音楽の対偶理論
吉田秀和氏は言っている。
奥さんを亡くされて、うつ状態になった。
音楽を聴く気にもなれない。
モーツアルトさえうるさかった。
だがバッハだけは聴けた。
*。
私は、多くの音楽を聞くとアレルギーを起こす。
気持ち悪くて聴けなくなってしまう。
だがバッハだけは、いくら聴いてもアレルギーを起こさなかった。
何故だろう、
やっとそれを説明する理屈が見つかった。
*。
アレルギーを起こした代表がベートーベンだ。
彼の名前と聞いただけで、気持ち悪くなった。
それは精神障害だったかも知れない。
誰にでも起きることではないから。
*。
私がアレルギーを起こす音楽には、
対偶構造が認められる。
アレルギーを起こす音楽には、感動がある。
しかも激しい感動だ。
*。
愛憎並存といったらいいのだろうか。
愛する相手に、
憎しみではないが、
反対のことを口走る。
これって何だろう。
これが対偶現象だ。
*。
感動を繰り返す内に、
感動の反対である、気持ち悪さが引き出されて来る。
美は恐ろしいことの始まり。吉田秀和。
人によって感度は違う。
徹底的だと反転しやすく、
適当だと反転しにくいのではないか。
*。
つまり感動といった対偶構造のある感情、
これはアレルギーを起こす。
そうでない人もいる。
*。
バッハの音楽には激しい感動はなかった。
心に沁みる、
心を揺さぶる、
心が一つになる、
それが私にとってのバッハの音楽だった。
*。
ここには感動といった対偶構造がない。
対偶には、異物排除の免疫がある。
感動には異物排除がある。
心に沁みる音楽には、異物排除がない。
*。
感動には異物排除があり、
感動を繰り返すと、
自己否定になり、自己を破壊する。
ほどほどに聴いている人には問題になるまい。
*。
では何故吉田氏は、モーツアルトも聞かなくなったか。
最愛の妻を亡くし、
吉田氏はうつ状態といっているが、
妻と心で一体化し、
これが何もしたくない状態ではないか。
妻の所に行きたい、
死にたいと思っていた。
*。
高度に妻と心で一体化した状態。
大好きなモーツアルトにも邪魔されたくない状態。
それがうつ状態の真相ではないか。
*。
生きているものと、死んだものとの一体状態。
この絶対矛盾的自己同一状態、
天の高みに上がった気持ち、
ここでバッハの音楽はそよ風であった。
*。
バッハの音楽は心の音楽で、
感動の音楽ではない。
だから対偶崩壊はない。
最適化とはこういうことだろう。
心を生きる、これが人の最適状態だろう。
私の経験はそう推測する。


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