
何かに縋って、不安の解消を図る人々がいる。

人々が総統に縋ることを止めるまで、
マスコミ・ファシズムは続く。

現代世界が問うていることは、
人々が不安を総統、
即ちお父さんにに依存して処理しないことだ。

マスコミは、総統を作って、人々を過激に消費する。

    *。
その対策は、人々が総統も求めないことだ。

所得・欲望・消費が現代の総統であり、
消費ファシズムとなっている。

そこにはウソ商品が並ぶ。

ウソは大ききければ大きいほどよい。

*。
遂に出ました、金融商品。

ウソは大きければ大きいほどいい。

二十歳の失業者が、数億円の家を買えた。

ウソは大きければ大きいほどよい。

  *。
破綻金融に金を出せ。
さもないと経済が壊れるぞ。

赤字がピストルとなり、
人々から金を巻き上げる。

*。
ピストルに殺されるか、経済に殺されるか。

人々は経済に殺されることを選んだ。

さわやかながら多少生き延びられる。

*。
人々はこんなささやかな幸せに縋りつく、
これを脱出するには、
国家にしがみつかなくなることだ。
国家をお父さんにしないことだ。

今それをやる登校拒否とフリーターだ。

*。
父殺し、即ち国家殺し、
これが現代人の通過儀礼であることが分かる。

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感動は脳みその破壊装置である

感動は恐ろしいことの始まりだ。

感動しか出来ない人間を作り、
感動できないことの破壊殺人者となる。

これはいろいろあって成り立つ現実の破壊である。

*。
感動こそは、テロであり、自分のテロを正当防衛としてしまう。
そしてそれが全く分からない。
かくして不快を与えるものをテロとみなし抹消する。
それがテロであることが分からない。
かくしてテロは正当の行動となる。

これがいじめ殺しの論理だ。

被害を受けるテロだけが、
犯罪となり、
テロをやることは犯罪でなくなる。

これが神の立場に立って、断罪リンチすることだ。

     *。
感動は不快をテロとし、
不快にテロ攻撃をする。

これは正しい。
不快にすることがテロであって、
感動を守るテロはテロではない。

*。
不快を与えるものはテロリストだ、法治国家が言った。

即ち、人類はテロリストだ、テロリストが言った。

相手はテロリストだ、テロリストが言った。

人類がテロリスト集団になっていた。
これが民主主義と資本主義の結晶だ。

  *。
理論理性は、相手だけをテロとみなし、
自分のテロを認識しない。

理論理性はエゴイズムだった。

国家はエゴイズムだった。

法はエゴイズムだった。

*。
地球社会はエゴイズムの集団だった。

自分はエゴイストでないとすると、
相手がエゴイストとなる。

理論理性は自分のエゴを認識できない。

*。
これが国家都合の世界だ。

それを法治国家と呼び、正常を異常とし、
異常を正常とする。

国家がいつも正常であり、
不都合は相手のせいにできる。

   *。
これが法治国家である。

即ち法治国家は、
神の立場に立って、相手を断罪リンチする。

即ち、力の強いものが、法であり、勝つ。

*。
法治国家の清算は戦争と死刑で行われる。

それは自分に戦争し死刑にすることだ。

即ち、人を殺して、死刑になって、自殺させて貰う。
これが国家の存在構造だろうか。

*。
かって大日本帝国がやり、
今アメリカがやっている。

アメリカは、金融とイラク戦争を生贄に、
自殺させて貰う聖なる儀式をやっているのではないか。

*。
いい気持ちは、人を殺して、自殺させて貰う儀式の始まり。

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いいところだけ取ることがキチガイの始まり

現代人はキチガイだ。
だから自分の狂気を知らない。

いいところだけ取る強盗殺人、
いい気持ちだけ取る妄想性統合失調症。

皆で狂えば、それが正常だ。
だから狂わない人間を狂気として排除しなくてはならない。
これが理論理性を用いて展開されている。

実に民主主義と市場原理は、狂気の洗浄装置となった。
民主主義と資本主義は、狂気製造凶器となった。
民主主義と資本主義を用いれば、狂気も正常となる。

   *。
これが現代世界のメカニズムである。

狂わなくては金と権力にありつけない。
金と権力がなければ、生きられない。

金と権力があれば、
楽しく楽しく狂えることが出来、
その狂気は洗浄され、見えなくなる。

*。
だがそこには、生きる喜びはなく、
生きる喜びのない快楽だあるばかりだ。

そしてそれを知ることができない意識がある。

*。
現代人類は、
出来ないことをやり、
やってはならないことをやっている。

それが全く分からない。

   *。
分かっていないことを分からなくてはならない。

問題はここに集約される。

*。
それをぶち抜いた構造理性だ。

現代文明は、略奪殺戮である。

*。
そしてその認識を、人類に対する冒涜とする。

冒涜だと冒涜する。

神でないものが、神の立場に立って、断罪リンチする。
これが法治国家だ。

法治国家は狂気の洗浄装置であるいことが分かる。
法治国家は狂気を強化しつつ、それを隠蔽する。

これが理論理性トリックだ。
それを見破った構造理性だ。
理論理性はこのトリックを見ることが出来ない。

    *。
いい気持ちは悪い世界の製造販売消費装置であった。

これは対偶関係である。
自動的に演算される。

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2008年11月29日 (土)

悪の排除のパラドックス

この世から悪をなくす、それは無矛盾だ。

Goedelの不完全性定理では、これは実行できるが実現しない。

ナッシュ関数では、それは現世を破壊する。

    *。
免疫理論を使うと、
悪を排除するには、本体は善でなければならない。
そんなものは存在しない。

では善悪ある自己や世界から、悪を排除する。
人はそれをやった積もりになれる。

*。
悪を排除するものは何者か。
それは善か。
善に悪を排除する力はあるか。
それは善か。

*。
善の世界を作る法は、妄想であることが分かる。

法は法に従わなないものを排除する悪であった。
いまや法は悪の権化だ。

それを善の追求としてやっている。
これは悪そのものだ。

それを知ることがない。
反対されれば逆上し排除する。
即ち、法は妄想であった。

    *。
この世はとんでもない世界であることが分かる。

どう正常化しようか。
それを悪とみなす法治国家だ。

即ち、法治国家はガンであることが分かる。

即ち、ガンと共存する世界を作らねばならないことが分かる。

即ち、負帰還システムと作らねばならないことが分かる。

*。
それは国家によって阻止される。

国家は自滅することが分かる。

でも随分生きているものだ。

悪と共存しなければならないことが分かる。

*。
即ち、相手を認めずに認めることだ。

負帰還は柔道忍術であることが分かる。

かくして哲学は現実に呑み込まれる!

*。
それを実存といっているのかも知れない。

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アジア解放のために殺してあげました

アジア解放のために殺したあげました。
自存自衛のために、殺させて頂きました。

*。
統合失調症に、会社のために休んであげます、
そういう言い方がある。

統合失調症シミュレーションしてみよう。

*。
太平洋戦争を聖戦とみなす考えは、
アジアの列強からの解放のために、
アジアを破壊し殺してあげました、
こう言い方と等価同型である。

*。
太平洋戦争を、自存自衛と主張することは、
日本を守るために、
アジアを破壊し殺人させて頂きました、
こういう言い方のトートロジーである。

*。
自決を国家への誠実な死とすることは、
国家に命を捧げさせて頂きました。
国家に命を奪われることを、了解しました。
こういうことにも取れる。

   *。
まともな人がこう考えるだろうか。

自分の命を国に捧げるとか、
国のために人を殺すとか、
国を通して命を洗浄している。

それは出来ないことをすることではないか。
やってはならないことをすることではないか。

*。
自分の命は自分のものだろうか。

まして国のものだろうか。

日本ではそうみなしている。
これは神から授かった命を私物化することではないか。

少なくとも命を国有化している。

  *。
国を守るために死ぬ、尊い犠牲だ。

世界中でこういう考えだ。

だが国を守る戦争、
それ自体妄想ではないか。

妄想が炸裂すと、世界が妄想になる。

*。
神から授かった命を殺して、国を守る。

こんな国は存在しない。

国が妄想であった。

国は人造であり、命は神のものだ。

   *。
日本では万物に霊がある。

これを国有化し私物化することは、
この考えに反している。
そこのは霊はない。

*。
人は死ねば神になるという考えは成立しない。

国有化し私物化して命を、誰が神に返すのか。
靖国が返すと考えれば、
靖国はどう命を授かったのか。

*。
国に命を捧げるとすることは妄想であることが分かる。

妄想の証拠に、そうしないものは殺される。

*。
即ち、自決は妄想に殺されたことになる。

自分を殺して、神の死刑になって、殺される。

*。
人類数千万人の殺人やアジアの破壊は妄想であることが分かる。

妄想に逆らうものは殺される。
そうしないと妄想は成り立たない。

これを自然の摂理とする。

それ自体妄想でないと成立しない。

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生きる喜びのないいい気持ち症候群

心身二元論、
これが生きる喜びといい気持ち二元論に拡張された。

心の喜びと体の喜びは異なる。
これを一元化も出来よう。

現代文明はこれを切り裂いた。
体の喜びを取る偽善、
だからといって心の喜びを取れば現代文明には欺瞞となる。

偽善と欺瞞のダブルバインドに掛かった。

     *。
すべての行為がウソである、
そういう発言もウソである。

ジェイン・オースティン問題だ。
汝自身を知れ問題だ。

*。
一生懸命幸福や感動を求める、
するとそういう能力があるかのごとく錯覚する。

だがその行為は、その能力を破壊損傷している。

*。
幸福や感動を求めることで、
幸福や感動が得られない能力を作っていた。

  *。
これは免疫理論で簡単に説明できる。

例えば美しい日本を作る、
すると美しくないものを排除せねばならない。

結局美しくない人を殺さねばならない。

つまり美しい日本は殺人システムだ。

*。
美しい日本は殺人に成り立つ。

結局、日本人の幸福は殺人である。

   *。
いい気持ちを求めることは、
不快の排除であり、
この能力はいい気持ちの否定である。

この能力は物事の一部しか見ない能力であった。

*。
美しい日本には、美しい日本がない。

これは空体・中空・全体なき部分である。

美しい日本であって、美しい日本ではない。

   *。
成功や幸福、感動や癒しを求めることは、
生きる喜びのないいい気持ちを求めることであった。

そこには人間自身が存在しない。

*。
人間でない人間を生きる、
これは空体・中空・全体ない部分を生きることだ。

生きることなく生きる、
感動でない感動を生きる、
幸福でない幸福を生きる。

*。
これがジェイン・オースティン問題であった。

生きる喜びのないいい気持ち、
これは覚せい剤だ。
依存症となる。

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2008年11月28日 (金)

成功と幸福の論理

成功も幸福も、感動も癒しも免疫である。

成功は成功者と敗者を作り、
即ち、成功者が敗者を異物排除するシステムだ。

感動は、感動と不快を作り、
感動が不快を異物排除するシステムだ。

  *。
成功と幸福を追うものは、
自らの人間性と社会の健全性を成長させず、
即ち、人間と社会を破壊することで、
成功と幸福を追求する。

*。
豊かさを追求する社会は、
ジェイン・オースティンの読書会であった。

愚かな人を笑うことは、
自分と社会を愚かにする。

*。
成功と幸福、感動と癒しを追求する人々は、
自分を愚かにし、社会を汚くする。

   *。
即ち、成功と幸福追求は、強盗と殺人である。

構造理性は自分自身を知る方法だった。

理論理性は、自分自身を問わず、
社会快適化を求めるポジティブ・シンキングであった。

*。
即ち、理論理性は悪魔の悪魔屋敷に釣るお菓子だった。

ジェイン・オースティンの読書会は、
悪魔屋敷だった。

人を笑って、自分を貶めた。

*。
成功と幸福追求、
感動と癒しの追求は、
ジェイン・オースティンの読書会だ。

自分たちだけがいい思いをし、
自分の人間性と社会の尊厳を貶めた。

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2008年11月27日 (木)

自分があって自分がない現象

他人を殺して、死刑になって、自殺させて貰う。

これは自分があって自分がない現象だ。
自分のない自分を生きる現象だ。

自分がない自分の存在確認現象だ。
一種のリストカットと見られる。

*。
リストカットとは、
自分がない自分の自己確認現象であることが分かる。

    *。
衝動は、現代の複雑社会で、
自分のない自分を生きる幽霊現象となる。

*。
豊かさは、自分自身を虐待虐殺した。

豊かさは自己を断罪リンチした。

神の立場に立って、
即ち、自分がないから、その無を神と誤認する。

神の立場に立って、自他を断罪リンチする。
自分のリンチ粛清が、
人を殺して、死刑になった、自殺させて貰うことだろう。

他人の断罪リンチが、異物排除であろう。

*。
大日本帝国は、神の立場に立って、自他を断罪リンチした。

これが現代アメリカがやっている。

  *。
共に自分自身がない。

即ち、他人や他国を殺して、死刑になって、自殺させて貰う。
即ち、神の立場に立って、断罪し、リンチする。
即ち、相手を鬼畜とみなして、天誅殲滅し、全滅させて貰う。

即ち、自己責任を取り、自助努力し、自己管理する。
即ち、心を焼き尽くし、人間性を殺し尽くし、神を奪い尽くす。

これらは自分がない現象であった。

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妄想とは自分自身を知らぬことである

現代の混迷は、自分自身を知らないことにある。

所得・欲望・消費は自分自身を知らないことに成り立つ妄想である。
妄想による快楽、
これを締め出す能力が現代人にない。

妄想が妄想を呼び、妄想が発振した。
これが現代世界だ。

 *。
妄想は自分自身を知らないことに発生する意識である。

衝動や感情は、ただの妄想である。
従って、異物排除する。

*。
国家も司法も企業も教育も、妄想である。
自分自身を知らないので、拡大だけがある。
しかも反対勢力を排除する。

即ち、利潤は妄想である。
即ち、国益は妄想である。
即ち、国家秩序は妄想である。

  *。
現代は妄想の世界だ。
だから反対排除をする。
それを民主主意と資本主義でやるのだからたまらない。

それを脱出するには、
自分自身を知る知性が必要だ。

現代の混迷はこれで一掃される。

*。
急がば回れ、
構造理性が、自分自身を知る新世界を開く。

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2008年11月26日 (水)

神の国であるという神の冒涜

国家に誤りなしという国家の誤り、
日本は神の国であるという神の冒涜。
美しい日本という日本の汚物化。

神に選ばれた民族という神の否定。

*。
この自己否定自己破壊は、
ジェイン・オースティン論理が明らかにした。

即ち、いい男と結婚しようと男を追いかける女は、
自分をいい女にすることがない、
いや自分をよくない女にする。

そしてそれを見て笑う人も、
自分をいい人にしないどころか、
自分をよくない人にする。

     *。
これは自分が自分に呑み込まれる、
蛇の口が蛇の尻を食うウロボロス現象だ。

だが人の意識はこのウロボロス構造として成立している。

*。
これを脱出する方法が、
「汝自身を知れ」だ。

自分が自分を呑み込んでいる、
これを知ることで、
自分に呑み込まれない自分を作れる。

これがギリシャの叡智だ。
これでパラドックスを処理できた。
ここの理性が立ち上がった。

*。
ここに客観的普遍妥当性、即ち真理が生まれた。
これが成人するに千年の年が必要だった。

ここにただの人はよき人になった。

   *。
日本は神の国だ。
国に誤りなし。
美しい日本。

こういっている人は、
日本を冒涜している。
何故なら、それに相応しい人はそういうことを言わないから。

*。
国に誤りなし、
自分自身を知る人はこういうことは言わない。

人は誤りの上に成り立っていることを知っているから。

誤りに立っているから、誤りを正せる。

国に誤りなしとすると、誤りは正せない。

   *。
美しい日本を作っている人は、
日本は美しいとは言わない。

日本を美しくすることは、
日本が汚いことを知っているから出来る。

美しい日本といった人は、
日本を美しく出来ない。
日本の汚い部分を認識できないから。

*。
ジェイン・オースティン論理は、
現代版「汝自身を知れ」であることが分かる。

叡智の世界を日常世界に拡張する叡智だ。

*。
現代の発明は、イギリスに始まる。

その原因を知ったようだ。
イギリスは叡智に立っている!

でも問題山積だ。
叡智は問題をなくす方法ではない。

*。
日本人はそれなら問題はないはずだと来る。

これが汝自身を知らない知識だ。

日本人のすっきりしない、ドロドロネチネチした発言は、
汝自身を知ることのできない意識構造、
即ちウロボロスを知らない意識にあることが分かる。

*。
お上日本は、パラドックスから出られない。
堂々巡りに終わる。

これが相手が疲れるまでやって、勝つお上の方法だ。
ここに自白強要あり、過労死ありとなる。

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2008年11月25日 (火)

ズルイズム コスイズム

正直と親切は、何時しかズルさとこすさに変質した。

生活が金権に成り立つこととなったからだ。

金権生活と法治国家の間に隙間があった。
金になって、法に触れない。

これがズルさとこすさだ。

これが知恵と呼ばれることだ。
相手を感動させて、相手を破壊する。
即ち、言いなりにする。

*。
ずるくて狡い知恵、
感動を持って受け入れられ、
人間性を根底から破壊する。

それが感動と癒しだ。
その象徴が秀吉の草履伝説だ。

  *。
大衆を熱狂的に服従させるもの、
それが感動だ。

感動することは、衝動の言いなりになることだ。

*。
美しい日本、
大衆を熱狂的に服従させる。

感動には自己も人格も人間性もない。
裸の衝動だ。
これは全員に成立する。

*。
感動は人々を熱狂的に服従させる。

そこに人間性のない熱狂がある。
裸の衝動だ。

これはコントロールできない。

   *。
商品の成功は人々を熱狂的に感動させることだ。

スターやヒーローは、人を熱狂させる人たちだ。

*。
ここに感動社会が生まれ、人間性は破壊された。

商品文化、快楽文化自体、ファシズムだった。

それは不快を異物排除し、
従って、人間を食いつぶす。

ベストセラーや高視聴率狙いは、人の食いつぶし現象だ。

快楽に食い潰された人々を作る。

*。
即ち、精神の貧困な人々を作る。

彼らを更に刺激する。
過激刺激社会が生まれた。

そのシステムはカオスだ。
即ち、バタフライ現象で動く。
即ち、予測不能である。

闇雲の金権活動が起きる。
これは人間と世界の破壊である。

金は入るが、いいことがない。
これがバタフライ現象だ。

    *。
現代世界はカオスとなった。

即ち、バタフライ現象の世界となった。

人間は追放され、
人間でない人間がいる。

仕事しない仕事がある。
これが金融経済だ。

*。
仕事しない仕事、
忍者が使えば学問芸術だ。

日常に使えば、略奪と殺戮だ。

*。
世界は変わってしまった。

これに対応するのは、構造理性だ。

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感動と癒しは偽善と欺瞞の演技である

成功と幸福、感動と癒し、いい気持ちと快楽、
これらは偽自己の偽善と欺瞞の演技である。

*。
この世は快楽と不快で成り立つ。

快楽だけを取り出すことはどういうことか。
不快を異物排除することだ。

快楽と不快からなるこの世で、
快楽だけを取ればどうなるか。

快楽だけ取り出せるのか。

  *。
少なくも快楽だけを取り出そうとすることは出来る。

快楽だけを取り出すことは無矛盾だ。
従って実行できる。

だが実現するか。
実現できたとする。
すると不快だけの世界が出来る。

それと快楽世界の関係はどうなるのか。

*。
これが環境問題であろう。

快適な都市の回りに、ゴミ貯めができた。

そしてゴミが人間と都市を襲撃してきた。

  *。
即ち、快楽だけを取り出せなかった。

快楽と不快の合計は変わらなかった。
エミー・ネターの定理だ。

*。
一時的に快楽の世界が出来たようだ。

そして今先進国は、快楽を取り、
発展途上国に不快を移動する。

即ち、権力を生かす戦略は、
無力を死に廃棄する戦略である。

その総体は不変である。

*。
これが現代の生存競争だ。

これを自由と正義という。

   *。
即ち、対偶文を作ると、
自由と正義は略奪と殺戮である。

即ち、自由と正義と略奪を殺戮の総体は一定である。
拡張エミー・ネター定理だ。

即ち、誤解の総体は、真の理解であった?
即ち、自由と正義の総体は、真の略奪を殺戮であった。
即ち、略奪と殺戮の総体は、真の自由と正義であった。

*。
自由と正義は、略奪を殺戮に先立つ。

略奪を殺戮は、自由と正義を存在不可能にする可能性である。

自由と正義と略奪と殺戮の絶対矛盾的自己同一性。

*。
即ち、絶対矛盾的自己同一性は、
エミー・ネターの定理と等価同型であった。

自由と正義と略奪と殺戮は、自己同型写像であった。
即ち、対偶であり、
即ち、鏡に映った対称であった。

  *。
即ち、快楽と不快は、対称であり、自己同型写像である。

快楽は自己の顔を化粧して美しく見せたものだ。

*。
これが文明活動の本質であろう。

即ち、原始のジャングルを、
木を間引き、枝打ちをし、雑草を刈り取り、
日当たりを良くし、風通しを良くし、水はけを良くする。

だがそこにごみが出る。
そのゴミ処分を考えて、文明する時代となった。

木を燃やして、焼き芋を作る時代ではなくなった。

*。
文明を大きくしないことが要求される。

微小領域文明の時代であることが分かる。
即ち、自然をかき回さないことだ。

これが人間人類文明原理だ。

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2008年11月24日 (月)

断罪リンチ症候群

神の立場に立って、人を断罪リンチする人々は、
彼らに対する批判を、
神の立場に立って、断罪リンチすると攻撃する。

二つの神の立場と断罪リンチはどう違うのか。

*。
もっとも相手が神の立場に立って、
自分たちを断罪リンチしたとする人々は、
自分たちが神の立場で、
相手を断罪しているとは思っていない。

攻撃に集中するあまり、
自分自身を忘れているのだろうか。

*。
ここにもジェイン・オースティン問題がある。

いい男と結婚しようとどたばたする女は、
自分をいい女にすることを忘れる。

いや自分がいい女だと断定しているといえる状態だ。

これは傍から見ていると実におかしい。

大いに笑える。

だがオースティンは言う。
笑っているあなたも同じなんですよ。

笑って、自分をいい人にすることは出来ない!

*。
感動や癒しに耽っていい気持ちになる。

これでは自分も社会もいい状態にならない。

感動に耽れば耽るほど、自分は立派な人間にある。
いやますますみすぼらしい人間になる。

    *。
相手を神の立場に立って、
自分たちを断罪リンチする、
けしからんやつと断罪リンチする。

それは自分を断罪リンチしていることだ。

*。
傍から見ているとそれが丸出しだ。

そういって笑うと、
笑う自分も、自分を断罪リンチしている。

*。
あなたの断罪リンチを、そのままお返しします。

これを何時までもやっていうとどうなるか。
発振だ。

ここには理性はない。
炎上爆発する衝動だけがある。

   *。
すると笑っているうちは理性が保存されている。

笑った人を名誉毀損だと裁判にかける。

法ではこれが出来る。

*。
だがそこには狂気化した感情しかない。

ここまで展開すると、妄想の世界となる。

    *。
即ち、自分の中に、
自分を敵とする自分を自分で作り、
これを喧嘩させる。

これを現実の敵を通して演技する。

現実と意識が混乱する。

*。
即ち、自分が相手となり、
相手が自分となる。

これは統合失調症の自他入れ替え現象だ。

既に統合失調症を発症している。

*。
これ以後は妄想の世界に突入する。

従って、相手を排除する。
これは自分を排除することだ。

即ち、自分を神の立場に立って、
自分に断罪リンチする。

衝動は高ぶり、相手を殺さん勢いになる。
そこには本来の自分はいない。

自分も妄想となる。

  *。
これを法廷でやったらどうなるか。

相手を生贄に、
神聖な神の儀式をやることになる。

この高揚した世界、
日本を称える儀式となる。

*。
そこにある日本は何か。

オースティン問題だ。
日本を称えて、神聖な儀式と行う。

そこには神聖な日本はない。

*。
ただ被告を作り、
彼をなぶり殺す快感があるばかりだろう。

法律や国家はこういうことが出来る。

法と国家によって、現実にスリラーが出来る!

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2008年11月23日 (日)

精神現象的生き方 自分の中の神に出会う

感動や幸福追求は悪である。
ではどうしろというのか。

自分の中にいる神に出会うことだ。
これが先ず人のやることだ。
青春期の仕事だ。

これをやらせない現代教育だ。
これは無視するしかない。
すると社会的居場所を失う。

*。
社会的居場所を取れば、自己を失う。
自己を取ると、社会的居場所を失う。

人は魂と国家のダブルバインドにある。

これが登校拒否とフリーター問題だ。

   *。
孤独と絶望、
これを資源として、精神を製造販売消費する。
これが神を出会う生き方だ。

これを食べ物としておいしく料理し食べる、
これが感動と癒しの立場だ。

*。
産業文明と法治国家は、神に出会うことを困難にした。

神を殺したといわれる所以だろうか。

だがこの世は神が作ったものだ。
殺せない神を殺した。

統合失調症を発症したのだ。
自分の中の神を敵として排除する。

殺しても殺さなくても、統合失調症となる。

大体、神は人の敵ではない。

どうして敵となったのだろうか。

知性がついてきたからだろう。

いろんな理屈を言うようになった。

これも神と出会う手続きなのだろう。

    *。
神を意識に設定しないと、意識が成立しない。

神のいない意識は、なんと自由だろうか。

これを広大ない宇宙と思い、
文芸や文明を展開した。

そこでは自分さえ出会えない。

神を殺した積もりで、自分を殺していた。

*。
自分なき自分、
これを自由と誤解した。

自己を空体化した。

そこのは何でも入れられる!

だが刺激はあっても満足がない。

自分がないと満足がない。

*。
だが世界は広がった。

自分を作る時期に入った。
それがないと満足がないからだ。

そういう意味で、爆発時代は終わり、
まとまりの時代に入った。

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思いやりや気配りは異物排除である

自己と非自己を認識、
自己が非自己を異物排除する。
これが免疫である。

*。
長幼の序で考えよう。
これは年取ったものが、若い者を異物排除するシステムだ。
この社会は歪んだ社会となる。

年齢で人を差別する社会は、まともの社会ではない。
一種の暴力組織だ。

  *。
では気配りとか思いやりはどうだろうか。

すべてに気配りや思いやりをすることは出来ない。
従って、対象を選ばなくてはならない。

するとここに異物排除が行われる。
これは人の差別である。

*。
いいことを行っていると思うと、
この差別は認識されない。

差別していると思わない差別、
これは深刻な差別だ。

 *。
こういうことを考えると、愛の思想に到達する。

この世のある人のすべてに起きる実存不安、
これを皆で分かち合う。

これが愛だ。

*。
思いやりや気配りには差別がある。

愛には差別、即ち人に対する異物排除がない。

*。
即ち、考えにも品質があった。

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感動は極悪である

気違いと刃物は使いよう。
この世に不必要なものはない。
これが多様性の認識だろう。
要は使い方だ。
あらゆる物を使った、交響楽的世界が多様性だろうか。
ここでは下手もうまいも同居する。

利益や快楽を追って、交響的世界が消えた。
その結果、役に立つものと立たないものが区別され、
国の役立たずは死ねとなった。

ここに交響楽は響かない。
快楽だけ集めて、不快な世界が出来た。

  *。
快楽の大規模集積は、ゴミタメだった。

リアル快楽とメタ快楽があった。
リアル快楽はいくら集めても快楽にはならない。
快楽成分の一つだ。

ただの快楽とよき快楽があった。

*。
よき快楽は、快楽と不快からなる。
それが調和振動する時、それがよき快楽だ。

ただの快楽は、一つの部品であった。
快楽に違いないが、快楽ではなかった。

  *。
快楽であって、快楽でない。

中毒性快楽、依存性快楽、
時に必要のこともあるが、特殊な場合だ。

人は特殊はことでは日々の生活は出来ない。

学者や芸術家が、特殊生活を送れるのは、
ゆがんだ生活と学芸が、調和振動するからだ。

*。
市井の人の生活は、善悪の調和に成り立つ。

だが悪を善の側に整流する愛だ。
ここにいろいろの生活の仕方がある。

   *。
感動を求めるといい気持ちになる。

だがそれは現実を悪の側に倒すことだ。

感動は悪を野放しにし、
悪に現世を任せ、
空想の中に気持ちよくなるから。

*。
感動に慣らされた人は、
不快を攻撃破壊する。

感動の立場に立って、不快を断罪リンチする。

*。
感動に偏るほど、
不快を攻撃罵倒する。

すると攻撃罵倒の不快に溢れる世間となる。
そしてこの種の不快に慣れることになる。
激しく不快を攻撃する世間が成立する。

不快の攻撃に満ちる世間となる。

これが不快でなくなる。

即ち、人は感動を求め、攻撃的人間の集まりとなる。

感動はこういう世間を作っていた。

  *。
感動や癒しこそは、悪魔のお菓子だった。

これを食って、悪魔になり、悪魔世間を作った。

人々が、喜び合い、いがみ合う。

喜びといがみ合いがシーソーする。

*。
これが、いい人が食い物にされ、
悪党がのさばる世間となる仕組みだ。

悪にも使い道がある。
使い方を誤ると、不快な世界を作る。

だが快楽のための不快の排除であると、
快楽はガンとなり、苦痛となる。

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2008年11月22日 (土)

思想は全体である

思想は宇宙全体に成り立つ。
その手続きは哲学であり、
哲学の結晶が思想であろうか。

お上日本には、思想がないので、金だけで生きられる。

*。
それを日本の自由と錯覚し、
ここに広大な日本を発見し、
それを神と国と呼んだりする。

中味が空だ。
何でも入れられるが、全体がない。

この空虚さ、
ここに感動と癒しを入れる。

たちまち喜びと楽しさに変わる。

だが空虚さは何も変わらない。

気分を飛ばしているだけだ。

*。
だが日本文化は、神の世界に同一化した。

日本は神の国だ。

日本文化が言えばそうだ。

お上日本がいえば、妄想だ。

  *。
空気が読めない、
いやお上日本には空気がないのではないか。

ここに空虚さと喜びが発振、
何もない豊かな世界が現れる。

    *。
豊かであるが何もない、
何もないが豊かである。

これが仕事をしない仕事だ。
豊かでない豊かさ、
豊かであるが豊かでない豊かさ、
意識不明、
いい気持ちで夢を見ることが出来る。

これが白昼夢と妄想の世界ではないか。

*。
これが実感されるには、統合失調症になる必要がある。

お上日本は日本人を統合失調症にすることで、
妄想を現実にあるとすることが出来た。

皆で耽ろう、
妄想のいい気持ち、
はみ出しは排除しないと成立しない日本がここにある。

これがいじめ殺し社会だ。

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ジェーン・オースティンの読書会 思考と作文

いい作文をすると金になる。
いい気持ちにしてくれるからだ。

いい思考をすると金にならない。
分からないからだ。
分からないものはごみとする社会がある。

   *。
これが知的傲慢社会だろうか。
未知なるものへの謙虚さがない。

いい気持ちにしないものを非難中傷罵倒する。
不快にすれば、殺される。

*。
だが真に必要のものは、
いい気持ちの否定に始まる。

成功と幸福追求社会や感動と癒しの社会は、進歩を異物排除する。
社会の問題処理を拒否する。

即ち、感動と癒しは、悪そのものでもないだろうが、
悪に加勢し、共犯となり、悪の共謀者となる。

それを言われると不快になる。
これが感動と癒しのメカニズムだ。

*。
感動と癒しは、悪の培養期である訳だ。

感動と癒しはこれを知ることがない。

感動と癒しに耽るあまり、
それが作り出す狂気と犯罪を見ることが出来ない。

     *。
ジェーン・オースティンの読書会、
そういう映画があった。

彼女の本はイギリスで最もよく読まれているという。

*。
女たちがいい恋人いい結婚を求めて、暴れまくる。

だが彼女たちは、相手に相応しい女になることを忘れている。

こんな勝手な女をいい男が受け入れるだろうか。

*。
そのどたばたを笑わせる。
そしてしんみりしてしまう。

自分も同じだ。

相手を笑っていたが、自分を笑っていた。

*。
この本は構造理性で書かれている。

イギリス式英知だ。

   *。
凶悪事件が起きる。
皆で断罪リンチを食わせる。

それが凶悪事件であることを知らない。

*。
事件が凶悪なら、それを断罪リンチする凶悪も、
同じ凶悪だ。

自分の凶悪をぶちのめす、
それに事件を利用している。

すると自分の凶悪は、事件の凶悪にもみ消され、
自分は正義となる。

*。
ジェーン・オースティン作品は、
ただの女がいい女に化ける方法を明らかにした。
いい男を追い駆ければいい。

しかしそこにはいい男との出会いはない。
何故なら、その方法では自分はいい女になれないから。

    *。
即ち、自分が正義となるには、
神の立場に立って、他人を断罪リンチをすればいい。

だがそれは凶悪社会作ることだ。

*。
自分がいい気持ちになるには、
感動と癒しに浸ることだ。

だがそれは凶悪社会を作ることだ。

*。
人は何かやると、やっていることの気分が、
現実の気分であると錯覚する。

この違いを知ることは、
事実と真実の違いを知ることだ。

それには心が必要だ。

   *。
いい気分を追うのでなく、いい心を作る。

これには心がないと出来ない。

*。
ではどうやって心を作るのか。

毎日を誠実に生きる。

これが心の作り方だ。

*。
即ち、いい学校いい会社、感動と癒しで心は作れない。

金や権力は、心を否定する生き方だ。

ここに幸福を求めて、幸福に出会えない現代がある。

*。
ジェーン・オースティン作品の英知、
さすがイギリスのユーモアだ。

アメリカ人は英知を理解しただろうか。

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2008年11月20日 (木)

見ることとやることの統合失調症

草履伝説は、ディズニーランド伝説に拡張された。
秀吉ウィルスがアメリカに伝染した。

感動によって、人を焼き尽くし殺し尽くし奪い尽くし、
権力の言いなり人間を作る。

感動伝説により、大衆を熱狂的に服従させる。
大衆を自ら進んで権力に服従させる感動伝説だ。

ウソは大きければ大きいほどいい、
繰り返せば本当になる。
即ち、感動は大きければ大きいほどいい。
繰り返せば、大衆は国家に自ら進んで服従する。

ゲッペルス法は、秀吉が創造した。

   *。
その感動伝説の本質は、
人を感動統合失調症に掛けることだ。

*。
校則で感動を敵とする日常を作り、
ここに感動を与える。

すると感動と非感動が喧嘩闘争し、
感動を取れば統合失調症を発症する。

かくして自己なき自己を作る。

ここに仕事しない仕事が出来るようになり、
生き甲斐のない生き甲斐を、
感動を持って生きられるようになる。

生き甲斐のない生き甲斐を生き甲斐にすることが出来る。

    *。
かくして人々は権力の言いなりになり、
権力に従うことを生き甲斐とするようになる。

即ち、これが国家統合失調症だ。

かくして自分を敵とする自分が作られ、
自分は国家に従うしかなくなる。

*。
これが日本やアメリカの人々だ。

彼らは自分であって自分でなく、
自分でなくて自分である。

このパラドックスに、権力の言いなり人間となる。

   *。
権力の言いなり人間、
これを作る感動伝説だった。

*。
日本もアメリカも、秀吉にしてやられた。

権力に言いなり人間は、秀吉の言いなり人間だ。

秀吉は、現代にも帝王である。

*。
感動伝説、即ち、感動と癒しは、人間性を破壊する核爆弾だった。

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死に至る病は全体なき部分である

全体のない部分はすっきりしない。
ドロドロネチネチしている。

だがここに欲求不満が生まれ、
猛烈に金権欲求が昂進する。

そしてこのすっきりしないことが、
猛烈に学習心を刺激する。

   *。
すっきりしない意識が、
金権欲求と学習心を高揚した。

これが日本の産業パワーであったのではないか。

*。
だがこの繁栄には、満足がない。

達成感はあっても、生き甲斐がない。

*。
生き甲斐は全体にあり、
部分の全体で生き甲斐を合成できない。

     *。
西欧に追いつけ追い越せ、
追いついたかに見えるが、生き甲斐もなく、
西欧に見下され、尊敬されることはなかった。

*。
それを西欧の嫉妬と取る。

そうでないともいえないが、そうであるともいえない。

即ち、追いつけ追い越せは、
全体なき部分であり、
生き甲斐があるともないともいえない状態だ。

即ち、反ゲーデル帝国であった。

即ち、妄想を展開した。

     *。
西欧も実存とか現存在で苦しむ。

知識活動が人間を偽造してしまい、
本物であることが如何に難しいか。

本物でないことは、全体なき部分であり、
ここに生きている喜びはない。

これを如何に快楽で満たそうとも、生き甲斐は得られない。

*。
生き甲斐なき喜び、
これが感動と癒しであり、成功と幸福の物語だ。

積めば積むほど、不満が昂じてくる。

*。
快楽の作る欲求不満、
これが現代病だろう。

心を壊して得る快楽、
それが死に至る病であろう。

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2008年11月18日 (火)

残酷の楽しい消費

いい気持ち原理主義は、
嫌なことを見えなくし、
いいことだけを見る仕組みだ。

そして嫌なことを見せられると、
激しい不快に襲われ、見ることを拒否する。
思い出すことも拒否する。

かくして巨悪は野放しにされる。

即ち、感動と癒しは、強盗殺人装置となり、
誰もがその共犯者となる。

   *。
国家全体、国民全体が、強盗殺人を行う。
そしてそれを幸福とする。

いい気分だけコピペする訳だ。

これが学校や職場でのいじめ殺しだろう。

そしてこれを現実と皆で規定する。
するとこれを犯すものは排除されねばならない。
さらに強盗殺人を行う。

*。
即ち、強盗殺人は発振し発散してしまう。

即ち、感動と癒しは、限りない強盗殺人装置であった。

*。
強盗殺人を楽しく消費する装置が、
感動と癒し装置だ。

これは国家を殺人するまでとまらない。
それがサチュレーション・レベルだ。

    *。
こんなことを皆で夢中でやっている。

それを見るいことが出来ない!

見えなければない。
これは認知症だ。

*。
感動と癒しは人間性の認知症だ。

感動と癒しは、人を人間性認知症にする方法だった。

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仏教儒教は悪を隠蔽する

日本において西欧化は、
仏教と儒教は感動と癒しに拡張された。

もともと仏教と儒教は、感動と癒しの方法だった。

  *。
社会にはびこる犯罪や狂気を、
放っておいて心の中に平穏を作る。

心と社会を切り裂いた。

この社会は暴力が支配する。
野放しにされたからだ。

国家は暴力組織となる。

これが仏教儒教圏の国家だ。

*。
この世界は暴力としての西欧に支配された。

西欧は鍛えられた暴力を持ち、
仏教儒教圏は野放しにされた、
ただ乱暴だけの錬度の低い暴力に止められたからだ。

   *。
仏教儒教は、悪を心の外に除外し、
社会を悪の支配する世界を作った。

これは人を感動と癒しに囲い込み、
社会を悪に支配させることとなった。

*。
権力に道徳を説く、
馬の耳に念仏だ。

権力をまとめるのは、厳しい暴力だ。

*。
ところが西欧から法が入ると、
国家暴力が正当化され、
これによって西欧に支配されることとなった。

    *。
仏教儒教は、西欧暴力に支配させる方法だった。

社会問題を、感動と癒しの問題に還元し、
社会問題を放り出して、
いい気持ちになる。

国家と権力が、結合を強化しながら、
それを感動と癒しに隠蔽する。
それが仏教儒教だった。

*。
対偶文を作れば、
仏教と儒教は、破壊と殺人だった。
そして破壊と殺人に、いい気持ちになる方法だった。

  *。
仏教と儒教という誰も反対できない言葉によって、
略奪と殺戮を行う。
そしてそれをいい気持ちに還元する。

これがアジアではなかったか。

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2008年11月17日 (月)

感情と衝動

日本人千五百万人が泣きました、心から感動しました。

こういう文芸をヨーロッパに持っていっても受け入れられない。

こういう気持ちの運動は衝動であって、感情ではない。
日本では感情と書くが、西欧では感情ではない。
一種の妄想になってしまう。

*。
だがヨーロッパでも、衝動を再発見しつつある。

現実には役立たないが、博物館に置くとすばらしい。

*。
アメリカは衝動の世界だ。
だが日本とはちょっと違う。

ヨーロッパをアメリカに持っていっても、
文化もっていけないことが分かる。

まして日本は言葉を対応させたが、内容がない。

     *。
ここに日本は西欧を言葉化し、
即ち記号化し、
この消費を通して、
西欧をシミュラークルした。

ここに偽の西欧が作れ、偽の日本となった。
これは日本でも西欧でもない。

だがこれを中間子として、
新しい世界を作る可能性が出た。

西欧をシテとして、日本がワキとなる、
文化能の世界だ。

そうなっている部分は、世界も日本を受け入れている。

*。
日本と世界を合成して、新世界が開かれている。

文化能と言うべき世界だ。

村上春樹文学はそれだろう。

  
   *。
だが思想ないと西欧は受け入れない。

つまり、思想がないことは全体がないからだ。

いくらいい言葉を並べても、
全体がなければ、ないことと同じだ。

*。
世界は全体としての日本を求めている。
それにしか感応しない。

    *。
その達成の方法は、
西欧をシテとして、日本をワキとして、
人間人類能を演じることだ。

そこのすばらしいドラマが現れればいい。

*。
こういう文化や方法に到達した。

湯川や朝永の物理学はこうなっている。

中間子は日本の仲人方式を、西欧舞台で演じた。

繰り込み理論は、家の解体新築方式を西欧で演じた。

西欧をシテとして、日本はワキをやった。

*。
これだ日本は世界の仲人となり、
世界に日本を繰り込める!

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2008年11月16日 (日)

善人の偽善性 悪人の真心

欲しいくせに欲しがらない、
それが大人だということもあり、
かくしてやらない癖がつき、
必要なこともしなくなる。

欲しいものは欲しい。
これが子供だということもある。
だがこれでやり癖が付き、
いざとっさに対応できる。

*。
大人になると必要でもためらう。

子供の性格だと、ためらわない。

それぞれいいところと悪いところがある。

*。
大人は偽善者であるとも言える。

子供は正直者だとも言える。

かくして善人は偽善者、悪人は正直者といえる。

*。
善人がいつも善人でなく、
悪党がいつも悪党ではない。

戦場では、悪党が生き残る。
善人は死に易いといわれる。

   *。
戦争やると、勝っても負けても悪党の社会となる。

戦争とは善人を追放することである。

悪党は強い、何時の世でもはびこる。

*。
この世は悪の世である。

善は白昼夢や妄想の類である。

*。
即ち、物質と身体、精神と心は別次元である。

それを合わせた現世、
リアリティだけなら精神はいらない。

だが精神がないと、社会は整理整頓できない。

  *。
応用例。
ベストセラーは心の粛清である。

感動は心の私刑である。

共に人と社会を食い物にする。
その後に荒廃が来る。
即ち、ベストセラーや感動はガンである。

*。
販売量を競うことは、人と社会の破壊である。

これが競争社会の対偶文だ。

*。
偉くなるとか、
金持ちになることは、
略奪と殺戮である。

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ヨーロッパは現実原則 日米は快楽原則

成功物語や立身出世は、快楽原理を生きることだ。

それは偽の現実を作り、これを現実とした。
現実と偽現実のギャップに、現実も偽現実も整合しない。
ここに無力感や喪失感が現れた。

これを楽しく消費する感動や癒しだ。

ここの現実は野放しにされ、
悪が現実を占拠することとなった。

このシステムは源氏物語にもある。

   *。
人がこの世に存在することは、
現実との不整合に苦しむことで、
これは古代から変わらない。

*。
現代では生活が高速度・高密度・高精度し、
人間の固有時定数と不整合になった。

孤独と絶望が、高速度・高密度・高精度になった。

人の能力を越えた。

*。
対応不能の孤独と絶望、
これは物質的豊かを作った因果だろう。

ここに快楽で対応する。

だがそこに作られる人と社会が、
人と社会を壊した。

そこに新しい人と社会が出来なかった。

    *。
対応不能の状態で、生きることとなった。

ここに生まれる不満を快楽で消費する。

あたかも空虚さや無力さを、楽しく消費しているようだ。

*。
だがこれは白昼夢や妄想ではないか。

ファンタジーといえば、そうでないように見える。

*。
だがここに現実は放棄された。

白昼夢に引きこもり、妄想に自閉した。

*。
即ち、現実を快楽の原則で生きることとなった。

幼児帰り現象ともいえないことはない。

   
   **。
ヨーロッパ方式は、
皆で苦しむことを選択した。

これは現実を生きることだ。

*。
アメリカと日本は、現実を逃亡し、
快楽に逃げ込み、
現実が悪党に占拠された。

*。
アメリカと日本は異常な生き方をしている。

異常が物質的豊かさを必要とし、
それで大GDPとなった。

本来はそんなに必要がない。

欲望や感情の肥満だろう。
従って、精神が萎縮した。

そこに悪党が異常増殖した。

*。
快楽原則で現実を生きると現実に襲撃される。

ますます快楽に逃げ込み、人と社会を壊した。

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2008年11月14日 (金)

感動はマッサージである

学校と職場が、苦役と悪業の場となった。

その苦しみを生み出す原因を放置し、
快楽に逃げ込む。
これが感動と癒しであり、
このお上日本文化を世界が歓迎する。

それはそれでいいだろう。
だが社会の悪を減らす人々も必要だ。
この人たちがいなくては、
社会に健全はない。

   *。
東洋は悪を野放しにして、癒しに逃れる。

西欧は全員で悪に苦しみ、
これを越えようとする。
だがここに疲れ果てた人のマッサージが必要になった。

*。
西欧の二元論、
二項対立の世界は、人を疲れ果てさせる。

だがこれで悪を多少は制御できた。
東洋系は悪はほぼ野放しである。

   *。
産業文明は、
その担い手であるシテ役と、
それを最適化するワキ役が必要だ。

*。
世界は新しい分業が必要になった。

両者合わせて、一つの地球舞台をドラマする。
こういう時代に入って、
国家がこれを阻止する。

*。
ここに国家の解体再構築を考える人々、
国家を少しずつずらして、適当化しようとする人々がいる。

    *。
地球社会は一つの舞台となった。

主役と助演では、人々を切り裂くから、
シテとワキと言ったら良いだろう。

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感動という悪徳

人々が成功と幸福、感動と癒しに耽ることで、
社会は悪の手に委ねられ、社会は地獄となった。

昔流の権利と義務で言えば、
幸福になる権利は、悪と闘う義務の放棄であった。

権利と義務、
この考えこそが、世界の統一性を破壊した。
このもっともらしい考えが、
悪の帝国を作った。

即ち、成功と幸福、感動と癒し、
この考えこそが、
偽善と欺瞞であり、
人と社会を偽善と欺瞞の地獄とした。

  *。
よい生活を求めることが、悪い社会を作った。

よい生活は、犯罪と狂気であり、略奪を殺戮であった。

*。
対偶文を作ると、
現代の偽善と欺瞞がはっきり見える。

*。
成功と幸福追求は、
人を偽自己に展開、
人の生活を偽善と欺瞞の演技に切り裂いた。

*。
いい生活を求めて、悪い社会が作られた。

理論理性は、これを見ることが出来ないどころか、
その犯人だった。

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2008年11月13日 (木)

フィンランド問題 高学力は校内暴力であった

フィンランドは、世界で最も進んだ教育先進国である。

だが西欧一の校内暴力が吹き荒れている。

対偶からいって当然だ。

*。
フィンランド・メソッドは、
発想力・論理力・表現力・批判的思考力・コミュニケーション力、
その五つからなる。

このような能力を身につけた人は、
生活の諸問題をどう処理するか。

生活問題の合理的解決、
それは暴力によって人を支配することだ。

    *。
社会の諸問題解決は、暴力の行使である。

これほど合理的処理があるだろうか。

日本でもそうではないか。

*。
世界に溢れ出る暴力、
それは問題の合理的処理であることが分かる。

学力が高い現象が、暴力だ。

高学力自体、暴力であることが分かる。

産業活動自体暴力であることが分かる。

高生産性は暴力そのものだ。

   *。
近代化は、識字率向上と少子化だといわれる。

それは暴力化であると言える。

即ち、豊かさとは暴力化であった。
即ち、豊かさは暴力であった。

*。
近代化は、暴力化であった。

そこには人間性も人間の尊厳もなかった。

識字率向上は、人間の尊厳の破壊であった。

対偶現象から言って当然だ。

*。
豊かさは人間性の破壊だった。

ナッシュの均衡理論から当然だ。

*。
ナッシュ理論も理解できない高学力って何だ。

それは学力であって学力でない。

*。
人間は人間の尊厳に成り立つ。

高学力は人間性の破壊であった。

高学力は魂の破壊であった。

   *。
魂を保存した知性、
それは自由の精神だ。

それは高偏差値でないことが分かる。

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2008年11月12日 (水)

認知症は空体・中空・全体なき部分である。

財布がない→お前が盗んだ→金を出せ。

この言論の構造は、中味がないことだ。
文章になっているが、意味が抜けている。

意味のない文章、
仕事をしない仕事、
お上日本はこれで生きている。

*。
意味がないといえば、言葉の意味を取る。

ではやれといえば、文章を読むばかりだ。

意味のない文章を読む、これがお上の行動だ。

日本社会はこれを阻止できない。

*。
何故だ。
認知症の治療は出来ないからだ。

いやこれが認知症である自覚認識もない。

   *。
すべての日本人が認知症である時、
日本人が認知症である認識は出来ない。

*。
すべての日本人はウソつきだ、日本人が言った。

これが認知症状態だ。

日本認知症を認識した人も、
日本人に認知症であることを伝達できない。

それを理解できる能力がないかだらだ。

  *。
この日本人は金でしか生きられない。
だから金を出せという。

それしかできないからだ。

*。
しかも金を出せというお上と、
それに金を出す下々に二分される。

これが人情世間体だ。
即ち、これが日本世間だ。

   *。
日本問題は認知症を抜けることだ。

*。
ギリシャ哲学は、真理を設定した。

これはパラドックスを抜ける方法だった。

日本はギリシャ哲学以前にある。

*。
だが日本文化はそれを抜けている。

だがお上日本はこれを認知できない。

ここにお上日本とクールジャパンに切り裂かれた日本がある。

*。
文章が妄想にならない手続き、
これが西欧哲学であった。

日本は西欧から三千年以上遅れている。

日本は世界から精神遅滞状態にある。

威張ることでしか自己を示せない。
そしてボコボコにされる。

*。
自衛隊論文は、認知症を威張った現象だ。

大日本帝国は認知症であり、
精神遅滞状態であり、
認知症を威張って、ボコボコのされた現象といえるだろう。

*。
だが地球社会もこういう連中との共存を考える時だ。

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2008年11月 6日 (木)

感動と癒しは白昼夢と妄想である

魂が震えない感動は、人を劣悪化する。

そんなものはない方がいい。
それを受け入れ馴らされると、
意識が認知症となり、
現実に対応しなくなる。

ここに国家に言いなりになる性格が作られる。
即ち、草履伝説は、
人の心を焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くした。

とんでもない感動に引っ掛かった。

この程度の劣悪感動に呑み込まれると、
人格や人間性を作れない。

    *。
日本人には、人格形成に必要か必要でないか、
その判断や選択回路がない。

それを禁止されている。
それを禁止した草履伝説だ。

*。
衝動的感動によって、魂の感動を不可能とした。

感動は魂を存在不可能とする可能性だ。
即ち、感動は魂を異物排除する。

魂が呼び込む感動、
それは感動といわず、魂の奮えという。

*。
偽の感動を小さい内に掴ませ、
人格を壊す。
これが秀吉法だ。

   *。
感動は人格破壊にも使える。

人格破壊爆弾としての感動、
美しい日本はこれに当たる。

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2008年11月 5日 (水)

神は真理である 真理は現実にはない

神は心理である、といった方がいいのかも知れない。

神も真理も現実にはないのだから。
これらの言葉を使うと、
現実がきれいに書ける。

即ち、言葉が心理現象を作り
ここに現実を心理現象として記述する。

神という妄想を使う意識だ。

*。
言葉の意味は現実にない、

人の心理の生成装置である。

   *。
言葉で定義したモノは現実に存在するか。

国家はものとして存在するが、
ただのイメージでしかない。

それを現存物としてイメージすると、
それは妄想となる。

妄想となると都合の悪いものを排除する。

かくして現実が破壊される。

法治国家によって現実が破壊された。

*。
法治国家は信号でしかないが、
現実のものとされた。

だから人権などが国家によって管理操作される。

*。
アメリカは自由と正義をモノとして操作する。

これは既に妄想でしかない。

だから都合の悪い自由と正義を、テロとする。

そのでの自由と正義は妄想でしかない。

即ち、自分がテロリストだ。

    *。
消点、言葉、イメージ、モノ、実体、
これらの整理された意識形式が必要となった。

*。
自由や正義、
殆どの場合妄想でしかない。

自由競争はひどい妄想だ。
かくして弱者が排除された。

自由競争に、弱者は競争に加わらない異物として排除された。

*。
日本では障害者は、自由競争の破壊者となった。

人権は障害者の人権を認めない人権だった。
即ち、国家は仕事をとしない仕事をした。

消点を実在とする妄想に耽った。
これが認知症症状だ。

   *。
誤りない国を命を掛けて守る。

人を殺して、死刑になって、自殺させてもらう。
即ち、会社のために休んであげます。

これは国家統合失調症であり、
国家は国民のガンとなった。

*。
妄想は死の本能を生きることであり、
殺人衝動に成り立つ。

    *。
人を殺す、死刑になる、自殺させて貰う。

すべて殺人の世界だ。

*。
日本人は殺人の世界、
即ち、死の世界を生きている。

死の世界の喜びを生きている。
日本人の幸福は殺人である。

優しさは死を釣るお菓子でしかない。

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2008年11月 4日 (火)

惚れていない成功と幸福の悲惨さ

納得の出来ない成功と幸福、
成功と幸福には縁遠いが、納得のいく生き方。

雑音の多い成功と、雑音の少ない失敗。
納得の出来ない成功と納得の出来る失敗。

惚れることの出来ない成功、惚れることの出来る失敗。

*。
成功と幸福、
その上の大切なメタ階型があった。

   *。
太宰治が言った。
女が男の求めているものは、金でも権力でもない。

では何だ。
女が惚れる男は、
何かに惚れている男だ。

惚れと惚れが共振して、惚れ惚れ状態になる。

*。
ワーグナーとコジマの場合だ。

ワーグナーは楽劇に燃えていた。
その萌えにコジマは共振した。

二人は燃え上がって、
爆発炎上し、宇宙を貫き星となった。

   *。
女が求めているのは、
何かに惚れ抜いて燃えている男だ。

それにガソリンを注ぐ、
爆発して、自らも火達磨になる。

これが女の求める極上の快楽だろう。

*。
感動とか癒し、成功とか幸福、
その上の階型の世界があった。

惚れる、惚れ抜く、燃える、
爆発炎上、宇宙を突き抜け星になる。

*。
普通の人には関係ないのだろうか。

源氏物語の花散里、
光源氏を爆発炎上させて、星となった。

末摘花、
光源氏と共振、光源氏の心を純化した。
光源氏に彼女ほど惚れた女はいなかった。

  *。
現代人は感動や幸福より上の階型に到達した。

だが昔の人は既にやっていた。

*。
人間最上級の世界、惚れる。

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高調波性快楽

FMで、望みの放送を聞こうとする時、
雑音がいっぱいの場合がある。

これが高調波である。
放送波の倍の周波数に同調した場合だ。

基本波に同調すれば、雑音なくすっきり聞ける。

*。
性能の悪い受信機や、或いは放送局から遠い場合、
はっきりと受信できない。

   *。
いい気持ちや快楽にもこの現象があるのではないか。

成功や幸福にしても、
それを展開する人の性能が悪いと、
品質の悪い成功や幸福を掴む。

*。
感動や癒しにしても、品質がある。

欲求不満の強い意識には、低品質の感動でもいい。

品質の高い意識は、低品質感動は受け入れない。

*。
幸福や感動にしても、品質がある。

受け手と作り手の品質もある。

    *。
ベストセラーとなると、
品質の高いものと、
手頃に消費できる低品質なものもある。

*。
安物にもそれなりの価値がある。

だがこれは人を育てない。
自分自身を食い物にしるのではないか。

*。
ヤスモノに飛びつくことは、
自分を食い潰すことは確かだ。

自分をヤスモノ扱いにする、
これが問題にならない社会となったのではないか。

*。
高きを望みすぎれば、自分を壊すこともある。

   *。
低きに飛びついても自己を壊し、
高きを望みすぎても自分を壊す。

ここの最適系がある。
それは本来の自分であることであろう。

*。
本来の自分、
自分という基本波、
この維持が問題であろう。

学校や職場の競争社会、
自分を維持させない世界だ。

この無理が社会を壊したのではないか。

*。
人それぞれの持つ基本波を尊重する。

これがなく競争に勝つ社会は、
生きていられるが、
満足のない社会である。

極めて性能の悪い社会である。
こんなものに捕まってしまった。

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2008年11月 2日 (日)

バカがバカをすると バカバカしい=面白い

源氏物語は能舞台と考えられる。
シテが光源氏で、ワキが紫式部だ。

光源氏は爆発力、紫の上はまとまり力。
男は爆発力、女はまとまり力。
恋愛は爆発力、結婚はまとまり力。

ここに負帰還回路ができる。

*。
光源氏はスーパー・エリートだ。
そして優しく暖かく穏やかな人だ。

だが出会う女はすべて口説く、寝たがる。
選り好みをしない。
だが自分から女を泣かせない。

*。
ここに対偶対称設定がある。
立派な人にある愚かさ。

女関係を除いてすべて立派、
すべて立派であると、
ただ一点の愚かさは見えない。

*。
光源氏はこの愚かさを楽しんでいるのではないか。

紫の上もまた病気が始まったと面白がる。

光源氏は完全な自分の苦しみを、
女関係に吐き出しているのではないか。

花散る里に安らぎを求めた。
安らぎの中に安らぎを求める。

*。
自分の知らない自分の愚かさ、
それを自己の混乱調整に使う。

自分を弄んでいるとも取れる。

賢い自分が、愚かな自分を弄ぶとも知らずに弄ぶ。

これは天然ボケ現象ではないか。

      *。
自分の持つ自分の知らない愚かさで、
自分で自分を弄ぶ。

自分で自分を笑わせているのではないか。
からかって遊んでいるのではないか。

*。
光源氏の浮気は、自分と世間を笑わせて、
面白がっているのではないか。

また殿の病気が始まったと笑う紫の上、
それを笑わせて楽しいんいる光源氏ではないか。

*。
光源氏の浮気性は、
周りを面白がらせ、
それで自分も面白がる。

これでいろいろの不満を消す。

こういう笑いだったとも見える。

     *。
それは自分が病気だとも知らず、
そのウソの真さを、自分で笑う。

一種の統合失調症現象ではないか。

自分の中の自分である敵を笑う。

そういう精神現象を紫式部は書いた!

*。
その笑いは、笑いとして自分と相手と同じナラティブになる。

ここにも対偶対称性がある。

    *。
また浮気しちゃったのよねー。

こうして自己の中の不満を笑いに浄化し、
外の人も笑わせる。

一石二鳥、
相手も世間も自分もうまく笑わせ、
生きている諸問題を笑いに処理する。

*。
こう解読する理論理性だ。

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2008年10月30日 (木)

客観的普遍妥当性=不変的永久的霊魂性

西欧の意識展開空間は、客観と普遍と妥当の三次元空間だ。

日本文化は、心の世界のホログラフィー・イマジネーションだ。
これを西欧の言葉で開くとどうなるか。

心と魂と霊の三次元空間を設定する。
すると、それを客観と普遍と妥当に対応させられる。

客観的心を不変性に対応させ、
普遍性を魂とし、すると永久性に対応させられる。
霊を妥当性に対応させると、
もののあはれを妥当性に対応できる。

*。
西欧を直線座標とすると、
日本は極座標だろうか。

西欧をベクトルとすると、日本はテンソルではないか。

ホログラフィー・イマジネーションはテンソルだ。

*。
西欧も日本も同じような構造を持つ。

人間が自然を生きるのだから当然だろう。

*。
すると狐の酒盛りは、スカラー世界だ。
鶴の花嫁はベクトル世界だ。

*。
客観的普遍妥当性は、不変的永遠的心性と翻訳変換できる。

すると前にやった、
男の哀愁は、日本人の霊魂の特性かも知れない。

   *。
ここに心を開くことが、
日本文化が生きることだろう。

*。
即ち、自然世界にポインティング・ベクトルを立てる、
即ち、鶴の花嫁となって、宇宙を突き抜け、星となる。

*。
日本文化の真髄は、世界を突き抜ける魂の運動である。

人は燃え上がり、爆発炎上し、宇宙に抜けて星となる。

*。
日本もヨーロッパも同型構造であった。

それが文化の本質だからだろう。
位相が違うだけだ。

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2008年10月29日 (水)

自己実現は自己破壊である

自己実現の対偶は、自己や世界破壊である。

美しい日本、自己実現、
いい子いい学校いい会社、
トンデモ現象であった。

*。
成功物語、立身出世、
これは日米特有の現象だ。

ヨーロッパにはないといえる。

*。
ところがアジアがこの成功物語に酔い始めた。

貧乏の内はいいが、
中流が出てくる頃には、
これが社会を破壊現象となる。

競争が殺し合いになる。
日米で経験したことだ。

   *。
金融危機に公的資金注入は、
対偶を取れば、弱者の虐殺となる。

*。
これが理解できない人類の知的能力だ。

人類の知能に適合した社会現象だ。

*。
世界を破壊する、
これが繰り込み理論になっている。

金融対策は、現代経済を解体することだ。
即ち、ゼロに戻す。

    *。
成功物語は、人間と世界の破壊である。

これが対偶重ね合わせ文だ。

*。
人は夢と希望を追う生活だ。

それが地獄を作ることを理解出来ない。

    *。
理想と現実、理論と実際、
現実増幅器に理想を負帰還する。
実際増幅器に、理論負帰還を掛ける。

*。
現実はこういう仕組みで動いている。

夢と希望では動いていない。

成功物語では動いていない。
立身出世は仕様であって、現実の運動ではない。

*。
考えが整理されておらず、
欲求で動くことは、支離滅裂をすることだ。

プランで直接現実を動かしている。
企画で製作している。

  *。
出来ないことをやり、
やってはいけないことやっている。

*。
夢や希望で現実を生きることは無矛盾だ。

従って、これは実現しない。
いや現実をぶち壊す。

証明しよう。
夢を生きることは、
それに反するものを異物排除しなくてはならない。

そこに作られる世界は、現実にあるのかないのか。

現実にあって現実にない。

これを実行することは、現実を破壊することだ。

従って、夢と希望を生きることは、
人間と現実の破壊である。

せいぜい泥棒の利益しかない。
それは現実の破壊だ。
証明終わり。

  *。
対偶文を作った時、
それが自己否定自己破壊にならないこと、
これが人の生き方だ。

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2008年10月28日 (火)

マイクロ自己関係のインテグレーション自己関係運動?

衣食住空間の点としての自己、
この自己に教育や社会性を上塗りした自己。

現在の自己は、
世界に対応して自己を知性や感性や社会性や精神性で、
ミクロに要素化し、
それをインテグレーションして、
世界に関係させ、運動させる。

その運動空間の普遍要素として自己がある。

なんと言ったらいいだろう。
マイクロ要素系の集積回路自己、
自己がなければならないが、
それが大事でなく、
その運動性能が問題となる。

    *。
分かり易くいえば、
自己というファイターと自己というパイロット、
全部合わせて集積自己だ。

自己と自己の不確定性が発生した。

*。
自己の乗っている戦闘機を自己とすると、
操縦士としての自己は、手段となる。

自己を主体化すると、
戦闘機は手段となる。

これらを操作して自己だ。
それは戦闘成果に評価される。

    *。
それは自分であって自分でない。

自己は何かをする、
或いは何かをさせれれる。

その成果としての自己だ。

*。
自分を使って何かをやらされる。

その成果が問題だ。

*。
この新世界に人々は混乱してしまった。

自己が適応できない。

おまけに死ぬ迄働かされ、
自己が発散してしまう。

   *。
金権力絶対世界が誕生した。

自分を競うのでなく、金権力を競う。

*。
自分は道具となった。
自己は空体化、中空化した、
自己なき自己が発生した。

   *。
ここで生き甲斐は、戦闘成績だ。

だが生き甲斐にならない。
それを所得・欲望・消費に求める。

*。
それは間に合わせに過ぎない。

この情けなさを癒す。
これをマスメディアに求める。

*。
自己が発振し、発散した。

自分があってなく、なくてある。

   *。
運動空間に魂をおく。

魂がない。
魂を作ることも出来ない状況だ。

*。
かくして感動と癒しに縋りつく。

それはあるようでなく、だがなくてはならない。

自己は発振し、発散してしまった。

   *。
自己が白昼夢や妄想になった。

何でも出来るが、満足がない。

*。
快楽などいくら積んでも、満足しない。

際限なく、ないものねだりをやっているうちに死ぬ。

*。
ばか死ね、状態だ。

自分に価値がなくなっていた。

所得・欲望・消費に縋る。
時間は潰せるが、満足がない。

*。
これがベイトソン状態だ。

    *。
人は快楽を追うと自己が発散する。

人は次々に襲ってくる問題を処理し、
そこに喜びを共にするしかない。

これがレイン状態だ。

*。
快楽を追う自由と正義、
それは戦争とテロであった。

これが対偶文だ。

   *。
アメリカと日本は、変な幸福と成功の取り憑かれた。

変な人間になってしまった。

*。
狐の酒盛りをやっていた。

やがて酒屋の怒りを買った。

*。
成功と幸福は追求するものではなかった。

やることやって、
その結果は、神に任せることであった。

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2008年10月27日 (月)

殺しているものを殺すことは 善か悪か

イギリス警察は、警官に拳銃を持たせない。
警官が犯罪者に殺されることより、
自殺に拳銃を使うことが多いからだ。

日本では警官が犯罪者に殺されるより、
自殺に拳銃を使うことが多い。

しかも逃げる犯罪者を射殺し、市民の射殺に拳銃を使う。

*。
この違いはどこにあるか。

秀吉はいかなる場合でも市民が人を殺すことを禁止した。

正当防衛殺人も死刑にした。

姓名は国家の預かりものとした。

     *。
草履伝説の対偶は、正当防衛殺人死刑である。

草履伝説こそは、
人を焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くすことだ。

ここにお上の下々支配が成立した。
下々に人間性も人権もない。

*。
日本人は草履伝説に支配された。
草履伝説は日本人を家畜化した。

感動によって、人格を放棄させ、完全奴隷化した。

*。
感動の対偶は、破壊である。

   *。
人を殺しているもの殺すことを認める。

これが人権であろう。

*。
それを認めない、
それは人権を殺したことだ。

牛の角を矯めて、牛を殺す。

*。
人権の成立に殺人を認める、
その殺人を認めず、人権を殺す。

自由と正義を認めると、
かえって犯罪が凶暴化する傾向だ。

   *。
日本は殺人禁止という人権殺戮にある。

*。
パラドックスの力による制圧、
出来ないことをし、
やってはならないことをする。

ここに人間はいない、
人は畜生・鬼畜・餓鬼化された。

*。
氷山の一角、だが水面下に恐怖があった。

これは構造理性にしか見えない。
理論理性では、悪となる。

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感動と癒しはテロである

成功と幸福は、テロである。
そこには人間と世界の破壊があるばかりだ。

*。
感動と癒し、
人々が抱き合い、暖め合って、いい気持ちになる。

これはセックス産業である。
これがセックス・シティだ。

*。
ビルの谷間でセックス・ゲリラが行われ、
都市全体でセックス・テロが行われる。

     *。
人々がいい気持ちになって、世界を放り出す。

ここに悪は野放しにされる。
従って、感動と癒しは、テロである。

*。
セックス・テロリズム、

これが日本とアメリカの正体である。

それはセックス・テロだ。
その対偶は、テロと戦争である。

*。
ナッシュの均衡理論、
人々全員がいい気持ちになる戦略は、
人間と世界を破壊する戦略である。

*。
対偶文を作ると、
感動と癒しは、テロと戦争である。

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2008年10月21日 (火)

パラドックスは正帰還である

文章は記述装置であり、
ただ書く、正帰還する、負帰還する三種がある。

正帰還を掛けることは、
文章を発振させることであり、
意味を成さなくなる。
これがパラドックスだ。

負帰還を掛けることは、
出力を減らし、システムを安定させることだから、
ここに世界と同一化させることが出来る。

  *。
白昼夢や妄想、
思い込みや言いがかりは、思考を発振させる。

現実から遊離し乖離する。
現実に触れることができない。

*。
思考や意識が現実に成立していることは、
負帰還に成立する。

  *。
世界は回路であり、
そこにはただの回路と、正帰還回路、負帰還回路がある。

人に意識や行動にもこの三種がある。

*。
plan→do→check→actionのサイクルは、
負帰還である訳だ。

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2008年10月18日 (土)

嘘発見器のパラドックス 日米で何故 犯罪が減ったか

アメリカの住宅バブルの時、
頭金なしで、何軒も家を買えた。

それを転売すると儲かる。

*。
日本ではフリコメ詐欺だ。
面白いように騙し取れる。

犯罪予備軍が、ここに流れ着いた。

*。
異様な好景気と、ワーキングプアへの二極分解。

ここでいじめ殺しは犯罪にならない。

人格や人間の尊厳を破壊することが犯罪にならない。

このように人を殺傷することが犯罪にならない。

   *。
世の中の構造が変わってしまった。

司法自体がこれについて行かない。

*。
これで犯罪が激減したのではないか。

日米現象だから、
嘘発見器に関係者を掛けてみよう。

国家が嘘発見器を使っている国は、日本とアメリカだけだから。

*。
犯罪が減ったのは、官憲が一生懸命仕事したからだ。

官憲がそういっている。

すると今まで官憲は、一生懸命仕事をしていなかった。

   *。
何で急に一生懸命仕事をするようになったのか。

理由がない。

仕事しない仕事をしてくることは、変わりがない。

*。
アメリカも仕事しない仕事をする国であることが分かる。

    *。
仕事しない仕事は、仕事か仕事でないか。

これはパラドックスだ。

*。
では嘘発見器に掛けてみよう。

あなたは仕事をしていますか。
仕事をしていると出る。

即ち、仕事しない仕事をしている。
即ち、嘘発見器に掛ける仕事をしている。

*。
嘘発見器に掛ける仕事は、仕事か仕事でないか。

仕事とも言えるし、
仕事でないことも確かだ。

   *。
嘘発見器を使うことは、仕事しない仕事であった。

日米とも仕事しない仕事をする国であった。

*。
アメリカは、日本の占領したため、
日本の悪のウィルスに感染した!

日本を占領する前はまともな国であった。

*。
赤字国債は、ウソの金か本当の金か。

国家が発行する偽札は、ウソかホントか。

*。
結局、金融工学は、頭がいいのか悪いのか。

唯一つ正しいことは、愚か者の知恵であることだ。

   *。
日米はバカかバカでないか。

決定不能証明不能、
唯一つ正しいことは、その議論は愚かであることだ。

*。
バカであることを利用して金を奪い取る戦略、
即ち仕事しない仕事で儲ける戦略は、
必ず儲けることができる。

そして人と社会を破壊する。

*。
即ち、自分と他者と社会を苦しめる。
即ち、犯罪であり、狂気である。

これを愚かとして、社会を通せる。

*。
これが人造地獄であった。
これが現代文明の真相であった。

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2008年10月16日 (木)

世界の民族は殺人本能をどう処理したか

神は人々に殺人本能を与えた。
その対偶は天使の本能である。

この両方がないと人は成立しない。
人は悪魔であり、天使である。

*。
殺人本能を使わないと、文明は作れない。

だが使い過ぎると文明も成立しない。

     *。
それが国家権力が強盗殺人することの意味だ。

こういう仮定で思考実験シミュレーションしてみよう。

*。
愛国心で煽られると、国家の強盗殺人を制御できなくなる。
これが戦争であろう。

*。
殺人を絶対悪とする、
ここに問題はないか。

神は人に殺人本能を与えた。
これは人に弾圧できない。

   *。
だがお上日本では、水俣大虐殺を始め、
国家による虐殺は絶えない。

*。
世界と比較すると、これほどの虐殺国家は少ない。
先進国にはない。

*。
どこかに間違いがあるといわざるを得ない。

先進国はキリスト圏だ。

すると仏教儒教にも問題があるといわざるを得ない。

      *。
日本では国家による殺人が、国家の問題にならない。

何故だ。

一億人もいれば、おかしな人もいる。

*。
すると厳罰とは何だろう。

このヒステリシスに、日本人の殺人本能が大きいことを知る。

*。
日本では国家が国民の上に立ち、
国民は国家の下に立つ。

このヒステリシスがある限り、国家の殺人は減らないだろう。

*。
国家あっての国民だ。

これは国家殺人を認めたことだ。

即ち、日本は殺人本能を生きている。

    *。
ここからも、お上日本は殺意の国であることが分かる。

殺意を原初的力とする日本である。

*。
これが学校で繰り返されるいじめ殺しではないか。

いじめ殺しをなくそうとすることは、
日本を変えることであることが分かる。

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2008年10月 6日 (月)

誤りを通して生きる

科学は人や自然は機械であると断定し展開した。

これは誰が見ても誤った考えだ。
だから科学文明は公害などに悩まされる。

だが豊かさを作ることができた。

*。
日本は自然=完全を生きる。

では何故、産業文明と受け入れたか。
金のためにやった。

だから西欧を受け入れるや、
彼らも考えられないほどの、人間と自然破壊をやった。

これも自然と考えている。

    *。
この両者を清算するとどうなるか。

*。
西欧は誤りを知りつつやった。

日本は誤りがないとして、完全に誤った。
今もその誤りを認めない。
いや知ることができない。

*。
完全な誤りは、その誤りを知ることがない。

不完全な誤りは、その誤りを認識する。

   *。
日本は完全な誤りを認識せず、
完全に遂行する。

これを自然という。

*。
太平洋戦争をこう見ると面白い。

誤りがあるとして戦争する西欧と、
誤りがないとして戦争する日本。

西欧は勝ち、日本は完全に負けた。
だが負けたことを認識できない。

*。
現実を完全に認識できない完全性。

全くの無知を完全と言っている訳だ。

完全な無知、
無知であることを知りえないが故の、完全性。

    *。
西欧から見ると、
大洋感情といった精神障害だ。

そういわれると完全に頭にくる、
相手を反日非国民として排除する。

*。
日本人の完全性、
即ち、自然性は、無である。

即ち、空体、中空、全体なき部分だ。

*。
これを完全といっている。
これを自然といっている。

  *。
これは無知かバカか。

*。
自然であることは完全であることだ。

自然は完全である、日本人がいった。
日本の自然は完全である、日本人がいった。

これは循環論法であり、
これを完全といっていることだ。

*。
それでは嘘発見器であるお上に決めて貰おう。

かくして日本の完全は、世界の不完全となった。

*。
日本は金と権力でしか生きられない。

    *。
人は結局、誤りを生きるしかない。

それを知ってやることと知らないでやる違いがある。

日本人は、知らないでやる誤りを完全といっているようだ。

*。
誤りを完全として生きる、

これは誤りか完全か。

日本人の意識は現実に生まれていない。
現実未生の赤子状態を生きている。

*。
衝動性は、パラドックスを知らず、
子宮の中の赤子状態だ。

*。
衝動性は未生であり、
未生とはパラドックス以前であることが分かる。

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2008年10月 5日 (日)

優しさは 弱者をいじめ殺すことである

残酷は、強者を殺し、弱者を守ることである。

一体何を言っているのだろう。

対偶を書いた。

*。
いいは悪い、悪いはいい。

これは対偶論だ。

    *。
人が道を外した原因は、
いいことだけしようとしたからではないか。

いいことは妄想であった訳だ。

*。
いいことだけ求めるベイトソン法、
いいこと悪いことに立つレイン法といえようか。

いいことだけする人々は、悪い世界を作り、
現実を受け止める人々は、よい世界を求められる。

   *。
いい人は悪い人をいじめ殺し、
悪い人はいい人をいじめ殺す。

ここには戦闘があるばかりだ。

そこでいい気持ちに逃避する。

これはどっちの味方になったのか。

いい人が悪い人になったのではないか。

    *。
免疫理論は、
自己と非自己を設定、
自己が非自己を識別排除することだ。

*。
だが考えて見よう。
自己が非自己を排除することは、
非自己が自己を排除することでもある。

どっちかが圧倒的に強くないと、
排除は出来ない。

   *。
即ち、免疫理論は、
強者が弱者を排除することであった。

*。
即ち、権力を生かし、
無力を死に排泄することは、
免疫理論であった。

弱肉強食は、免疫組織であった。

*。
これが生存競争だろうか。

これが自然淘汰であろうか。

これが進化論だろうか。

*。
これは「ばか死ね」の世界だ。

日本はこの世界だ。

    *。
レイン法は、弱者を殺さない。

ベイトソン法は、弱者を殺す。

*。
現代世界は、二つの文明が衝突している。

*。
だが弱者を殺す世界は、
自分自身を神の異物として排除する。

この世は超越者が作った。
自分を超越者とする、
即ち、神の立場に立って、世界を断罪リンチする。

それは反作用から、自分を断罪リンチすることだ。

*。
即ち、強者支配は成り立たない。

即ち、正帰還文明は終焉を迎えた。

*。
弱者に立つ負帰還文明が始まった。

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2008年6月26日 (木)

人が神の立場に立って 断罪リンチする

神の立場に立って、断罪リンチする。
こういって攻撃とする人は、
神の立場に立って、断罪リンチしているのだ。

自分を神の立場に立て、
自分に反するものを、神を否定するものとして、排除する。

*。
こうして生きることは、すっきりすることでもある。

こうして生きる人がいて、
端から見ると精神障害に見える。

お上日本は、神の立場を取っていることが分かる。

                    *。
かっての日本でなく、今の日本はここに立つ。

最高裁は、人一人を0.5とか0.2で計算する。
神でなければ出来ないことだ。

これが日本人の残酷性だ。

*。
虚偽犯人事件、
官憲が神になっていることだ。

偽の神でなければ出来ないことだ。

無実の人を、神の立場で、断罪リンチする。

               *。
神の立場、即ち人を焼き尽す立場である。

断罪することは、人を殺し尽くすことである。

リンチすることは、人を奪い尽くすことである。

              *。
この三光原理が、アメリカにもあるのではないか。

*。
先住民を殺して奪った土地に生きる。

焼き尽し、殺し尽し、奪い尽くす。

これを行い、これを守る拳銃自由所持ではないか。

*。
奴隷を焼き尽し、殺し尽し、奪い尽くす。

これがイスラエル支持にデッドコピーされているのではないか。

*。
地下迷宮に三光原理があるとすると、
このような対偶シミュレーションが出来る。

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2008年6月23日 (月)

エチケットによる創造進化禁止

エチケット帝国は、創造進化を排除した。

エチケット帝国は、
不快を異物として排除した。

             *。
創造や革命は犯罪であり、
不快を資源に生産創造される。

*。
犯罪禁止、不快禁止で、
創造と進化を止めた。

不快にならない範囲での創造、
犯罪にならない範囲での創造、
これは犯罪を地下迷宮に隠蔽し、
かえって摘出を困難にした。

*。
エチケットこそ犯罪そのものだった。

礼儀正しく騙す、
礼儀正しく騙せば、騙したことにならない。

*。
このように捩れた、
即ちパラドックスを生きることとなった。

               *。
ここに絶対者が発生、
これを潰すことは礼儀に反する。

*。
独裁国家を作った。

礼儀と道徳は、悪魔のお菓子だった。

礼儀を銜えて、人間性を落とした。

*。
スーパー理性により現代の清算が必要になった。

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民主主義による思考停止

グローバリゼ-ション反対、こういう投票は出来ない。
多くの人の生活のイメージで国家が決まる。

愛国心で煽られれば、それで議会は決まってしまう。

こっちの方がよさそうだ、
国を愛するといういい気持ち、
これが議会の正体であり、
国家は国家権力で動いている。

*。
民主主義ばかりか、議会も国家も機能を停止した。

制御不能となったモンスターが国家を占拠している。

                  *。
この何時もそうだった拙劣な現実、
この現実を如何に生き抜くかが問題だ。

*。
社会を変えようとせず、
その被害とも戦わず、
静かに自己を見つめ、
穏やかに悠々と癒しの文芸に、
自己を開放し、
何ともいえない素晴らしい心地に達する。

*。
これが民主主義の生活であり、
グローバリゼ-ション・ビジネスだ。

             *。
世界は複雑化し、混沌化し、カオス化し、
人知で対応できなくなった。

ここに生まれる無力感や空虚さ、
これを文芸によって、優雅なムードに変換、
孤独や失意を資源として、
癒しを製造販売消費する。

*。
民主主義などどこにもない。

いや人が生きている運動はここにあるのだろうか。

*。
世界は人が生きるに値しない世界となった。

だからこそ楽しく明るく美しき生きられる。

孤独と絶望を資源として、
人が楽しいライフスタイルを創造した瞬間だ。

                  *。
これがベイトソン法であり、
仏教儒教だ。

これがグローバリゼ-ションだ。

*。
グローバリゼ-ション反対、
犯罪者とされ、消されるだけだ。

それを資源として、魂を作る。

*。
孤独と絶望を楽しむライフスタイル、
ここに魂はない。
魂のない楽しい世界を、愛でて審美する。

白昼夢快楽、妄想ではないか。

               *。
グローバリゼ-ションは、
楽しい世界と苦しい世界に人を引き裂いた。

両方あっていいい。

苦しみから魂を作る人々が少ないことが問題だ。

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2008年6月22日 (日)

成功という自己否定 幸福と言う自己破壊

成功と幸福、
その事実にそれが成立する構造と法則がある。

人のやることは、構造と法則に成り立ち、
自由にやりたいことが出来るが、
構造と法則に規定される。

             *。
夢と希望を追及したら、地獄が出来、
地獄で成功と幸福を追っていた。

構造的判断も、法則的理解も出来なかった。

*。
快楽と言った、事実を追求することは、
自己破壊自己否定が結果した。

知的に未熟であった。
だが快楽を制御する知性がない。

これを作ることが生きることになってきた。

                *。
人は構造と法則に存在し、
自由に成功や幸福を追うことは出来ない。

自由にやると、地獄が出来る。

*。
成功と幸福は、悪魔のお菓子だった。

これの噛み付くと、人間性を落とす。

これが人間の存在世界の構造と法則であった。

*。
道徳や宗教、法律にエチケット、
これは構造と法則に反することでもあった。

              *。
人の存在する世界の構造と法則、
ここに生きないと、手の施しようのない問題に粉砕される。

これを金と快楽でごまかすことが、
できない状態になった。

*。
地球社会に勝ち組と負け組みを作る、
この生き方で全体が負け組みになり始めた。

最後の審判だろうか。

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2008年6月21日 (土)

青春期孤絶症 

サリンジャーの「ライ麦」と春樹の「カフカ」、
どこが違うんだろう。

カフカの主人公?は、
神の立場に立って、この世を断罪リンチする。

「自分に同情するな。」

自分を神の立場に立て、自分で自分を断罪リンチしたのだろうか。

*。
コールフィールドは、自分に同情し、甘やかしたのだろうか。

東西が逆転したかのようだ。

                 *。
共通点は、青春期仮性統合失調症を生きる人たちだ。

自分であって自分でない。
自分でない自分を生きる。

*。
産業文明は人を、偽自己と仮自己に切り裂いた。

自分に同情するな、
即ち絶対自己が存在するとしたのだ。

これが青春期統合失調症ではないか。

*。
絶対自己はない。

それを在るとすると、
絶対宗教が生まれる。

すると人は、クズやゴミのようになる。

              *。
人はクズやゴミである。

その中にいい点を探し、
ここからいい気持ちを合成する。

*。
これが劣悪な自分を、生き抜く方法だ。

負け犬の生き方のなりかねない。

*。
人生は錬金術である。
いい気持ちを合成すればいい。

*。
これがカフカ・メソッドではないか。

コールフィールドは、青春期統合失調症に突き飛ばされた。

カフカは、青春の苦しみを、
優しく暖かく抱きしめた。

                *。
この日本的生き方を、世界の若者が受け入れた。

日本が世界を抱きしめた瞬間かも知れない。

*。
人類が抱き合って、温め合って、いい気持ちになる。

ここから新しい人類が生まれて来るだろうか。

*。
人類一家心中事件になる恐れはないか。

                *。
この問題はGёdelの不完全性定理で、
決定不能証明不能。

こういう問題の設定は、統合失調への万歳突撃となる。
一億玉砕、皆で死ぬって言うことだ。

*。
自分に同情するな、
こんなことは出来っこないから、
即ち自分の中に自分の敵を作り、
これを打ち負かすことだから、
自分に同情したことになる。

自分の中に自分を神とする自分を作った。

              *。
ナッシュ関数で対応すれば、
自分に同情するなと言うことは、
自分の中に神を作る戦略だから、
それは自分を破壊する戦略である。

*。
自分に同情するな、
自分を統合失調タイプにすることだ。

*。
苦しむものは幸いなるかな。
神に抱かれたのだから。

             *。
人に生まれたことは、苦しみを生きることだ。

誰の人生も劣悪だ、
唯一つ確かのことはこの人生を生き抜かねばならないことだ。

*。
劣悪や苦しみを生きる。
こういう問題は、設定が誤りだ。

与えられた人生を生きる。
これが青春期仮性統合失調症への対応だ。

いいか悪いかの判断能力を人は持っていない。

*。
これがGёdelの不完全性定理であり、ナッシュ合理性だ。

気分や理性をやっていては、
真実に到達しない。

               *。
分けの分からないごちゃごちゃの中に、真実はある。

真実への出会い旅、
それが人の生き方だ。

源氏物語はそう書いている。
日本文化の生き方でもある。

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2008年6月20日 (金)

癒しとはいじめ殺しを楽しむことである

感動商品を軸とする情報市場主義は、
その利益追求の実践自身に自己完結するのであって、
それによって引き起こされるいじめ殺しや人間性の荒廃に、
関与しない。

*。
いじめ殺しは、
感動と不快との不可避な内的弁証法によって展開される、
生きさせるか死に廃棄するかの演算の結果によるものであって、
癒しを求める、不作為の殺害となり、
癒しがいじめ殺しを安心して消費してしまうのだ。

                *。
気持ちや社会には、仕組みがある。

癒しや感動、成功や幸福、いい学校いい会社、
これらは世界に仕組みの中の一部分だ。

              *。
癒しは全体のない部分だ。

気持ちは世界に仕組みの中の、一部分でしかない。

癒しを求めると、
社会全体で何が起きるか。

*。
社会全体の中で、
風が吹けば桶屋が儲かるのである。

癒しを求めれば、いじめ殺しが起きるのだ。

              *。
Gёdelの不完全性定理やナッシュ均衡理論は、
全体を見る方法論だ。

*。
癒しを求める戦略は、いじめ殺しをする戦略だ。

感動に生きる戦略は、人間性を破壊する戦略だ。

これがナッシュ関数であり、
人間行為の因果関係だ。

*。
ずばり対偶を取ればいい。

癒しの対偶は何か。

いじめである。

               *。
感動商品を軸とする情報市場主義は、
その利益追求の実践自身に自己完結するのであって、
それによって引き起こされるいじめ殺しや人間性の荒廃に、
関与しない。

*。
いじめ殺しは、
感動と不快との不可避な内的弁証法によって展開される、
生きさせるか死に廃棄するかの演算の結果によるものであって、
癒しを求める、不作為の殺害となり、
癒しがいじめ殺しを安心して消費してしまうのだ。

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2008年6月17日 (火)

立身出世はAsperger症候群だ

成功や幸福追求、
これはAsperger症候群だった。

大体こんなことで世界が成り立たないことは、
冷静になれば、誰もが分かることだ。

*。
だが問題はそこから始まる。

立身出世を求めないものは、
立身出世社会で、変人や犯罪者となる。

*。
社会が無茶な設定をすると、
まともが異常となる。

これを法だの道徳だので規制すれば、
異常な社会が正常なものとして作られる。

*。
現代世界が背負っている問題はこれだ。

異常と正常が反転している。

              *。
もっとも人類の歴史は、犯罪と戦争の歴史だ。

犯罪と戦争の中を、
生き延びて来た人類だ。

*。
東洋は心の中に天国を求め、
社会の犯罪野放しにしたと言える。

西欧は犯罪と戦い、
ここに魂を求めた。

アメリカは楽しさを求めた。

              *。
世界は魂を求める生き方でなく、
楽しい気持ちを地獄の中に求める方が強い。

かく世界はばらばらになりつつある。

だが魂の方法は、その中にまとまりを作る。

*。
ここで言えることは、魂だけでは存在しない。

魂は地獄に咲く花のようなものだ。

               *。
すると現代問題は、
地獄でも、普通の人が魂の花を咲かせないことだ。

これが人の生きるに値しない社会だ。

*。
悪の勢力が強すぎる。

これは法治国家産業社会に問題がある。

或いはその制御に問題がある。
両方だろう。

*。
だからこのぶち壊しが行われている。

これが過激犯罪であり、
これが効果がないと世界滅亡となる。

                *。
国家の犯罪を阻止来る過激犯罪がテロかも知れない。

犯罪がいけない、
この過激犯罪が、犯人だといるのではないか。

*。
これは国家の自爆テロであろう。

犯罪を阻止するのは犯罪となった。

これが正常と異常の逆転世界だ。

*。
テロの正体、
国家が自爆テロを繰り返していて、
これを防止することを国家はテロと言うのだ。

テロは国家の中で循環する。
即ち発振した。

*。
これが見えるスーパー理性だ。

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2008年6月12日 (木)

素晴らしい世界は作れない

夢と希望は妄想だった。
子供には許されても、大人のやることではない。

外から見ると、夢や希望を達成した人がいるように見える。

*。
源氏物語はそういう考えの真相を示した。

光源氏はどういう生活をし、
どういう考えや気持ちで生きていたか。

結局、生き方をいろいろ示し、
どれがいいということはないことを示した。

結局、人は自分を生きることに真実がある。

             *。
他人と比べ、争う、
この事実を生きる男であり、
その偽りの中にある真実を生きる女である。

結局、人は自分を生きることしか出来ない。

*。
そこをはみ出し、
Gёdel合理性とナッシュ合理性に反し、
解けない問題を作って悩み、
これを金と快楽で、鎮痛解熱する。

*。
病気を作って、これを治療する。

これが現代文明だった。

自己否定自己破壊、ここに金と快楽を作る。

             *。
これが自己否定の快楽による鎮痛であり、
自己破壊に金による解熱である。

即ち、偽善と欺瞞の、偽自己と仮自己のよる演技だ

*。
だが虐げられたものは幸いである。

神に祝福されるだろう。

*。
虐げられることで、雑念は払われ、
そこに心が現れる。

日本人は国家に虐げられ、
雑念を除去され、清らかな人になった。

*。
だが他人の不幸には関心が弱かった。

国家として清らかになれなかった。

大人になる時期になった。

               *。
世界の対偶対称構造を知った。

この最適化が人の生き方だ。

それは昔から知っていた、安穏だ。

*。
社会に安穏を作る。
現代式に言えば、世界を負帰還化し、安定化する。

              *。
西欧は仏教や儒教を批判した。

1.自分さえよければいいという考えだ。
2.偉い人の言いなりになればいいという考えだ。

*。
民主主義も市場主義もエゴイズムだ。

1.自分さえよければいいとする考えを集団でやることだ。
2.所得・消費・欲望の言いなりになればいいという考えだ。

*。
ここに現れたGёdel合理性とナッシュ合理性だ、
人は自己の魂になる生き方しか出来ない。

高度地球社会に到達した。

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2008年6月11日 (水)

健常のパラドックス 楽しい偽善 気持ちいい欺瞞 

癒しの対偶は、いじめである。

故に癒しは、自己否定自己破壊である。

ややこっしことに、これが人の存在構造である。
何から何まで、いいことは出来ない。

結局、人は自分と世界を誠実に生きることしか出来ない。

そこで起こる問題はこの世を作った人に任せるしかない。

                *。
所得・消費・欲望、
快適生活は、とんでもない世界を作ってしまった。

ナッシュ関数、
快楽を最大にする戦略は、
自己と世界を破壊=不快にする戦略である。

*。
現代文明は、すべての人を精神障害者にした。

精神障害者が、精神障害者を差別する。

これが現代だ。

               *。
現代は非現代を排除する組織である。

現代と言う病は、非現代と言う、
おそらく正常世界を、異物として排除する。

この免疫組織としての現代文明だ。

*。
この「汝自身を知る」ことが出来ない現代理性が問題だ。

そう言えば簡単だが、
このような病や障害を生きることが、
人間の立ち位置だ。

              *。
元々人は不完全で、
立身出世で、完全を手に入れた錯覚にある。

偉い人が完全であり、
これを目標に生きた。

だが偉い人くらい不完全はなかった。

*。
夢と希望を生きて、
悪魔の罠に掛った。

夢と希望は、悪魔のお菓子だった。
これに噛み付いて、人間性を落とした。

               *。
これが解読された現代だ。

ゲーデルやナッシュ、
この人たちのように、障害を生きることが正常だった。

健常を生きると、障害に陥る。
障害を生きると、健常になる。

*。
健常と障害のパラドックス、
これが神のプログラムであった。

では障害になればいいのか。
そうでなく、健常が妄想であった。

健常なんてなかった、
この妄想が人をおかしくした。

              *。
現代法は、正常を物指しに、世界を構造化する。

これが犯罪と狂気だった。

法治国家は、犯罪と狂気を基準に作ったものだ。

*。
完全とは犯罪と狂気だった。

人に出来ることは、魂を作ることだけだ。

*。
だが魂が日本にはない。

言葉だけあって、意味がない。

これが中空構造だ。

*。
人は自己の魂を作り、世界に届ける。

魂で、自分をもてなし、世界をもてなす。

これが神のプログラムであった。

             *。
この構造でいろいろなことが出来る。

快楽を作ることも出来る、
これが悪魔のお菓子だった。

それは自己の幸せを破壊し、世界を破壊することだった。
つまり地獄を作った。

*。
地獄の中の快楽。
これが現代文明だった。

健常と障害のパラドックスに絞め殺された。

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2008年6月 9日 (月)

テロ犯罪論 被害と加害のショート&共振

保険金不払いは、
保険金詐欺だが、犯罪とされない。

これに法的手続きをとっても蹴飛ばされる。
民事不介入とされる。

ではどうすればいいか。
諦める、泣き寝入りする、いい気持ちに逃げる!

*。
加害者が逃げ回り、
裁判に掛けろと突っ張る。

ここに暴力による清算が行われることがある。

              *。
個人が沢山の被害を受ける。
対応がない。
うつ病になる、犯罪で対抗する、いい気持ちに逃げる。

ある種の人は、国家社会へ厳罰復讐する。

*。
「誰でもいいから殺してやる」症候群、
これはテロであろう。

*。
加害者への復讐、
これはゲリラ犯罪と言えるかも知れない。

*。
これに厳罰する。

犯罪の発振だ。

犯罪に溢れた社会、
犯罪が犯罪にならない。

             *。
二票格差冒険、五票格差合憲、
国家の破壊であり、国民全体の殺害である。

これが犯罪にならない。

*。
国民はうつ病になる、自殺する、いい気持に逃げる。

あるいは国家にテロをする。

騒擾とした社会。
衝動が高レベルに励起された。

*。
何が起きてもおかしくない。

国家国民の対策は、厳罰あるのみ。

騒擾社会での厳罰、
騒擾レベルを更に上げる。

*。
凶悪事件をガス抜きに必要なのは国家だ。

犯罪者は、トリックスターだ。

                *。
ここに国家厳罰犯罪が起きる。

厳罰は自分の厳罰にしかならない。

*。
国家の国会よる国家への厳罰、
心を闇の葬り去り、
ここの閉塞感が過激に励振する。

ここの凶悪犯罪を起こしトリックスターが、国家によって作られる。
それが凶悪犯罪だ。

*。
それは国家のやらせだ。

国家のガス抜きを個人にやらせる。

ガス抜き、
犯罪者を過激にぶちのめして、人々はガス抜きをする。

*。
この犯罪は、国家と国民の競演犯罪だ。

誰もが犯罪者、共犯者である。

更にガス圧が強まる。

              *。
自分で犯罪して、自分で罰する。

加害と被害の共振とショートである。

*。
自分で自分の中に自分を敵とする自分を作る。

国家が国家の仲に国家を敵とする国家を作る。

これが統合失調であり、内戦だ。

                 *。
内戦やテロはガス抜きだ。

ガス抜きの必要な、自分や国家を作る。

道理でクーデターが起きないわけだ。

*。
国家は、犯罪を生産販売消費して成り立つ。

国家のパラドックス、
その恐ろしさに国家も国民も支配された。

*。
パラドックス、自分で自分の首を絞める。

それで金が入る。

金が入れば成立する国家、
これが問題の正体だ。

*。
国家がトリックスターだった。

これを制御できる知性が現代にない。

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2008年6月 8日 (日)

光源氏の優しさと残酷

光源氏は品格のある優雅極まりない人であった。

その人が女性に示す征服欲・支配欲・独占欲はどういうことだろう。

*。
いろいろの見方がある。

対偶対称性で見よう。

表裏対称性と言えないだろうか。

*。
優しさの対偶は、残酷さである。

正反対が同一時空に存在する。

この世は自己鏡像構造を持つとも言える。

或いは両義構造であるとも言える。

                 *。
こう考えると人は誰もが対偶構造を持つ。

その合成に仕方に違いがある。

こう考えればいいのではないか。

*。
キリスト教は、愛と正義に昇華した。

東洋は、いい方を取り上げ、
悪い方を抑圧した。

                *。
人や社会に地下迷宮には、嫉妬や殺意もある。

それは成功と幸福の対偶とも取れる。

*。
成功と幸福、
これは嫉妬と殺意のエンジンで動くと言えないか。

両者は、現実にワンセットで存在する。

成功すればするほど、成功欲は炎上する。

               *。
いい子いい人、
これを求める社会は、衝動人間の衝動社会だ。

当てにならない。

いつか裏が表になる。

*。
癒しやいい気持ちを求める社会は、
全く当てにならない。

優しさが残酷にスプリットし、残酷になる。

              *。
残酷を抑えた優しさ、
これが愛ではないか。

厳罰を抑えた品格が正義ではないか。

*。
現実の苦しみを、
いい気持ちでマッサージすると、
苦しみは癒されても、
残酷は抑制されない。

残酷に苦しめられ、
癒しを求め、
癒されると残酷世界に戻る。

この世界はますます残酷になる。

*。
これがベイトソン法だ。

              *。
優しさと残酷を化学反応して、愛に合成する。

例えば、登校拒否フリーターの人たちは、
現実に体を置き、
現実の苦しみを体一杯に受け、
ここに魂を結晶する。

*。
現実の苦しみから逃げない、
癒しを求めない。

社会に自己を同一化しない。

自己を魂に同一化する。

*。
これがレイン法だ。

レイン法も人に押し付ければ、
魂を傷つけ壊す。

              *。
魂、なんだろう。

自己を現実に結晶することだ。

*。
では成功と幸福は何だろう。

自己の結晶ではないか。

そうだ、だがその対偶を作る。

*。
魂を作ることも、
他者の排除が生まれると、悪魔になる。

魂の作り方をマスターするに、何百年も掛るかも知れない。

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2008年6月 6日 (金)

社会現象のニューロサイエンス

広域分散、
脳はモジュール化されていて、
これが広く散らばっている。

脳は多数のニューロンとシナップスからなる。
一つの神経が壊れても、
他の神経がこれに代わることもある。

これが社会組織に対応する。

*。
お上日本は広域分散ではない。

狭域集中、
その金権効率の良さに成り立つ。

           *。
自己鏡像化、
現実と地下迷宮の構造。

現実を地下は対偶である。

*。
豊かさと楽しさ、
心地よさと魑魅魍魎。

人や現世はこの対偶に成り立つ。

*。
お上日本は、嫉妬と殺意を地下の地下に隠蔽。

これを言うものはいじめ殺す。

ここの人間になれない日本がある。

            *。
魂シェアリング・ピクチャーショー。

これが正にクールジャパンだ。

*。
お上体制が極悪非道を引き受け、
この対偶として、
クールジャパンが成立した。

*。
ここにコスモポリタニズムを生きる、
著しく心地いい世界が出来る。

*。
だがこれは妄想だ。

現実の過労死孤独死自殺…公害医療薬害大虐殺…
虚偽告発死刑…介護殺人尊属殺人…を放り出す。

*。
ここに天国と地獄が対偶となる。

           *。
日本という心地いい世界は、
厳罰衝動、
即ち嫉妬と殺意に成り立つ。

これがお上日本だ。

*。
この中でのいい気持ち、
飲む打つ買うであって、
人間性はない。

*。
いい気持ち文芸、
これはいじめ殺しに成り立つ!

              *。
嫉妬と殺意に作るいい気持ち。
これはいい気持ちかそうでないか。

このパラドックスに絞め殺される。
それを快楽としているのではないか。

*。
人を殺して、殺してもらう。

この無限循環、
即ち、パラドックス。

この脱出戦、
登校拒否フリーター!

*。
精神年齢を上げ、知性を創造する。

            *。
レイン法は、
天国と地獄に苦しみ、
そこに人間性を作り、
そこに人々が集う。

*。
天国と地獄に定在波を作り、
或いはポインティング・ベクトルを立てる。

現代の最高知性。
それでも進化途上。

*。
ナッシュ関数でこの状況が見えるようになった。

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2008年6月 5日 (木)

屁理屈の総体は 真の誤解である

誤解の総体は、真の屁理屈である。

日本方程式。
1.富士山に登る=富士山を抱きしめる。
2.上り始める=温め合う。
3.頂上に立つ=いい気持ちになる。

              *。
いい気持ち原理主義の実相がこれだ。

この根本にあるものは何だろう。

ただ登山すればいいことを、
いい気持ちになるためとの給わす。

これが屁理屈原理主義だ。
これが地下迷宮であり地下世界だ。

            *。
秀吉は懐で草履を温め、
信長を自己の鏡像とした。

ここに自分と相手のすり替えが可能となる。

*。
いい気持ちシェアリング・プロセスショーが、
ここに始まった。

即ち、富士山登山が始まった。

*。
互いにいい気持ちを共有、
いい気持ちを広域分散し、
自分と相手の鏡像化を不変として、
自他の摩り替わりに収束させる。

*。
日本方程式を影や黒幕として展開する。

これが屁理屈だ。

屁理屈の総体は、
秀吉が信長の首を取ることだ。

それを影として隠す、
これをやる屁理屈だ。
               
            *。
いい気持ちの影、
この黒子の演技で、真意を誤解させる。

秀吉と信長を互いの鏡とする。

*。
ここに屁理屈を展開、
その総体が、真の目的である、
信長暗殺に結晶する。

*。
これがいい気持ちシェアリングの、
屁理屈モジュラーショーだ。

ニューロサイエンス流、
脳内回路モジュラーで展開した。

         *。
皆で抱き合い、温め合って、いい気持ちになる。

この脳内回路と、
その地下世界の抽出、
ここに自己鏡像化は、
自己同型写像でもあることが分かる。

*。
いい気持ち現象、
それは屁理屈モジュラーから作られ、
その地下迷宮は、犯罪であることが分かる。

ナッシュ関数の脳内回路的表現、
結構分かりやすい。

*。
ベイトソン文芸の構造と法則。

人を美しく騙し、
その脳みそを壊し、
騙して金をむしり取り、
ポイ捨てる。

ナッシュ関数の内部構造も抽出出来た。

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2008年5月31日 (土)

アメリカ・日本文学は 毒入り饅頭である

産業経済と法治国家、
民主主義と市場主義は、悪魔のお菓子だった。

日本流に言うと、毒入り饅頭だった。

            *。
そこでなんですが、ついでに行って見よう。

日本文学は、毒入り饅頭である。

日本のテレビ・小説・映画は、毒入り饅頭である。

遅効性時限爆弾である。
或いはクラスター爆弾である。

*。
青春期に仕入れ、管理職期に爆発する。

皆犯罪者となる。

            *。
現世は劣悪だ。
昔からそうだった。

この世を如何に生き抜くか、それが問題だ。

ここで、人々は自己を広め深め、
多くの人や世界と繋がって、
楽しく生きる。

*。
先ず日本はアメリカと繋がった。

いい気持ちになることが、人の生き方だ。

*。
現実の劣悪は改良出来ないとする。

そういう人がいてもいい。

だがGёdelの不完全性定理で改良不能とはいえない。

*。
文学者も、
Gёdelの不完全性定理くらいは、
知っておかないと
やって行けない時代であることが分かる。

           *。
もう一つ、
いい気持ちは、悪魔のお菓子、
つまり毒入り饅頭ではないか。

それを疑ってもいいのではないか。

*。
それを疑わない、
それはAsperger論理学だ。

*。
ナッシュ関数ですぐ分かる。

おいしいものは十分食べることは、
自己否定自己破壊だ。

          *。
子供がおいしいお菓子を食べることは、
問題ない。

大人がやったら、
辛いことは誰がやるのだ。

*。
ここに現実を逃亡して、
偽現実を作り、
偽現実にいじめ殺されることとなった。

これが現代の地獄であろう。

             *。
ここにいじめといじめ殺しで、
金を稼ぎ、
幸福になった人々がいる。

*。
そこに過労死孤独死自殺…公害医療薬害大虐殺…
虚偽告発死刑…介護殺人尊属殺人…がある。

これは日本のいじめ殺しなのではないか。

*。
日本文学、
テレビ・小説・映画こそ、
いじめ殺しの命令者だった。

黒幕だったのではないか。

             *。
日本文学は毒入り饅頭だった。

テレビ・小説・映画は毒入り饅頭だった。

産業文明や法治国家は、毒入り饅頭だった。

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2008年5月30日 (金)

神は殺人を許したか2

虐げられた人々、
強者に殺され、踏みつけられ、貶められ、辱められる。

このような時、弱者は強者を殺していいか。

*。
Gёdelの不完全性定理第一定理。

殺すことは妥当だ、殺してはいけない。
決定不能。

第二定理。
殺人による解決は無矛盾だ。

それは問題を解決しないどころか、問題を作る。

殺人は消点であって、
殺人を消点とする現実を作ることしか出来ない。

             *。
ナッシュ関数、
人を貶めるものを排除する戦略は、
強者が弱者を殺す戦略と等価である。

*。
復讐は弱者の権利か。

強者の排除は、心の排除と自己同型写像だ。

強者が弱者を食い物にすることは、
心を食い物にすることと自己同型写像だ。

             *。
強者になることは、心を排除することだ。

弱者であることは、心を生きることだ。

*。
強者は弱者の体を食って生き、
弱者は強者の心を食って生きる。

光源氏と紫の上の関係だ。

*。
善悪は強弱でもあった。

快楽を生きるか、心を生きるか。

この初期条件の設定で、
全く違う人生となる。

             *。
ベイトソン法は快楽原理であり、
レイン法は、心原理であった。

*。
ベイトソン法は、人を殺す。
レイン法は人を殺さない。

豊かになるには殺人が必要、
殺人しない人な現世を貧しく、心豊かに生きる。

            *。
ナッシュ関数論、
物豊かに生きる戦略は、
自分と他人を殺し奪う戦略だ。

*。
心豊かに生きる戦略は、
自分と他者を殺さず貧しく生きる戦略だ。

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真実は弱者にありて 国家社会になし

弱者は幸いなるかな、
神の住む現実にあり、
神と共に生きる。

強者は第二現実=偽装現実の国家社会にあり。
国家とマスコミ・言論界・学界がここにある。

彼らは金と権力を生き、
良心良識と人間性を失った。

             *。
金に生きるものと心に生きるものが分かれた。

国家社会は、
金に生きるものと、
心に死ぬべきものを分離した。

*。
大義のために高貴な死を選ぶものと、
成功と幸福にために、
生を国家社会に廃棄するものを分離した。

*。
源氏物語では、
前者を魂になって天に帰るとした。

後者を、快楽を生きて、土に帰るものとした。
         
            *。
サリンジャーの世界には、
魂とか天に帰ることがなかったのだろう。

統合失調の袋小路に落ちた。

だがそこに作ったライ麦畑だ。

*。
統合失調のナッシュは、
現実と自己の干渉縞を作り、
ここに魂を浮かび上がらせた。

それがナッシュの均衡理論だ。

            *。
国益と利権は、政治と経済を支配し、
それを民主主義と市場主義なる心の問題に還元し、
国益と利権の結合を強化しながら、
それを隠蔽する。

*。
そこに国家シンジケ-トが、
人類社会を破壊することで利益を上げる、
新自由主義が成立した。

人はこのトリックに気がつかない。

*。
国家が国家を破壊するはずがない。

自己破壊なんかやるはずがないと思う。

即ち、政治経済を心の問題に還元させ、
完全犯罪を達成するのだ。

           *。
国家は、国益と利権からなる。

国益と人々の所得が、
民主主義と市場主義により、税金として交換できる町。

利権と消費が、信用貸しで、両替できる町。

国家の完全犯罪を達成するために、
国家の犯罪を法によって守り、
国民の正義を、法によって犯罪にする。

即ち完全に不完全な法システムを押し通す。

人類を死に廃棄し、
国家をゴミ処分場に生かす国家システム。

国家と弱者の不可避な弁証法によって、
国家が弱者に過労死させ金を奪い、
弱者の命を下水に流す下水装置。

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2008年5月29日 (木)

冒涜するなという冒涜

美しい日本を冒涜することは許さない。

これは美しい日本の冒涜である。

*。
世界に存在する日本、
この状態に初期条件として、
美しい日本を入れる。

すると美しくないというものは、
外部であっても内部であっても、
排除せねばならない。

そうしないと美しい日本は成立しない。

             *。
美しい日本、
そうでないというものに、
完全に勝たねばならない戦略だ。

そのためには、日本より大きい世界に勝たねばならない。

一方、
同じ民族である、
反対者を排除殲滅しなければならない。

             *。
世界自体、日本を美しいと言う訳がない。

それを言わせる。

それは世界の冒涜であり、

世界に戦いを挑むことであり、
これに勝つ道理がない。

*。
それは神と戦うことだ。

自分を神とする。

それは妄想で出来ることで、
現実にできることではない。

             *。
大日本帝国は、自分を神にした。

神の立場に立って、
反対者を断罪、リンチ排除した。

*。
この集中状態、
これは気持ちの炎上爆発で、
全身が震えた。

これは世界に存在出来なかった。

            *。
自分の中に自分を敵とする自分を作り、
両者で戦う。

これは自己を共振、
破壊したことだ。

*。
破壊自己の快楽、
妄想であり、
神の冒涜だった。

*。
統合失調は神の冒涜状態ではないか。

統合失調で神になる人がいる。

*。
世界は自分のもので、
神の立場で、世界を断罪リンチする。

一人天下、
天上天下唯我独尊、
下手をすると、一人天下になりかねない。

いや一人天下で、
社会性を失わないことが悟りなのかもしれない。

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2008年5月28日 (水)

いい気持ちは アレルギーである

いい気持ちは、
自己に必要でも、
場合によっては、
自己を破壊する。

自己は、快と不快が共存するシステムだ。
自己に必要な、快と不快がある。
この最適として自己が存在できる。

           *。
自己に自己全体と自己の部分がある。

自己全体の快と不快、
部分自己の快と不快。

同じ快と不快でも、
使われ方で全く違う機能を持つ。

*。
いい気持ちなら何でもいい。
快楽原理主義だ。

これが出来ることは自己がないからであろう。

            *。
快楽の選択不能性、
自己を破壊する快楽、
いじめ殺しであろう。

*。
創造者を異物としていじめ殺す学界。

ここに学問はない。

同じことが、国家やマスコミや言論界にも言える。

            *。
自己がない、
自己を破壊する快楽も入れる、
或いは不快を排除する。

*。
自己がない自己、
それが神の自己であろう。

異物排除、
これが神の立場に立って、
異物を断罪し、リンチすることだろう。

*。
不快に天誅し、殲滅抹殺する。

それは自己の抹殺だ。

*。
異物を抹殺することで、
自分を抹殺して貰う。

自己を抹殺することであることは理解できない。

          *。
いい気持ちのベイトソン文化、

いい気持ちを用いた自己の抹殺。

*。
人間性と地球社会の抹殺、
いい気持ちでやっているので、
理解できない。

*。
そこには戦争といじめ殺しがある。

その事実から理解することは出来ない。

自分がないのだ。

*。
アメリカ人、
自己主張をする。

いい気持ちにある限り、
自己はない。

彼らはただ我を張っているだけではないか。

          *。
いい気持ち文芸、
自己がない人々の感情であることが予想される。

*。
快楽原則を自由とか愛国とか言ってるのだろう。

ベイトソン文化は、人間性と現実の否定だ。

*。
アレルギーによる快楽。
精神的自己がないから出来、
さらに生理的自己も壊す。

この世界には、壊れた自己と人間と社会や国家がある。

*。
ヨーロッパも問題だらけだが、
人間や現実を壊さなかったのではないか。

彼らとは話が出来る。
日米では話にならない。

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2008年5月27日 (火)

文化という記号 光源氏と麻原彰晃

文化が産業文明に中で記号化された。

文化は、国家・マスコミ・言論界・学界を形成、
これが現実に対する第二現実となり、
即ち偽装現実を形成した。

ここで行われていることは、
金権×快楽の追求である。

*。
例えば文学にこういう考えがある。

現世は劣悪であり、
ここに人はいかに生き延びるか。

心を広くし、人々の繋がりを豊かにし、
魂の置き場所を求める。

           *。
この考えの対偶を取る。
こういう人の生活の、ダイポール・モードを取る。

そこには金が溢れ、
豊かな消費がある。

結局、それが目標であったことだ。

*。
豊かな生活、
その記号としての文化。

豊かさを求めていない振りをして、
どっぷり豊かさに浸る。

諜報スパイ情報戦だ。

             *。
スパイ文化、諜報文化、情報戦文化。

本当は、金や豊かさを求めているが、
それを隠す。

むしろそれを否定することを言う。

*。
気持ちを正直に言わない、
紳士面して、犯罪する。

犯罪に明け暮れる偽善、
紳士面に明け暮れる欺瞞。

産業文明に、人の気持ちは切り裂かれた。

            *。
偽自己と仮自己の、
偽善と欺瞞の演技。

これが自己の記号化であり、
偽装現実の大文字の記号化であった。

文化の記号化、
マスメディアの大文字の記号化。

*。
ここに大きな物語は削除された。

金と権力が目標だから。

*。
現実に対し、文化はクローズド・ループになった。

現実から離れたところに文化空間を作り、
現実とは異なった世界観のものとに、
文化を追求する確固とした偽装現実運営空間が作られた。

           *。
この文化教団は、カルト化し、
そこに信者を誘い繁栄する。

カルトとしての文化教団、
人間性も地球社会も存在しない。

*。
現実は劣悪だ。
この世界を生き延びねばならない。

世界文化教団に参加しよう。

そこには楽しいライフスタイルがある。

*。
この世界から取り残された、現世と人類だ。

人類の現実とかけ離れた文化世界、
人間である体液=ナラティブを、
異物として排除してしまう。

ここに虚しい寂しい世界を、
楽しむライフスタイルがある。

            *。
これは新しいことではない。

源氏物語で紫式部は光源氏でやったことだ。

*。
光源氏は国家権力なるクロ-ズド・ループの教祖であり、
セックス教団の教祖であった。

光源氏は国家の記号とした紫式部だ。

*。
光源氏の世界は、オウム真理教のようだ。
光源氏は麻原彰晃だったのではないか。

これこそ英雄の求めるリングだったのではないか。

            *。
現代文化、
テレビ小説映画などは、
光源氏や麻原彰晃を求めているのではないか。

信者の数を増やす、
これが目標であり、

世界支配に成功する。
これを争っている文芸ではないか。

*。
そもそも世界一を争う文芸は文芸ではない。

偽文芸、偽装文芸、ガセネタ文芸。

これが記号の文化、大文字の記号のマスメディア。

そこに人間性も地球社会もない。

          *。
混沌や矛盾を生きると称し、
これを用いて金と快楽を追求する。

偽装と欺瞞、
偽善というおとり、欺瞞という偽装。

*。
この情報戦に、
刺激感と解放感、達成感と幸福感をひねり出す。

人間性を破壊する情報戦勝者になる。

*。
これが快楽の原則、ベイトソン法だ。
この世界が第二現実だ。

現実の原則、レイン法は、
現実にあって、現実を生きる。

          *。
超高速・超高密度・超高精度の、
完全ウソ・絶対デタラメ・完璧インチキ、
ここに空中戦を行い、
それに酔いしれるベイトソン法だ。

勝ったところで、人間性はない。

*。
第二現実、
これが光源氏や麻原彰晃の世界だ。

これを記号の現実と見れば、
現代の文明文化は、同型写像だ。

第二現実、即ち偽装現実は、
金と快楽で作った世界だ。

*。
ここに誘う悪魔のお菓子、
美しさ・ユーモア・楽しさ。

これに噛み付くと人間性を落とす。

*。
レイン法は、このお菓子を食わない世界だ。
人間性を落とさない世界だ。

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2008年5月25日 (日)

品格は エゴイズムである

修行して品格のある人間になる、
これはエゴイズムである。

惻隠の情、
過労死孤独死自殺…公害医療薬害大虐殺…
虚偽告発死刑…介護殺人尊属殺人…は、
誰もが可哀想と思う。

だが何もしない。
その世界で幸福になる。

この世界で生きのびていかなくてはならない。

この世界を変えようとする気持ちはない。

             *。
愛は自分だけ幸せにならないことだ。

他人の不幸を一緒に分かち合うことだ。

品格にはこれがない。

*。
品格は自己満足である。
品格はエゴイズムである。

不幸、
それは自己責任自助努力自己管理の問題だ。

そのような問題設定で、
品格は得られる。

            *。
社会が作る問題、環境が作る問題、
これを皆で分け合い、
皆で苦しみを分かち合い、
喜びは皆で共にしよう。

*。
品格のある人になる。
社会問題に関わらなくても出来る。

品格、惻隠、
それは人間性と地球社会を破壊する。

これがナッシュ関数だ。

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アメリカ・日本文学は エゴイズムである。

現実は劣悪である。
この現実を生きのびねばならない。

自分の心を深め、他者理解を広げ、
ここに品格を結晶する。

これはエゴイズムである。
自分さえよければいいとする考えだ。

*。
これはいい気分に身を任せ、
いい気分の言いなりになることだ。

その結果、いい気分に問題が起きれば、
その問題を攻撃する。

これがテロだ。

*。
ここに反アメリカ・テロのアメリカ、
反靖国テロの日本がある。

            *。
これに対する考えがある。

この世の苦しみ、
皆で分かち合い、
喜びも苦しみも共にしよう。

これが愛の考えだ。

*。
現実からいい気持ちに逃げず、
皆で、現実を何とかしよう。

ここに多くの人がまとまる。

*。
それはないものねだりだ。

その考えは現実を更に破壊する。

              *。
いい気持ちを求めれば、
仲間になる人やなれない人が生まれ、
そこに対立が起きる。

ますますいい気持ちに逃げる。
ますます社会が荒れる。

*。
ここにアメリカ文化がある。

ハリウッドの風が吹けば、戦争が儲かる。

*。
アメリカがひっきりなしにやる戦争、
原因は何だ。

いい気持ちによる荒廃の清算ではないか。

            *。
日本だって、いい気持ちに浸るほど、
いじめ殺しが過激になる。

豊かにあるほど、
過労死孤独死自殺…公害医療薬害大虐殺…
虚偽告発死刑…介護殺人尊属殺人…が増える。

*。
ナッシュ関数で明らかだ。
快楽を最大化する戦略は、
自己と世界を破壊することだ。

殺人による快楽、
アメリカと日本の共通現象。

            *。
快楽は殺人だったのだ。

自分と世界の人間性を殺すことだった。

殺人の快楽、快楽殺人、
ここに豊かさがあった。

*。
豊かさが荒廃を生み、
そこの更に文化に逃げる。

そのいたちごっこ、自転車操業、発振。

*。
いい気持ちには、この構造と法則が見えない。

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いい気持ちはエゴイズムである

いい気持ちの対偶は、いじめである。

白昼夢快楽共同体の対偶は、いじめ殺しである。

いい気持ちといじめの共通点。
それは自分さえよければいいとする、
エゴイズムである。

               *。
日本では死刑賛成が圧倒的多数であるという。

死刑は、死刑反対者も殺すことでもある。

エゴイズムにはこれが分からない。

*。
感情論はエゴイズムである。

自分さえよければいいとする考えだ。

人情世間体に引きこもり、自閉する限り、
人間にはなれない。

            *。
日本人の問題点は、
エゴイズムである。
自分さえよけれいいとする考えだ。

*。
ここにパラドックスが成立する。

自分さえよければいい人が、
国家や多数や強者の言いなりになる。

結局、エゴイズムは、感情論であることが分かる。

結局、日本は恐怖体制にある。

*。
即ち、日本人のは自分がない、意識も意志もない。

一人で生きられない。

             *。
アジアには居丈高となり、
アメリカには言いなりになる。

アジアには靖国、
アメリカには直接言わない。
アメリカに知られないようにやっている。

二つの卑怯に切り裂かれている。

*。
鬼畜米英が、戦争終わって、
一夜にして、
マッカァサー元帥閣下万歳、アメリカさんとなった。

*。
日本はあってなく、なくてある。

その都度、いい気持ちになる方を取る。

*。
優しい方がいい気持ちの時は優しく、
残酷な方がいい気持ちの時は、残酷になる。

優しさと残酷に切り裂かれた人々、
感情の趣くまま、
白昼夢快楽は、
問題をいじめ殺しに決着する。

          *。
白昼夢快楽共同体、
その対偶は、いじめ殺し共同体。

死刑賛成圧倒的多数、
人間性を殺人死刑にしていた。

             *。
そこでいい人いい気持ち、
人間性のない自白アリバイ。

殺人によるいい気持ち、
意識がないから認識理解できない。

*。
日本は正しい、
そうしか言い訳できない。

日本は神である、
人間性を殺しているから言えることだ。

             *。
神の立場に立って、
人間性を断罪リンチする。
日本人の特上快楽。

*。
ナッシュ関数、
民族全員の快楽を最大にする必ず存在する戦略は、
民族と世界を破壊する戦略である。

太平洋戦争が実証した。
又戦後政治経済外交が実証しつつある。

             *。
破壊こそ最大の快楽である。

日本人の地下迷宮に、破壊と殺人衝動のマグマがある。

その大噴火、それが日本人最大の快楽である。
その時、日本と世界は破壊される。

*。
この対偶が、平和憲法、人類大革命。

どうしたらこっちのモ-ドになるか。

このダイポール・モードの認識理解にある。

意識がなければこれは認識理解できない。

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2008年5月23日 (金)

日本は高機能自閉症である

日本もアメリカもイスラエルも、
北朝鮮もミャンマーも、
高機能自閉症のAsperger症候群である。

特徴は外部や内部への免疫過多である。
自分に必要な物事も排除する。

これらの国家は、
世界へも国民へも気持ちが開かれていない。

国家自閉症にある。

           *。
国家依存症、
国家あっての国民、
会社あっての社員、
学校あっての生徒、
これらが上下関係で、
対等化していない。

*。
国家が国家自身を排除する。

自己排除を拒否して絶対化する。
それは既に国家ではない。
ただの暴力組織だ。

*。
自分で自分を排除する組織を作り、
その排除を鎮圧する。

これが絶対組織だ。

             *。
自分の中に自分を排除する敵自己を自分で作る。

この排除に生きる、
これが絶対組織であり、
人間性は失われる。

*。
絶対組織は、自己破壊に成立する。

ここの妄想が発生、
妄想万歳に生きる。

反対排除の過激性、
これを自己とする。

            *。
アメリカ・日本・イスラエル・北朝鮮…。

自己排除システムにおいて、
内外の自己排除殲滅に生きる。

敵を殺すことが自己を生きることとなっている。

             *。
敵を殺すことが自己を殺すこと。

人を殺して死刑になりたい症候群。

これがテロではないか。

*。
アメリカは殺して貰いたくて、
殺しに行っているのではないか。

日本も殺して貰いたくて、
世界で暴れるのではないか。

*。
国家の自己同型写像事件、
これに捕まりもがく人々、そして国家。

          *。
免疫による自己確立を終わり、
人間性に生きる時代となった。

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2008年5月21日 (水)

なくてもよい快楽への依存

なくてはならないもの、
どうしても必要なこと。

あれば楽しいし面白いし役に立つ。
でもなくてもよい。

*。
この境界のあいまい化が、
人間性破壊であったのではないか。

ここに無意識にあった、
破壊と殺人衝動を、意識世界に汲み上げた。

そこに人間性の劣化、
劣悪化が起き、社会が無秩序化した。

           *。
秩序の崩壊、
それは無意識衝動の現実的実現ではなかったか。

意識と無意識のカオス化、
ここに人間性を低下させる白昼夢快楽が洪水となった。

              *。
快楽構造の調整ダムと堤防、
それが取り払われた。

ここに過剰の豊かさ洪水が発生した。

これを調整する人間性だった。

*。
意識のあいまい化、
これは人間性を低下、動物化した。

これを繁栄と勘違いした。

          *。
成功と幸福追求、
これが人間性を破壊した。

ここの刺激や興奮はあっても、
成功も幸福もなかった。

*。
快楽付け、
これが現代社会の特徴であろう。

こんなものなくてもよかった。
その方が、人々が暖かく優しく暮らせる。

           *。
ベイトソン法の問題が明らかになった。

本来の人間性の暖かさを壊して、
人造的暖かさを作る。

それは人の心の温かさでなく、
人造暖房機の温かさだ。

感動と幸福、
虚しさと寂しさを楽しむライフスタイル。

そこには満足がない。

           *。
満足と偽の満足、
偽装満足、これが溢れた豊かさだった。

一時的にはこれで済ませられても、
ひっきりなしにこれが必要になる。

快楽マラソン、倒れればお終いだ。
チャップリンのモダンタイムスだ。

そこに満足でなく、
満足感の刺激だけがある。

             *。
満足や幸福や感動にも、
本物と贋物があった。

この識別能力は、学校知識ではない。

それを出来る心だ。
それを学校は破壊する。

*。
心を普遍にした教育、
学校にはない。

それを出来る登校拒否フリーターだ。

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2008年5月20日 (火)

絶対デタラメ 完全いい加減

共同幻想、集団白昼夢快楽共同体、
ここに幸福感・達成感・解放感・躍動感がある。

これが絶対デタラメ・完全いい加減の正体だ。

デタラメでもいい加減でも、
そこに成功と幸福感はある。

おまけに権力も金も・名声さえ入る。

              *。
これは砂上の楼閣の白昼夢だ。

これを認識できるには、
自己や意識がなければならない。

それがなければこれは認識できない。

*。
自己のない衝動体、
小児性ということだ。

これをコトナと言った人がいた。

*。
日本の政治経済、テレビ小説映画、
コトナ現象だった。

登校拒否フリーターで鍛えた人たち、
大人になってクールジャパンとなった。

コトナには子供に見える彼らだ。

          *。
ここに筒抜けと自他反転現象がある。

自分の幼児性が相手に見る、
相手を幼児と見ることで、
自分が大人になる。

それは自分の中に自分の敵を作ることだ。

*。
外国を汚いことにすると、日本がきれいないなる。

汚いものがなかったとすると、日本がきれいに感じる。

これは統合失調性妄想現象だ。

*。
相手に見た子供を非難することで、
自分は大人になった気持ちになる。

それは自分が馬鹿にした自分だったのだ。

つまり統合失調となり、
自分は大人という妄想となる。

           *。
自己も意識もないコトナ日本、
これを大人と気張るお上日本。

これは統合失調現象だった。

そこに現れた妄想の自己、
世界には存在しない。

*。
日本限定日本、
それを知る意識がない。

財布がない=日本がない=意識がない。
お前が財布を盗んだ=これが大日本だ。
金を返せ=美しい日本。

*。
お上日本には、自己も意識も意志もない。

金権力で生きるしかない。

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2008年5月18日 (日)

権力組織と人間性組織

人類史の段階で、
初めは何でもありだったとしよう。

これではまとまらないので、
権力とか道義を設定した。

ここで組織が生まれた。
組織は自己と非自己の認識排除システムだ。

自己は非自己を暴力を持って排除する。

             *。
絶対自己が誕生、
それは道義を排除した。

それではあんまりだとなって、
例えばキリスト教が生まれ、
これは国家組織に磔刑排除された。

*。
ここに権力組織から排除された、
精神組織が生まれた。

ここの精神組織と身体組織の、
二元システムが成立した。

心身一元論の世界では考えられないことだ。

*。
これが社会の誕生である。

フロイトの言葉を使えば、
エゴとスーパーエゴの共存である。

これが古代ローマ帝国であったのだろう。

           *。
ここに自己と非自己が格闘する世界が出来た。

国家権力を強化すると、
精神的自己も排除する。

*。
身体組織と精神組織の共存。

よき精神はよき肉体に宿る。

ここの調和の思想があった。
このギリシャ思想に西欧は成り立った。

*。
身体組織が精神を自己の中に持ち続ける。

これが難しく、
精神を異物として排除する。

精神を敵とする身体組織ができる。

          *。
これが自己の中に自分で作る敵としての自己だ。

味方自己と敵自己、
共振すると自己が壊れる。

ここに妄想自己が生まれる。

*。
これが国家だったのではないか。

法治国家、
これは権力の異物であり、
権力は法を敵として排除、
絶対権力を作った。

*。
なんと権力は法をレバレッジとして、
国家を絶対化した。

           *。
すると国家を制御できなくなった。

この暴走が、豊かさであったのではないか。

それは精神の否定だった。

ここに地獄が出来た。

*。
どのように精神を再生するか。

Gёdelの不完全性定理やナッシュの平衡理論、
このスーパー理性を使うと、
精神の再生が出来る。

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アメリカ・日本 ヨーロッパ

アメリカと日本は、ベイトソン法である。

即ち、現世の劣悪は変えられないから、
この中でいい気持ちを作る。
これが人が現実を生きるということだ。

この世界にはサリンジャー問題が出て来る。
無価値な大義のために、
高貴な死を求めるか、
卑しい成功を求めるか。

*。
現世は変えられないとすると、
生きることは無価値となる。

だから現世を変えようとすることは、
虚しさを生きることだ。

            *。
元々人が生きることは、
孤独と絶望を生きることだ。

この苦しみに人は何が出来るか。

人間の尊厳を創造できる。

*。
現世の虚しさや空ろさ、
この世界と自己の、
運動性や関係性に、
自己の魂を不動点として、
作り出すことが出来る。

*。
Gёdelの不完全性定理は、
この現世の虚しさや空ろさに作った、
彼の魂だった。

ナッシュの不均衡理論、
孤独と絶望の世界に
彼の造った魂だった。

            *。
虚しい現世、空ろな自己、
これに衝撃を与え、
魂を作ることが出来る。

これがレイン法、ヨーロッパだ。

*。
現世に自己を使って、
刺激衝撃を与える。

ここに魂が生まれる。

*。
世界と自分の運動性と関係性に、
不動点としての自己を結晶創造する。

自分の魂=不動点を、
人類世界と歴史に置く。

            *。
皆こういう生き方することはない。

だがこういう生き方も出来る現世だ。

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2008年5月14日 (水)

人は何故 自己破壊に熱狂するか

自己が世界と出会う創造の場所が国家であり、
国家によって世界史を創造できる。

これがファシズムの思想であった訳だ。

ここに哲学者が熱狂した。

             *。
この考えこそが、
自己と国家を破壊した。

この思想こそが、
自己と国家破壊の暴力であった。

この暴力に、人々は自らの意志で、熱狂した。

*。
人と国家は発振した。

妄想に取り付かれた。

一切の批判精神は抹殺された。

それが発振だ。

*。
国家を語る、
国家を騙って、自分を騙していた。

             *。
正常の場合は、批判が可能であり、
常に対偶を考える。

対偶を取る、
これが負帰還である。

*。
批判、即ち、負帰還不能。
これが狂気である。

批判を非難として、排除殲滅抹殺する。

発狂したのだ。

*。
自己を破壊、
即ち、自己と内なる自己の敵が共振、
自己が破壊された。

ここに熱狂が現れる。

正帰還状態となった。

             *。
即ち、熱狂は、自己賛美状態である。

即ち、自己を神とし、自己を讃え、
批判するものを断罪リンチする。

ここに熱狂がある。

*。
反対者を血祭りに上げる。

これが熱狂状態だ。

ここでは人は絶対者を作り、
それに絶対服従する。

*。
絶対服従は、システムの発振であり、
これに夢中になることが、服従となる。

熱狂は自己の殺害であり、
これに夢中になった状態だ。

本人は熱狂、傍には服従に見える。

           *。
やっていることと、行われていること。

矛盾した状態だ。

ここで自己否定は他者の殺人となる。

*。
自己を殺して、他者を殺し、
他者に殺して貰う。

殺人の発振、連鎖反応。
国家でやれば、世界と自己を破壊する。

殺してもらうために、殺す。

             *。
これが繁栄のリングではないか。

そこに殺人のウロボロスがある。

蛇が自分の尻を自分の口で銜える。

これが発振だ。

*。
蛇が自分の尻を口から吐き出す。

ウロボロスの増幅、負帰還。

             *。
ウロボロスは、
尻を食っているのか、
尻を吐き出しているのか、
ただ銜えただけか。

それが発振と負帰還の違いだ。

*。
自己創造の場としての国家、
自分を国家に食わせている。

即ち、自分を自分で食っている。

             *。
自分を自分を食っているのか、
国家に自分が食わせているのか。

決定不能、
即ち自分は死んでいる。

生の存在不可能を生きている。

これが服従への熱狂だ。

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2008年5月13日 (火)

ラカン ボドリヤール…

ラカンに大文字の他者を、
国家やマスコミ・言論界・学会としよう。

ここには個人は関われない。

自分が直接関われるのは現実だ。

*。
すると大文字の他者は、現実か。

いやそれは社会であって、
個人に現実に対する社会であって、
するとこれは現実であるか疑問が出る。

*。
大文字の他者を社会と言えば、
個人が預けた現実の代理店であって、
現実そのものでないことが分かる。

社会は現実か現実でないか。

パラドックスになってしまった。

現実であるが現実でない。

*。
現実と社会、
互いに異物であって、
すると排除し合う関係だ。

社会は現実に先立つ。
社会は現実の存在不可能という可能性だ。
社会と現実は絶対矛盾的自己同一だ。

この状況がファシズムを生んだ。

            *。
社会を作って、
現実が偽現実と仮現実に切り裂かれた。

現実が統合失調になった。

*。
偽現実と仮現実は、
現実に対して、
偽善と欺瞞の演技を生きる。

これが現代だ。

            *。
ボードリヤールで行こう。

国家やマスコミ・言論界・学会は記号である。

記号=社会を通した、個人と現実の消費。

*。
ここに社会と現実が差異化され、
現実を社会にコピーし、
現実と社会の境界が曖昧化、
現実が模造品の偽装現実となり、
社会から現実が消滅した。

*。
ここにグローバリゼ-ションが成立した。

それで地球社会は破壊された。

           *。
ここに社会は現実にテロするしかなくなり、
現実が社会にテロをし、
社会が現実にテロをやらせたのに、
社会が現実にテロされたというのだ。

*。
即ちゼロサム・ゲーム。

いや囚人のパラドックスでした。

*。
つまり、現実は社会が考えているようなものではない。

現実の方が社会のことを考えているのだ。

イラク戦争を起こしたのは、現実だが、
それをやらせた、やって頂いた方が社会なのだ。

           *。
さすがフランスのエスプリ。

だが自己同型写像論を使うと、
一発で出てくる!

*。
アメリカは、世界を支配することで、
世界に依存した。

世界はアメリカの自己同型写像だ。

*。
世界はアメリカが、やって貰いたいことを、
やって挙げているのだ。

アメリカは統合失調を起こし壊れた。
今アメリカは妄想を生きている。

           *。
イランの映画監督が言った。
岸壁の仏像は、
恥ずかしくて、自ら崩れ落ちた。

アメリカもこれが分かれば、
自ら崩れ落ちることはなかった。

*。
世界は恥ずかしさのあまり、崩れ落ちた。
いや崩れ落ちさせられた!?

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クリエイティブ プロダクティブ

自分において考えること、
自分によって考えること。

自分だけで考えること、
自分を用いて考えること。

創造することと、問題を解くことの違いだ。

*。
世界に衝撃を与えること。
世界の混乱を整理すること。

新しい世界を作ること。
今の世界を良くすること。

世改めと世直し。

            *。
日本は世改めの出来ないシステムだ、
そう言っていた人がいた。

この閉塞感が閉じ込められ、
出られなくなくなると、
爆発する。

それが人を殺して、
死刑にしてもらうことかも知れない。

*。
それが太平洋戦争だったかも知れない。

この間の衆議院選挙、
外に敵を作り、内に敵を作り、
敵潰しに炎上したのかも知れない。

             *。
これが人を殺して、殺して貰う作法かもしれない。

何でこんなややっこしいことをするんだろう。

自分で自分を痛めることは出来ない。

*。
他人の痛みは分からないから、
殺すことが出来る。

殺人することで死刑にして貰う。

自分で自分を痛めつけることはない。

            *。
これって何だろう。

自分を痛めつけられない自分、
何時もいい気持ちでいたい自分だ。

*。
そう言えば、この国は批判させない。

とても不快になるからだ。

私のブログも、
日本を批判するとアクセスがガクンと下がる。

*。
理由はこれではないか。

不愉快な気持ちになりたくない人、
不愉快な気持ちを避けて生きている人々。

不愉快に閉じ込められると、
1.世界をさまよったり、自殺する。
2.精神を冒されたり、リストカットする。
3.犯罪したり、他人を殺して死刑にして貰う。

           *。
この国の人は、
自分において考えたり、生きたりしない。

西欧では、自己形成不全。
日本はこの自我を作らない。

自我は日本の否定とする。
自分において考えてはならない。

*。
自分を作らず、世間を生きる。

世間を生きられても、地球社会は生きられない。

地球社会は、日本や日本人を閉じ込める。

*。
このガス抜き方式が、
世界や他人を殺して、
世界や他人に死刑にして貰う。

             *。
汝自身を知れ。
殺せない自分に立て。

自分を疑え、
殺せない自分に立て。

*。
日本人の世間体自分、世界を生きられない。

遂に世界が世間に入り、
世間も生きられなくなった。

*。
他人を殺して死刑にして貰って、殺して貰う。

これが追い詰められれば、
お上日本が、又世界を殺しに行って、
殺して貰うことになるのではないか。

          *。
日本も日本人も、
自分において立つことを求められている。

*。
自分において立てないお上日本。

お上マスコミ・言論界・学会。

彼らは現実でない社会を生きている。

この閉塞感のガス抜きが、
彼ら自身を否定する犯罪。

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2008年5月12日 (月)

自己破壊は統合失調現象

自己破壊には統合失調があるが、
統合失調が自己破壊ではない。

ニュートンやナッシュは、統合失調だった。

彼らは人類史をぶち抜く壮大な創造をやった。

ナッシュの平衡理論は、
ニュートン力学と並ぶ壮大な創造だ。

             *。
ファシズムは、他人を殺して、
殺して貰う現象だ。

つまり他者を絶対的に支配することは、
他者に絶対的に依存すること、
即ち支配されることだ。

*。
他者の絶対支配は、
他者を殺して、
他者に殺して貰う現象であることが分かる。

絶対支配は、他者への絶対依存である。

そして他者を起爆装置として、自己を爆発崩壊させる。

           *。
大衆の服従は、大衆の国家支配であり、
国家の大衆支配は、国家の大衆への服従である。

ここに国家と国民は共振、
それぞれの自己を破壊する。

ここに国家と国民が神になる妄想が発生する。

これがファシズムだ。
今北朝鮮はこの状態だ。

*。
日本のバブルは、
国民と国家が金に服従し、
金が国家と国民を支配、
バブルという妄想を作った。

中国経済にこの危険を見る。
世界に服従し、世界を支配する。
両者が共振すれば、両者は破滅する。

*。
中国経済は妄想である恐れが大きい。

日本の経済成長は、
自民党増幅に、社会党負帰還で妄想ではなかった。

*。
負帰還政治経済は、
妄想にならない仕組みだ。

それが福祉という安全保障となる。
これが妄想にならない条件だ。

中国にこれがない。
ファシズム経済と言えるのではないか。

           *。
ファシズムは統合失調現象だ。

絶対支配は絶対服従であり、
支配に行くことで服従させられる。

*。
つまり自己の中に自己の敵を作ることだ。

味方自己と敵自己、
これが共振すると、
自己は破壊され、
妄想自己ができる。

ガンの発生だ。

*。
統合失調は精神のガン現象だろうか。

これを使って、壮大な創造や魂を作れる。

人は自己崩壊システムを生き、
これない+-のモードがあるのだろう。

社会にはこの+-現象の両方がないとまとまらない。

             *。
障害が負帰還になる時、
その社会はまともであり、
障害排除は、絶対依存の絶対支配であり、
自己を崩壊する。

*。
今の日本は、自己崩壊状態と生きている。

これが地獄なのだろう。

*。
病気や障害は多様性の一つであり、
これがないとシステムは安定しない。

病気や障害が、負帰還になる社会に正常がある。

             *。
ナッシュ関数、
病気や障害を排除した絶対幸福、
そこに自己は成立せず、
自己否定と自己破壊の世界となる。

病気や障害は、正常化の触媒・酵素・ホルモンである。
僅かなビタミン、
これがないとシステム全体が、健康にならない。

*。
病気や障害の排除、
ここに地獄があった。

それが地獄を作った。

*。
異物の過渡の排除、
それが地獄の製造因子だった。

素直で真面目で几帳面、
地獄の製造も出来るのだ。

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2008年5月11日 (日)

孤独と絶望 その本性は破壊と殺意?

民主主義や市場主義は、
偽善であり、
だがそれ以外の方法がない。

人の地下迷宮には、
嫉妬と憎悪、復讐と支配があり、
それは破壊と殺意のマグマに成立している。

*。
文化や文明のいいとこ取りをしているが、
その構造を見れば、
人は孤独と絶望を生きる宿命にあり、
そう考えると、
欠陥は多数あるにしても、
現代文明はなかなかのものではないか。

*。
そんなこと言ったら何時の時代もそうであった。

いいこと悪いこと、
そういう見方をすれば、よしあしは決定不能だ。

人は何とか生きてきた。

*。
こう考えると、
Gёdelの不完全性定理は悟りの意識構造だ。

            *。
政治は狂気であり、経済は犯罪である。

これが人の生きる世界だ。

神が人に与えたものだ。

*。
人の優れた生き方は、
長い間、飲む打つ買うやって、
最後に神に殺されることだ。

そういう光源氏のような人が多い。

*。
だが源氏物語には、
生きるに値しない世の中という考えはない。

だが沢山の人がいじめ殺されている。

*。
西欧は神を殺した、と言われる。

日本は怨霊物の怪を殺した。

そこで失ったものは何かあるか。

*。
西欧も日本も足るを知ることがなくなった。

これが一番大切なものであったのではないか。

            *。
足るを知る、
そこに満足と幸福と成功があった。

心とは、足るを知ることであった。
それを西欧も日本も殺した。

*。
成功と幸福は、悪魔のお菓子。

これに噛み付くと、心を落とす。

これは何時頃の話だろうか。

*。
成功と幸福、
これは退化の印であった。

人は退化の一途を生きた来た!

これがナッシュの非平衡理論だ。

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孤独と絶望 その本性は破壊と殺意?

民主主義や市場主義は、
偽善であり、
だがそれ以外の方法がない。

人の地下迷宮には、
嫉妬と憎悪、復讐と支配があり、
それは破壊と殺意のマグマに成立している。

*。
文化や文明のいいとこ取りをしているが、
その構造を見れば、
人は孤独と絶望を生きる宿命にあり、
そう考えると、
欠陥は多数あるにしても、
現代文明はなかなかのものではないか。

*。
そんなこと言ったら何時の時代もそうであった。

いいこと悪いこと、
そういう見方をすれば、よしあしは決定不能だ。

人は何とか生きてきた。

*。
こう考えると、
Gёdelの不完全性定理は悟りの意識構造だ。

            *。
政治は狂気であり、経済は犯罪である。

これが人の生きる世界だ。

神が人に与えたものだ。

*。
人の優れた生き方は、
長い間、飲む打つ買うやって、
最後に神に殺されることだ。

そういう光源氏のような人が多い。

*。
だが源氏物語には、
生きるに値しない世の中という考えはない。

だが沢山の人がいじめ殺されている。

*。
西欧は神を殺した、と言われる。

日本は怨霊物の怪を殺した。

そこで失ったものは何かあるか。

*。
西欧も日本も足るを知ることがなくなった。

これが一番大切なものであったのではないか。

            *。
足るを知る、
そこに満足と幸福と成功があった。

心とは、足るを知ることであった。
それを西欧も日本も殺した。

*。
成功と幸福は、悪魔のお菓子。

これに噛み付くと、心を落とす。

これは何時頃の話だろうか。

*。
成功と幸福、
これは退化の印であった。

人は退化の一途を生きた来た!

これがナッシュの非平衡理論だ。

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2008年5月10日 (土)

スペクトラム時間論 日本文化に実時間がない

物事・空間・時間、
これらの言葉から作るイマジネーション。

即ち、言葉をホログラムとする、
イマジネーション・ホログラフィー。

おまけに母音が左脳に入るので、
イマジネーションは歌となる。

*。
日本文化はイマジネーションの交流だ。

イマジネーションを作る人が、主語であり、
だから文章主語がない。

受ける相手が、述語だ。

*。
例えば、源氏物語を読む人は実話だと思う。

そうでないと分かっていても、実話だと思う。

源氏物語が主語で、読み手が述語だから。

直接、イマジネーションがやり取りされる。

            *。
そこには日本的現実がある。
いやこれが日本の現実だ。

夢の中で生きている、そういえる日本文化だ。

*。
文化的現実と実現実が違う。

月日は百代の過客にして、
行きかう年も又旅人なり。

現実を生きること、
文化を生きること、
この二重生活が日本文化だ。

*。
この再現が、登校拒否フリーターだ。

だが彼らの生きる現実が撤去されていた。

これが西欧化だ。

*。
文明開化は、日本を破壊した。

日本を西欧で上書き、
日本でも西欧でもない偽装日本が出来た。

            *。
こんなことが出来るのは、
日本がホログラフィーだからだ。

西欧化日本のホログラフィーを作った。

*。
日本文化は、時計時間を、
生体時間に変換し、
そのリズム波動から、スペクトラム時間を作る。

*。
例えば、光源氏何歳の時、何歳の時と分ける。

実時間の中で、連続的に変えない。

永遠の中の時間の中の時間、
これがホログラフィー時間だ。
即ち、スペクトラム時間。
空間時間とも言える。

*。
主語のある実時間、
主語のないホログラフィー時間。

           *。
時空の歌、
時間でない時間。

このパラドックスを歌で越えた。

*。
西欧音楽脳が、日本音楽を受付ないことは、
この処理が出来ないからだろう。

中国や韓国が、
日本音楽を受け付けることは、
漢詩で、時間でない時間を扱えるからだろう。

*。
このような中国や韓国の音楽は、
西欧音楽脳は受け付けないだろう。

*。
日本文化は、空間時間、即ちスペクトラム時間にある。

これで西欧と付き合うには、
変換装置が必要だ。

*。
西欧と日本文化の通訳装置。

意味翻訳、
翻訳者はこの問題を処理しつつある。

直訳できない日本文化、
アジアとも通じない日本システム。

文化通訳、新しい課題だ。

             *。
だが源氏物語は世界20ヶ国語以上に翻訳された。

ホログラフィーは世界共通だ。

コンセプト&ロジック、
これもホログラフィー・システムだ。

*。
源氏物語は概念&論理構造を持つ。

シュレーディンガー方程式にばっさり乗る。

科学は人の思考形式の普遍性に対応する。
紫式部はそこに達していた。

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2008年5月 7日 (水)

日本精神 アメリカ精神

日本精神、大和魂。

開拓者魂、パイオニア精神。

アメリカと日本は同型ではないか。

*。
自己と世界が出会う創造の場所こそ国家であり、
国家こそは世界史的立場の創造の場所である。

今のアメリカに、大日本帝国が重なる。

             *。
大日本帝国は、大東亜共栄圏を歌い、
アメリカは、民主主義の世界展開を歌う。

共に世界の嫌う戦争に現を抜かす。

*。
共にこの高揚感が妄想であることを知らない。

この成立機序はこうだ。

大日本や大アメリカを設定する、
それが自己の世界的創造だ。

すると世界は敵となる。

この敵は自己の内なる敵でもある。

*。
自分が自分で自分に敵対する自分を、
自分の中に作る。

味方自分と敵自分の内戦が始まる。

これが真の戦争になった時、
自分は破壊されたのだ。

*。
ここに妄想の自己が生まれる。

これが大日本や大アメリカだ。

国家の創造が実現したのだ。

            *。
これが自己否定自己破壊であり、
その自己を自己としてしまうのだ。

即ち統合失調を発症した。

*。
アメリカは日本占領で、
日本ウィルスに感染したのだろうか。

アメリカ人も、
明るいが、素直で真面目で几帳面だ。

*。
同じ体質であるが、
日本に共振したと言えなくはない。

           *。
戦争こそは統合失調の発症だ。

人を殺すことで、
大日本、大アメリカに炎上する。

同じ症状だ。

同じ体質、
だが日本ウィルスに感染したと言えなくはない。

             *。
国民の服従を呼ぶもの、
それは国民の熱狂によるものでなければならず、
それは国民の自由意志から生まれなければならない。

*。
この原因には国民の欲求不満がなければならず、
これと破壊と殺意の衝動が、発火されねばならない。

*。
欲求不満は敵を求め、
敵を消すことで、不満を晴らす。

贅沢貧乏、これがアメリカの戦意ではないか。

*。
ハリウッドに風が吹けば、戦争が儲かる。

             *。
戦争は伝染する。

それを見ているものも、
戦争ミラー・ニューロンが発火する。

*。
戦争しない体質は、
戦力放棄にあることが分かる。

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2008年5月 6日 (火)

極めること もてなすこと

現実の中に社会が出来た。

孤独と絶望の現実、
いい気持ちを交換する社会。

*。
マスコミ・言論界・学会、
共にもてなし社会となった。

人々がもてなしあって、いい気持ちに耽る。

現実が追放された。
だが人は現実を生きている。

            *。
この差額調整をワーキングプアにやらせている。

学問や言論にして然り。

現実の問題を極めなくなった。

*。
現実が野放しになり、
反乱を起こし始めた。

環境問題、人口問題、食糧問題、
犯罪に溢れる世界。

*。
現実を放り出し、
いい気持ち社会を作った結果だ。

           *。
マスコミ・言論界・学会を含む体制、
王侯貴族となり、現実を荒れるに任せた。

現実が反乱を起こし始めた。

これをワーキングプアに当たらせる。

*。
これが地球社会の真相だ。

この問題の鎮圧に当たるインターネットだ。

炎上問題、
これは天下の一大事を処分する学習だろう。

*。
国家の悪業、
それを炎上させて潰す。

そのような新しい方法を予感させる。

新しい大衆の直接民主主義、
炎上方式は、そのプロトタイプだ。
試作品、開発商品、
やがて実用商品が生まれる。

           *。
言論テロや言論ゲリラ。

鬼ごっこや隠れん坊であろう。

ここにしか真実はない。

これが成長すると、現実を直接向き合える時代となる。

*。
成長には喧嘩が必要だ。

だが病人を炎上して、始末することは殺人だ。

それに国家によって発展段階が違う。

*。
アメリカは先進国のようだが、
精神的には発展途上国だ。

日本もそうだ。

それを知ることが、そこから脱出することだ。

*。
頭のいい秀才、だが子供。

これが日米の実体ではないか。

その日本より半世紀遅れた国もある。

成長段階にあわせ、付き合う。

*。
この現実が見えない現代社会だ。

この能力はインターネットにしかない。

現代世界は、不良国家が殺しあう段階だ。

           *。
成長段階の多様性、
これに全く適応しない国家世界だ。

画一的だから、
問題に攻撃的で強硬、
知の柔軟性が無い。

*。
いや知がない!
地球社会も「財布がない」とする世界だ。

いやこれが国家の特性だ。
日本はそれを純粋培養したようだ。

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2008年5月 5日 (月)

イマジネーション実体 リアリティ実体

現実とは何か。
沢山の研究はあるが、
沢山あるということは、分かっていないことだ。

つまりそれをどう見るか、
人によって違うし、
それがその人の立ち位置を決める訳だ。

*。
日本人は意識のイマジネーションを実体とする。

西欧はリアリティを現実とする。

西欧の視点で、
日本人が日本を見ると、
現実から遊離していることが見える。

*。
西欧から日本を見ると、
その現実部分が見える。

だがそれが日本では現世の実体ではない。

*。
互いに同じものを違うように見ていた。

それが分かってきた。

日本人は西欧が言うリアリティを生きていない。

西欧は日本をリアリティで見るが、
それは日本人の日本ではない。

*。
日本人の日本は、
西欧には雑音で、見えないのだ。

西欧には日本でなく、
日本の物しか見えない。

西欧にはそれでいいが、
日本には日本を無視したことになる。

もっとも日本人はそれに気がつかない。

          *。
お互いに何をやっているんだろう。

何を見ているのだろう。

こういう見方で、思考できるようになって来た。

*。
いやアジア人同士、どう見えるのだろう。

同じ部分だけで対応できなくなってきた。

例えば、それが戦後問題でもあろう。

*。
これを通して、
意識構造と法則の違いも見えてきた。

音楽だって、マンガだって、同じ感動をしていない。

同じ部分もある。

*。
日本にだって、方言がある。

全く分からないこともある。

そこでの共通性、
人間性が見えてきた。

*。
現代は人間性という共通点を発見した。

だがまだ殆ど分かっていない。
それが明らかになりつつある。

そういう黎明期の感動を味わっている。

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2008年5月 4日 (日)

ノーベル科学賞の取り方

最近ブログしていて気がついた。

ナッシュの不均衡理論に角谷の定理が使われ、
デリバティブの理論に伊藤の定理が使われ、
フェルマの定理の証明に、志村・谷山予想が使われ、
ポアンカレ予想の証明の土台にも、
日本人研究者の業績があった。

まるでノーベル賞の裏方だ。

*。
日本人はAsperger症候群なのだろうか。

ノーベル賞には取り方がある。

一点突破でなく、
物語でなくてはいけない。

            *。
だが日本人の研究は一点突破になる。
だからAsperger症候群かもしれないと思う。

文章は書けても、意味を理解しない。

*。
アメリカ人はノーベル賞の取り方を知っている。

というより、
彼らの科学の勉強の仕方は、
仲間での議論であり、
それが物語りだ。

日本人の場合は、一人で考える。
だから一点突破になる。

           
           *。
ではどうするか。

アメリカの真似しても出来るものではない。

日本式を考えることだ。
では日本式とな何か。

こういう考え方が必要なのだ。

*。
日本の本質は、
ホログラフィー=イマジネーション思考だ。

これが科学の部分でなく、
全体にする。

日本の使命を認識する。

*。
つまり、日本は全体の物語がなく、
科学の部分がばらばらにある状態だ。

つまり全体のない部分がある!

*。
つまり民族的可能性、
民族の世界的人類史的使命の認識がないのだ。

ここに到達し、
ここから始めないと、
システマチックにノーベル賞は取れない。

つまり世界の部分にしかなれない。

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2008年5月 2日 (金)

快楽原則は統合失調である

快楽は快楽を味方とし、不快を敵とする。
敵味方識別方式である。

自己と非自己の識別、
非自己の排除の免疫システム。

現代人は、
快楽を自己とし、
不快を非自己として、排除する生き方だ。

ここに自己を統合失調にした。
不快はばい菌ではない。

            *。
お上日本は、弱者を不快として排除する。

教室や組織のいい子は、
言いなりにならないものを異物として排除する。

*。
かくして日本は統合失調となった。

快楽を相手に要求、
不快が返って来ると、
これを敵として排除する。

不快を敵として排除するシステムは、
本来の自己を敵とする。

           *。
不快のない自分や国家、
これは妄想である。

即ち、統合失調である。

*。
快楽と不快を越えた生き方、
これが人間性であり、
これを弾圧するものの改善、
これが人間の尊厳である。

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民主主義は統合失調装置である

国民全員の快楽を最大化する戦略装置、
それは民主主義であり、資本主義である。

これは同時に、
この戦略に参加出来ない、
良心良識を抹殺する戦略であった。

*。
快楽と良心良識は対偶関係であるからだ。

快楽の追求は、
良心良識や人間性を敵とする仕掛けであった。

快楽の最大化は、人間性の最小化であった。

            *。
資本主義と民主主義で作られた国家は、
快楽を最大化する戦略装置であり、
これは良心良識を敵とするシステムであった。

ここに敵味方識別社会が成立、
統合失調を起こした。

*。
最大多数の最大幸福、
この戦略装置は、
弱者を作り、彼らに被害を最大化するシステムであった。

王侯貴族装置も、
敵味方識別装置であり、
平民被害を最大化して、
王侯貴族利益を最大化した。

           *。
国家システムは、
王侯貴族を国家貴族に置き換えただけであった。

新王侯貴族システムを、
たいそうな民主主義と資本主義でやった訳だ。

*。
権力装置は、敵味方識別装置であり、
現在人類は、国家貴族装置の転換を迫られている。

だが権力は神が作った。

これを悪が増大した。

*。
悪を無くすのでなく、
悪がある程度あっても、
社会が安定すればいい。

即ち、悪の増幅装置を、
善で負帰還する。

ここで弱者は、最低生活を保障される。

*。
これが人類の目指す世界だ。

ここで悪は質を変える。
強盗殺人でなく、乞食に変る。

         *。
敵味方分類システムは、
統合失調を起こし、
国家や文明妄想を作った。

敵味方分類社会は、人権や民主主義が作った。

*。
法を正義とすると、
違法は敵となる。

敵の排除が国家の目的となる。

*。
それは敵を排除する国家を敵とするから、
つまり正義は悪を排除する悪となるから、
自己否定自己破壊となる。

これが国家や民主主義や資本主義の正体だ。

             *。
ここに統合失調を発症し、
ここに国家や文明が善であるとする妄想を作る。

この国家や文明は、
はじめに設定されたものとは、全く違う。

この識別が出来ない、統合失調だ。

*。
ここに統合失調社会が成立した。
これが現代の諸悪の根源だ。

この世界は魂作りを悪とするのだ。

*。
ヨーロッパは、愛と正義の負帰還があり、
異質を個性と出来るが、
日本はそれがないから個性を悪と排除する。

統合失調のやり取りとなり、
強い妄想が勝つ。

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法治国家は符号である=財布がない

法治国家を作った時、
これは社会から良心良識を抜いたことだ。

即ち、国家はただの符号となり、
国家はサーキットとなった。

即ち、中味はないが、
お前が盗んだ、金を返せと、回路は動作する。

*。
国家は、符号商品として、
製造販売消費されることとなった。

国家自体に中味はない。
国家は商品となり、生産販売消費される。

生産販売消費の回路、
中味のない国家製品が取引される。

            *。
これを極端化して示したオウムだ。

中味のない宗教、
それは教義や経典の符号として存在する。

これが回路である。
財布はない。

*。
日本教育の象徴、偏差値。

高偏差値の人々が、
日本の箱庭を作った。

オウムは日本の自己同型写像である。
超精密箱庭、高偏差値にお手の物だ。

*。
皆国のために、国を守って死ぬ。
=教祖のために、教祖を守って死ぬ。

国に誤りなし=教祖に誤りなし。

自分たちだけ死ねばいいのに、
過労死孤独死自殺…公害医療薬害大虐殺…
虚偽告発死刑…介護殺人尊属殺人…する。

*。
オウムはお上日本の自己同型写像である。

高偏差値の連中だからやれたことだ。

*。
ところで教義は何だ。
いや日本の教義は何だ。

教義はない=財布はない。

それを守って死ぬ回路だけがある。

オウムは日本の自己同型写像である。
高偏差値だから出来たことだ。

             *。
オウムは日本人に反面教師となり、
日本の改革を企てた。

だが日本はオウムの反面教師となり、
彼らを死刑にした。

*。
オウムの意図は反転した。

何故だ。
日本は統合失調だったのだ。

*。
オウムはやった、
日本のために日本を殺して上げます。

日本はやった、
日本のためにオウムを殺して上げます。

どうなってんだろう。
この迷路を抜けることが、問題処理だ。

*。
ナッシュ関数処理しよう。

日本人全体が最大の利益を上げる戦略は、
世界を破壊することだ。

その時、日本も消滅する。

日本人全体が最大の利益を上げる戦略は、
日本を破壊することだ。

民族の最大の利益とは、
世界と共に生きることだ。

*。
国家や民族の最大の利益とは、
金でなく人間性にあった。

利益に金を取るとナッシュ関数は発振する。

*。
人間の利得とは、
金権力でなく、
人間性であり、魂であった。

これがナッシュ理論の本質だ。

           *。
ここに快楽に原則は、金権力であり、
自己否定自己破壊であることが分かる。

現実の原則は、良心良識であり、
魂を作ることであることが分かる。

*。
金権力、卑しい生。

良心良識、高貴なる死。

           *。
ナッシュ関数、
人間性が最大になる戦略は、
高貴なる死である。

それは魂を得る戦略である。

ここに神のプログラムが解読された。

*。
源氏物語の紫の上に、それが書かれている。

光源氏は快楽を最大化し、破滅した。

光源氏と紫の上の夫婦、
これが現実である。

            *。
魂を得るには、
光源氏の世界が必要であった。

魂は光源氏の世界を溶液として結晶される。

これが源氏物語であった。

*。
現実の原則、レイン法、ナッシュ関数、
それは魂を作る生き方だ。

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素直・真面目・几帳面 対偶は傲慢・残酷・偏狭

どんな人も破壊・殺人衝動を持つ。

キリスト教では、キリストが、
人の破壊と殺人衝動を引き受けて殺され、
それを拭い去って、
愛と正義として生まれ変わった。

破壊と殺人衝動という原罪を、
愛と正義に変換した。

キリストがその変換装置となった。
破壊と殺人衝動のフィルターとなった。
こういう解釈がある訳だ。

           *。
日本ではどうか。

破壊と殺人衝動を結晶したお上体制を作り、
対偶効果として、クールジャパンを作った。

仏教儒教は、
破壊と殺人衝動から、
親切・真面目・几帳面を精製した。

だがその対偶として、
残忍残酷・極悪非道・傲慢不遜が生まれた。

            *。
キリスト教のように、
破壊と殺人衝動を愛と正義に変換したのでなく、
対偶構造とした。

キリスト教圏も、
破壊と殺人衝動を削除したのではない。

これに苦しみつつ、
ここから愛と正義を作り続ける。

              *。
初期値の些細な設定の違いが、
現世を異なるものとした。

どんな文明も欠点だけからなることはない。

*。
お上体制とヨーロッパを比較すると、
社会の人間性の質感が違う。

感動や幸福感に溢れた日本であっても、
存在感のクオリティが違う。

           *。
西欧にも心の渇きや飢えがある。

西欧も犯罪や狂気に溢れ、
政治経済も問題だらけだ。

人は問題を食べて生きている。

*。
問題という食べ物の質だ。

おいしいか、食えたものではないか。

西欧の心の渇きや飢え、
日本では摂食障害を起こしているのではないか。

*。
問題の処理が可能な社会と、
それが不可能な社会。

          *。
日本は初期値の設定が悪かった。
根源に問題がある。

同じ世界で、同じ努力をする。

だが結果が違う。
初期条件の設定の問題だ。

*。
親切・真面目・几帳面を生産に使えば、
優秀な商品が出来る。

だが社会に使うと、いじめ殺しとなる。

*。
親切・真面目・几帳面にいじめ殺す。

物の生産でいいが、人の世界では困る。

その区別がない、
いやこれが左脳原理主義ではないか。

判断がない。

          *。
いい気分原理主義、
現実の設定が出来ない。

気分よければ、なんでもよし。

偉い人が威張ることでしかなかった。

国の役立たずは死ね、
こういうことだった。

*。
国家が威張っている国、
アジアにある。

仏教儒教圏だからだろうか。

初期設定の問題性を見る。

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2008年5月 1日 (木)

現実をコピペした社会

現実を国家で上書きする。
この上書き社会を、コピペして、我々は生きている。

それに対応する現実はある。
我々は何をしているのだろう。

*。
このコピペ社会は、
オウム事件をやらせたり、テロをやらせている。

コピペ社会が、
現実の事故事件をやらせる。

だが我々がやられたと思うのだ。

            *。
真に都合がいい。

法を使うと、やったやつの責任に出来るのだ。

だがその結果、事故事件は発振してしまう。
手が付けようがなくなる。

事故事件の発振回路を作っていたのだ。

*。
国家は主体ではないが、
主体の位置を取れるのだ。

これが上書きコピペ社会だ。
上書きしたものが、主体となる。

使われているものが、使っていると思うのだ。

            *。
上書きすることで、
自分が現実に筒抜けする。

そして自分が現実から、返って来る。
この時、自分やったことが、相手がやったことになる。

即ち、自他が反転する。

*。
即ち、自分の中に自分の敵が出来る。

それは自分が作ったものだ。

国家の中にも、国家が作った敵が出来る。

そして自分がやらせたことに、
自分がやられたとなる。

              *。
即ち、自分が壊れた。
自分が自分に自分を壊させた。

即ち統合失調を発症したのだ。

*。
かく何事も相手のせいにできる。

自分だけは、国家だけは、絶対に正しい。

神の立場に立って、相手を断罪リンチするのだ。

*。
日本はオウムを、神に立場に立って断罪リンチ、
アメリカは、神に立場に立って、相手を断罪リンチ。

その相手は自分なのだ。

            *。
自分が作った自分の中の自分、
それを相手を通して、殺す。

それは自分殺しだ。
自殺、リストカット現象。

*。
統合失調だと、これが理解できない。

何事も相手がやっている。
それは自分が自分にやらせているのだ。

            *。
岸壁の仏像も、ツインタワーも、
アメリカも日本も、恥ずかしさのあまり、
自分で崩れ落ちた。

恥の観念のない世界にはこれが分からない。

チグリス・ユーフラテス、八千年の文明は、
これを知っている。

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イマジネーションとリアリティ

日本脳は、動物の声も言葉とする。

これを左脳原理主義と呼ぶ。

ここで言葉はホログラムであり、
それが作るホログラフィー、
即ち、イマジネーションが、
日本人意識の実体である。

すると西欧で言うようなリアリティは、
日本人には、実存や現存在でない。

*。
西欧から日本を見ると、
夢の中を流離っている。

空想を生きている。

日本人には、いい気持ちを生きている。

*。
皆でいい気持ちを合唱しているのだ。
合掌と言ってもいい。

雑音を立てると、障害者も非国民として、抹殺される。
これを厳しさと言う。

            *。
結局、世界と調和しないのは、
イマジネーションをリアリティとしているからだ。

世界は、日本と一部を除いて、
イマジネーションをリアリティにしていない。

*。
いい気持ちが、日本人には世界で言うリアリティだ。

いい気持ちは、事態の凶悪さに成立している。

             *。
世界とどう関係したらいいのだろう。

イマジネーションをナッシュ関数で計算して、調整する

世界と日本は、ナッシュ関数で結合出来る。

ナッシュ関数の魂になれば、
これは人間人類共通だ。

*。
それに伝統日本文化は、
クールジャパンにしても、
紫式部や芭蕉にしても、魂を結晶する文化であった。

魂は、世界と共通の場に立つ。

*。
大日本帝国の苦しみを魂にする。

太平洋戦争から魂を作った、
これが平和憲法だ。

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快楽の原則 現実の原則

いい気持ちを生きる快楽の原則、
孤独と絶望を生きる現実の原則。

ベイトソン法は、快楽の原則であった。
レイン法は、現実の原則であった。

光源氏は、快楽の原則を生きた。
紫の上は、現実の原則を生きた。

*。
フロイトの言葉で、このように極端化できる。

日本人は、国民全員が快楽を最大化する戦略を取った。
その戦略は、人間と世界を破壊する戦略であった。

これがレイン関数の計算結果であり、
現実に実証された。

*。
快楽の原則を生きることは、
人間性の破壊であった。

人間性を破壊した、日本と日本人がここにいる。

*。
なに人間性を破壊した方が快適に生きられる。

人間性といった重荷は捨てた方が、
身軽に飛んだり跳ねたり、
快適な生活が出来る。

これが日本の現状だろう。

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2008年4月30日 (水)

厳罰は妄想である

愛国厳罰、
職を失って迄やることではない。

厳罰が成功したのだろうか。

*。
かっての校内暴力、
教師は暴力で鎮圧した。

それから暴力はいじめに変った。

一方少年犯罪が増えた。

*。
生徒のしつけは、暴力に限る。
そういう人もいる。

それで一見成功する。

それでやった方もやられた方も、壊れたという人もいる。

暴行されて、立ち直ったと感謝する人もいる。

           *。
占領地や植民地。

抵抗運動がある。
すると見せしめが行われる。

殺された仲間の、何倍も公開処刑する。
死体を曝す。

*。
これで抵抗運動は鎮圧されたことはない。

やる方もやられる方も、
ますます残虐になる。

そしてやった方は、戦後も復讐される。

*。
残酷国家は、戦後ますます叩かれる。

人の痛みや傷は消えることがない。

            *。
殺人には死刑が当然だ。

国内はこれで済んでも、
国外はこれでは済まない。

厳罰国家は世界を生きられない。

           *。
ナッシュ関数で計算しよう。

国家秩序を作る最大の戦略、
それは厳罰だ。

それは国家秩序を破壊する戦略である。

*。
厳罰は秩序を破壊することだった。

厳罰に秩序はない。

*。
厳罰は秩序ではない。

暴力の絶対化だ。

暴力の強さを、秩序とする。

*。
これはただの平衡だ。

反対暴力を生み出し、
弱いところから攻められる。

           *。
左脳原理主義の日本では、
秩序と均衡の違いを認識出来ない。

均衡を秩序とするのは妄想だ。

即ち、お上日本は、統合失調状態にある。

*。
だから妄想を実在とする。

これが左脳原理主義、即ち統合失調状態だ。

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2008年4月29日 (火)

切り裂かれた現実

サリンジャーの「ライ麦畑」に出てくる、
精神分析学者のヴィルヘルム・シュテーケルの言葉だ。

未成熟なものは、高貴な死を大義とする。
成熟したものは、卑しく生きることを大義とする。

精神に生きて、現実に死ぬこと。
現実に人間性を殺し、金権力に生きる。

*。
この袋小路に入ると、統合失調になる。

サリンジャーは統合失調と言われている。

現代人は、第二反抗期として、統合失調を生きる。

ここにいろいろの生き方が出てくる。

          *。

神に選ばれた民族とか、
美しい日本とか、
こういう生き方は統合失調に罹る。

ここに卑しい生き方と、高貴な現実否定に、
切り裂かれる。

*。
これは、問題の設定に誤りがあることだ。

神に選ばれたとか、美しい国を設定すると、
ナッシュ関数で直ぐ計算できるように、
自己と世界の破壊となる。

*。
日本のイマジネーション法は、
それ自体誤りではないが、
使い方が悪いと、自己否定自己破壊になる。

こうしない条件として、
ナッシュ関数で、イマジネーションを計算する。

これで統合失調を抜けられるのではないか。

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2008年4月27日 (日)

エチケットのパラドックス お世辞は差別である

好意に満ちたお世辞、
これは自己と非自己の非自己排除の差別だ。

ここに同じ人間である認識はない。

自分と違う人間を褒めるだけで、
自他は同一化されて、同じ人間になっていない。

*。
お世辞には、偽自己と仮自己があり、
これが偽善と欺瞞の演技をしている。

         *。

ナッシュ関数で計算しよう。
褒める戦略は、見下す戦略である。

*。
自他を差異化、即ち自己非自己を分離化、
人権を作る振りして、人権を破壊。

褒めることで見下す?

その余裕こそ、自分を相手から差別化する。

即ち、同じ人間でなくする。

*。
ここに相手への復讐心が芽生える。

お世辞は自他同一化すると同時に、
嫉妬と羨望のダイポール・モードだ。

お世辞は、愛憎並存現象である。

*。
お世辞は当てにならない。
慣れたものにはなんでもないことだ。

それなら挨拶だけでいい。

           *。

さて寅さん現象、
ボケと突っ込み現象、
相手を侮辱する喜びでしかないのではないか。

捩れたお世辞、
人の悲しみほど嬉しいことはない。

これはナッシュ関数そのものだ。

即ち、自分の喜びは、他人の悲しみである。

*。
これを抜けた愛ではないか。

慈悲はこれを抜けていないのではないか。

これが寅さん映画が、西欧で流行らない訳であろうか。

*。
エチケットに二種あった。

エチケットのパラドックス、
馬鹿にする喜びと、
これを越えた、人権の挨拶。

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愛国心が吹けば 国が壊れる

国民の熱狂を最大にする戦略は、
愛国心を最大にすることである。
それは国家と国民を破壊する戦略である。

美しい日本、
これを刺激興奮させる教育は、
人の破壊と殺人欲求を刺激興奮させることだった。

国民の破壊と殺人欲求を炎上させることは、
美しい日本を炎上爆発させることだ。

これがナッシュ関数で出てくることだ。

            *。

美しい国は言葉だけで、内容がない。

日本には国がない、即ち、財布がない。

美しい日本がない。
→美しい日本は盗まれた。
→美しい日本を返せ。

*。
これは乞食稼業だ。
いや常習累犯窃盗だ。

愛国心が燃えると、
強盗殺人になる。

            *。

ナッシュ関数に、
美しい日本を入力すると、
日本は強盗殺人組織となる。

お天道様に恥ずかしくない生活、
これを入力すると、
よき日本が出力する。

*。
お上日本とよき日本は対偶だ。

だから両者が、ワンセットで現実に存在する。

*。
美しい日本とお天道様に恥ずかしくない日本。
これを重ね合わせると、
共振し、日本が壊れる。

ここにお上日本が生まれる。
そうしないと日本はまとまらない。
その時点で異常だ。

この時、お上日本は統合失調となった。

            *。

美しい日本を作ろうとしたため、
偽自己と仮自己が生まれ、
これが偽善と欺瞞の演技をする。

これがお上日本だ。

*。
日本の中に、味方日本と敵日本が生まれ、
これが喧嘩闘争する。

即ち統合失調状態だ。

お上日本とクールジャパンに切り裂かれる。

*。
両者が平衡する、
これは統合失調状態だ。

お上が勝つと、統合失調を発症する。

           *。

正常にするには、美しい日本を発想しないことだ。

日々を普通に生きればいい。

美意識の強い日本人にこれが難しい。

この文脈で分かることは、
困難を生き抜く、
これが日本人が、
大人になるイニシエーションであることだ。

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