2008年7月10日 (木)

音楽の対偶理論

吉田秀和氏は言っている。
奥さんを亡くされて、うつ状態になった。

音楽を聴く気にもなれない。
モーツアルトさえうるさかった。
だがバッハだけは聴けた。
*。
私は、多くの音楽を聞くとアレルギーを起こす。

気持ち悪くて聴けなくなってしまう。

だがバッハだけは、いくら聴いてもアレルギーを起こさなかった。

何故だろう、
やっとそれを説明する理屈が見つかった。

           *。
アレルギーを起こした代表がベートーベンだ。

彼の名前と聞いただけで、気持ち悪くなった。

それは精神障害だったかも知れない。
誰にでも起きることではないから。
*。
私がアレルギーを起こす音楽には、
対偶構造が認められる。

アレルギーを起こす音楽には、感動がある。
しかも激しい感動だ。
*。
愛憎並存といったらいいのだろうか。

愛する相手に、
憎しみではないが、
反対のことを口走る。

これって何だろう。
これが対偶現象だ。

               *。
感動を繰り返す内に、
感動の反対である、気持ち悪さが引き出されて来る。

美は恐ろしいことの始まり。吉田秀和。

人によって感度は違う。

徹底的だと反転しやすく、
適当だと反転しにくいのではないか。
*。
つまり感動といった対偶構造のある感情、
これはアレルギーを起こす。

そうでない人もいる。

             *。
バッハの音楽には激しい感動はなかった。

心に沁みる、
心を揺さぶる、
心が一つになる、
それが私にとってのバッハの音楽だった。
*。
ここには感動といった対偶構造がない。

対偶には、異物排除の免疫がある。

感動には異物排除がある。

心に沁みる音楽には、異物排除がない。
*。
感動には異物排除があり、
感動を繰り返すと、
自己否定になり、自己を破壊する。

ほどほどに聴いている人には問題になるまい。

           *。
では何故吉田氏は、モーツアルトも聞かなくなったか。

最愛の妻を亡くし、
吉田氏はうつ状態といっているが、
妻と心で一体化し、
これが何もしたくない状態ではないか。

妻の所に行きたい、
死にたいと思っていた。
*。
高度に妻と心で一体化した状態。

大好きなモーツアルトにも邪魔されたくない状態。

それがうつ状態の真相ではないか。

             *。
生きているものと、死んだものとの一体状態。

この絶対矛盾的自己同一状態、
天の高みに上がった気持ち、
ここでバッハの音楽はそよ風であった。
*。
バッハの音楽は心の音楽で、
感動の音楽ではない。
だから対偶崩壊はない。

最適化とはこういうことだろう。
心を生きる、これが人の最適状態だろう。

私の経験はそう推測する。

| | コメント (0)

2008年3月13日 (木)

ランダム ミュージック論 ロックの後の音楽

現代世界は、その重心を、統計確率系に移動している。

この前提で、次期音楽や芸術がどうなるか予測しよう。

*。
一見雑音のような世界の中に、
不動点や特異点としての、
芸術が創造される。

*。
シンセサイザーは、ホワイト雑音から作られる。

雑音から、信号を作り出している。

これからは、雑音のような音塊に、
雑音の状態の中に、
芸術を作る。

*。
それは存在状況を、ホログラムとし、
これに感性と知性を照射することで、
ホログラフィーとして、
イメージを創造する。

ホログラムが雑音であり、
知性と感性が、
それを作品の仕立てる。

現在より自由度が上がる。

*。
提供者と鑑賞者が写像を繰り返し、
あるポイントに収束する。

双方向芸術、
もっとも今でもそうだ。

だがこれが情報時空のイマジネーションとなる。

つまり心や魂や霊を感じるように展開する。
精神世界の芸術と言えるだろう。

| | コメント (0)

2007年11月11日 (日)

日本音楽が西欧音楽脳に雑音になる理由

西欧音楽脳はアルファベット・ディジタル的。
日本音楽は漢字アナログ的。

西欧音楽は微分回路的特性。
日本音楽は積分回路出力的。

そしてもう一つ、
日本音楽は正弦波的、
西欧音楽は雑音波的。

西欧音楽は感情的、
日本音楽は情操的。

*。
これらを合成すると夫々の総合的特徴となろう。

日本人は西欧音楽を違和感なく受け入れる。
だが同じようには聞いていないだろう。

情操というのは、
+-ある感情を、
一つの極に整流し、
これを平滑、濾波し、積分したものと定義すれば、
日本人好みののびのびとした気持ちを特徴付けられる。

感情にエコーをかける、といっても言いようだ。

*。
感情にエコーをかける音楽、
これは日本のヒット曲の条件ではないか。

これをやるとどんな名曲も西欧には拒否される。
鳥や虫や動物の声のように、受け付けられない。

それは音楽脳が平均律化されていることと関係があるだろう。

*。
日本では犬は、ワンワン。
猫はニャオニャオ。

音のアナログだ。

西欧語に直すと、日本人には理解できない言葉となる。
そう、言葉の繋がりとなる。

つまりディジタル化される。
音のスペクタクル・スペクトラム。
或いは、スペクトラム・スペクタクル。

*。
西欧は音をスペクトラム化して展開する。

日本は曼荼羅化して展開する。

西欧は音の時定数を短く、日本は長くする。

*。
西欧音楽は、低周波的、集中回路定数的、
日本音楽は、高周波的、分布定数回路的。

これらの特徴を重ねると、
違いが明らかになってくる。

| | コメント (0)

2007年9月14日 (金)

日本音楽脳 西欧音楽脳

この違いは機能的磁気共鳴断層撮影で、その血流測定で明らかになる。
ここではReseach-on-researchをやってみよう。

西欧音楽脳は音楽を、前頭前野で捉える。

日本音楽脳は、島皮質で捉える。
一部線条体に関係する。

西欧音楽脳も平均律で作られる前は、日本型であったはずだ。

すると音楽のは二段階二層構造が認められるだろう。

日本型は、動物や鳥や虫の声を受け入れる。
西欧型は受け入れない。
だが島皮質では感受するが、感情を伴わない。

日本人が西欧型音楽をやるには、
斉藤メソッドなどで、音楽位置の移動が必要になる。

それが出来る!
だがやはり旧意識は残る。
多層構造になる。

だが前頭前野に移動するとそれは難しくなろう。

| | コメント (0)

2007年9月13日 (木)

西欧音楽はJ-popsの存在不可能という可能性だ

J-popsは西欧音楽脳に雑音になる。
何故だ。

日本音楽脳は
周波数はあるが、連続波のアナログである。
動物の声と区別されない。

西欧音楽は、平均律ディジタルで、一音ずつ区切られている。
音が重ね合わされるが、
日本のように、音を震わせることは苦手である。

日本音楽には重ね合わせビブラートを多用するが、
これが東西音楽の差異である。

この重ね合わせビブラートは、西欧音楽脳には雑音になる。

東西が融合して、
日本音楽が、西欧音楽脳に雑音にならないように、
離散的な音の集合音楽になっていけば受け入れられる。

沖縄音楽は、楽器の編成から、西欧型に近い。
というより平均律のできる前の、音楽の原点に存在するようだ。
西欧に受け入れられる音楽が作れそう。

西欧音楽は、日本音楽の存在不可能という可能性である。

| | コメント (0)

2007年7月25日 (水)

西欧音楽は人類普遍か

立憲主義議会制民主主義でシミュレーションしてみよう。
これを単に議会主義といえば、人類普遍である。

では西欧音楽はどうか。
音楽は体や感情次元で捉えれば、
ミュージック・スペクトラムは多様だ。

そこで平均律音楽は、一種のヘゲモニーのようだ。
音楽覇権を持つ。

つませ世界音楽、
一方民族音楽も多様多彩に存在する。

民主主義のように社会に対するものでない、
音楽は身体的感情的だから、
そこの普遍を見出せば、特殊化されることだ。

特殊の普遍性、
相対論的音楽時空での普遍部。

あらゆる民族音楽の運動系での、普遍形式。
そう言えなくもない。
そういう形式を持つことは幸せなことだ。
そう考えることだ。

特殊民族音楽、一般世界音楽。
特殊相対論と一般相対論のように考えられる。

民族音楽、人類一般世界音楽。

そこで日本音楽は西欧音楽脳に雑音になる。
靖国は世界の雑音になる。

こういうことの認識が出来る、見識眼識胆識が必要。
こういうことになりそうだ。
これが大人の理性だろうか。

| | コメント (0)

2007年5月10日 (木)

J-popは何故西欧音楽脳に雑音になるか15

西欧音楽はバッハに流れ込み、流れ出した。
バッハは平均律を確立した。
即ち西欧音楽にメタ階型が成立した。

今の西欧音楽はポップスを含めて平均律音楽である。

日本や東アジアは、
依然と鳥や虫や動物の鳴き声を音楽要素としている。

西欧は平均律に達したとき、
動物の鳴き声を音楽要素から外した。
いやこの中に入らなくなった。

日本音楽には、虫の泣き声のような歌い方がある。
ビブラートを掛ける。
これを西欧音楽脳は不快と処理する。

西欧は音楽を音楽と処理し、
日本や東アジアは広く音として処理する。

音楽に二ルートが開かれた。
西欧は音を音楽にし、
東アジアは音を人間化する。

ここのバリアができ、
日本音楽は西欧音楽に拒否される。
日本音楽脳はほとんどを受け入れる。

| | コメント (0)

2007年3月25日 (日)

J-popはなぜ西欧音楽脳に雑音のなるか14

日本音楽は心の音楽
虫や鳥や動物の音を感情とする。

西欧音楽は楽器や聖歌に起源をもつ。
アルファベットの成立からして、
動物の音は脳から除外している。

東洋音楽脳は自然の音全般に対応している。

西欧音楽はアルファベットに対応している。
ここから音楽が作られた。

かく日本音楽に対応処理できない。

| | コメント (0)

2007年3月11日 (日)

Jポップスは 何故西欧音楽脳に雑音となるか12

J-popsは西欧音楽脳には雑音になる

J-popsは 声にビブラートをかける
即ち 声を震わせる

日本人に 虫の声 鳥の鳴き声は音楽だ
西欧人には雑音である


J-popsは西欧音楽脳には雑音になる

日本の音楽は 音楽的感情であり

西欧音楽は 感情に訴える音楽
即ち 感性上の音

この違いが
日本は西欧音楽を受け付け
西欧はJ-popsを受け付けない理由だ

| | コメント (0)

2007年2月21日 (水)

Jポップスは 何故西欧音楽脳に雑音となるか11

J-ポップスは西欧人が聞くと雑音になる

ここでは西欧ディジタル音楽脳と
日本アナログ音楽脳に
非可逆性があること
=ヒステレシスがることを指摘しよう

西欧音楽は日本音楽脳に
フィルター一個でも 変換できる

だがアナログ→ディジタル変換は
簡単に出来ない

これがヒステレシス
つまり非可逆性である

政治や社会面でも
このヒステレシスがある

日本が怒り狂い
西欧が冷静
太平洋戦争の石油禁輸
広島長崎の原爆…

西欧が怒り狂い
日本が冷静
真珠湾攻撃
バターン死の行進…

ディジタル感情とアナログ感情
その違い
こう考えられまいか
新しい見方が可能となる!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 8日 (木)

Jポップスは 何故西欧音楽脳に雑音となるか10

西欧音楽時間は
ディジタル=離散的=粒子的

日本や東洋の音楽時間は
連続的=波動的

連続時間にメトロノームは入れられる
メトロノーム時間に 呼吸は入れられない

西欧系は言葉の26字ディジタル
そして88鍵ディジタル

東洋はアナログ言語
言葉と言葉をリエゾンする
=重ね合わせできる
これは西欧では一般ではない

かくして感情の構造に違いあり
西欧は切れ味
東洋は滑らかさ

喜怒哀楽も微細構造に違いがある

| | コメント (0)

2007年2月 7日 (水)

Jポップスは 何故西欧音楽脳に雑音となるか9

日本音楽は心身一元論
そのリズムは呼吸がつかさどる

西欧音楽は心身二元論
そのリズムはメトロノーム

日本音楽に西欧音楽のメトロノームは
呼吸の一種と割り切れる
西欧音楽に呼吸は異質のリズムとなり
受け入れない

西欧音楽でな間合いは
1,2,3…と数える
日本人は呼吸で図る
間合いは時間でない間

時間的間 身体的間

間が揺れ動き 感情に呑み込まれる
これが日本やアジアの音楽
間が感情の一種であるような間

西欧には時空間の距離

間の入った感情 感情としての間
精神としての間

これを限定した西欧の間 時間間隔

同じ感情でも作り方は相当違う

| | コメント (0)

2007年1月24日 (水)

Jポップスは 何故西欧音楽脳に雑音となるか8

ピアノは音素ディジタルの典型だ
漢字文化圏はこういう作り方をしない

ディジタル→アナログDA変換は
脳内組織が自動的に行える

アナログ→ディジタルAD変換は自動的に行えない
だからこの変換には「自動翻訳機」が必要になる

連続的音素音楽と離散的音素音楽
これが東西の差異だ

ロックは自己の霊化
霊としての自己を作る作法

この作り方にも違いがある
それが脳反応の違いだ

霊にも種類がある
こういう設問が成立した

| | コメント (0)

2007年1月12日 (金)

Jポップスは 何故西欧音楽脳に雑音となるか7

音楽には
西欧型=ディジタルと
漢字文化圏型=アナログがある
こう仮定できる

ディジタルをアナログに変換することは
フィルター一個で出来る
東洋的感情はそのフィルター機能を持つ
フィルター感情系がある

一方 日本ポップスを西欧音楽脳に入れるには
アナログ→ディジタル変換機が必要
これが脳の中にない
いまのところ
これから作れるかもしれない

かくこの問題は
フィルターと変換機の問題に集約できた

| | コメント (0)

2007年1月10日 (水)

ロック音楽論 自分の霊に出会う情報時空

アメリカにおけるアフリカ系音楽
これは自分の霊や魂との出会う情報時空

ロックに至って
自分の霊を呼び覚まし
自分との出会いを演出する

考えてみれば
魂とか霊 これは音楽の中にあった
バッハの音楽もこのような例であった
シュバイツァーがアフリカ医療に志すのも
オルガン演奏中の天啓だったという

音楽は霊感を覚醒する
音楽は霊を開く鍵である
音楽は目覚めた状態で見る夢である

音楽は自分の霊を定在化する
これを突き詰めたロックであろう
快楽というより 自己解放
自分の魂や霊への自己解放

最近の若者が社会改革を言わなくなった理由
それは自己の霊を音楽で解放するからだろう

それをいいことに国家はやり放題
だから今の殺人事件は国家の削除に走る
当然なことだろう
国家道連れ殺人&自殺

日本での多数の自殺
国家の排除削除抹消殲滅としての自殺
例の世界の現象と見れば これが理解される

仕事で自分を解体
自分の回復を音楽でやる
全身を貫くビート
これが自己の霊に収束する
アフリカの人々のダンスもこれだ

音楽は現代の神殿だ
自分の霊を呼び覚ます神殿
音楽神殿 
自分の霊に出会う情報時空

| | コメント (0)

2007年1月 1日 (月)

Jポップスは 何故西欧音楽脳に雑音となるか6

西欧の言葉は
要素と関係からなる
記号とか意味
そういう言い方もあるが
抽象代数学で 要素と関係という

このほうが漢字文化と対応させるとき
イメージしやすい
漢字は関係の中に記号要素がある
西欧は記号に関係や機能をつける

西欧音楽は要素から音楽を創る
漢字文化圏は 現象から要素に分解する
極端化するとそういえる

要素の感情 その感情的表現
関係の感情 その記号的表現

こういう見方をすると
互いに逆プロセスとなる

楽譜と音楽
その間にヒステレシスがある
記号から音楽感情に行く
音楽感情から記号に行く

両者同じにやっても
ヒステレシスが違う

この差異が脳の血流の差異となる
日本人は西欧音楽も平気で聴く
日本音楽脳は西欧系を含む
逆は真ならず

西欧人の音楽脳を拡張するか
日本が西欧にあわせるか
問題はこうなった!

| | コメント (0)

2006年12月27日 (水)

ビートルズ・ルネッサンス

絶対音感を揺らしたら 魂が震えた
クラシックは絶対音感が帝王として支配していた
この帝王を打倒したのがビートルズだった

絶対音感を揺らし 
その揺れに魂をおくことが出来た

絶対音感を揺らしたら
魂を呑み込んだ

音楽などの学芸は
元々魂を震わすことを目的としていた
何時しか帝王支配に変わっていた

絶対音感がないと大規模な交響曲は演奏できない
それなら交響曲を捨てるべきだったのだ
捨てなかった結果 クラシックの衰退が起きた

帝王支配=加法群構造
音楽自体が支配者になった
この事情は国家や産業 教育や学芸まで巻き込んだ
それが目的となった
魂はどこかに行ってしまった

魂の震えない学芸
規格化標準化
感情までそうなった
ここの魂に震えに代わる
感情の快楽が誕生した

これは人間性を排除するものだった
加法群構造

これに代わって
人間の尊厳を単位元とする
乗法群構造
これを展開しいた ビートルズ そしてロック
少人数集団にしか出来ない

ここに心地よさと魂の震えを
勘違いし始めた
心地よさは 人間性を否定する
時に必要
これに依存しない範囲で
依存すれば人間性が衰退する
人間性ってそれほど厳しい

この維持 人間性保存
これが出来る乗法群構造

| | コメント (0)

2006年12月26日 (火)

ロックとクラシックの差異 速度密度精度

昨日はモーツァルトを聞き ロックを聴き
しめはバイロイト
ロックとクラシックの差異

モーツァルトは永遠の心地よさ
ロックは高速度高密度高精度

高校のとき大きな音楽室のピアノが順番だった
家の狭い部屋で引くより 音が鳴った
高校生だから 思いっきり自分をぶつける
あの時は他人のも自分のも感動的だった
正式のコンサートにない感動があった

女の子の一人はプロになった
会場で聴く音楽にあの感動はなかった!

絶対音感は音楽の邪魔になる
音楽でなく音を演奏する
ここに魂を震わさない演奏がある
コンクール演奏はアクロバットだ
こんなクラシック衰えて当然だと思った

ね~ 君のピアノ聞かせてよ
相手は音大声楽家出
ピアノバーに連れて行かれた
僕には不思議な才能?があった
ピアノやオルガンに前に座ると
体や手が自然に動き出す
即興演奏だ

体でやる音楽
ねー さっき涙流していなかった?
見れば分かるでしょ
オレの音楽は女を泣かせる
すごい自信になった

だがとてもプロにはなれない音楽
何が違うんだろう
俺は思いっきり自分をぶつける演奏をしている
こんな弾き方はプロには許されない
自己陶酔といわれる

ビートルズ・ルネッサンス
彼等の音楽も体の音楽
自己陶酔
クラシックに許されない
絶対音感は完全にない

ロック
高速度高密度高精度
今体がこれを要求している

クラシック
あれは何をやってるんだろう
絶対支配者 学校&コンクール
完全な音楽
それは人間性を排除していた!

クラシックは加法群
ロックは乗法群

ここにも現代革命が検出される
人間の尊厳 魂が震える
これが目標だ!

| | コメント (0)

2006年11月25日 (土)

Jポップスは 何故西欧音楽脳に雑音となるか5

アジア音楽脳には 味わいが求められる
感情の面子といったらどうか

西欧音楽脳には goodnessが評価基準
ギリシャ的均整が求められている

東洋では 華がある 色香…が必要
西欧ではsomethingというようだ

ウィーンには音楽の魔物が住んでいる
ウィーン・クラブ音楽がある

ヒッキーが受け入れられなかったのは
彼女の歌に味わいがあったから
これは西欧音楽脳に不快=雑音になる

Jポップ 味わいが求められ
西欧はこれを拒否

簡単な説明で 説明できた!

| | コメント (0)

2006年11月22日 (水)

Jポップスは 何故西欧音楽脳に雑音となるか4

気分的音楽&事態的音楽

日本や漢字文化圏はホログラフィー音楽
ハードをホログラムとするソフト音楽

西欧は音バイアス 音楽シグナル
このようなアコースティック

同じ音楽でも
脳への作用の仕方が違う
これはMRIで測定できるはず

演奏を聴く
このときミラーニューロンへの展開が違う

音楽の脳への作用に
主として二つのモードと違いがある!

| | コメント (0)