感情に喜怒哀楽の+-があるように、
人の行動にも+-がある。
立身出世を正常とか健全と化する考えが異常なのだ。
道徳によって、+に整流する。
それはいいことだが、暴力的だとどうだろう。
人を道徳的にするために加える暴力は、道徳か暴力か。
*。
ここで国家道徳のお出ましだ。
国家の健全のために、暴力によって従わせる。
国家暴力だ。
国のためにやるのだから問題ない。
国家暴力ほど凶悪の暴力もない。
*。
このため、警察は無実の人を犯罪者に仕立て、
軍隊は上官が暴力を楽しむところとなった。
あらゆる組織が、暴力で人を従わせ、
人は魂の抜けた動物となる。
暴力は魂を抜く、
子供は殴らなければ、まともの社会人にならない。
*。
感情的日本人は、そうしないと整理が付かない。
それは事実だ。
だがそれでは人間性が育たない。
日本は人間性で社会をる作るのでなく、
国家の神聖でまとめた。
*。
だがそれは感情を-に振ることであり、
国家全体が暴力化することに他ならない。
国家の神聖は暴力でしかないのだ。
この対偶エンジンは、
暴力的人間と、対偶としての言いなり人間を作り、
対偶として善人が作られない。
ここに歪んだ好戦的国家が作られた。
*。
ここで優しい人とは言いなりの人、
残酷な人は、国家崇拝者となる。
この国は内外に戦闘的となる。
それが大日本帝国だ。
*。
美しい戦前、
国家がどれくらい暴力的だったか見ることが出来ない。
戦前には少年非行がないかようだ。
戦後より残酷だと指摘されている。
*。
いい子の時代に、少年非行の問題。
いい子を作れば、悪い子が生まれる。
これが対偶エンジンだ。
悪い子を整流するには、いい子つくりではいけない。
それが人間の尊厳という方法だ。
*。
人間の尊厳のない、校則のいい子作り。
それが非行作りであったのだ。
これが道理である。
道理では人間の尊厳を生きることが、
いい子つくりであり、いい社会つくりだ。
*。
それでは子供は悪いことをする。
それを野放しにすることだ。
これが人間の尊厳でなく、国家の神聖だ。
*。
国家の神聖、これは凶悪社会である。
国家の神聖に依存する限り、
人間性のない金と国家秩序を作る。
これは世界への宣戦布告にしかならない。
*。
国家の神聖、
世界への宣戦布告のアリバイにして自白だ。
非行を整流することは人間の尊厳において可能となる。
そうしないと、
非行を悪と断罪リンチを加え、
それが国家自体を悪の暴力集団とする。
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