« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月31日 (水)

略奪と殺戮が自由と正義になるトリック

略奪と殺戮を、
成功と幸福の心の問題に還元し、
それを民主主義と資本主義に決定させると、
繁栄と秩序の問題となり、
かくして略奪と殺戮は自由と正義によって行われる。

*。
民主主義と資本主義は、
自由と正義と略奪を殺戮の差異を消し去り、
略奪と殺戮を、自由と正義の問題に変えることに成功した。

かくして人々は葛藤を覚えることなく、
略奪を殺戮を、自由と正義として、
暖かい幸福だと思って楽しむ。

これがアドルノ・シミュレーションだ。

*。
略奪と殺戮、自由と正義は、
民主主義によって票となり、
即ちモノ化され、数字記号となり、
資本主義によって、快楽商品化され、商品記号となり、
略奪を殺戮と自由と正義の境界があいまい化され、
略奪と殺戮、自由と正義は、
ポストモダンな消費社会の商品として、
楽しく消費される。

何をやっているのか分からないが、
とにかくいい気持ちになるのだ。

これがボードリヤール・シミュレーションだ。

*。
略奪と殺戮、自由と正義は、
快楽商品となり、
この消費システムとして自己完結し、
人間性や良心良識の規定することではない。

これが宇野弘蔵・シミュレーションだ。

*。
民主主義と資本主義で、肥大した自我は、
自由と正義以外に居場所のない孤独と絶望の世界に閉じ込められ、
その捌け口として、残忍な快楽殺人を夢想し、
アメリカ万歳と叫びながら、
玉砕に向かって万歳突撃するのだ。

それ国家と資本、政治と経済の結合を強化しながら、
それを隠蔽する。

これがウォリン・シミュレーションだ。

  *。
これらのシミュレーションで、
多くの人が構造理性現象学で世界を見ていることが分かる。

即ち、自由と正義は略奪と殺戮だ。

*。
自由と正義は発振であり、
その不安定成分が略奪と殺戮だ。

即ち、社会システムは負帰還でなければならない。

| | コメント (0)

生命に触れていない生命活動 スカラー感情とベクトル感情

生命や魂に触れてない幸福や感動、
これは豊かな世界がもつ高次高調波の世界だ。

知性や感性の発達で、
生理的に成立する感動や幸福に更に、
心や魂や霊といった感情が加えられ、
余韻の豊かな感動や幸福が成立した。

*。
ここで現実でなく言葉だけで、
感動や幸福が得られるようになった。

これが現実根無しであることがある。
いや現実を破壊する感動や幸福がある。

有害な感動や幸福が起きた。
これが実に気持ちいい。

*。
幸福や感動に、ただの幸福や感動と、
いい幸福や感動が分かれた。

ただの感動や幸福は、容易に作れる。
ここに人の人格形成がなくなり、
時に人格破壊の感動や幸福が起き始めた。

*。
人格や社会破壊的感動や幸福は、
得るのが容易で刺激が強い。

これで人格や社会が損傷を受ける。
虚しさや寂しさではないか。

   *。
実感動に空想や妄想が付随し、
感情を豊かにする反面、
人格や社会を荒廃する。

これはナッシュの均衡理論だ。

*。
この世は善悪といった対偶対象性で存在し、
いいことだけ出来ない。

いいことやっても悪いことが付いて来る。
悪いことやってもいいことが付いて来る。

これが悪人正機説だろう。
これはナッシュの均衡理論の言い換えでもあることが分かる。

   *。
すると問題は、
魂や心に触れているかどうかだ。

魂に触れない感動や幸福、
これは感動や幸福の余韻を豊かにする。

だがこれだけでは、白昼夢や妄想と変わらない。

*。
贋物は本物を豊かにする。
その限りで存在価値はある。

だが贋物だけでは、存在品質を劣化荒廃する。

ここに生きることの戦略が必要になった。
ただの一生懸命はいいことではなくなった。

*。
ただの感動や幸福を求めると、人や社会を劣化する。

ますますベースとしての心が必要になった。

     *。
人造世界の成立で、
贋物が豊かになり、
これは求めやすく、
自己と社会を破壊する。

即ち、感動と幸福を求める戦略は、
自己を世界を破壊する戦略である。

これはナッシュの均衡理論でもあり、
善人が世界を破壊することでもある。

*。
善や悪を求めるのでなく、
善をやっても悪を誘導するから、
この世界の最適化が現代の到達点だ。

*。
これが心や魂のある世界だ。

   *。
感動や幸福が、スカラーである時代は終わった。

感動や幸福はベクトル化され、
魂や心の方向を向いていないと、悪になってしまう。

これを踏まえる現代人の生き方だ。

*。
理性も感情も、ベクトルとなった。

これが構造理性だ。

| | コメント (0)

環境問題の本質 二酸化炭素回路は発振した

絶対のない時代といわれるが、
絶対で完全な真理が存在する。

ハワイのマウナロア山頂の二酸化炭素濃度計は、
五十年以上にわたり、
一度も減ることなく上がり続けている。

即ち、地球上の二酸化炭素は発振状態にある。
これは産業活動以外に原因が考えられない。

*。
この濃度上昇を止めないと、
即ち負帰還を掛けないと、
二酸化炭素バブルは崩壊し、致命的損害を人類に与える。

   *。
環境問題は存在しないというものがいる。

これは悪魔のささやき以外のなにものでもない。

*。
その手口は、妨害情報・錯乱情報を持って、
正常な情報を隠蔽することだ。

これは単に注意を他所に向けさせているだけで、
完全で絶対の情報は存在している。

  *。
一方、権力が金儲けに悪用しているだけで、
環境問題は存在しないというものがいる。

*。
完全で絶対の事実を、
権力の悪用で抹殺することは、
こっちの方がよほど権力の悪用だ。

*。
権力が、金儲けに環境問題を悪用していることは事実だ。

環境問題に権力が関係してはならない。
これは地球市民の問題。

新世界に権力は有害となった。
権力のないNPOの問題となったことだ。

  *。
環境問題は、法治国家産業文明に対処できない問題だ。

すなわた国家と文明のリセットが必要になり、
即ち国家と文明の建て替え問題となった。

*。
法治国家産業文明は、システムを発振させた。

ある段階までは必要だった。

だが今システムは負帰還にならなければならなくなった。

*。
正帰還文明、即ち爆発の時代は終わった。

これからは負帰還文明、
即ちまとまり力=安心・安定・安全の時代となった。
これが地球社会である。

| | コメント (0)

法治国家産業文明は発振した

法治国家産業文明は、金と権力を追求し、発振した。

従って安心・安定・安全を失った。

成長と安定が両立するためには、
システムは負帰還でなければならない。

   *。
人類は負帰還社会を作らねばならなかった。

成長だけを追って、産業国家を発振してしまった。
安定を放棄し、そのエネルギーを成長に使った。

*。
成長させることは無矛盾である。
従って、成長させることで成長は実現しない。
これがGoedelの不完全性定理だ。

*。
産業を成長させる戦略は、
世界を不安定にする戦略である。
これがナッシュの均衡理論だ。

   *。
人が夢と希望を追って、
それが白昼夢と妄想であることを理解しなかった。

*。
世界はGoedelの不完全性定理やナッシュの均衡理論の仕組みで動いている。

世界は負帰還システムとして動いている。

*。
この仕組みに整合しない行動は自然世界に弾き飛ばされる。
それは自然への犯罪だからだ。

世界は人の欲望追求のために出来ていない。

  *。
政治も経済も、国家も組織も、人も社会も、
それが作られた仕組みで動かないと弾き飛ばされる。

*。
法治国家産業文明は、自然への犯罪により、糾弾されている。

*。
自由と正義は略奪と殺戮である。

構造理性にしかこの現実は理解できない。

   *。
悪徳白人権力を生きさせる戦略は、
なんら責任のない無力有色人種を死に廃棄する戦略である。

無力には無力白人も当然含まれる。

*。
これが新自由主義グローバリゼーションであった。

*。
これが構造理性の認識と理解である。

| | コメント (0)

2008年12月30日 (火)

感動は偽の感動である

感動とか幸福自体、贋物であった。

幸福産業は、自我の主体性を抹消し、
人を産業組織の歯車とすることに成功した。

幸福産業に取り込まれた人は、
最早葛藤を覚えることなく、
自分自身の非人間化、
即ち自己破壊を、
人間的なことと思って、
成功と幸福に感動と癒しをもって、楽しむのである。

これがアドルノ・シミュレーションである。

    *。
幸福や感動は、自己や社会を破壊する武器だった。

幸福産業に取り込まれた人は、
自己をモノとして記号化し、
その楽しい消費を持って、
自己や現実を模造品として、
現実や自己を消滅させた。

*。
幸福や感動はなかったのである。

それを実行したのは我々だが、
それを望んでやらせたのは、
幸福産業だったのだ。

*。
幸福産業は我々が考えたいるようなものではない。

幸福産業は人に反省を促すために、
人をおちょくってくるのだ。

*。
我々が幸福産業に感動する以上、
それは幸福産業が我々に抱いている感動の反映以外のなにものでもない。

幸福産業は悪魔の産業であり、
我々の不幸を心底喜んでいるのだ。

*。
これがボードリヤール・シミュレーションだ。

    *。
幸福と感動こそは、悪魔のお菓子だった。

このお菓子に噛み付いたとたん、
我々の持っていた本当の幸福と感動はなくしたのだ。

*。
即ち、我々の幸福と感動は贋物だった。

| | コメント (0)

人間人類地球社会の構造

人間世界の運動空間に、三つの不動点があることが分かった。
Goedelの不完全性定理とナッシュのい機構理論と負帰還理論だ。

これらを三次元として世界空間を設定できる。

*。
一方三つの不動点は、等価同型だ。
それをまとめると紫式部の普通哲学となる。

これらの観測装置として、西田哲学がある。

   *。
紫式部の言う普通は、
ダイヤモンド構造や球体構造という。

これは完全だ。

*。
だが世界がダイヤモンドだけで出来たいたら、
それは砂利や砂粒と変わらない。

ごちゃごちゃしたものから、ダイヤモンドを作る。
これが人の生き方だ。

*。
普通、実は貧乏のことだ。

貧乏ほど完全なものはない。
だから日本人は飢餓と餓死の世界を生きたのだろうか。

対偶理論から言っても、
貧乏の対偶はよき人間世界だ。

これは悪の世界ではない。
悪の支配の結果であっても、悪ではない。

*。
貧乏はよき世界の作り方であることが分かる。

貧乏の作る普通、これが桃源郷だ。

これが紫式部思想だ。

  *。
紫式部は言う。

光源氏をやるのは止めなさい。

いいこともあるが、悪いこともある。
決算すれば、普通でない歪んだ世界となる。

決算して普通になるには、
貧乏の生むよき人生でなければならない。

*。
これが東洋思想の無に帰ることだろう。

  *。
現代は、いろいろの文化の重ね合わせの世界だ。

いろいろの文化の運動世界だ。

ここに不動点を取る、
それは戦争放棄と幸福放棄を消点として実現する。

*。
人間人類理想として、戦争放棄と幸福放棄が現れた。

地球世界に出しゃばりが現われたのは、日本だった。

それが戦争放棄と幸福放棄だ。

これを消点に、不動点を作る。

これが人の生き方だ。

*。
不動点として、職業や結婚、恋愛や勉強、
そういう新しい世界への切り替えが、
文明の破産に成り立つ。

  *。
現代文明は破産してくれた。

人類が同じスタートラインに立った。

人は不動点作りの旅に立った。

| | コメント (0)

ケインズ理論は 繰り込み&発振理論である

大恐慌は政治経済の発振であった。

これへの対策がケインズ理論であった。
それは大恐慌をゼロに戻す繰り込み理論であった。

即ち、大恐慌の解体と経済の再構築を行うものであった。
大恐慌をゼロに戻すために、
その逆成分を加えることだ。

*。
今起きている経済のメルトダウンは、
実は現代文明の崩壊であって、
経済だけの問題ではない。

だから文明の再構築が必要だ。

*。
つまり消費型文明から、
リサイクル型環境産業への切り替えが必要になった。

これは江戸文明がやったことだ。

  *。
だから先ず、人類の最低生活の保証を行う。

これは基本所得理論として知られている。
これを地球規模で行う。

これに逆らうのが国家権力だ。
これで悪魔の正体が分かった。

*。
次に行うのが、新しい文明形態への切り替えだ。

これは既に行われているリサイクル文明だ。

  *。
経済のメルトダウンに見えたのは、文明のメルトダウンだ。

これは悪徳権力を生きさせ、
そのために無力を死に廃棄するシステムだ。

無力を生きさせ、
悪徳権力を死に廃棄することだ。

*。
これは人類の基本所得政策で切り替えられる。

これは世界を負帰還システムに切り替えることだ。

これを実現する産業形式が、リサイクル産業だ。

   *。
現在の公的資金の注入は、
国家権力のやる第二次ねずみ講だ。

その最大の犠牲者である、有色世界までこれに従う。

*。
つまり地球社会は、無力の自立を求めている。

雇われて生きることを止めることだ。

国家に依存することを止めることだ。

*。
それは基本所得政策の実現だ。

これは自動的に負帰還システムを創造する。

  *。
俺はジャンク・ジャック、
恐れなき冒険。

俺はジャンク・ジャック、
自由の精神。

俺はジャンク・ジャック、
打ち負かされない力。

俺はジャンクジャック、
神に栄光あれ。

| | コメント (0)

バブル判別式 正帰還は犯罪である

現代文明はメルトダウンした。

それは政治経済に正帰還を掛けたからだ。

かくして文明原理が明らかになった。

1.
政治経済にまつわるシステムには正帰還を掛けること犯罪である。
システムを破壊するから。
2.
政治経済や人の存在にまつわるシステムは負帰還でなければならない。
ここに成長と安定は同時に実現するから。
3.
政治経済を負帰還した事例が、
自民党増幅器に社会党負帰還装置であった。
ここに日本は成長と安定を同時に達成した。
これが地球社会存在原理だ。

  *。
帰還理論を説明しよう。

世界中に無数にある電子装置が、
安定に動作しているのは負帰還が使われているからだ。

生体や生態系も負帰還の集積だ。
ここに安定が存在する。

*。
システムが出力と入力からなる場合、
出力の一部を入力に帰還することが出来る。

この帰還を、
出力が大きくなるようにすることが正帰還だ。
出力が小さくなるようにすることが負帰還だ。

負帰還によりシステムの動作を安定に出来る。
この理論は本ブログで前に説明した。
どの電子工学の教科書には出ている。

*。
経済においても非常事態で正帰還を使う。

これがケインズ理論だ。

大恐慌の清算に、繰り込み理論を使い、
経済の解体再構築を図った訳だ。

    *。
バブルの判定は、出力の一部が入力に帰還される時、
出力を増やすように働けば、正帰還だ。

大きく正帰還するとシステムは発振する。

これがバブルだ。
スタッグフレーションは、部分的発振だ。

*。
インフレは物価の発振、
デフレは生産の発振と考えられる。

  *。
安定に必要なシステムは、負帰還でなければならない。

正帰還で稼ぐことは、略奪を殺戮であり、
崩壊するが、一時的に権力だけが稼ぐことが出来る。

これは犯罪として許してはならない。

*。
これが現在の経済の破壊で得られた教訓だ。

社会は成長だけでなく、
安心・安定・安全が必要だ。

即ち、負帰還でなければならない。

*。
正帰還は安心・安定・安全の破壊である。
即ち、社会や世界への犯罪だ。

現代世界で、個人の犯罪ばかりが問題にする法治国家主義で、
国家や権力の社会や世界に対する犯罪が抜け落ちた。

*。
現代文明の破壊は、
法に規制されていない権力の社会への犯罪であった。

人間人類地球社会は、負帰還システムでなければならない。

     *。
負帰還を掛けることが、今の文明崩壊への対処である。

悪徳権力は市場から抹殺する。
即ち、国家を社会から抹殺する。

それは出来ないから、
それは国家がやらせないから、
これを近似的に行うしかない。

*。
即ち、世界を負帰還システムにし、
国家権力を消去する。

ここに新世界が立ち上がる。

文明の崩壊はこの切り替え作業を求めている。

| | コメント (0)

2008年12月29日 (月)

一人称衝動は殺人破壊衝動である

一人称衝動は、
思わず泣く、
心の底から喜びがこみ上げてくる、
皆で抱き合い暖め合う、
世の中は放っておいて感動と癒しに耽る…ことだ。

この世界の対偶は、殺人と破壊だ。

だがら文明化した民族はここを脱出した。

だがガラパゴス日本にこれが生きていた。

   *。
日本民族は世界の民族のように殺し合いをしていない。

同じ民族同士で殺し合いをした。

*。
これでは持たないので、
お上を絶対者とし、下々はその言いなりになることとした。

これがお上体制であり、人情世間体だ。

*。
お上に従わないものは殺される。

これが民族秩序だ。

世界はこれを理解しない。
市民秩序と同一化する。

  *。
ここに下々の殺人で作るお上体制ができた。

この極悪非道のお上体制の対偶が、
清らかで美しい日本文化だ。

*。
日本文化は先史時代の文化だ。

クールジャパンは人類を驚かす。
何しろマンモスやティラノザウルスやプロントザウルスだからだ。

人類は唖然とし、恐怖し、興奮が爆発する。

   *。
だが人類文明は行き詰った。

殺し合いをしない殺し合いをしているからだ。

*。
この人類の行き止まりを打開できるのは日本文化だ。

何せ絶対矛盾を自己同一化できる。

人類文明の統一文明を作れるのだ。

*。
そのために、神が日本一つを、ガラパゴスに温存していたのだ。

日本が世界に提案する戦争放棄と幸福放棄だ。

    *。
戦争放棄は日本がアメリカに言わせた。

従って、これは妄想ではない。
日本が言い出したなら妄想だ。

*。
幸福放棄も、日本が作った世界の惨状を見て、
そうせざると得ないことを思い知ったからだ。

*。
そして戦争放棄と幸福放棄こそ、
人類の統一理論である。

人間人類地球社会の不動点だ。
これを消点にして、世界はまとまる。

    *。
日本はこの仕事をすることで、
お上体制を脱出、世界の一員となる。

お上体制はそのために神が温存していたのだ。

*。
これがガラパゴス日本の謎が解けた。

人々が殺されても殺されても我慢していたのは、このためだった。

*。
すると太平洋戦争は、
旧人類秩序を新人類秩序にする清算の儀式だったのかも知れない。

日本の犠牲になった人はこれで弔うことが出来るかも知れない。

| | コメント (0)

21世紀の立ち位置 正義から最適へ

イギリスの経験哲学は、
世界の両義性に立ち、それを最適化することだ。

フランスのポストモダンは、
構造理性に立ち、対偶文を最適化することだ。

日本の西田哲学は、日本のイマジネーションに立ち、
善悪といった絶対矛盾を、自己同一化することだ。
これも最適化だ。

  *。
現代哲学は、人間運動空間の最適化を求めている。

最適化は不動点を作ることであることが分かってきた。

それがGoedelの不完全性定理であり、
ナッシュの均衡理論であり、
負帰還システムの展開だ。

この三つの理論は、同じシステムの見方の違いだ。

*。
地球社会の不動点を展開し、そこに最適を作る。

これが21世紀の立ち位置だ。

21世紀の朝焼けが始まった。
今の時間東京も朝焼けが始まり、何分か経った時だ。

   *。
地球は経済崩壊とイラクやアフガン戦争だ。

イスラエルがまたもろくでもないことをしでかした。

*。
この混乱の中に、不動点を作らなくてはならない。

アメリカとイスラエルの凶悪少年団が強盗殺人に耽っている。

この状況に不動点を作る。

*。
アメリカが神から授かった自由と正義、
神に選ばれがユダヤ人の正義、
それが単なる略奪と殺戮であることが、
現実に証明された。

最適化理論はそれを認識した。

  *。
自由と正義というまやかし、これをどう清算するか。

正義とは、
それを言うものを神として、
それに対立するるモノを、断罪リンチすることだ。

*。
自由と正義は、
人間や世界をモノ化し、
それを記号として消費することであり、
ここに現実が消滅し、
偽の現実が創造される。

イラク戦争やイスラエル戦争、
これをやったのは彼らであるが、
それを望みやらせたのは正義だ。

*。
自由と正義の文化産業は、
民族の差異を消滅させ、
自己を神の機能に作り変えてしまう。

その結果、正義産業に取り組まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
彼らが反正義とするものを抹消することを、
人間的なことと思って、
暖かい幸福として楽しむのだ。

   *。
アメリカやイスラエルの正義は、
その犯罪と狂気を認識できず、
異物の削除を大いなる喜びとして遂行する。

それはかってナチや大日本帝国がやったことだ。

*。
これは理論理性のなせ得る技であり、
理論理性は清算期に入ったことを意味する。

*。
構造理性で認識すれば、
略奪と殺戮を自由と正義と認識し理解することはない。

*。
理論理性は略奪と殺戮を最適手続きと認識する。

構造理性はこの罠に落ちず、
これで20世紀の泥沼から抜け出せる。

| | コメント (0)

20世紀は妄想の時代だった

国家と国民が一体となって、神の国を実現する。
或いは美しい日本を建設する。

国家と国民が一体となる。
これはやってはいけないことだった。

国家を発振させることだから。
つまり妄想に耽ることだ。

*。
大日本帝国は妄想だった。
それは正帰還した国家だ。

そして現代アメリカも発振した。
日本ウィルスに侵された。

   *。
国に誤りなし、
これは言ってもやってもいけないことだ。

これは国家を発振、即ち妄想にしてしまう。

*。
ついでに言えばヘゲモニーもやってはいけないことだ。

これは妄想でしかない。
国家を発振させることだ。

列強など作ってはいけないことだ。
これは妄想だから。
システムの発振だから。

  *。
列強にファシズムは、繰り込み理論になっていた。

世界システムをご破算にすることだ。

*。
20世紀は妄想の時代だった。

これがアメリカに転移、
金融バブルとイラク戦争の妄想を作った。

*。
21世紀は妄想の清算の時だ。

金融破産とイラク戦争は、妄想への繰り込み理論だ。
これで妄想を清算するのだ。

*。
20世紀は発振の時代だった。

21世紀は負帰還の時代でなければならない。

*。
これがアメリカの世界的人類的教訓である。

| | コメント (0)

お上日本は発振装置である

国家は増幅器であり、国民がこれに負帰還を掛ける。
これが国家の仕組みである。

だが日本は西洋から入れたこの仕組みで、
国家と国民が一体となり、
即ち正帰還を掛け、発振器とした。

従ってフィード・フォーワードとなった。
だから何事も目標を掲げ、
この達成に命を掛ける。

文字通りに命を掛ける。
これが過労死の意味だ。
それ以外ありえない正帰還システムだ。

    *。
目標がすべてだから、
これを疑うことは日本の否定となる。

ワーキング・プアは目標の否定であるから、
自分の負けた敗残兵とされ、
努力が足りないとされる。

*。
これが発振装置の安定性であり、
それは必然的に人間性と社会性の否定となる。

*。
この不安定性が、社会の荒廃である。

荒んだ社会だからこそ、
金を目標に、荒廃を弾圧する。

これが更に人間性を弾圧する。
即ち、労働と勉強だけが意味のあることとなる。

  *。
この労働や勉強は、人間と社会を荒ませ、
その隠蔽に更に労働と勉強が強要される。
即ち発振している。

これをポジティブ・シンキングという。

*。
これが日本の真相だ。

この慢性疲労を笑って泣いて隠蔽弾圧する。

ここに生まれる欲求不満を過激労働や過激感動で癒す。

これが金と感動の発振であり、
ここに安心を求める。

それが人間と社会の破壊だ。

   *。
金と仕事に安心を求め、
金と仕事に縋り付く。

ここに日本の発展がある。

*。
即ちここに日本の荒廃がある。

発展が荒廃である、
これが発振装置の安定であり、
それは自己否定自己破壊であり、
それを自己責任・自助努力・自己管理という。

即ち日本は発振している。

正にそうしないと生きていけない。
そして生きることが、人間と社会に否定となっている!

即ち日本は、金の発振器となり、
これが日本の安定、
即ち人間と社会に否定となる。

  *。
日本は負帰還と正帰還を知らない。

だが世界はこの仕組みで動いている!

金と感動に縋りつかないで生きる。
これが人間だ。

日本に人間がいないことが分かる。

この不安定性が、日本の安定性だ。

*。
不安定は、安定の存在不可能という可能性である。
安定は、不安定の存在不可能という可能性である。
これが経済依存性の正体だ。

不安定は安定に先立つ。
安定は不安定に先立つ。

安定と不安定の絶対矛盾的自己同一、
これが日本である。

日本は世界発生以前にある。

*。
日本は安定か不安定か。
日本は正しいか間違いか。

決定不能証明不能である。

唯一つ正しいことは、そこの日本があることだ。

これがGoedelの不完全性定理解だ。

*。
金と感動を追及する戦略は、
人間性と社会性を破壊する戦略である。

これがナッシュの均衡理論だ。

    *。
この考察で分かることは、
Goedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論は、
負帰還理論の三つは等価同型であることだ。

負帰還システムは、人間社会空間の不動点である。

   **。
今日もまた我が消音スナイパーは的を打ち抜いた。

神に栄光がありますように。

| | コメント (0)

2008年12月28日 (日)

本能無効の混乱時代

本能を生きる時代は、産業文明で、
混乱や混沌やカオスと生きる時代になった。

成功や幸福追求は本能であったろう。
産業文明はこれを欲情に変質した。

それが社会となってみれば、カオスであった。
成功や幸福追求は、自然社会では問題がなかった。

だが高度産業社会となると、
成功と幸福追求は、略奪と殺戮となり、
生きることは犯罪と狂気を生きることとなった。

   *。
高度産業化で、生きることは自然のことでなくなった。

そこにいろいろの生き方が出来る。

*。
この人造社会で、成功と幸福を追うことは、
略奪と殺戮を生きることとなった。

誰もが犯罪者であり、狂気を生きる状態だ。

そこでの生存競争は凄惨なこととなった。
これが権力を生きさせ、
無力を死に排泄することだ。

これが高度工業社会の構造だ。

  *。
それを誰が望んだことだろう。

だがこの生存競争に勝たねばならないと誰もが思う。

ここを出ることは死ぬことだと思う。

*。
とにかく生き抜かなければならない。

それがいいことかよくないことか、
考えることが異物排除される。

これは自然時代の生存競争とは違う。

   *。
この強要された生存競争にどう対応するか。

これを脱出すると、
直ちに食えない状態になる。

だが今までは何とかなった。
仕事が多かったからだ。

*。
だが豊かになって、仕事が少なくなった。

新自由主義グローバリゼーションになって、
仕事がますます選べなくなった。

現在の繁栄は、略奪と殺戮によるものだからだ。

これを自由と正義といい、
生存競争であり、
雇われるものは弱者となった。

*。
偉くなろうと思えば、誰でもなれる。

えらくならないものは、自分に負けたのだ。

    *。
殆どの日本人が知らないことだが、
日本では犯罪者は自分に負けた者として始末されている。

即ち、偉くならないものは自分に負けたのだ。

*。
こういう日本の道徳・社会規範がある。

敗残者は自分に負けたものだ。
これが日本規範だ。

*。
つまり人を殺せないものは、
自分に負けたのだ。

偉くなるために人を蹴落とす。
この過酷さが日本エネルギーだ。

これが大GDPを作り、世界に日本は聳え立っている。

これが日本の誇りだ。

  *。
日本の強さは、人を蹴落とすことだ。

これが出来る人が偉い人である。

*。
対偶構造理性を使うと、
偉くなることは、人を蹴落とし、いじめ殺すことだ。

蹴落とされたものは自分に負けたのだ。
それは犯罪者だ。

それが日本規範だ。

我が構造理性は日本をこのように解読した。

 **。
今日もまた我が狙撃サイレンサーは的を破壊した。

神に栄光のありますように。

| | コメント (0)

トヨタの教訓 NFBとPFB

トヨタの急速な赤字転落、
ネガティブ・フィードバックのケース・スタディの好例だ。

*。
トヨタの高度成長と安定性の同時達成は、
これはネガティブ・フィードバックであったからだ。

営業等の現場情報で、
生産台数の制御をしていた。

即ち、市場動向に生産台数を合わせていた。

*。
しかも多種少量生産による、
全体としての大量生産をした。

即ち、ラインに可塑性をもたせていた。
生産品種を交換可能に設定していた。

   *。
だが世界のトップ狙いに行った時、
ネガフィをフィードフォーワード、
即ち、ポジティブ・フィードバックにした。

予想生産台数を賄うに必要な、
ラインのゲインを予め設定しておくのだ。

*。
将来の生産台数を急激に上げられるように、事前に設定した。

即ち、未来の会合地点に向けて、現在を設定した。

即ち、フィードフォーワードのシステムとした。

   *。
だが市場が急変した時、
このシステムは生産を急激に減らすことはできない。

*。
これはサブプライムにも言える。

サブプライムは、経済を発振したのだ。

即ち、債権を印刷して儲ける体制を作った。

即ち、安定性を捨てて、ハイゲイン経済を作った。

*。
システムが壊れた時、
システムの変化への対応性を捨てた訳だ。

同時に発振させたのだから、
これは市場経済でなく、犯罪経済をやったのだ。

     *。
発振経済が成長を止めたのだから、
この対応は発振成分の完全除去しかない。

公的資金の注入は、
発振成分の除去でなく、
別の発振を作って、
これで相殺するというアイデアだ。

ねずみ講を二重にやることだ。
反対成分を繰り込んで、ゼロにする。

*。
だがこれは気持ちであって、
現実では、二重発振をすることだ。

この繰り込みは成り立たない。

   *。
トヨタの場合も、市場の急激な成長という認識は、
当然であったろう。

行け行けどんどん、
これが発振であり、
こういうことをしてはいけない。

その認識が出来ないのが人間とすれば、
やむをえないとなる。

*。
だが失敗工学の認識では、
高揚した時が、失敗の時だ。

システムの構造が変わっているから。

*。
金融崩壊でもトヨタの場合も、
事後から見ると、起こるべくして起きたことだ。

   *。
殆どの人が燃えている時、
それが失敗の原因であることが歴史の教訓だ。

だが人知はそこまでいっていない。

*。
殆どの人が賛成の時、
反対すれば異物排除される。

賛成免疫、
これが病気であること、
これがガンであること、
その認識は構造理性にしか出来ない。

*。
それを言っても、現代社会廃物排除する。

構造理性体質の社会を作ることが、
ガンの対策だ。

| | コメント (0)

自由と正義は略奪と殺戮である

自由と正義は略奪と殺戮でる。

略奪と殺戮の洗浄装置が、
民主主義と資本主義であった。

  *。
略奪と殺戮は、
快楽商品を軸に、
民主主義と資本主義で自己完結しており、
良心良識や道徳が規定するものではない。

*。
略奪と殺戮の問題を、
民主主義と資本主義の問題に還元し、
略奪と殺戮を推進しつつそれを隠蔽する。

かくして人々は、
略奪と殺戮の共謀共同正犯となる。

*。
かくして強いものが弱いものを略奪殺人し、
弱いもの同士が殺し合いし、
かくして自動的に、
権力を生きさせ、無力を死に排泄する。

  *。
即ち、理論理性は爆発力であり
まとまり力ではなかった。

まとまり力は構造理性にしかない。

*。
現代は、爆発力天動説から、
まとまり力地動説への転換期だ。

即ち、現代はポジティブ・フィードバックから、
ネガティブ・フィードバックは転換しつつある。

| | コメント (0)

軍神よ! 殺してくれて有難う!!

構造理性により対偶文を作るとこうなる。

聖戦とは破壊と殺人である。

自存自衛とは、略奪と殺戮である。

大日本帝国は、すべてを焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くすことであった。

  *。
水俣大虐殺、
繰り返される大虐殺。

日本人の九割以上が、日本人の生まれた幸福である。

これを対偶文のすると、
日本人の幸せは、殺人である。

  *。
一人称衝動、
それは強いものが弱いものを殺すことであった。

これを正当化した、
美しい感動物語である。

その典型が秀吉の草履伝説である。

*。
美しい日本、
その対偶は、破壊と殺人である。

即ち、破壊と殺人を美しいとしている。

小学生からして、
いじめといじめ殺しがなくならない訳だ。

*。
最高裁判決、
日本人は0.2である。

これが国家による大虐殺であることを日本人は知らない。

  *。
日本国は殺人に成立している。

これを美しい感動によって隠蔽する。

*。
殺人を、美しい感動に還元し、
殺人を扇動し、そして殺人を隠蔽する。

美しい感動こそは、
殺人を強化しつつ、それを隠蔽する。

*。
感動と癒しの商品化を軸に、
日本感動原理主義は、
自己完結し、
良心良識や人間性を異物排除し、
かく感動と癒しが破壊と殺人であることの認識を不能にする。

いやそれを指摘されると、
日本の冒涜として破壊殺人を衝動する。

  *。
一人称衝動は、人の対偶性をきれいに保存している。

これでは殺し合いにしかならないので、
日本人以外の人類は、
道徳を作り、
対偶対称性を歪めた。

*。
日本人の激しい嫉妬と憎悪は、殺人衝動であった。

その実現が富国強兵、立身出世であった。
それは今の引き継がれている。

*。
破壊と殺人衝動を、美しい日本で隠蔽する。

いや破壊と殺人の対偶は、美しい日本である。
即ち、美しい日本は殺人と衝動である。

  *。
美しい日本を初期条件にすることは、
破壊と殺人の日本を作ることであった。

*。
美しい日本を初期条件にするか、
社会の初期条件を道徳におくか、
二種類の世界があった。

日本以外の世界は道徳を初期条件にした。

日本は美しい日本を初期条件にした。

結局、両者は全く違う世界を作った。

*。
日本は一人称衝動を生きる人類世界のガラパゴス列島であった。

| | コメント (0)

2008年12月27日 (土)

感情産業 マスコミを生きさせ 精神を死に廃棄する

感情産業は、マスコミを生きさせ、人々を死に廃棄する。

現代産業は、権力を生きさせ、無力を死に廃棄する。

権力をエリート脳に作り、
非エリートを脳死させ精神植物状態にする。

エリートとは、植物人間管理者だ。

   
  *。
こう考えるとヨーロッパ近代の予言は的中した。

偏差値の高いものは、ファウスト博士となり、
そうでないものはフランケンシュタインとなった。

ファウスト博士は、悪の華となり、
フランケンシュタインは死の舞踏を踊る。

考えてみれば、これがアメリカだ。

*。
ファウスト博士は、金融工学を駆使して、略奪を図る。
金融工学はスーパーエリート以外誰も理解しない。

フランケンシュタインは、超過激借金して、消費に耽った。

結局、結局アメリカは地球社会を食い潰すガンとなった。
そしてアメリカが略奪殺戮するものがなくなった。

   *。
ヨーロッパはアメリカに感情産業を結晶した。

アメリカはヨーロッパの落とし子ではないか。

*。
ヨーロッパは大日本帝国を作り、
そしてアメリカを作った。

そして彼らに襲撃された。

     *。
感情産業は、人の差異を取り払い、
組織の歯車とし、
人々は感情産業の原子となり、
最早悩みもなく、
略奪殺戮することを、
自由と正義と思い、
略奪殺戮を楽しく消費する。

これが西欧文化の結晶だった。

*。
消費文化という感情産業は、
人を権力と無力に二分化し、
権力が無力を食って生きるガンを作った。

これに世界が襲われた。
これが金融破産とイラク戦争だ。

これを実行したのはアメリカだが、
それを望みうやらせたのは我々だ。

    *。
経済のメルトダウンの再生は、
金と権力をアメリカに背負わせ、
これを殺すことで、
アメリカを再生し、
戦争放棄と幸福放棄の文化を再生する。

アメリカはシテ、日本がワキ、
この人間人類の能をやることが世界再生であろうか。

| | コメント (0)

空虚さ無力感は 精神の貧困現象である

偏差値教育やエリート教育による精神の脆性破壊がある。
脆性破壊は過度の負荷を掛けることによる頭脳の破壊現象だ。

感動や癒しを繰り返し与えることによる知性感性の疲労破壊がある。
疲労破壊は過度に負荷を繰り返すことによる知能の破壊である。

脆性破壊により頭脳の破壊が、空虚さである。
疲労破壊により無力感が生まれる。

*。
かく生まれた空虚さや無力感を、
更に過激な刺激で解熱鎮痛する。
或いはマッサージやリハビリする。

これが現代文芸だろう。
これはモンスター文芸といったらよいだろうか。

だが精神を解体していない人には必要がない。

    *。
モンスター文芸が効果ある内は良かった。

だが精神の死によって、
鎮痛もマッサージも必要なくなった。

これがマスコミ崩壊であろう。

*。
精神の貧困は、精神の死に至った。

死体に点滴して金になる。
これが死体の文芸だ。

     *。
成功や幸福、感動や癒しは、
死に至る病だった。

つまりガンだった。

精神が死んでも、肉体が生きている。

死体に点滴カンフルする、
これが現代文芸ではないか。

*。
これが受賞制度や栄典顕彰制度に生きる文芸であろう。

これは死に体の文芸ともいえる。

新しい世界ともいえる。

文芸そのものでなく、その共同体展開だ。
文芸を皆で称えあって、そこに新しい感動を作る。

*。
これでたくさん売れる、
そこに作者の自信が生まれ、
若干三十歳前後で人生相談を始める。

実にすばらしいことを言う。

だが人生の裏づけがない。

ただの白昼夢や妄想だ。
彼らは食い物にされている。

それでも楽しければいい。

*。
これは擬似文芸だ。

楽しく金になる。

だがこれでマスコミは成り立たなくなってきた。

これがマスコミ不況ではないか。

   *。
精神を殺して、肉体だけにして、
これに快楽を点滴する。

これで儲けるマスコミだ。

マスコミは、精神死体の製造販売消費業だった。

死体を作れる内は生きられた。
死体を作ると、マスコミも死ななければならない。

マスコミはガンであった。

*。
感動と癒しは、悪魔のお菓子であった。

それを食うとガンになった。

遂に食うものがなくなった。
これがマスコミ不況ではないか。

| | コメント (0)

マスコミ不況は精神の貧困化現象である

ベストセラーや高視聴率を追って、
マスコミはモンスター化し、
遂に人々を食い潰してしまった。

ベストセラー現象は、知性を育てることなく、
人の知的能力を食い潰していた。

マスコミは発振・発散した。
本体の機能を否定・破壊し、
立って歩けないほど肥満した。

*。
ベストセラーや高視聴率マスコミが疾走した後には、
草一本生えなくなっていた。

人々の精神は貧困化した。

*。
知性や感性は、疲労破壊を起こし、
精神は脆性破壊を起こした。

精神は過大圧力に壊れ、
知性と感性は、過大使用に回復不能に陥った。

*。
これを空虚感とか無力感と誤解した。

これをファンタジーで楽しく消費する。

これが精神の貧困現象だった。

*。
精神の貧困を楽しむ。

これが白昼夢であり妄想であった。

*。
マスコミは、人の精神能力を食い潰していた。

  *。
感動と癒しは、精神を食い潰すことだった。

感動と癒しによって、精神は根絶やしにされた。

*。
ジェイン・オースティン現象が起きた。

感動すれば、いい気持ちになり、
いい人になった気持ちになる。

だがその時、精神は成長を止められ、破壊された。

*。
精神の成長は感動によらないことが分かる。

感動は目標にはなっても、
手段として消費してはならない。

*。
感動と癒しは、精神を食い潰すことだ。

感動と癒しは精神のガンだった。
感想と癒しは、精神の敵だった。

感動と癒しは目的となってはいけない。

人の生きる手段でなくてはならない。

   *。
目的と手段の取替え、
ここに精神の消費的破壊があった。

いい成績を取るための勉強、
目的と手段の入れ替えだ。

これは精神の否定と破壊だ。

*。
ベストセラー・高視聴率マスコミは、
知性と感性をモノ化し、
精神を消去し、消費商品化し、
人々は葛藤を覚えることなく、
自己の知性と感性、即ち精神の破壊を、
暖かい幸福として楽しみ、
これが高度に人間的なこととした。

そこには精神の破壊と知性と感性の消滅があった。

   *。
金と権力の消費を、
成功と幸福とし、
ここに人間性と社会の消費破壊があった。

これはナッシュの均衡理論だ。

*。
Goedelの不完全性定理で展開すれば、
成功と幸福を求めることは無矛盾である。
従って成功と幸福を追って、成功と幸福を得ることはない。

成功と幸福は人と社会を豊かにするか。
するともいえないし、しないともいえない。

唯一つ確かなことは、
そんなことに関係なく人は存在する。

即ち、人は存在することを生きればいい。

これが実に難しい。
人がただ存在する社会は、
人が作らねば存在しない。

*。
人がただ存在することは、かなりの努力でしか出来ない。

人はただ存在することが出来ない。
ただ存在することは、非常な努力の結晶だ。

*。
即ち、ただ存在することは、いろいろの物事の最適化の結果だ。

これが構造理性の生き方だ。

  **。
今日もまた、我が狙撃サイレンサーは的を打ち抜いた。

神に栄光のあらんことを。

| | コメント (0)

地球社会の解体再構築論

モンスター化した国家権力、
モンスターが生きるために、無力を食い殺す。
これがトリクルダウンだ。

これを理論理性は、
権力が巨大化すれば、
無力は彼らに生きさせられるといった。

これを構造理性は、
権力を生きさせることは、
無力を死に廃棄することだと解読した。

  *。
権力と無力が敵味方化していた。
これを作った理論理性だ。
当然自分自身を知ることはない。

権力を生きさせれば、無力は雇用され、養われる。
だが権力は無力を大量生産し、大量販売し、大量消費した。
即ち、仕事を与え、食い物にした。
即ち、略奪し殺戮した。

認識と実体が全く違った。

     *。
今の経済対策は、
権力に金を与えて生きさせ、
無力からの略奪殺戮をそのままにする。

無力を食い殺したため、
即ちガンが全身に転移し、
体力がなくなったため、
金の点滴と、緊急資金の補給のカンフルで、
生きさせようとする。

*。
ガン患者を緊急治療室に入れ、
生きながらせる訳だ。

延命効果はある。
それでガンはどうなるのか。

延命しているうちに、
ガンがなくなることを期待する。

  *。
金融ガンと消費ガン、
二つのガンが同時発生している。

ガンを摘出手術する、
即ち繰り込みが必要になった。

ガン経済を解体し、
新しい産業を再構築しなければならない。

*。
即ち、人類の基本所得構造化し、
新しい環境適応産業を立ち上げ、
ここに人類は生きる。

国家天動説地球を、市民地動説地球に、
解体再構築する、
即ち繰り込み理論を行う。

*。
これが構造理性の認識理解だ。

  **。
今日もまた、我が狙撃サイレンサーは炎を噴いた。
神に栄光あらんことを。

| | コメント (0)

2008年12月26日 (金)

自由と正義はねずみ講である

戦争はねずみ講である。
愛国心を沸き立たせ、結局生命財産を奪い尽くす。

自由と正義は、成功と幸福を沸き立たせ、生命財産を焼き尽くす。

利潤と国益は、金と権力を沸き立たせ、生命財産を殺し尽くす。

*。
資本主義の持つ悪徳を、
民主主義でその犠牲者に自己決定させる。

資本主義と民主主義の組み合わせは、
弱者を殺し合いさせ、
弱者の死への排除を弱者に決定させる。

     *。
資本主義と民主主義、
法治国家と産業文明は、
それを作ったものと使うものは、全く異なる原理で行う。

それを作ったものは愛と正義で作り、
それを使うものは極悪非道で使う。

*。
法は作ったものと使うものが、対偶対称となる。

民主主義と資本主義は、
法治国家と産業文明は、
善人が作り、悪人が使う。

よってこれは対偶構造理性にしか最適化されない。

   *。
法や産業は理論理性が作り、悪徳とエゴイズムが使う。

かく現在このシステムの崩壊が起きた。

これは大恐慌でなく、人造世界の崩壊だ。

*。
最適世界という新しい酒は、新しい皮袋に入れねばならない。

これが繰り込み理論であり、
産業のご破算リセットだ。

*。
新しい酒は新しい皮袋に入れよ。
これが繰り込み理論だ。

| | コメント (0)

敗戦せざるをもって 終戦と見なす

外交をもたざるを持って、軍事力と見なす。

靖国の思想は、外交の異物排除である。

神の国は、外交の異物排除である。

国に誤りなし、
国民は国家に従うをもって国民と見なす。

*。
この言論にイエスかノーか。

イエスというをもって国民と見なし、
ノーというものは非国民として異物排除する。

即ち、認知症に過労死す、
これが日本人の生き方である。

即ち、お上日本は、認知症の過労死である。

    *。
鬼畜米英を認めざるをもって、日本の存在と見なす。

世界を認めざるをもって、日本の存在と見なす。

アメリカの言いなりになることは、
日本の存在に都合がいいからであり、
アジアを認めることは日本の都合が悪いことである。

日本の都合の悪いことは認めず、
都合のいいことだけで生きる。

*。
即ち、日本にイエスかノーか。

日本自身にイエスかノーか。
日本にイエスかノーか。

この二重構造が同一化されたお上日本である。

即ち、絶対矛盾の自己同一である。

  *。
日本に都合のいいことにイエス、
都合の悪いことにノー。

日本は国家都合の免疫組織である。

日本の中で、敵は排除する。
即ち、日本は国家統合失調症であり、
日本は世界にガンとして存在する。

*。
貿易立国は、世界にガンとしての日本である。

靖国は、国家統合失調症としての存在である。

技術の高度性は、免疫力である。

*。
構造理性で日本を解読するとこうなった。

| | コメント (0)

感動ボケ症候群

マスコミ不況は感動ボケ現象である。

感動と癒しは、やればやるほど知性と感性を荒廃する。

その結果、感度の高い若者が消え、
知的感性的飢えが消え、
ヒット間やムーブメントがなくなった。

ヒット狙いのマスコミに、知性と感性が破壊された。

マスコミは、金と権力を生きさせ、
知性と感性を死に排泄していた。

権力依存症は、知性と感性を破壊した。
これが精神の貧困化だ。

   *。
ここに第二次感動と癒し現象が現れた。

即ち、空虚さと無力感を楽しく消費する。

これがファンタジーだ。

*。
ここに現実拒否と現実からの引きこもりがある。

かくして現実は悪徳権力に完全に制覇され、
金権を生きさせ、
感動と癒しを死に排泄する世界が出来た。

ファンタジーの人々は、楽しく死に排泄される。

*。
これがアドルノの文化産業だ。

文化産業は、人々を感動と癒しの機能組織に変えることに成功した。

文化産業に取り込まれた人々は、
感動と癒しに耽ることを、
葛藤を覚えることなく、
人間的なことと思って、
自己否定と自己破壊を、
暖かい幸福として、
楽しく消費する。

これを自己責任・自助努力・自己管理とする。

これが悪徳権力を生きさせ、
無力を死に排泄する仕組みだ。

*。
悪徳権力を改善しようとする人々が消えた。

かくして人間性を焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くすことを、
葛藤を覚えることなく、
人間的なことと思い、
暖かく楽しく消費する世界が誕生した。

  *。
一体何をやっているのだろうか。

バカをやっている。
ガキをやっている。

*。
どうしたらいいのだろうか。

この世界に、
Goedelの不完全性定理とナッシュに均衡理論を、
不動点とする世界を創造する。

するとガキ現象は、単なる反抗期として処理される!

| | コメント (0)

エリート社会の本質 ボッタクリ自動車業界への復讐

自動車不況、
いやあらゆる業界を襲う不況の原因は何だ。

消費者の弱みに付け込み、
ボッタクリを繰り返す産業権力への復讐だ。

世界の消費者や労働者は、
消費者や労働者を死に排泄する権力への復讐の機会を狙っていた。

   *。
自動車業界のリーダーが、
マスコミに復讐してやろうかといったが、
我々は我々に見合った指導者を持っている以上、
彼らに対する軽蔑は、
我々が社会的動物として、
自分自身に抱いている軽蔑の反映以外のなにものでもない。

国家権力やマスコミ・言論界・学界が、
悪徳金融権力に公的資金を注入して、
市民の犠牲において、
救済しようとすることは、
悪徳を市民の生存の問題に還元し、
悪徳を変えることなく、
市民を死に排泄することで、
悪徳を通すことだ。

*。
経済の崩壊は悪徳権力が考えているようなことではない。
経済の崩壊こそ悪徳権力を考えている。

悪徳権力が、自分自身へ軽蔑と復讐をすることを求めている。

権力が無力から略奪殺戮することに、軽蔑復讐することを求めている。

   *。
経済崩壊は起こらなかった。

経済崩壊をやったのは、悪徳権力だが、
それを望んでやらせたのは我々市民だ。

経済崩壊は、権力がやらせた、無力の権力への復讐だ。

*。
悪徳が無力を死に排泄する。
自由と正義が、略奪を殺戮であることを証明した。

金融対策は、悪徳権力が、無力を犠牲に生き残りを図ることだ。

それが人類のガンであることを、証明した。
無力を先に殺して、権力が死ぬ。

*。
これがボードリヤール・シミュレーションだ。

    *。
即ち、無力を殺して、ガンになって、ガンに殺して貰う。

即ち、民主主義と市場主義は、
人を殺して、死刑になって、自殺させて貰う方法だった。

*。
すべてを焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす。
そのすべてに、権力と弱者が入っている。

三光作戦は、自決玉砕への万歳突撃だ。
その指導者が吊るされる方法だった。

   *。
次にアドルノ・シミュレーションをやって見よう。

悪徳権力は、個々の主体の差異を消し去って、
社会の機能に作り変えることに成功した。

これが権力を生きさせ、無力を死に排泄することだ。

*。
その結果、悪徳権力に完全に取り込まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
自分自身の死への排泄を、
人間的なことだと思い、
暖かい幸福と思って楽しむのだ。

その結果、悪徳権力を道連れに、
悪徳権力を葛藤を覚えることなく、
死へ排泄することを、
人間的なことと思い、
暖かく優しく楽しむのだ。

   *。
これが産業経済のメルトダウンだ。

権力は無力を殺して、死刑になって、殺してもらい、
無力は、権力に殺され、権力を死刑にして、殺すのだ。

一体何をやっているのだろう。

バカをやっている。
ガキをやっている。

*。
だがこれがエリート社会だ。

| | コメント (0)

2008年12月25日 (木)

機械化は自立であり負帰還でなけらばならない

三種の神器、冷蔵庫・洗濯機・テレビから、
今やゲームやインターネットに展開してきた機械化だ。

機械化は人間性を破壊する欠点がある。
これも公害の一種だろう。

問題が起きたから止めろ、
これは批判であり、
これを負帰還としてその欠陥を克服する。

産業化で公害が起きた。
これを負帰還に使う人知・英知だ。

負帰還こそ人造世界の必須の英知だ。

*。
批判非難は当然で、
これを克服せねばならない。

これが負帰還の思想だ。

こうなっていないことが問題で、
人間が文明に遅れた。

  *。
人造現実は負帰還でなければならない。

そうなっていないから、
権力が問題を利権機会にする。

この防止が構造理性だ。

*。
構造理性は負帰還である。

主語と述語を負帰還関係とする。

即ち、人造系は負帰還システムでなければならない。
これで人造系は自己完結する。

*。
人造系は負帰還でなければならない。

即ち、存在の仕組みで存在しなければならない。

夢と希望の段階は幼児段階あった。
世界の仕組みに則って生きる大人だ。

| | コメント (0)

ポジティブ・シンキングは破滅思考である

ポジティオブ・シンキングは一億玉砕への万歳突撃である。

一人称衝動はポジティブ・シンキングである。

ポジティブ・シンキングは過労死の方法である。

*。
その意識の中に、制御能力はない。

     *。
自分を含む世界を鳥瞰する、
これがホログラム・イマジネーションである。

ホログラフィー・イマジネーションは、
全体の均衡を持って、よしとする。

即ち、イマジネーションは能である。
ホログラムをシテ、ホログラフィーをワキとして、
全体のイマジネーションを作る。

ホログラムを増幅器、ホログラフィーを負帰還装置とし、
負帰還増幅システムを作り、
そこによく生きることを作る。

*。
生きることは部分であり、
よく生きることは全体である。

即ち、生きることはホログラムであり、
よく生きることはホログラフィーである。

それを意識するイマジネーションである。

*。
これが日本文化だ。
即ち、日本文化は能である。

   *。
ポジティブ・シンキングは発振である。

金と権力の発生に都合がいい。

*。
富国強兵、立身出世は日本の発振である。
これがポジティブ・シンキングだ。

これは日本の悪用であり、自己否定であった。

*。
日本はカオスだ。
無私無心に初期設定すると、まともであり、
立身出世に設定すと、破滅する。

ポジティブ・シンキングは、破滅設定だ。

| | コメント (0)

真理と気持ち

ヨーロッパと日米、文化を二分できる。
レイン法とベイトソン法だ。

この世には個人と社会がある。
個人にも社会にもいろいろ問題が起きる。

ここで生き方が二分される。
1.社会の問題を個人が処理する。
 そこに不満を解消する。
2.社会問題は個人の手に負えないから、個人の気持ちで処理する。
 即ち、社会問題を感動と癒しで処理する。
 即ち問題は放置する。

前者がレイン法で、後者がベイトソン法だ。

*。
この特徴を上げれば、
レイン法は弱者の生存に社会が責任を持つ。

ベイトソン法は自己責任自助努力といい、
弱者の死に無関心である。
いや殺しさえすれ、平然としている。

    *。
ベイトソン法の世界は、大GDPを問題にし、
レイン法は生活の質を問題にする。

*。
アメリカは経済力と軍事力で世界を支配した。

ここには良心良識はない。
それに変わって金と力だ。

モノを金化し、力を金化し、
金とモノと力を金権化し、
金権を消費する世界を作り、
これが文化産業だ。

*。
ここに個々の主体を抹殺、
個人を社会の歯車とし、
社会の全体主義化に成功した。

これは文化共産主義であり、
所得・欲望・消費の資本主義であり、
共産主義と資本主義、
全体主義と民主主義の止揚に成功した。

これが現実に置き換わった、人造現実である。

   *。
これが新自由主義グローバリゼーションである。

ヨーロッパはこれに巻き込まれた。

*。
ヨーロッパの愛は、共に苦しむ方式だから、
アメリカを苦しむ。

だがアメリカを苦しむことはいいことか。

アメリカの苦しみは、自然にはなかった人造の苦しみだ。

この苦しみは混同しているのではないか。

   *。
アメリカは世界のガンだ。

これと共に苦しみ生きられるか。

アメリカの抑制は必要だ。

この点ヨーロッパは整理されていない。

日本という西欧の異質から見ると、
これが明瞭に見える。

*。
構造理性で見ると、
アメリカの自由と正義は、略奪を殺戮だ。

自由と正義はガンだった。

これは摘出すれば出来る。
ただアメリカにどう麻酔を掛けるかだ。

大GDPに暴れらては、放っておく方がいいとなりかねない。
だがアメリカ・ガンは暴走している。

考えれば、構造理性は麻酔にもなる。

   *。
金融崩壊とイラク戦争は、
アメリカも疲れ果て、壊れ果て、消えたがっている現象だ。

これらは激痛と高熱にうなされる現象だろう。

*。
アメリカは変な文明を仕事としている。

変な文明をやらせないには、
人道への犯罪と平和への犯罪をやらせいないことだ。
人間性と世界性を生きることだ。

それはアメリカが日本のやったことだ。
アメリカはそれが分かっていない。

これが理論理性の特徴だ。

*。
構造理性は、その溶解法だ。
即ち、構造理性は、レイン法とベイトソン法を止揚する。

| | コメント (0)

お上化した世界の国家権力のリセット

秀吉システムは、お上を生きさせ、
下々を死に排泄する戦略だ。

成功と幸福を追求した民主主義と資本主義は、
秀吉システムであった。

成功と幸福こそは草履伝説だった。

世界は、どこかで秀吉ウィルスに感染したと見るべきだ。
秀吉は世界制覇に成功したのである。

*。
強いものがますます強くなれば、弱いものは守られる。

これが新自由主義であり、トリクルダウンといわれた。

トリクルダウンこそが、
権力を生きさせ、無力を死に排泄することだ。

*。
権力を生きさせる戦略は、
無力を死に廃棄する戦略である。

対偶文を作れば、新自由主義のまやかしは通らない。

*。
だが理論理性には、これが理解できない。

かくして秀吉システムは世界制覇をした。
理論理性に、まやかしへの免疫がなかった。

構造理性には、免疫以前にごまかしは通らない。

   *。
地球社会は、文明の解体新築の場面を迎えた。
文明のリセットである。

国家権力はこれを阻止、私服を肥やす。

これが公的資金の投入だ。
これは国家のねずみ講であり、
権力が国家を略奪殺戮する戦略だ。

*。
国家権力は、国家を食い潰す。
それで利益を上げる連中の世界だ。

国家権力は国を食い潰して生きる。

国家権力は国家のガンであった。

これを阻止できるのは、地球市民だ。

今地球市民の自立の時が来た。

    *。
地球社会の成立に、
国家世界連邦のリセットが必要になった。

これが金融危機とイラク戦争の意味だ。
これを利用して、
これをレバレッジして、
地球社会を作る。

*。
国家天動説から、地球市民地動説へ。

この梃子こそ、戦争放棄と幸福放棄だ。

*。
世界国家連邦を作った秀吉なら、
それを壊して地球社会を作るのも秀吉の末裔だろう。

| | コメント (0)

2008年12月24日 (水)

大GDPは国を貶める方法である証明

これもジェイン・オースティン論理を使えば証明は簡単だ。

大GDPを追求する、
その達成感は人の喜びを刺激する。

その喜びに浸る人は、
自分に満足し、他人のことは忘れている。

他人を犠牲にし、
それに人格が条件反射は付けられる。
即ち、人格は劣化破壊される。

こういう人々の作る社会は、まともではない。

即ち、大GDPは強盗殺人である。
日本人の喜びは、対偶文により、大虐殺である。

即ち、大GDPは、人や国を貶める。
証明終わり。

| | コメント (0)

愛国厳罰は国を貶める方法である証明

愛国厳罰は国を貶め穢す。

ジェイン・オ-スティン論理を使うと簡単に証明できる。

*。
国を愛さないものを厳罰する。

人を殺すものを、毅然として殺す。

これで愛国気分が高揚する。
いい気持ちになる。

*。
この時自分の中で何が起きたか。

国を愛する自分の敵、
即ち国を愛さない敵を殺す。

これは殺人である。

即ち、美しい殺人を行っていた。

*。
殺人に美しい殺人と美しくない殺人があるか。

これは決定不能証明不能だ。
これがGoedelの不完全性定理だ。

美しい殺人を行う戦略は、
美しい自分を殺す戦略だ。
これがナッシュの均衡理論だ。

   *。
美しい殺人を行うことは、
美しいとも美しくないともいえる。

唯一つ正しいことは、殺人を行うことだ。

殺人は殺人であって、
美しいとも美しくないともいえない。

即ち、美しい殺人を行うことは、
自分を殺すことである。
ナッシュの均衡理論だ。

*。
殺人を美しいとする時、
自分はただの殺人者となる。
Goedelの不完全性定理だ。

*。
Goedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論は、
等価同型であることが分かる。

| | コメント (0)

善の追求は悪徳国家を作った

善の追求の結果、法治国家産業文明が作られた。
その結果、悪徳国家が出来た。

それは対偶効果から当然のことだ。

*。
今悪徳国家を生きている。

対偶効果から、善の世界が生まれるだろう。

だが環境問題などから、
地球社会が壊れる可能性が出て来た。

   *。
今面白い議論がある。

地球温暖化で、何か手を打たないと地球は壊れる。

それは権力利権の利益手続きで、
そんな問題は存在しない。

*。
問題はこういうことではないか。

環境問題を権力利権の略奪を排除して、どう実行するか。

*。
これは構造理性にしか処理できない。

理論理性では、
問題を悪用される時、
問題の処理が出来なくなる。

これが理論理性の特性だ。
悪用や妨害に弱い理論理性だ。

   *。
理論理性は、情報戦に無能であった。

対抗情報戦能力、
これは構造理性の特性だ。

*。
自由と正義で、略奪と殺戮を行うことが出来る。

理論理性は「汝自身を知らない」からだ。

汝を主語に、その行為を述語にとる。
これが構造理性だ。
構造理性は自分自身を知る方法だ。

*。
即ち、法治国家は、極悪非道の方法だ。

人情世間体は、極悪非道の方法だ。

草履伝説は、極悪非道の方法だ。

理論理性はこれを知ることがない。

構造理性は対偶文でこれを認識する。

    *。
法治国家産業文明、
民主主義と資本主義、
自由と正義は、略奪と殺戮であった。

自由と正義自身が、悪であり悪業であった。

*。
自由と正義は、人間性と良心良識を殺す方法であった。

自由と正義を最大化する戦略は、
人間性と良心良識を破壊する戦略だ。
ナッシュの均衡理論だ。

この世に自由と正義を求めることは無矛盾だ。
従ってそれは実現せず、自由と正義を破壊する。
Goedelの不完全性定理だ。

*。
理論理性は質点的真理を生き、
構造理性は不動点的真理を生きる。

同じ真理なる言葉にも、二つの違う意味があった。

あらゆる物事が相関するカオス世界では、
構造理性にしか現象を認識理解できない。

| | コメント (0)

現代の構造 そのもの それに関わるもの

学問芸術には、そのものとそれに関わるものの二面がある。

学問そのものの喜びと、
それが作る共同体の関わる喜びがある。

テレビでも番組そのものと、
それを一緒に楽しく消費する喜びがある。

そのものでなく、
そこに笑いや喜びやもろもろの音を関係なく入れる。
なんとなく盛り上がり、
欲求不満を楽しく消費する。

   *。
このコンプレックスを、
感動を偽造する不遜な行為と見るか、
たくさんの小さい楽しさの大規模集積した新世界と見るか。

本物の感動を狭量とするか、
贋物感動を大きな心と見るか。

この両者のコンプレックスが出来た。

*。
だがその世界を認識することが出来ない。
何が起きているのか、分からない。

世界が知性を超えた。
人が引きずり回されている。

自分が無くなってしまった。

これが自己喪失感と空虚さだろうか。

*。
あたかも空虚や喪失を楽しく消費しているようでもある。

新しい生き方だろうか。

   *。
ここで言えることは、
感動の集中系から、分散した感動の分布形にシステムが変わったことだ。

集中感動系から、分布感動系へ。
大きな一つの喜び、そして小さいたくさんの喜びの集積へ。

喜びが切り裂かれ、
両者が相手を非難しつつ共存する。

この世界は一体なんだろう。
誰も知らない。
知らなくていいのか。

*。
互いに相手を非難しつつ共存する。

自分の中に敵が出来、
これを攻撃して生きる。

するとこれは統合失調症やガンだ。
両者は同じ仕組みで起きることが分かる。

   *。
健康を生きる時代が終わり、
病気や障害を生きる時代に入ってことは確かだ。

これを豊かさといっている!

それは実存的根源的欲求不満の世界だ。
実存不満といったらいいようだ。

*。
現代人は実存不満を生きる。

確かにそういえる。

*。
ここに実存不満を楽しく消費するベイトソン法と、
それを打ち破ることを生きるレイン法を確認する。

前者は内向への逃避、後者は世界の破壊に見える。

現代は二者に切り裂かれた。

互いに偽自己の偽善と欺瞞の演技をすると見える。

    *。
全体が無くなった。

互いに争う部分が二つある。

残存を生きることから、抗争を生きることになった。
これは確かだ。

*。
よく考えれば、両者は対偶だ。

すると両者の最適化が問題だといえる。

それをどうやるのか。
人はそれぞれを生きるしかない。

それをやる現代思想や現代哲学だろう。
両者は哲学と作って最適化される。

これが新世界の構造だ。

*。
すると文明や国家の時代は終わったといえる。

   *。
こう考えるとベイトソン法は、エゴイズムであり、
レイン法は、愛の方法である。

*。
ベイトソン法はレイン法に危害を加え、
レイン法は共に生きようとする。

正にこれが現代世界だ。

*。
アメリカがエゴに耽り、暴走する。

これと共存するヨーロッパだ。

アメリカがシテ、ヨーロッパがワキだ。

このシナリオは、戦争放棄でなければならない。
これで進歩と調和が負帰還し、安定する。

*。
哲学だけが認識し、処理できる現代だ。
これが現代の存在構造だ。

| | コメント (0)

2008年12月23日 (火)

真理と信用

戦後処理において、ドイツとフランスは信頼関係を築いた。

日本とアジアにはそれがない。

どういう訳だろう。

*。
ヨーロッパには、数千年で築いた、
真理と客観的普遍妥当性がある。

この土俵に乗って、そのルールでやればまとまらないことはない。

*。
アジアには何があるだろうか。

面子・仁義・信頼が共通だろうか。
これは上下関係や兄弟意識だろう。

だがこれはかえって問題をこじらせることにもなる。

共通の言葉はあっても、共通の心がない。
心が対立している。

    *。
日本人の特徴は、国家や強いものの言いなりになることだ。

ここには真理がない。

強いものの言いなりになることだ。
すると弱いものはいじめられる。

*。
日本では日本人の発明発見は認められない。

発明発見は権力ではないからだ。

従って、初めから見下される。

ノーベル賞をとっても、学会では無力だと見下される。

*。
アジアは権力ではない。
初めから見下す。

アメリカは強く美しいから言いなりになる。

    *。
日本は真理でも権力がないと見下される。

真理意識のない日本の信用とは何か。

力関係だけだ。

*。
だからテレビやマスコミは、常連に占拠され、
議員は二世三世に乗っ取られる。

これはアジアと戦争処理が出来ない問題の自己同型写像だ。

*。
一人称衝動は、力関係でしか動かない。

これはあらゆる場所の法則だ。

裁判でさえ、力関係で動いている。
正義でなく、人間関係の力関係だ。

*。
水俣病の大虐殺、
誰も逮捕されず、
水俣社員を突き飛ばしたものが逮捕された。

これが一人称衝動力学だ。

*。
戦後謝罪は過労死をもって解決とする。

竹島問題は、解決せざるともって、解決したとみなす。
問題を過労死させることだ!

    *。
問題は過労死をもって解決する。

戦後問題は、過労死をもって解決する。

これが日本の一人称衝動力学だ。

| | コメント (0)

思考から意識へ

概念とロジック、これが現代世界だが、地球社会に適応しない。

地球社会は、あらゆるものが関係し、
その運動として存在する。

この世界を認識理解する方法は、
作用素と不動点である。

*。
世界は物事と事態とからなる。

物事と事態を関係付けるのが、作用素であり、
その不動点がGoedelの不完全性定理やナッシュの均衡理論である。

*。
地球社会は事態であり、
法治国家や産業文明は物事である。

事態を物事すると、カオスとなり、
対応不能制御不能になる。

*。
物事を物事だけで処理することは、
出来るともいえるし、出来ないともいえる。

事態を物事で動かすことは出来る、
だがそれで事態を整理することは出来ない。

*。
物事は空体・中空・全体なき部分である。

だからGoedelの不完全性定理は、事態を物事で操作できない。
そういっていると取ることも出来る。

ナッシュの均衡理論も、
物事を操作する戦略は、事態を操作しないとも取れる。

   *。
文明が巨大化し、物事で操作できない事態となった。

それが現代の問題だ。

まして金と権力で操作する。
これは事態を破壊することだ。

*。
理論理性は金と権力を作った。

だが金と権力で地球社会は動かせない。
即ち、金と権力は、地球世界を破壊する方法だった。

自由と正義は、金と権力であり、破壊と殺戮であった。
対偶文でこうなる。

*。
地球社会に方法は、構造理性であることが分かる。

| | コメント (0)

有形商品+j無形商品=複合商品

例えばファッションは、モノと感性からなる。

モノとしての機能と感性としての作用がある。

前者は質点概念と呼べる。
後者は不動点概念と呼べる。

感性の光り輝きは、感性の不動点だ。

*。
量子力学を使えば、
モノは固有値であり、感性は固有関数と呼べる。

感性をモノとして表現する場合と、
モノの開く感性の世界がある。

両方からなる人造世界だ。

*。
モノを記号化するとは、
感性をモノを通して、表すことといえる。

これはモノと感性の統合した世界であり、
これが人造世界だ。

ここに感性の消費が可能となる。

*。
モノと感性は独立であって、統一して使われる。

ここに有形と無形の統合世界が開かれる。

このコンプレックスが、人造世界だ。

*。
これは構造理性の世界だ。

有形を主語とすると、無形が述語になる。

ファッションとファッション・センスは、
コンプレックスであり、
主語と述語の関係となる。

*。
このような意識形式がまだ確立しておらず、
これが過渡現象を引き起こし、
混乱している。

これは本質の問題でなく、
人の不慣れが起こす問題だ。

    *。
法治国家や産業文明は、主語であって述語である。

だから労働商品を軸に、
法治国家と産業文明が自己完結し、
人間性や良心良識がそれを規定できず、
異物排除されてしまう。

主語と述語の同一化、
これが理論理性であった。

主語の説明を述語としてしまう理論理性だ。
主語に自閉し引きこもり、リストカットしか出来ない。

*。
この脱出が、人を殺して、死刑になって、殺させ、
自己の存在を自己完結させることだ。

法治国家や産業文明は、
人を殺して、死刑になって、殺して貰う存在構造にある。

*。
この脱出が、構造理性で、
これだ生きることが出来る。

理論理性は、人を殺して、死刑になって、殺される方法だった。
即ち、主語と述語が一体であった。

| | コメント (0)

太平洋戦争は快楽殺人だった?

鹿島茂・評「ロートレアモン 越境と創造」石井洋二郎 毎日08・12・21東京朝刊

この論文を元に思考実験シミュレーションしてみよう。

*。
肥大した自我を抱えながら、
中国にも西欧にも居場所のない日本少年・西田幾多郎が、
捌け口として、残忍な中国と西欧の快楽殺人の夢想を紡ぎ、
大日本帝国という大げさな偽名に隠れて、
自己の存在を強烈にアピールした西田哲学や近代の超克であった。

このために設定された視座は、
越境と創造であり、
解体再構築ということも出来る。

解体は西欧の二元論二分法、中国の一元論を、
日本人の非西欧非中国という眼を有効に使い、
即ち、世界に類のない一人称衝動意識を使い、
再構築、即ち創造は、
西田が自らの生の痕跡を残そうと試みる、
模索・葛藤・逡巡・挫折を包含する。

それが西田哲学であり、近代の超克であった。

    *。
この夢想を実現した太平洋戦争ではなかったか。

戦争は、西欧の世界制覇思想や中国の中華思想を、
破壊解体する過程であり、
戦争は、戦争放棄や幸福放棄という人類目標を結晶した。

*。
正に日本少年の夢見た、快楽殺人は現実に暴走し、
ヘゲモニー思想を越境し、
戦争放棄や幸福放棄の新人類の桃源郷を発見した。

戦争放棄は西欧でもなければ、中国でも日本でも、
人間でも人類でもない世界を創造した。

   *。
近代の超克なるエクリチュールは、
西欧や中国を内側から食い破る一人称衝動意識を内包していて、
他者なる自己を創造する、
意図せざる文明の越境による創造であった。

*。
一人称衝動意識では、
絶対矛盾を自己同一化でき、
何事もなすことが出来るし、
しかも何事もなしていないようにして行うことが出来る。

ここにしか戦争放棄や幸福放棄は実現しない。

ここに人類の新しい世界が開かれた。

  *。
日本少年の夢想の快楽殺人は、
世界制覇思想を現実に殺した。

何事もなかったようにやったので、
誰もそれを知らない。

知らずにやる、
これが一人称衝動の特色でもある。

*。
一人称衝動意識は、世界を解体し、再創造した。

一人称衝動は、繰り込み理論でもあった。

誰も知らず、新世界は創造されつつある。

これを見ることの出来る意識は構造理性である。

| | コメント (0)

2008年12月22日 (月)

刑罰と免疫

人体に入った病原は殺す、
社会を犯す犯罪を殺すことに異議はない。

だが犯罪者を刑務所で矯正することはどうか。
しつけで罰を与えることは行われている。

だが大人に対して、罰を与え、矯正できるだろうか。
現実には再犯者に溢れる。

事実矯正は殆ど出来ない。

    *。
犯罪を異物排除するのが刑法だろう。

矯正するのは刑法ではない。

それどころか矯正は、犯罪者を製造していることが知られている。

*。
即ち、社会に犯罪者を矯正する能力はない。

だが犯罪者を製造する能力はある。

このヒステレリスを認識する段階だ。

*。
更生と称して犯罪者の製造販売消費をしていた。
司法がこのように大儲けをしていた。

   *。
人間の能力は無限ではなかった。

無限とする絶対国家の時代は終わった。

*。
犯罪から社会を守ることは妄想だった。

司法の待遇は、犯罪だった。

犯罪者から人を守ることは出来る。

*。
対偶文を作れば、
司法は犯罪であった。

犯罪を犯罪で防げるが、司法の犯罪は防げない。

| | コメント (0)

食糧自給と自由貿易

自由と正義は、
神の立場に立って、
反自由と反正義を断罪リンチする。

それは自由と正義か。

反自由と反正義を断罪リンチすることは自由と正義か。

*。
自由と正義の前に何かなけらばならないことが分かる。

自由と正義は絶対でないことが分かる。

  *。
自由と正義を絶対とする戦略は、
略奪を殺戮を絶対とする戦略である。

これがナッシュの均衡理論だ。

この世は善悪といった対偶からなる。
即ち善だけを取り出せない。

これをやった仏教は、死んでしまった。

  *。
自由と正義の世界を作ることは無矛盾だ。

もしそれが出来たら、世界は死んでいる。
この世は善悪からなるからだ。

これがGoedelの不完全性定理だ。

  *。
自由と正義は消点である。
目標に出来るるが、
これを存在するものとして、世界政策として実行することは、
悪の否定であり、
出来ないことをやることだ。

*。
自由と正義は、全民族の運動空間の、
不動点にすることは出来るが、
それは目標や手段には出来ない。

それをすることは世界存在の破壊である。

事実がそれを実証した。
消点は不動点であった。

*。
民主主義や資本主義、自由や正義は、
人類の運動空間の不動点にする時、
よき世界が出来る。

これを目的とすることは、人類空間の否定である。
即ち、これを目標としたアメリカの独裁となった。

即ち、自由と正義は、アメリカ独裁の方法であり、
アメリカの略奪と殺戮を結果した。

  *。
人造系はカオスであり、
初期値の取り方で、全く異なる世界が現れる。

良心良識を初期設定にすれば、問題は起きず、
自由と正義を初期値とすると世界は破壊される。
事実がそれを実証し、我々はそれを体験している。

| | コメント (0)

高邁な神の国 高貴な美しい国

日本は美しい国と全員で断定することで始まる。

日本を美しい国としないものは非国民であり、
日本から全員で異物排除しなくてはならない。
これが愛国厳罰である。

*。
日本は美しい国である。

こういうことは問題ない。
だがこういわねばならないとすることは、
自白強要となる。

すると無理強いして言わせることは美しいことかが問題になる。
これは美しいことではない。

*。
日本人自身が、日本を美しいといえるのか。

外国人が言う分に問題ない。

だからお雇い外国人を作り、彼らに絶えず言わせる。

そして皆でいい気持ちになる。

これは美しいことか。
美しいことではない。

  *。
日本は美しい国である、日本人が言った。

この文章は成立するが、意味のない文章である。
ただのナルシシズムに過ぎない。
小児症候群にしかならない。
大人でやれば異常なことだ。

*。
だがこれがこの国を大手を振って歩き、
逆らうと異物排除される。

ここまで来れば、犯罪や病気である。

これが国の掟であると、この国はまともではない。

*。
日本を美しいといわぬものを異物排除する。

美しい日本は妄想であることが分かる。

  *。
だがそれを行い、それを理解しない能力こそ、一人称衝動だ。

これを脱出することが、日本のイニシエーションであることが分かる。

*。
一人称衝動を脱出すること、これが日本問題だ。

これを阻止することが、お上の仕事だ。

即ち、お上は反日であることが分かる

*。
反日が守るお上日本という反日日本。

日本は日本であって日本でなく、
日本は日本でないからこそ日本である。

*。
即ち、お上日本は、真日本を敵として存在する。

即ち、お上日本は妄想型国家統合失調症である。

*。
これを治療出来て、
少なくともそれを脱出できて、
それが日本思想の成立であろう。

ここに大人の日本がある。

今不良少年期なのかも知れない。

| | コメント (0)

経済は成長させられるが 制御できない

経済は成長させられるが、制御できない。
だから混乱した時、経済は崩壊する。

即ち、経済は破滅に向かって成長する。

即ち、人造システムは熱死する。

*。
人造システムは、エネルギーとエントロピーからなる。
即ち、成長と秩序からなる。

昔の人はこれを知っていた。
即ち、腹八分目。

これは負帰還システムを意味する。

*。
成長しつつ安定する。
これが負帰還システムだ。

宇宙は爆発力とまとまり力からなる。
まとまりを与えるのが負帰還である。

    *。
経済や人生は、発振させることが出来る。
これは自殺に終わる。

その例を大日本帝国に見る。

今、中国経済は発振させている。
これは自殺に終わる。
大日本帝国と同じプロセスを取る。

*。
成功と幸福を増幅器とすれば、
良心良識で負帰還しなくてはならない。

負帰還のない発振経済は、自殺に終わる。
弱者を殺して、神に制裁され、自殺させられる。

世界経済は、神の怒りを買い、自殺させられる段階となった。

   *。
産業文明にしても、法治国家にしても、発振系だ。
即ち、カオスである。

初めの内は、即ち、立ち上がり期は、線形である。

立ち上がってしまうと、カオスとなる。
カオスは自殺によって終わる。

全く安定のない世界が成立するからだ。

*。
安定なき成長、これがシステムの自殺だ。

これは弱者を殺し、神に死刑にされて、自殺させられる。

これがカオスだ。

*。
初期値を良心良識にとれば、カオスも安定する。

初期値を成功と幸福に取ると破滅する。

良心良識を生きることは困難だ。
だからそれの出来るものに、負帰還させるのだ。

全員が良心良識を生きなくても、
社会に良心良識の負帰還が掛かっていればいい。

   *。
国家を成功と幸福追求システムとすると、
負帰還は掛からない。

*。
成功と幸福は、世界を二つに分ける。

即ち、世界を成功幸福派と、失敗不幸派に二分する。

成功幸福派が、反対派を排除すると、
それは生存の基盤を破壊することだから、生きられない。

即ち、成功と幸福はガンであった。
成功と幸福という悪魔のお菓子を食べ、ガンになった。

  *。
成功と幸福は、自己否定自己破壊の方法だった。

これを自己責任自助努力自己管理といっていた。

この両者は対偶だ。
自己責任の生き方は、自殺の方法だった。

*。
多数が存在する世界の自己責任とは、良心良識に他ならない。

これは全員が共有する。

自己だけの責任、これは妄想だった。
まともを排除し、異常が生き残る。

*。
自己責任・自助努力・自己管理は、
人を殺して、死刑になって、自殺する方法だ。

自己責任・自助努力・自己管理は強盗殺人だった。
これを国家でやって、略奪と殺戮の権力を作った。

| | コメント (0)

2008年12月21日 (日)

水掛け論 堂々巡り お上認知症理論

お上論法は、水掛け論や堂々巡りに持っていく。

即ちイエスかノーで答えさせる。
即ち、イエスしかない。
ノーは過労死に殺される。

これが国家のお上支配である。
これは一人称衝動現象であり、
日本以外の世界には存在しない。

*。
先進国は、両義性に立ち、
即ち対偶を折り合わせ、最適化する。

日本が世界に立ち向かうと、
イエスかノーかで迫られると思う。

それは日本に形に上で、イエスかノーかしかないからである。
実質はイエスしかない。

*。
このお上論法を世界にやっても、世界は反応しない。

結局世界に言いなりにさせられる。
日本には、国家の言いなりしかないからである。

   *。
イエスかノーか、結局お上にイエスしかない。

これが一人称衝動国家の構造である。

*。
ここで展開される主張は、世界に通じない。
世界に言いなりになるしかない。

これが日本の模倣性だろう。

*。
日本は世界のガラパゴスだ。

日本は観光国家であり、葬式国家である。
世界に珍しいものを見せ、
自分たちに葬式を出すことで生きている。

   *。
イエスかノーか。
これは認知症の世界である。

白黒しかないように見えて、結局は灰色の世界で、
時々白黒になる。
そういう世界を生きている。

これが一人称衝動系だ。

*。
財布がない、
金を権力で奪い取る。

認知症は権力である。
彼らを生きさせすことは、
自分たちを死に排泄するせねばならない。

日本はアメリカ、いや世界を認知症にした。

*。
草履伝説の待遇は、認知症であった。

草履伝説は、人々を認知症にすることであった。

感動は、人格を排除抹殺した。

即ち、人造認知症を作った。

| | コメント (0)

成功・幸福・感動・癒しの免疫理論

幸福は反幸福を異物排除して成立する。

人やこの世を、幸福と非幸福に二分する。
即ち、この世を敵味方に分類する。
即ち、この世を分裂抗争させる。

即ち、幸福は不幸を異物排除する免疫である。

この世はまともな世の中ではない。

*。
幸福は、この世を幸福と不幸に切り裂く。

ここに幸福を追う偽善と、不幸を避ける欺瞞が現れる。

即ち、自己や社会に、不幸を敵とする自己が生まれる。
これは自分の中に自分を敵とする自分を作ることだ。

これは統合失調症である。

即ち、幸福追求は、人や社会を切り裂き、統合失調症にした。

*。
幸福は不幸を食うガンである。

これが成功した時、
不幸のない世界が出来る。

それは現世の否定であり、現世の破壊である。

*。
不幸のない幸福は、空体・中空・全体のない部分である。

これは妄想や白昼夢の類である。

これは追っても得られない。
得ることは錯覚であり、自己満足であり、
人と社会を破壊する。

現代世界はそうなっている。

| | コメント (0)

感動よ 幸福よ 汝自身を知れ

これからの議論は発達途上の子供と成人の両方には成立しない。

感動と幸福のジェイン・オースティン論理を考えよう。

感動するといい気持ちになる。
感動を追って行くと、いい気持ちになり、
自分がいい人になったと思えて来る。

そのときの自分は、いい気持ちに依存し縋りつき、
しかし自己形成はお留守にしている。

つまり自己を消費し、食い潰している。
つまりろくでもない自分を作っている。

*。
感動を追うほどに、自分はろくでなしとなる。

ここのろくでもない人間があふれ出し、
世界は荒廃し地獄となった。

そこでますます刺激の強い感動を求める。
この悪循環に陥った。
即ち感動は発振・発散し、人間と社会を否定破壊した。

*。
即ち、感動と幸福は、強盗殺人である。

感動と幸福は、略奪と殺戮であった。

| | コメント (0)

日本ガラパゴス列島論

日本はガラパゴス列島である。

人類数万年の進化に乗り遅れた。
人類は三人称意識に到達したが、
日本人はいまだ数万年前の一人称衝動にある。

*。
日本には空を飛ぶ魚がおり、
水中を泳ぐ鳥がおり、
日本人は水陸両用動物だ。

いやマンモスがおり、
ティラノザウルスやプロントザウルスもいる。

*。
マンモスが浮世絵であり、
ヨーロッパに上陸して、ヨーロッパを駆け巡り
ヨーロッパを唖然とさせ、興奮させた。

クールジャパンは恐竜だ。
世界を暴れまわり、
世界を喜びの世界に変えた。

  *。
日本は日本であり、
日本はただ一種の日本人からなる。

そうでないものは殺される。

*。
世界のどの民族もいろいろに人からなる。

一人称衝動にはそれが出来ない。
ただ一種の日本人しか生存できない。

*。
日本人は皆同じでありながら、
偉い人と偉くない人の差別がある。

偉い人をお上といい、
偉くない人を下々という。

では日本人皆同じではないではないか。

それを同じと出来るのが、一人称衝動である。

   *。
支離滅裂でありながら、全員一致である。

何せこの国は、絶対矛盾を自己同一化できるのだ。

これが一人称衝動である。

*。
この国は何でもありの、何でもなしだ。

即ち不可能はない。

どういうことだ。
不可能と可能は絶対矛盾的自己同一性にある。

不可能は可能性の存在不可能という可能性である。
可能性は、不可能の存在不可能という可能性である。

不可能は可能性に先立つ。
可能性は不可能性に先立つ。

*。
何を言っているんだ。

これが一人称衝動だ。

全く意味がない。
だがお上の命令で全体が一つにまとまる。

   *。
日本は確率運動系だが、
お上の命令で決定論の絶対運動系となる。

それに従わないものは異物排除する。

異物排除力がお上力だ。

*。
何時も勝手に運動する細胞が、
集団になると絶対運動系になる。

これが一人称衝動系だ。

*。
これは殺人破壊衝動であり、
まとまっては壊れ、
壊れてはまとまる。

文明によって、この周期が違う。

*。
だが日本は、人を飢餓と餓死に生きさせ、
お上が生き残るシステムを作った。

即ち、お上を生きさせ、下々を死に廃棄する。
日本システムこそ、新自由主義だった。

   *。
秀吉システムは世界を展開した。

秀吉日本は、世界を支配した。
アメリカは日本を真似した。
日本ウィルスに感染した。

*。
秀吉システムは世界を制覇した。

即ち日本は何でもありだ。

だが傀儡政権を作れない。

即ち、日本は何でもなしだ。

*。
どういうことだ。

これが一人称衝動だ。

なんでもあって、なんでもなし。
なんでもなくて、なんでもあり。

ただたくさんの人を殺して存在する。

これでは困るので、一人称衝動系を、世界は超えた。

   *。
そして日本とアメリカは接続された。

人類世界をどこまでも進むと、
初めの地点に戻る。

即ち、地球は丸かった。

これが日本システムで、
人類は丸い世界を脱出したのだ。

だが日本に食われた。

   *。
一人称衝動とゴキブリとネズミは、
地球が死んでも生き残る。

それが発生原因だから。

この日本を克服して真地球社会が生まれる。

*。
世界はシテ、日本はワキ。

世界増幅器を日本で負帰還して世界は安定する。

*。
日本ガラパゴスは、神の隠し技であった。

| | コメント (0)

文明のリセット 美という質点 感動という運動 そして…

自我を質点とし、自我で世界を運動する、社会空間を生きる時代を超えた。

生理とか心理は、知性と感性に拡張された。

現在はこの進化の最中にある。

*。
知性と感性が、歴史を含む世界と関係する。

その運動空間の、不変点や特異点が問題になった。

知性と感性の関係空間の不変点こそは、
Goedelの不完全性定理であり、
ナッシュの均衡理論である。

*。
人の存在世界は、これらの不変点を軸に、
自己完結しており、
人間の必然性は、
人間性の実践自身にあり、
成功や幸福といった運動法則が規定することではない。

    *。
法治国家と産業文明は、
結局知性と感性を産出し、
これらは魂や心を不変点とし、
存在を運動する。

*。
魂や心の世界を、
金と権力、成功と幸福で生き、
人間と世界を破壊した。

この破壊された世界を金と権力で生きている。

*。
イラク戦争や金融破壊は、
法治国家産業文明の破産であり、
文明の新文明へのリセットを求められている。

  *。
文明のリセットは、
Goedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論による。

  **。
今日もまた我が狙撃サイレンサーは炎を上げた。

神に栄光のあらんことを!

| | コメント (0)

2008年12月20日 (土)

金と権力に屈服した真理と正義

真理が大学の中でのうのうと生き、
正義が国家権力に従って生きる。

真理と正義は金と権力に支配された。
それは真理でも正義でもない。

真理と正義は金と権力をぶち壊すものでなくてはならない。

*。
真理や正義は国家や大学の中にはない。

国家や大学は、現実にないからだ。

そこでいくら現実を否定しても、
現実にない現実を否定する戯言だ。

妄想に妄想を建てる、
それが妄想であることを知らない正義と真理だ。

それは正義でも真理でもない。
それは妄想だ。

  *。
死に排泄される弱者、そこに生きる強者。

この仕組みが法治国家産業文明だ。

ここには真理も正義もない、
そこには犯罪と狂気があるばかりだ。

*。
出版不況、マスコミの崩壊、映画の荒廃、
それは真理と正義の自滅現象の実現だ。

国家権力に寄生する思想は思想ではない。

  *。
国家の繁栄と引き換えに、真理と正義を捨てた。

真理と正義が、
国家の繁栄に噛み付いて、
真理と正義を落とした。

*。
マスコミの中で真理と正義は生きられない。

金と権力の中で、真理と正義は生きられない。

真理と正義は、金と権力を破壊するものだ。

それが創造性だ。

*。
国家の中の正義、大学の中の真理。

それは妄想だ。

だから真理と正義を異物排除する。

    *。
真理と正義を排除する真理と正義、
ただの金と権力だ。
真理も正義もただの妄想となった。

*。
だが現実は真理と正義を求めている。

凶悪事件やテロや、金融破産やイラク戦争は、
その叫びや悲鳴であろう。

*。
だが求めていても、それを受け入れる能力はなくなっていた!

*。
この袋小路をどう抜けるか。

これは思想が処理する問題だ。

思想のイニシエーションだ。
今思想はイニシエーションをやっている。

| | コメント (0)

日本の暗号 三光作戦の対偶

大日本帝国の三光作戦は、
世界を焼き尽くせ、人間を殺し尽くせ、地球から奪い尽くせ。

この対偶を取れば、
幸福放棄を燃え上がらせ、
基本所得を世界を行き渡らせ、
戦争放棄で世界を覆え。

   *。
世界を破壊し、人類を殺戮したことは、
その対偶を取れば、
その逆も出来ることだ。

*。
だがイエスとノーのロジックでは、
最適化は出来ない。

調整能力がないから。

*。
イエスとノーは、消点の論理であり、
目的の方法ではない。

方向論理であって、行動論理ではない。

   *。
一人称論理では、最適化は出来ない。

殺すか殺されるか、
これが一人称論理だ。

即ち、一人称論理は、
神の立場に立って、世界を断罪リンチする。

*。
神の立場という大洋感情と万能感、
これは妄想であり狂気だ。

だがこれほどしびれる喜びはない。
狂気が絶えない道理だ。

ある種の狂気ほど、いい気持ちはない。

     *。
いい気持ちを取れば、狂気を選択したことになる。

いい気持ちは選択してはならない。

*。
いい気持ちは求めてはならないことが分かる。

向こうからやってきたもの以外は、棄却せねばならない。

*。
癒しと感動を求めれば、それは強盗と殺人の世界を作り、
人と世界を破壊する。

美しい日本を作る三光作戦が、破壊と殺人となった道理だ。

*。
この対偶を取れば、いい世界を作れる。

だがそれは悪いことをし、苦しみに耐え、楽しいことを破壊する。

それは殆どの人の出来ないことだ。

だが創造者はそれが出来る人だ。
創造は変わった職業であることが分かる。

  *。
だから普通の人は最適化を生きる。

これだけでは世界の最適化は出来ないから、
創造者が必要で、
彼らはその時代と権威の破壊を生きる。

*。
それを一般に人々が認識理解することが必要となった新世界だ。

それが出来ない社会は、悪の支配に依存する。

これが世界の存在構造だ。

*。
一人称論理を、三人称論理見れば、
そこに創造の論理を見ることが出来る!

これが日本のユニークさだ。
キチガイと刃物は使いよう!

| | コメント (0)

閉塞感をぶち破れ 成功と幸福の囚人よ

金と権力の囚人、幸福と感動の家畜、
これは成功なのか失敗なのか。

成功という犯罪者、感動一杯の精神障害者。
これが現代世界だ。

*。
これはいいことかいいことでないのか。
決定不能で証明不能の世界だ。

これがGoedel・プレイだ。

*。
いいことをする戦略は、
悪い世界を作る戦略である。

いいことを悪いことで清算する、
これがナッシュ・ゲームだ。

   *。
歌を忘れたカナリヤ、
これが魂のない幸福だ。

飛んで火に入る夏の虫、
これが人と世界を破壊する感動と癒しだ。
即ち、心のない感動と幸福だ。

*。
いいことをすればいい世界が作られる、

ここに成功による世界の破壊と、
幸福と感動による人間性の殺人が始まった。

*。
成功と幸福は、世界の破壊と人間の殺人である。

世界はこのように作られていた。

遂に現世の存在法則を知った。

*。
光源氏をやれば殺されて土に返る、
紫の上を生きれば殺されて天に帰る。

誰もが神によって殺される。

人は生まれることを選択できないが、
死に方は選択できる。

これが源氏物語だ。

  *。
現代文明に、
人は成功の奴隷となり、
幸福の家畜となった。

自ら人間性を生贄として捧げ、
犯罪と狂気の儀式をした。

ここに成功と幸福が入ったかに見えた。
それが奴隷と家畜になることは見えなかった。

*。
理論理性は一方向理性だ。
することしか見えない。

構造理性は双方向性理性だ。
することでしないことをすることも見える。

子供の理性と大人の理性の違いだ。
いま人類が子供から大人になるイニシエーションをやっている。

     *。
成功と幸福に閉塞され、
ここに出来る心の闇、
これで奴隷や家畜であることを隠蔽した。

やっていることが見えず、
やっていないことに襲われた。

何が起きているか分からず、
だがそれを体験させられている。

*。
成功と幸福によって、
発熱し、激痛を味わう。

成功と幸福はガンでることが分かってきた。
成功と幸福は、悪魔のお菓子だった。

*。
これが現世の存在構造だ。

夢と希望を生きる子供時代は終わった。

現世の存在法則を生きる大人時代が始まった。

   *。
人は精神を生きる時代になった。

だが精神能力が出来ていない。

*。
世界と時代が人間を越してしまった。

人が世界から置いてきぼりされた。

それが人間破壊であり、環境破壊の正体であろう。

これが自己否定と自己破壊だ。

*。
即ち、成功と幸福は、略奪と殺戮である。
それは自己を破壊し、自己を殺害する。

| | コメント (0)

イエスかノーか

「イエスかノーか」、山下奉文の発言だ。
後で馬鹿のことを言ったもんだと言った。

「国連を脱退する」、松岡演説だ。
後で馬鹿なこと言ったもんだと発言した。

日露戦争においても、
日本案を受け入れるか受け入れないかで迫った。

太平洋戦争は、無条件降伏するかしないか迫られた。

*。
今でもお上の発想は、イエスかノーかだ。

文句あるなら代案を出せ。

お上の言いなりになるかならないか。
言いなりにならないものは非国民として制裁する。

*。
殺すか殺されるか。
日本はここに存在する。

     *。
これが一人称衝動の世界だ。

世界はこんな次元を超えている。

ガラパゴス日本は、一人称衝動に存在する。

人類の進化から、お上日本だけは遅れている。

*。
警察の取り調べも、イエスかノーかだ。

言いなりにならないと過労死させられる。

お上に言いなりにならないものは、徹底的に断罪リンチされる。

*。
お上の言いなり、これが日本システムだ。

お上に服従するかしないか、イエスかノーしかない。

イエスと言えば、お上に人間を殺される。

ノーといえば、お上に精神を殺される。

   *。
日本人は人格を殺されるか、精神を殺されるかで存在する。

日本は人間性の死体の世界だ。

*。
イエスかノーか、
魂を殺す日本原理主義だ。

イエスマンだけからなる異常の世界、
これがお上日本だ。

*。
基本的生活習慣も校則も社会規範も、
イエスマンを製造販売消費するシステムだ。

殺人破壊衝動にお上日本は立つ。

これがお上世間であり、イエスマン世界だ。

   *。
この日本は世界と戦い、世界に殺される。

そのため金で生き、
金で世界の関心を買う。

*。
いじめられっ子が、親の金を盗み、
いじめっ子におごって取り入る。

国民の金を、世界にばら撒いて、関心を買う。
これがお上日本だ。

   *。
地球社会で、ガラパゴス日本だけに残る、
一人称衝動、
即ち、イエスかノーか。

大GDPは象亀だった。
いやプロントザウルスかも知れない。

クールジャパンは生きているマンモスだ。
いやイグアノドンかも知れない。

地球を走り回り、人類を驚かす。

| | コメント (0)

2008年12月19日 (金)

人造現実は負帰還でなければならない

イギリスの英知は、両義性を最適化することであろう。

つまり、思い込みや言いがかりにならない。

気持ちを高めることは、一方的であり、
即ち、思い込みや言いがかりにしかならない。
この種の気持ちは過労死によって終わり、
ノーコントロールである。

*。
両義性で議論することは、賛否両論を最適化することである。

そういえばイギリス議会は、賛否両論を議論し、結果を出す。

いつでも最適を出せないにしても、
最適可能性に存在する。

*。
日本の気持ちを高める方法には、最適がない。
過激を持って結論とする。

    *。
賛成と反対の議論を煮詰めて、結論を出す。

これは負帰還思考である。

*。
両義性に立つことは、
物事を最適化することだ。

即ち、成長と安定、進歩と調和を同時達成する。

これが負帰還システムの作る最適化である。

これが英知の方法であった。

*。
電子工学における負帰還はイギリスの発明だ。

負帰還とイギリス議会の構成と、両義性は等価同型であった。

精神現象として、それらは自己同型写像であった。

*。
経験哲学は、両義性を知っていて、これに立つことだった。

    *。
このイギリスに、日本はイエスかノーで答えろと怒鳴った。

一人称衝動には、英知が不可能であった。

*。
イエスかノーかでやる行動には、最適化がない。

太平洋戦争は、イエスかノーかのシステムと、
最適化可能システムの戦闘であったといえる。

勇ましいシステムと賢いシステムの戦争だった。

| | コメント (0)

対偶心理学 罵倒は賞賛である

憎悪が憎悪である場合もあり、賞賛である場合もある。

例えば、私が何故、お上日本を批判するか、
お上になりたいからだ、
お上になれなかった怨みがそうするのだ。

こういう議論に反論は困難だ。

通常お上は、こう反論する。
仮定で議論するな、
想像の議論に答える必要はない。
否定の立場に立つものとは議論にならない。

そうでない代案を出せ。
具体的に、お上になりたい証拠を出せ。

恨みがあって、叩くのは当然ではないか。
悔しければ、俺をお上にしてみろ。

お前に嫉妬があるから恨みと取るのだ。

*。
これは水掛け論で、お上が勝つ。

これが発振、発散だ。

嫉妬や憎悪に嫉妬や憎悪で返す。

すると権力側が勝つ。
議論が成り立たないからだ。

すると不正が勝つ。

これがお上世間の構造だ。

   *。
紫式部は、性悪女、陰険女、チョーブス、許されざる女と非難される。

最近、紫式部は妾であることが証明されたと言われる。
一夫多妻時代の妾とは何か。

*。
紫式部は源氏物語で書いている。

うわさは誰が言い出すこともなく、一斉に蔓延する。

同時多発テロもそうだ。
権力はアルカイダのせいにする。

だが時代の流れだ。

*。
噂も、一斉にある状況で言われる。

誰にでもある人の気持ちであるからだ。
ある状況で、一斉に現れる。

*。
紫式部はチョーブスの陰険女だ。

一斉に浴びせられる。
殆どの源氏物語のホームページに載っている。

    *。
マスメディア現象として、
非難罵倒も人気の内といわれる。

無視しているものを非難することはない。

*。
性悪女の小説が何故読まれるか。

読まなければならない理由がある訳だ。

それが人気である。

すると人気には、賞賛と非難の二成分があることが分かる。
水が酸素と水素から成るようなことだ。

*。
ある女流作家が言っていた。
初めて書いた本は、非難中傷罵倒された。

初めから売れっ子になる人、
はじめは蹴飛ばされる人、
人気には二成分があることが分かる。

即ち、人気は人気か罵倒である。
即ち、非難は非難か賞賛である。

即ち、非難も罵倒も無視も、賞賛の一種である。

日本の一人称衝動力学では、非難も賞賛の内だ。

*。
いいことなんだか、よくないことなんだか。

初めは、捩れている。

これがあいまい性の本性であろうか。

| | コメント (0)

経済力軍事力依存性

成功と幸福追求は、
経済力と軍事力依存性である。

人固有の孤独と絶望、
これに真理と理想で対応するもの、
金と権力で対応するもの、
日常の平穏で処理するものがある。

   *。
孤独と絶望に、
人に褒められることや人を羨ましがらせることで処理する。

これが多くの人の処理形式ではないか。

*。
この処理形式は、
偉い人に従い、有名でない人をバカにする。

服従か破壊か、
孤独と絶望に、嫉妬と羨望で対応すると、
人は二重心理二重人格に切り裂かれる。

ここに最適化不能で、
服従か支配か、
サドかマゾの二重人格が現れる。

*。
一人称衝動系の日本人は、
サドかマゾかに切り裂かれる。

鎖国派か開国派か、右翼か左翼か、
これはサドかマゾかの延長であろう。

   *。
アメリカ・マゾは、アジア・サドとなる。
これは対偶現象でもある。
それを純粋に保存している日本人だ。

強い方やいい気持ちになる方に服従し、
そうでない方には支配を持って望む。

*。
即ち、人格の自立が、サドとマゾへの分裂を防ぐ。

だがその分裂こそ人間ではないか。
そういう議論も成り立つ。

だからいろいろの人がいて、最適化される。
そういう議論も成り立つ。

*。
日本は強い方に従う、
これは弱いものを支配することだ。

即ち、優しさと残酷の二重人格を作る。

この統合に強いものが必要になる。
これがお上支配であろう。

    *。
これは国家統合失調症を作る。

即ち、国家の中に敵を作り、
これを制圧することで国家や自己を保持する。

これはまとまりであって、まとまりでない。

これを力で統一する。
これは国家であって、国家でない。

これが日本の存在状況だ。

これが偽装国家や偽装人間だ。
これが偽日本であり、偽日本人だ。

*。
日本人は、日本や日本人を掴んでいない。
偽を掴んでいる。

日本人は日本人でもなければ、人間でもない。
偽日本人であり、偽人間だ。

日本は日本でもなければ、国家でもない。
偽日本であり、偽国家である。

これで間に合わせている状態だ。

それを理解できないことが日本問題であり、日本人問題だ。

*。
これが人類にも言える。

日本は人類世界の純結晶でもある。

| | コメント (0)

対偶心理学 弱者殺しは強者の自殺である

ジェイン・オースティン心理構造、
いい男を追っていると、
自分がいい女になった気持ちになる。
これは自己催眠であり、
このように条件反射付けることは、
自己の精神構造の貧困化であり、
自己を騙すことである。

そこには成長や向上がない。

即ち、いい男を追うことは、自分を悪い女にすることである。

    *。
これが対偶心理学である。

何かやることで、
何かしないこともやっている。

何かをやることは、何かをしないことである。

これは反作用の法則である。

*。
誠実を生きることは、向上を生きることであり、
ここに向上人間が出来る。

これが慣性の法則である。

*。
このような性質は、
やりだすと加速度を持って、展開される。

加速度の法則である。

  *。
応用しよう。

いじめやいじめ殺しをする。

いじめていると、自分が強い人間になったと思い込む。

それは自分の人間性を劣化することであり、
自分をいじめることである。

これによって、自分の問題を隠蔽する。
それは自分を欺き、自己否定や自己破壊することである。

*。
ここにいじめ人間が出来、
それは人を恫喝し、傲慢を強さと思うことだ。

これが集団化すると、
強く見えるだけの、弱い集団が出来、
ますますいじめが必要になり、
何時しかいじめが生き甲斐になる。

これがお上集団であろう。

ここに仕事をしない仕事をする集団が成立する。

   *。
千葉の幼女殺人事件の容疑者は冤罪といわれている。

警察は、警察に言いなりになる人を選び出し、
今容疑者を犯人と思い込ませているといわれる。

そしてマスコミは、
国民にその人を犯人だと思い込ませた。

かくして彼が犯人だとする状況が作られた。

これがお上得意の状況判断論法である。

*。
この人が犯人だと皆で騒ぐことで、
警察やマスコミを含む人々が、彼を犯人だと思い込む。

そこには警察とマコミと国民の自己否定と自己破壊がある。

*。
即ちこれはジェイン・オースティン・ケースだ。

一人称衝動民族の日本人には、
このトリックが理解できない。

*。
この事件は典型的、いじめ殺し事件となるのではないか。

    *。
即ち、強者が弱者を殺すことは、
自分を死刑にする、即ち強者が自分を殺すことだ。

即ち、弱者殺しは、強者の自殺である。

*。
強者とは、自分を殺すことの出来る人たちであり、
強者とは、自分を殺した人であるといえる。

こんな人に国家を任せれば、国家は破壊される。

*。
お上日本が、国内で威張り、
外国には弱者である仕組みが解明された。

即ち、お上日本は世界に弱者であることだ。

それを強者という対偶心理である。

*。
国内強者、即ち小山のガキ大将が、
威張って、世界と戦争するはめになった。

これを聖戦ということは、
ジェイン・オースティン論理に従えば、
これでいい気分になって、
自己を破壊すること、即ち自殺することであった。

*。
強者のいじめ殺しは、
自分のいじめ殺しであった。

これが対偶心理学である。

| | コメント (0)

2008年12月18日 (木)

人造現実 人造自己 人造仕事…

一寸前までは、現実は自然のものであった。

だが最近では、万事人造化された。
人造恋愛、人造結婚、人造偏差値…、
あまりに最近に人造化されたので、人が適応できない。

もう自然の時代ではない。
神から授かった本能が通じない。

一方人造の方も、はっきりプログラム化されていない。

*。
恋愛や結婚ばかりか、勉強も仕事も、
モノ化され、記号化され、
これが心に闇を作り、
一方、モノの流れに、人が適応せねばならず、
常にせかされている。

この脅迫に適応せねばならない。
適応しないと、規格外として、簿外処理される。
つまり規格社会、即ち、人造社会から異物排除される。

    *。
人造現実は、規格免疫社会であった。

人が標準化され、人間性も規格化された。
規格外れは異物排除される。

これがモノ化され=規格化され、
記号化され=標準化された、人造現実だった。

*。
このモノの楽しい消費、
即ち自己否定と自己破壊が人の生き方となった。

ここに金が入り、快楽が入る。

*。
モノ化とは、金化であり、
記号化とは快楽化であった。

ここに個々人の差異は消去され、
人は人造現実の機能となり、
最早その事実に葛藤を覚えなくなり、
自己をロボット化することを、
人間的なことと思い、
自分を機械として操作することを、
楽しく消費し、
これを幸福の豊かさと思うのだ。

これがポスト・シミュラークルな人造現実だ。

*。
これが権力を生きさせ、無力を死に排泄する。

権力が規格となり、
無力は規格外に異物排除される。

   *。
すると生理的生活は人造現実で行い、
精神生活は自然世界で行うコンプレックスになったのかも知れない。

身体と精神の二重生活の絶対矛盾的同一化、
これが超近代生活となったのかも知れない。

| | コメント (0)

対偶心理現象 何故弱者は殺されるか

権力が生き残ることは、弱者を殺すことである。

これは対偶関係だ。
これが善悪の構造に対応するだろう。

*。
では何故、権力が生き残るために、弱者を殺せるか。

その心理機序はどうなっているか。
どうして殺せるのか。

権力者の心理構造はどうなっているか。
孤独で淋しいことは知られている。

権力は自分が狙われていることは知っている。
自分がそうしたから。

  *。
金は、汗水たらして作るのでは、知れている。

金で金を稼ぐ、
力で金を奪う。

こうしないと大金や権力は手に入らない。

*。
偉くなることは、
人一倍欲求不満が強く、
ある意味で淋しがり屋で、
これを金や権力にしがみついて、紛らす。

つまりこれは人間性のリストカットや自殺だ。

*。
金とか権力にしがみつかない能力こそ人間性だ。

金や権力依存は、自己のリストカットや自殺であることが分かる。

  *。
では弱者は何故、殺されてまで無抵抗か。

*。
猥褻や強姦の裁判を聞いてわかることは、
女性はこのような凶悪行為には、
随意運動は消え、不随意運動になる。
つまり心身がフリーズしてしまう。

日常にない恐怖に、人は意志を消失する。
やられるままにやらせてしまう。

*。
親による幼児殺し、
この刑事裁判を聞いて分かることは、
親も子供の抵抗に、
どうしていいか分からなくなり、
衝動で、即ち、不随意運動してしまう。

*。
意志の消えた衝動動作で動く。

これを喜んでやらせたと、加害者は受け取る。

これを殺意があったと、検事は言う。
*。
弱者を殺す強者は、
弱者が進んで殺させたという。

選挙の棄権は、
権力への全面委任だと権力は言う。

どうしていいのか分からないのだ。
そのように国家権力は状況を作る。

なすがままにされるしかない状態を、権力は作る。

  *。
こうして権力は弱者の望みとして、殺人をする。

*。
その心理機序を検討すると、
権力の寂しさや欲求不満を、
殺人で解消する。

つまり強烈な刺激で麻痺させる。
即ちリストカット現象であろう。

*。
やれれるほうも、なすがままにされることは、
意志の消失であり、
麻酔をされて、殺されて、天に帰る。

そう考えると、魂を神に返す合理的現象とも考えられる。

   *。
金のために人を殺す権力現象は、
通常の強盗殺人を変わらない。

権力がやると、合法的となる。
法律が共謀共同正犯だった。

弱者には合理的に天に帰る現象だ。
強者には淋しさのあまり、人を殺す。

これは対偶であった。

*。
偉い人を礼賛することは、
欲求の強い人を、殺人者に仕立てる。

秀吉の草履伝説は、
強者を殺人者に仕立て、
弱者が喜んで殺される社会構造を作った。

   *。
感動と癒しこそ、強盗殺人の真犯人だった。

成功と幸福、そして自由と正義こそ、略奪と殺戮の原因だ。

*。
昔の人の言う、平穏無事こそ平穏無事だ。

腹八分目こそ、過不足のない安定原理だ。

*。
豊かさとは、人が狂い、犯す現象だ。

これはカオスであり、
何がなんだか分からない世界だ。

*。
夢と希望が、強盗殺人の犯人だった。

*。
感動と癒しは、悪魔が悪魔屋敷に釣る、悪魔のお菓子だった。

昔に人が知っていたことを忘れた、
理論理性が人をバカにしたと言わざるを得ない。

バカにした、
これは二重言語、即ちパラドックスだ。

即ち、人はバカだ、人が言った。
この地獄に人は生きている。

*。
理論理性はバカだ、理論理性が言った!

| | コメント (0)

オバマ現象 暖かく応援しよう

現代世界は、悪徳白人権力を生きさせ、
無力有色人種を死に廃棄する。

アメリカでは、悪徳白人権力が支配するが、
殆どの白人は無力化され、無力層に分類された。

*。
従って、オバマ現象は、
ごく少数の白人支配から、
多数の白人を含めて、
多数に権力を奪還する象徴現象だ。

   *。
だがアメリカ国防費の三分の一は使途不明金だ。
しかもその監査が出来ない。

つまりアメリカは黒幕支配の社会だ。

*。
オバマもこれを手入れできない。

やればケネディ兄弟の二の舞だ。

つまり悪の帝国支配をそのままに、
その中で彼らを怒らせない範囲で改革するしかない。

*。
日本でも官僚支配、公務員改革は、
国家権力を持って潰される。

政治は国家権力の蚊帳の外だ。
これがお上支配だ。

  *。
アメリカの黒幕支配、
日本のお上支配。

世界はこの壁にぶつかった。

*。
民主主義の対偶は、悪の支配だ。

これをぶち抜く方法は、負帰還システムだ。

国家がシテをやり、国民がワキをやる。

能としての、政治経済をやる。
それも容易ではないが、目標がはっきりした。

*。
アメリカも日本も同じような状況にある。

対偶構造理性の展開能力を上げることだ。

| | コメント (0)

ガラパゴス・ジャパン 世界の珍奇種民族

日本は人類のガラパゴスだった。

音楽は左脳でやるし、衝動性を生きている。
衝動性は人類は何千年も前に卒業していた。

何よりも日本人の意識構造は、一人称衝動性だ。
その証拠に、その文化が世界に通じると思っている。
それが通らないことが分からない。
即ち、一人称衝動意識の自白証拠だ。

*。
山本周五郎、藤沢周平、
彼らの作品を翻訳しようとするものは、
日本人を含めて世界にいない。

日本での超人気作品が翻訳されない。
世界にまるで通じないからだ。

日本人三千万人が泣きました。
だから世界に通じる。
だが世界に通じない。

日本人なら殆どの人が喜ぶ寅さん映画、
寅さんは日本のマレビトといわれるが、
世界では反応されない。

   *。
一人称衝動世界は、世界にガラパゴスだ。

小津安二郎、黒澤明、
彼らくらい個性が強いと、
世界にないことだから、世界に衝撃を与える。

浮世絵は、現代にマンモスが現れた衝撃を世界に与える。

*。
強烈な衝撃、即ち世界をぶち抜く衝動だ。

なんとこれが日本の日常だ。

即ち、日本はガラパゴスだ。

| | コメント (0)

2008年12月17日 (水)

孤独と絶望から屈辱と憎悪へ

孤独と絶望は、権力支配を作り、
権力組織は屈辱と憎悪の世界を作った。

これは対偶運動である。

権力システムは、成功と幸福追求の結晶である。

そして権力システムは、憎悪と復讐のテロとなった。

*。
日本においては、
最高裁はオウムであり、オウムは最高裁である。

司法は通り魔であり、通り魔は司法である。

互いに神の立場に立って、相手に断罪リンチする。

断罪とリンチの応酬、
これがテロ社会である。

   *。
権力は無力を死に排除し、
無力は死ぬことで権力に貢献する。

ここに死の循環が起きた。
権力は魂を殺して成立、
無力は魂に昇華して=死ぬ。

地獄に堕ちる権力、天国に返る無力の構造だ。

*。
現世の地獄化=ガン化、
魂のない世界に生はない。

これが快楽天国、心の地獄。
現代は人と自然へのガンとなった。

ガンという繁栄、
これは繁栄か繁栄でないか。

*。
これが現代の存在構造だ。

成功と幸福というお菓子で、
人々は悪魔地獄に釣られた。

| | コメント (0)

政治経済の仕組みと構造

政治経済はバベルの塔を作ることである。

下層階級はシステムの土台であり、
上層階級は、その上の建物である。

ダイナミックに言えば、
上層階級は増幅器であり、
下層階級は負帰還装置である。

金融経済は建物の上に塔を作った。

*。
上層と下層の、二変数系はリニアである。

しかし金融の塔を入れた三変数は、カオスである。

そうシミュレーションするといい。

   *。
先ず政治経済は、負帰還システムである。

これが認識されず、妄想で操作されていた。

利潤は妄想であった。

妄想であるから、健全性は異物排除された。

*。
これが近代政治経済の悲劇である。
そこのは安定性がない。
これを排除していた。

ここに金権依存生活が成立した。
これが現代を地獄にした。

そして三体システムとなった時、
権力支配となった。

日本のお上支配と等価同型である。

その点日本が一番進んでいた。

   *。
現代の悲劇は、産業経済も法治国家も妄想であったことだ。

だから健全性や安定性を異物排除した。

ここに狂気と犯罪の地獄が出来た。
そしてここでしか生活できない世界が成立した。

*。
現時はこの世界の清算が要求されている。

即ち、妄想文明の解体再構築の時代となった。

*。
アメリカヘゲモニー=グローバリゼーションは、
出来ないことをやり、
やってはならないことをやっていた。

これを元に戻す、
そして正しい文明に作り直す、
これが現代世界の問題だ。

*。
政治経済は負帰還システムである。

この認識と実行に立たない限り、
犯罪と狂気の地獄を生きることになる。

| | コメント (0)

学問は主張と批判の負帰還である

日本は批判を許さない。
批判をお上非難とする。

従って日本に学問はない。
挙国一致があるばかりだ。

これは強姦と暴走にしかならない。
これが日本の衝動力学だ。

*。
そこには知性のない知性、仕事をしない仕事があるがかりだ。

これで金が作れる。
下々の命と引き換えに金を作る。

多少のご褒美に、飲む打つ買うをやらせれば文句言われない。

肝心の魂が抜けている、
魂空体、心中空、命なき生命、
ここに国家の金と権力が入る。

体だけ生きて、心は生きない、
これがお上システムだ。

    *。
生かさず殺さず、
魂を殺して体を生かす。
これが家康方式だ。

魂も体も殺して奪う、
これが秀吉方式だ。

徳川方式も、後半には、秀吉方式に戻った。
それは明治以後の日本に引き継がれている。

*。
多くの人々から魂を抜き取る仕掛けが、草履伝説だ。

感動させて、魂を抹殺する。

    *。
感動と癒しこそは、魂と心の抹殺方式であった。

魂と心を抹殺されると、感動と癒しを限りなく求め出す。

かく秀吉支配が完成する。

感動と癒しこそは、人格と人間性の解体だった。

感動と癒しを求めないことが、人格と人間性だった。

   *。
在ることに落ち着く、
これが存在の秘法だった。

ここに心と魂はある。

*。
感動は、その反対成分を引き出す。

感動と癒しこそは、悪魔のお菓子だった。

*。
紫式部は、普通がいいという。

普通の人は、光源氏をやってはいけないという。
光源氏にはその対偶が現れる。

普通には対偶がない。

*。
普通は、完全で絶対の存在だ。
万事丸く収まる。

だが普通ほど難しいことはない。
全身的で全力の努力が要る。

完全の努力、絶対の精進が必要だ。

   *。
感動や癒しは、いい加減にやっても得られる。

普通はいい加減の努力で生えられない。

屈辱に耐え、非難中小罵倒に耐えねばならない。
だがこれが庶民の生き方だった。

*。
これが日本の健全性だ。
だが殺されることを我慢せねばならなかった。
その結果、世界の破壊と人類の虐殺をやってしまった。

これを抜けるに構造理性が必要になった。

*。
環境破壊で、大金が得られる。

環境を壊さず、生きることは大変なことだ。

だがこれが大人だ。
大人の時代になった。
これが構造理性の地球社会だ。

| | コメント (0)

日本軍兵士の八割以上が餓死させられた!

太平洋戦争において、
大日本帝国兵士の八割以上が餓死させられた。

日本国民も千五百万人が戦死傷した。

そしてこれを指揮したA級は、軍神として祀られた。

しかも虜囚の辱めを受けるな、
そう命令したものがアメリカに吊るされ、
いまや軍神として靖国に祀られている。
彼らは国家殉難者といわれている。

*。
守備隊長裁判で、
自決した国民は国家への熱誠死だという。

生き残った二人の守備隊長は国家への熱誠がなかったことになる。

国家権力のポテンシャルは無限大、国民のポテンシャルはゼロだ。

これがお上日本の存在構造だ。
これが日本の国家秩序だ。

お上は国民を抹殺する権力を持つ。

*。
最高裁は、五票格差合憲、二票格差合憲とする。

今でもお上権力は、国民の虐殺を図っている。

それが問題なく通っている。

  *。
鬼畜米英に天誅殲滅、
これは鬼畜お上による、
国民への天誅殲滅であった。

対偶から当然のことだ。

*。
お上と国民の間の巨大ヒステリシス、
お上のやり放題で、国民のやられ放題だ。

賀詞は自分では出来ないが、国家にやらされると出来る。

何故、こうなるのか。
あまりにも日本を美化し過ぎるからだ。

美しい日本は、美しくないというものを異物排除する。

非国民を天誅殲滅する。

*。
テレビ・小説・映画、
マスコミは日本の美化に成り立つ。

それは国民を殺す誘導だ。

   *。
美しい日本をでっち上げた結果、
美しくないものを殺さねばならない。

日本美学は、反対成分に天誅し殲滅する。

これは美しいことか。

*。
日本を美しいとすることで、
人々はいい気持ちになる。

そこで反対者をいい気持ちで殺せる。

現実の極悪非道が美しいことになる。

*。
日本軍兵士と日本国民を大虐殺したことが美しいことになる。

日本美学は、極悪非道を美しいことと認識する。

これが全く理解できない。

これを言うものを排除粛清する。

これが日本美学だ。

*。
美しい日本は、一切の批判を受け付けず、
それを天誅抹殺する。

これを美しい行為とする、
これが日本美学だ。

    *。
日本美学は、その穢れを知らない。

それを言うものを排除粛清する。

即ち、日本美学は妄想であった。

*。
妄想は妄想であることを知ることができない。

それどころか、反対抹殺に猛烈に燃える。
いい気持ちな訳だ。

*。
現実を穢すが故に、いい気持ちになる。

これが日本美学であった。

*。
日本人の感動と癒しは、妄想であった。

日本人の幸福は殺人であった。

   *。
日本はカオスであった。

初めいい気分で運動する、
やがて大虐殺の激動に変わる。

*。
日本システムの初期値を、美しいと設定すると日本は発散する。

初期値を誠実と設定すると、平穏で静謐な社会となる。

*。
この世に存在するものは、この仕組みで動かされる。

日本は神でなく、
日本を動かす神がいた。

*。
この初期設定の差異で、
全く異なる日本が現れる。

| | コメント (0)

2008年12月16日 (火)

知恵社会論 バカと利口は対称か

社会的には馬鹿と利口は対称である。

個人において、バカと利口は対称か。
学校の成績では利口がたくさんいる。
それは成績という特殊状況の所産だ。

もし利口がいるなら、現代の極悪社会は生まれない。

*。
金を稼ぐ利口は、利口かバカか。

とてつもなく利口をやれば、金を稼げない。
知能の結晶である、学者や芸術家は金持ちではない。

*。
利口とバカはどこが違うのか

とてつもない利口として、ガウスやモーツァルトがいた。

だがとてつもないバカは知られていない。

    *。
個人も社会も利口とバカの絶対矛盾的自己同一化したものだ。
こう考えてよさそうだ。

即ち、利口とバカは対称である。

*。
この世は、善悪・利口とバカ・真偽を同一化したものだ。

全体的利口はいない。
ある点で利口すると、他の点でバカとなる。

個人に総合的に利口はいても、
社会全体で利口な国家はなかった。

だが社会には品質がある。

    *。
ここの利口成分とバカ成分の使い方があることが分かる。

それは利口社会が存在することであるか。

これは知恵の違いだ。

利口そのものでなく、
それらの結集した知恵があることが分かる。

*。
これが成熟した大人世界だろう。

現代は利口に偏り過ぎいている。
これは利口でないことだ。

*。
かくして知恵の社会に到達した。

これからは学校に成績でなく、知恵の社会だ。
それは社会に品質に反映される。

これは構造理性でいう最適化に他ならない。

| | コメント (0)

美しい日本は 優しさと残酷に切り裂いた

日本を美しいと設定することで、
日本と日本人は優しさと残酷に切り裂かれた。

優しさは、偽自己の偽善の演技であり、
残酷は、仮自己の欺瞞の演技である。

優しさと残酷という絶対矛盾を自己同一化した美しい日本である。
美しい日本は、優しさと残酷さを止揚したものである。

*。
衝動は論理に強制同期させられる。
衝動は論理に、フェイズロックされ、ロックオンされてしまう。

論理を生きるしかない。
この現象が金融崩壊でありイラク戦争でもある。

夢と希望は、即ち白昼夢と妄想であった。

  *。
感動と癒しは、殺人と強盗の偽善の演技であり、
成功と幸福は、略奪と殺戮の欺瞞の演技であった。

近代自我は、偽自己や仮自己であった。

哲学自我を、現実に適用して偽自己と仮自己み切り裂かれた。
ここに統合失調症を発生した。

これは人が大人になるイニシエーションだ。

    *。
青年期統合失調症、
多くの人の第二反抗期はこれだ。

これに抵抗力が発生し、
即ち免疫によって、人は子供から大人になる。

これが今、国家や社会がやっている。

*。
古代から近代への第一反抗期、
近代から現代への第二反抗期だ。

国家の第二反抗期、
これが自由と正義という略奪と殺戮だ。

これを超えて大人になる。
国家の殺人こそ反抗期現象だ。

これは国益と利潤追求から発生した。
そう考えるとこれを抜け易い。

   *。
金融崩壊とイラク戦争、
アメリカの第二反抗期だ。

太平洋戦争は日本の第一反抗期だ。
こう考えないと抜けられない。

世界を破壊、人類を殺害した。

*。
日本では凶悪事件には殺せ殺せの大合唱だ。

それをされたら、聖戦だの自存自衛だという。

オウムや通り魔がこういったらどうなるか。

日本は世界にそういっている。

この事実に気が付かない一人称だ。

*。
一人称をでる大きな犯罪、
これを知って、他国のやる反抗期を受け入れる。

これが許し許されることだ。

*。
殺人を許せない国家こそ、殺人産業を出らないことだ。

これは反抗期を越えさせない。

*。
死刑廃止こそ、大人になるイニシエーションだ。

この時、殺人法が必要になる。

死刑廃止に殺人が必要になった。
殺人こそ死刑廃止の手続きだ。

これは構造理性にしか分からない。

| | コメント (0)

一人称意識論 真理なき意識の病理と退廃

一人称意識には、真理や理想がない。

それが大日本帝国であったろう。
日本人を含む世界に、強姦暴行する。
ここで得る金と快楽を生きる。

これが一人称世界だ。

*。
世界は三人称に成立する。

一人称は世界を自己の中に取り込み、
これは妄想した世界にしかならない。

*。
この人たちの生きがいは、
よい社会でなく、感動だ。

即ち、悪い社会を作って、感動する。
最大の感動は殺人だ。

殺人には、理由が必要だ。
それが誤りのない国を守ることだ。

だから犯人は偽でもよく、事件はでっち上げでもいい。
即ち、司法は殺人産業となる道理だ。
国家が殺人組織となる道理がここにある。

*。
水俣病は、産業の手違いでなく、
既定の殺人路線の実行であった。

今でも水俣病患者で、それを申請しない人たちがいる。

水俣病と認定されれば、差別を受けるからだ。
この苦しみに比べれば、
水俣業の苦しみは小さいとなる。

するとやはり水俣病は、金を得るための言いがかりだとなる。

これが殺人立国の構造だ。

    *。
ここに日本のダブルバインドがある。

水俣病に殺されるか、
水俣病に殺させて水俣病としないか。

どっちをとっても殺される。
これが殺人立国の殺人産業だ。

*。
国家は弱者同士に殺し合いをさせ、
自分は無傷で、漁夫の利を得る。

国家が絶対に勝つ道理だ。
即ち殺人産業殺人立国だ。

*。
これが王侯貴族支配であった訳だ。

これを抜けた市民革命だ。

市民革命は、殺人産業殺人立国の抜け方であった訳だ。

それは権力からの自立であった。

日本は権力からまだ自立していない。

それが感動と癒し産業だ。

    *。
感動にしがみついて、即ち、殺人産業に依存する。

このジレンマを日本は抜けていない。

感動でごまかすのでなく、自立を持って抜ける。

これが民族が大人になるイニシエーションだ。

*。
民族が大人になる条件は、
自分を殺して世界に耐えるのでなく、
自分を殺す自分を殺すことであろう。

*。
民族が大人になるには、
国家統合失調症を発症し、
これを抜けることが必要だ。

国家こそ国家統合失調症の原因だ。

国家を超えることが、民族が大人になる条件だ。

| | コメント (0)

殺せ殺せの大合唱 いじめ殺しは殺人社会

凶悪事件を利用して殺人破壊衝動を爆発させる。
即ち、凶悪事件を製造販売消費する。

初めに殺意ありきの社会。
いじめ殺しこそ個人と社会の幸福である社会。

*。
こういう発言に怒りを爆発させる。

それが事実の自白証拠である。

    *。
ボードリヤールの「悪に知性」を使うとこうなる。
ボードリヤール・シミュレーションしてみよう。

正に日本は悪の知性の国家だ。

*。
司法にマスコミに国民が、
凶悪事件に殺せ殺せの大合唱をする。

これは人間性を認められない心の生み出す心の闇が、
その閉塞圧力を破るガス抜き現象ではないか。

どうしたって心を闇に閉じ込めれば、これはやがて爆発する。

*。
一番弱いところが爆発する、これが凶悪事件だ。

するとこれを使って国民大衆が、閉塞感を爆発させる。

*。
つまり、凶悪事件をやる凶悪人間だが、
これを望みやらせたのは凶悪国家と国民だ。

凶悪事件は国民が考えているようなものではない。
凶悪事件が国民を考え、
その心の闇をガス抜きする機会を与えている。

これで国家は安定する。

*。
国家が凶悪である以上、
国民も凶悪にならざるを得ない。

凶悪事件の凶悪性は、国家の凶悪性の反映以外のなにものでもない。

凶悪事件は、国家がこれ以上凶悪にならないガス抜きをする。

国民がこぞって、凶悪事件を叩くことは、
その凶悪性が高まらないようにするガス抜きだ。

凶悪事件こそ、国家国民を考えている。

*。
だから凶悪事件の防止を考えることは、
国家の凶悪性、
即ちお上国家を止めることだ。

   *。
アドルノでシミュレーションしてみよう。

*。
日本は殺人立国にあり、
殺人産業国家であり、
小学生からのいじめ殺し、
社会の過労死等のいじめ殺し、
個人の苦しみを自殺で清算させる組織の凶悪性に成り立つ。

これを考えると日本の基幹産業は、殺人産業である。

*。
殺人産業は、個々の人の主体の差異を消去し、
人々を殺人を行う社会機能に変えた。

その結果、殺人産業に取り込まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
殺人を日本人の当然の義務として、
暖かい優しい幸福感を持って、
殺人を楽しく消費する。

  *。
構造理性は日本の闇を暴露したのではないか。

国家の凶悪性は、国民の凶悪性の反映以外のなにものでもない。

国民の凶悪性は、国家の凶悪性の反映以外のなにものでもない。

*。
一体どうなっているのか。

国家と国民の絶対矛盾的自己同一性、
それが殺人であった。

日本は殺人衝動に成り立つ。

*。
この殺人衝動が、国家と国民を切り裂き、
国家は贋物となり、国民も贋物となり、
この偽自己が、
殺人という偽善と、
殺せ殺せの大合唱という欺瞞の演技をすることが生き甲斐となる。

*。
これが日本の仕組みではないか。

ボードリヤール・アドルノ・シミュレーション。
これが構造理性で解読した日本だ。

| | コメント (0)

2008年12月15日 (月)

お世辞とは嫉妬と憎悪である

エチケットは嫉妬と憎悪の裏返しである。

人をいい気持ちにする操作は、
自分もいい気持ちになりたいからで、
何故いい気持ちになりたいか。

不愉快は嫌で、
つまり不愉快な気持ちを持っているから、
それを否定しなければならないからだ。

*。
エチケットは情報戦であり、
即ち、何かを隠蔽したり、偽装する必要があることだ。

無私無心であれば、お世辞は必要ない。

何か話のきっかけを作るためなら、
お世辞やエチケットでなくてもよい。

*。
外国人は言う。
日本人はいつもニコニコ笑っていて、気持ち悪い。

それは殺人と破壊の衝動を隠蔽するための偽装だ、
そう言って、分かるかといったところ、
それが出来るのに、外交が下手なのな何故だと来た、
社交辞令と外交は違うんだ、
そういったところ、
両方とも分かんなくなった。

見事隠蔽に成功した。
何を隠蔽したのだろう。

たぶん愚かさを隠蔽した。

だったら利口じゃないか。

何がなんだかますます分からなくなった。

*。
日本人はバカか利口か。

そういう問題が提起できるなら、
かなり利口だ。

うん、それを言わせたかった。

*。
結局問題はなんだったのか。

俺も分かんなくなった。

こうして宇宙悠久の時は流れる。

何をやっているのか。

何もやっていない。

これが最高の生き方だ。
これが柔道忍術だ。

*。
これを日本人と外国人に理解して貰う、
これほど難しい問題はない。

結局、煙幕を張っていた。

*。
これ通常国会でやっている。

彼らは頭がいいのか悪いのか。

国会でやれば、頭がいいとはいえない。

では何だ。

これが日本だ。

だから何だ。

何ではなくはないぞ、
では認知症といっておこう。

お後がよろしいようで…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

非解決的解決の対偶は虚偽犯人である

解決せざるをもって、解決とみなす。

この等価同型が、
虚偽犯人を持って、犯人とみなすことであり、
犯罪偽造を持って、業務とみなすことである。

生活保護請求者を追い返すことをもって、
国家業務とみなすことだ。

    *。
能や柔道忍術に、本物と贋物があった。

正しく使うことと、悪用することの違いだ。

これは問題の前に心があるかないかだ。

*。
心のない日本は地獄だ。

実に西欧から入れた法は、
良心良識を排除し、心無き日本を作った!

日本形式は、心があることを前提にし、
西欧法は、愛があるから、秩序を作る方法だった。

西欧法が入ると、実に日本から心が削除された!

*。
心無き柔道忍術は、
刃物やダイナマイトの悪用になった。

これをコントロールする方法がない。

  *。
西欧法も、感動も幸福も、死に至る病となった。

ガンになった。
権力はガンになり、日本をガン化する事で、
金と権力を略奪した。

それは当然、弱者の殺戮である。

そして成功すれば自滅する。

*。
太平洋戦争は、戦争に成功して、全滅に成功した。
即ちガンを作ることに成功し、これは破滅を求めたことだ。

  *。
日本が正等であるには、心の存在が前提だ。

西欧法は心を削除し、
誤りのない国を作り、
国家を性善説とした。

心がないことを、誤りがないとした。
これが日本の文明開化であった。

ここにガンとしての国富と立身出世があった。

*。
弱者を殺戮して、金を略奪する。
これこそ秀吉システムだ。

これを草履伝説により、
秀吉を日本の英雄として礼賛する。

これが「殺してくれて有難う」伝説となった。

*。
日本は秀吉システムに幽閉されている。

草履伝説に感動することが、
ワーキング・プアを作っていた。

| | コメント (0)

幸福や感動はガンである

感動や幸福は、非感動や不幸を免疫する。
慣れて来ると、不快や不幸への耐性がなくなる。

耐性の欠如なる現象は、幸福や感動体質が作ったことが分かる。

即ち、感動や幸福体質は、人間性や社会性を異物排除する。
即ち、人と世界へのガンである。

ここに人間性のない人間が生まれ、
社会性のない国家体制が生まれ、
弱者を異物排除する。

これが新自由主義グローバリゼーションだ。

   *。
産業文明当初は、夢と希望を追い、
感動や幸福に酔った。

だがこれに慣れて来ると、
人間性や社会性が異物排除され、
弱者を異物として排除し始めた。

感動や幸福は、人を凶悪化した。
感動や幸福は、悪魔のお菓子だった。

  *。
感動や幸福にも、反作用があり、
追求するほどに、対偶対称性が現れる。

感動と幸福の世界は、強盗殺人であった。

*。
これがこの世の仕組みである。

この仕組みを考えず、都合のいいことをやるエゴイズムであった。

*。
幸福や感動は、現実の問題を放り出して、
いい気持ちに逃げ込むエゴイズムであった。

ここに人と現実の荒廃が起きるのは当然だった。

*。
人は現在、感動と幸福の作り出した、ゴミの山に暮らし、
権力はゲーテッド・ソサエティに住み、
変な共同体を作る。

ここには人間性も市民社会もない。

ここに人々や権力は、人間であって、人間でなく、
人間でなくて人間である。

これが立身出世社会の成れの果てだった。

    *。
成功物語や立身出世は、人間性の異物排除システムだった。

生存競争は、人間性のガンだった。

成功物語は、悪魔のお菓子だった。

*。
感動は自己否定であり、自己破壊だった。
それを自己責任・自助努力・自己管理といった。

この仕組みが、権力を生きさせ、
そのために無力を死に廃棄する仕組みだった。

*。
幸福と感動追求は、凶悪犯罪だった。

| | コメント (0)

解決せざるを持って 解決したとみなす

竹島を巡って、日韓に密約があったという。
即ち、解決せざるを持って、解決したとみなす。

*。
能のワキとシテから考えよう。
解決しようとするシテ、解決せずを演じるワキ。

両者で、素晴らしい舞台ができれば、素晴らしいことだ。

問題に切り裂かれた現実を、
能のよき演技で、棚上げする。

問題を偽の問題にすり替え、
偽善と欺瞞の演技を持って、
現実から問題を抹消する。

解決せざるという偽善を、解決したという欺瞞で、相殺する。
問題は現実にあっても、意識から消滅する。

相手が問題は解決していないとシテを演じても、
こっちは処理を終わったとワキを演じる。

これは力の均衡と同型等価である。

リアル問題があっても、メタ次元で問題はないことになる。

*。
負帰還で考えよう。

問題を処理しようとするメイン増幅器、
処置しない反対成分で、負帰還する。

するとそこに問題はあっても、
問題は安定化する。
即ち、問題はなかったことになる。

現実に日本の対応はこうなっている。

安定状態に在らしめて、
問題は実質的になかったとなる。

実質的問題処理、これが負帰還方式だ。
これが戦争放棄の思想だ。

*。
免疫で考えよう。

問題ウィルスが進入した。
これを排除する免疫だ。

竹島ウィルスが侵入した。
実質に生き残ればいい。

ウィルスを殺さなくてもいい。

完全免疫では、ウィルスを殺さなくてはならない。

だがウィルスを殺さなくても、本体が殺されなければいい。

ウィルスを無毒化すればいい。

風邪の菌を、身体を発熱し、この熱で殺す。

即ち、免疫せざるをもって、
問題を騒ぐことによって、即ち発熱させ、
この騒動に、問題を無効化する。

免疫でなく、発熱で騒いで生き抜く。

    *。
パレスチナにEU軍が入るのではないかといわれる。

旧ユーゴには、軍隊が入って、
敵味方を戦闘させない状態とした。

問題を棚上げした訳だ。

即ち、米ソ力の均衡のように、問題を安定化した。

*。
問題を力で均衡させ、問題がなかったことにするか。

問題を心の中での処理をして、
即ち、能を演じて、問題を抹殺するか。

大日本帝国もナチスも、
相手を破ろうとして、敗れた。

    *。
戦争に負けて外交に勝つことが出来る。(吉田茂)

戦争に持ち込まず、外交に持ち込んで、問題を消去する。

問題を処理せざるを持って、処理したとみなす。
これが能である。

*。
問題のハード的処理と、ソフト的処理があることが分かる。

戦争せざるを持って、戦争したとみなす。

これが戦争放棄の思想だ。
それは能であった。

*。
地球社会は能の舞台である。

問題を能の舞台に処理する。
これは英知だ。

日本はそれをやっている。

  *。
問題の合理的処理、問題の能的処理。

力による解決、知恵による処理。

エネルギーの時代はエントロピーの時代に進化した。
即ち、爆発進化の時代は、安定秩序の時代に入った。

*。
ポジフィからネガフィへ。

力天動説から、知恵地動説へ。

地球社会は存在原理を変更した。
そこにしか地球社会は成立しない。

| | コメント (0)

2008年12月14日 (日)

お上秩序の荒廃

日本はお上の権威と権力で、国民を支配した。

お上が国民に暴行して支配していた。
ナショナル・バイオレンスの国だった。

国民の味方はいない。
国民の味方をしては、金にならない。
これがお上体制だ。

*。
だが国民が力を付けてきた。

お上の知らしむべからず、寄らしむべからず、
この障壁を破る国民となった。

国民の方が専門知識が豊富になった。
アメリカでこれをレイ・エキスパートという。

*。
ところがどうだ。
お上以上にお上として振舞う下々、彼らをモンスターという。

こうして弾圧し鎮圧し征服しようというのだ。

これで恫喝しようというのだ。

*。
モンスターお上が作った、モンスター下々だ。

彼らはレイ・エキスパートだ。

お上ばい菌に免疫を持った人々だ。

お上に恫喝されなくなった。
いやお上を恫喝するようになった。

*。
お上の恫喝を、それを上回る更なる恫喝でお上を打ち破る人々だ。

こういう連中をモンスターとして、
異物排除するお上の作戦だ。

これにマスコミが乗っている。

*。
マスコミはお上の側だったことが分かる。

マスコミを含むお上の、あらゆる恫喝に免疫が出来た。

かくしてお上の恫喝が効かなくなった。

お上体制が破壊されつつある。

*。
救急車を呼び出し、病院へ連れて行け。

お上はこれを国民にやっていた。

その方法を国民が使い出した。

これをモンスターというマスコミだ。

国民はお上のやり方を学習しただけだ。

*。
親亀モンスターに、小亀モンスター、
そして小学生も孫亀モンスターをやり始めた。

おい、お上、仕事なっておらん、
きちんとやれ、
やらないとぶっ壊すぞ、
復讐するぞ。

誰がそういえと教えたのか。
総理であり、財界指導者だ。

偽装請け負いやっているのは財界指導者だ。
そしてそれを報道したマスコミに広告を出さず制裁した。

*。
お上は破壊と復讐、憎悪と制裁を国民に教えた。

国民がお上に従っている以上、
国民のお上に対する制裁と復讐は、
お上の制裁と復讐以外のなにものでもない。

オウムや通り魔をやったのは、
国民であるが、それを望みやらせたのは、お上だ。

お上がモンスターを望んでやらせているのだ。

| | コメント (0)

自衛隊論文事件 外交感覚のない国民は凋落する

「外交--他文明時代の対話と交渉」細谷雄一

ディプロマチック・センスのない国民は、必ず凋落する(ハウス大佐)

戦争に負けて外交に勝った歴史がある。(吉田茂)

外交とは、軍事力のみによって国際関係が支配されるのを防ぐため、
文明によって考案された最善の方法である。(E・サトウ)

*。
強硬軍事路線は、歴史では敗者になる方法だった。

だが軍人は殺人を職業とする人たちだ。(リデル・ハート)
軍人は、敵とするものを殺す人たちだ。
それなりの考えがる。

敵を作り、彼らへの憎しみを生きねばならない。
普通の人には受け入れらない考えを持つ。

この考えが日常の露出しては、日常生活は成り立たない。

*。
日本に駐留するアメリカ軍も、
さまざまなトラブルを日本社会との間に起こしている。

軍人は、常識では生きていないからだろう。

職業軍人を持つことは、どの国でも困った問題だ。

そこで文民統制を敷いている。

      *。
軍人特有の考えが、世間に露出することは、
文民統制がないことだ。

軍人は殺人を職業としているから、
どの国の軍人も過激だろう。

*。
16人の兵士が一人の兵士を殴り殺した。

将軍が、世間にいってはならないことを、発言した。

自衛隊は過激暴力組織となっていた。
暴力が野放しになっていた。

自殺者も毎年百人を超えている。

   *。
政治も経済もこんな状態だ。

日本はリセットするしかない。
繰り込み理論を実行するしかない。

お上国家は限界に来た。
限界国家となったお上日本がここにある。

| | コメント (0)

漱石の悲惨さ

自由と独立と己とに充ちた現代に生まれた我々は、
その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくては成らない。「こころ」

これは光源氏にもいえることだし、
いまどきの貧困に貶められた若者にも言える。

寂しさにもいろいろあることが分かると同時に、
何時の時代も、人は淋しさを生きねばならないことが分かる。

この世に一人で生まれることは、死ぬ時は一人でもあることだ。
そこで考えられた集団自殺かも知れない。

*。
何時の時代も、誰しも淋しい。

その解消に何かにしがみつく。
成功と幸福にしがみつく人が多い。

人が生きるとは、寂しさを如何に生き抜くかだといえるのではないか。
反対する人は殆どいまい。

    *。
漱石の問題は、自我などなく、それが成立しない日本において、
西欧から学んだ自我を、如何に生きるか。

則天去私、
やはり理想を掲げ、これを生きようとした。

これが西欧自我の方法だから。

*。
そこの結晶したユーモアであり、
これはベイトソン法だ。

そこに結晶した平穏と静謐、
これはレイン法といえるのではないか。

    *。
こう考えると光源氏はベイトソン法を生き、
紫の上はレイン法を生きたといえる。

両者は対偶となっている。

現在日本は、金持ち貴族階級と餓死と飢餓を生きる平民階級からなる。

これは秀吉システムだ。

感動と癒しを生きることは、このような階級社会を作ることだった。
そればナッシュの均衡理論だ。

*。
前に述べたように、秀吉システムは新自由主義だ。

金と権力を生きる貴族階級、
餓死と飢餓を生きる平民階級。

この対偶構造こそ貴族社会だ。

*。
これを最適化した、西欧の愛と真理の世界だ。

それも崩れた。

  *。
人が持つ淋しさ、
これを自由と独立と自我で対応する、
これは階級社会を作り、
結局貴族と平民構造社会を作る。

これは貴族を生きさせ、
平民を死に廃棄するシステムだ。

*。
自由と正義は社会の作り方ではなかった。

それは知識人の精神の作り方だった。

漱石も自由と独立と自我を生きたら、
それは他者に出会えない壮大な孤独の世界だった。

広大な自我の空漠に吸い込まれることだった。
この自由落下を気持ちいいとすることだった。

こういうジェットコースター作品を作り、
この遊園地に人々を呼び込み、
いい気持ちにする。

これが漱石作品かもしれない。

   *。
それは荒廃した世界を作り、
その荒廃に吸い込まれる自由落下を気持ちいいとすることだったのではないか。

これが遊園地としての現代ではないか。

荒廃をいい気持ちに変える、
これで金を得る人はいるが、
その社会は、荒廃そのものだった。

*。
ジェイン・オースティン問題だ。

ジェットコースターでいい気持ちになっている人たちは、
それは社会を壊していることですよ。

感動と癒しでいい気持ちになる人たち、
それは人と社会を破壊していることですよ。

*。
我々は、空体幸福や中空感動を得ていた。

人や社会を壊す感動と幸福を生きていた。

  *。
孤独や絶望を、感動や幸福で生きれば、
人と世界を破壊する。

*。
初期値への鋭敏な依存性、
心や魂を生きればカオスしない。

幸福や感動を生きれば、カオス・バブルに崩壊する。

現代人はこれを体験している。

   *。
漱石は、寂しさに則天去私を生き、
平穏と静謐を結晶した。

それは神経症に苦しんだ人生であった。

*。
これがまともな生き方だ。

心身の健康を生きることは、人と世界を壊すことだ。

まともとは、苦しみを生きることだ。
不健康な苦しみ、そこに平穏と静謐が作られる。

*。
感動や幸福は、平穏と静謐を作らない。

幸福や癒しは微分回路的満足であり、
平穏と静謐は、積分回路的満足である。

ここに刹那の快楽と永遠的満足の違いがある。

| | コメント (0)

明治期知識人の悲惨

ヨーロッパは、人類共通の孤独と絶望に、
愛と真理の理想で対決した。

ここで培われた理性、
これを学んだ日本の知識人は、
愛と真理で対応できなかった。
愛と真理を受け入れる土壌が日本にも日本人にもなかったから。

*。
それは現代でも同じ状態だ。

西欧理性を学ぶが、これを使える社会がない。

それを使えば、お上日本の攻撃と破壊にしかならない。
それはことごとく拒絶排除され、非国民扱いとなる。

*。
芥川龍之介の学んだ西欧美学、
これは自己否定にしかならなかった。

夏目漱石の学んだ西欧知性、
人情世間体にない孤独と絶望を生み出した。

西田幾多郎の哲学、
そこには日本も西欧もなかった。

   *。
西田らの「近代の超克」は、
日本と西欧の融合を図ったと読める。

西欧に日本を確立する試みとも読める。

*。
これを解読すると、
西欧をシテとし、日本をワキとする能をやっていた。
そのように読むことが出来る。

*。
もっとはっきり言ってしまえば、
西欧に反西欧の負帰還を掛けた。

西欧と反西欧から成る調和振動を作ろうとした。

*。
そこに演奏された音楽は、
孤独と絶望の処理に、戦争放棄と幸福放棄で対応することだ。

それが戦後、日米安全保障条約と日本の高度成長となった。

   *。
日米安全保障条約は、アジア地区から戦争を放棄した。

ベトナム戦争は、局部発振だろうか。

*。
日本の高度成長は、日本人を幸福にすることはなかった。

負帰還政治経済システムのテスト・パイロットでしかなかった。

ここで日本は強盗殺人を繰り返した。
日本の否定と破壊に明け暮れた。

自民党の繁栄は、弱者の死への排除でしかなかった。
それは日本人が幸福を求めたからだ。

    *。
結局日本が到達した世界は、
戦争放棄と幸福放棄の、負帰還地球社会を作ることだ。

これが日本と西欧の絶対矛盾的自己同一化だ。

成功と略奪、幸福と殺戮、
両者を最適化する戦争放棄と幸福放棄だ。

ここにお上日本は関係しない。

| | コメント (0)

2008年12月13日 (土)

一人称衝動力学は 国家統合失調症である

日本人の殺人事件の特徴は、
他人を殺して、死刑になって、自殺させて貰うことだ。

一人称は統合失調症ともいえる。
即ち、自分の中に、自分を敵とする自分を自分で作り、
この敵を殺すことを生きる。

敵を殺している内は、統合失調体質だが、発症していない。

    *。
大日本帝国は、国家統合失調症であったもいえる。

自分の中に自分を敵とする自分を作った。
それが鬼畜米英だった。

天誅殲滅といったことは、自分の中の衝動現象だ。

これがやがて実在の米英となる。

    *。
ある種の統合失調症患者が、
相手が自分を殺しに来るので、先に殺すといったまれに見るケースに一致する。

*。
この種の人が、自殺する場合どうするだろう。

自分が二つに割れている。
偽自己と仮自己の切り裂かれている場合だ。

偽自己は他人であり、仮自己は自分である。

*。
これが他人を殺して=偽自己を殺して、
死刑になって、
仮自己を殺すことではないか。

自分が二人いる時、
これが自殺の実行となろう。

   *。
これで行くと、
大日本帝国は、神の国という偽自己と、
美しい日本という仮日本に引き裂かれ、
この混乱を収束させる手続きとして、
列強を殺しに行って、
全滅させられて、
自殺させて貰った。

国家統合失調症型の自殺であった。

*。
ファシズムは国家統合失調症の発症ではないか。

列強が圧力を掛ける、
すると掛けられた国は統合失調症を発症する。

こういう仕組みも見える。

*。
人は自分であるから自分である。

日本では日本人だから日本人であるとなる。
これは統合失調症にすることだ。

テロや通り魔事件は、
切り裂かれた自己を持つ人の自分を取り戻す、繰り込み行動ではないか。

こんな現象は国家が国民を支配する国に起き易いことが分かる。

| | コメント (0)

権力のトリック 金権力依存性

孤独と絶望、言葉を獲得した人間が創造した。
いや単に言葉を作っただけで、生命に共通ではないか。

犬だって吼えまくる。
嫉妬だってする。
人に飼われ、人の感情形式が伝染したのかも知れない。

*。
人の場合の特徴は、孤独と絶望を燃料に、
金と権力や成功と幸福、感動と癒しを作った。

孤独と絶望が主語で、金と権力が述語の内はよかった。

金と権力が主語になると、略奪を殺戮が述語となった。

豊かさの一応の達成は、主語を変えた。

   *。
アメリカは、孤独と絶望が主語である時代を終えた初めての国だ。

即ち、金と権力が主語になった初めての国だ。
成功と幸福が主語になった。

そして述語が弱者からの略奪と殺戮になった。

*。
金と権力は、生産活動の成果だが、
成功と幸福は、金と権力を得る活動であり、
それは強盗殺人活動であった。

これが生存競争で出来る。
自由競争で出来る。
これは合法的行動だ。

  *。
権力なき人々に生産させ、
この生産物を国家システムに収めさせる。

これを政治や行政としてやる。
人々の必要なことをやっている内はよかった。

ここに競争はない。
即ち適正利潤がない。
取り放題になった。

*。
国家経済になって、経済は発振した。
これは経済の破壊であった。

増幅経済は、発振した。

実体のない経済となった。

妄想の経済となった。
反対者は法によって始末できる。

だが社会を破壊した。

*。
つまり、弱者からの略奪と殺戮になった。

弱者は地球上の弱者だ。
弱者はこれでしか生活できない。

作った以上に奪われる。
これを利潤という。

*。
利潤によって、権力は貪り、無力は貧困にあえぐ。

    *。
権力経済となった時、利潤は略奪殺戮係数となった。

このトリックは理論理性に認識できない。

新しい知性の世界に入った。

権力経済は構造理性でしか制御できない。

*。
これが権力の放置状態だ。

| | コメント (0)

日本衝動力学

日本人は衝動を生きている。
衝動とは、頭に来るといった行動である。

思わず涙が出る、
心の底から喜びがこみ上げてくる、
頭に来たから人を殺した、
鬼畜米英に天誅殲滅、
南京問題や慰安婦問題はなかった、
これらが衝動行動である。

*。
衝動の特質は、一人称である。

人間皆同じ、
日本人は皆同じでなければならない。

従って、同じでないものはいじめ殺す。

*。
衝動力学の特質は、いい気持ちを求める。
ポジティブ・シンキングだ。

過当競争体質だ。
大勢で同じことをする。
流行に生きる。

反対するものはいじめられ、遂にいじめ殺される。
同じであっても、弱いものは殺される。

*。
太平洋戦争は止められず、
自民党も一党独裁であり続ける。

止めるという衝動は存在しない。

マスコミは少数タレントの独裁だ。
皆同じ雰囲気に燃え上がることを楽しみとする。

*。
同じであることが喜びだ。

ここに感情は同一化し、
大量消費が成立し、国家は安泰である。
これで皆食っていける。

*。
人々の感情は、同一化され、
人々の個性は消去され、
ここに葛藤を覚えることなく、
これがナショナル・バイオレンスであることを認識できず、
人間である喜びと思い込み、
皆同じであることに暖かい幸福を感じる。

これが日本人の百%近くが幸福と思う幸福感の正体だ。
それは少数者の殺人に成立する。

だからなんだって言うんだ、
日本に反対するとはけしからん、
これが衝動である。

*。
これが日本人の意識構造だ。

| | コメント (0)

西欧と日本の絶対矛盾の自己同一化

日本は絶対矛盾を自己同一化する文化だ。

矛盾を止揚するのだから、
何でもありだ。
即ち、何もないといってのいい訳だ。

即ち、不可能はない。

    *。
日本は優しさと残酷に切り裂かれた対偶対称の矛盾装置である。

ヨーロッパは愛によって矛盾を止揚した。

この両者を負帰還理論によって統合できる。
ヨーロッパが増幅器、日本が負帰還装置に出来る。

日本文化で言えば、ヨーロッパをシテ、日本がワキをとる訳だ。

そして能としての全体が、よきパフォーマンスをすればよい。
その部分にいろいろあっても、全体がよければいい。

    *。
理論理性は部分のよさを論じた。
よき部分を積み上げれば、よい全体が出来る。
だが現実は悪い部分で決まった。
よい部分が主語となり、悪い部分が述語となった。

理論理性は頭隠して、尻を隠さない方法だった。

或いは、いい部分をお菓子として、
悪い部分に釣られる悪魔の方法だった。

    *。
構造理性は、全体を最適化する思想だ。

主語と述語の構成を取らず、
日本のホログラフィー・イマジネーションのように、
あらゆる部分を石庭のように配置し、
その全景がよければいいとする方法だ。

構造理性は能の構造を持つ訳だ。
石をシテ、庭師をワキとする。

全体、即ちイマジネーションの良し悪しが問題な訳だ。

   *。
電子工学で言えば、
シグナルや情報をシテとし、
バイアスやプログラムをワキとする。

電子工学こそは、能の構造を持つ訳だ。

*。
このように理解すれば、
ヨーロッパを舞台や俳優とし、
日本が楽屋や脚本家や演出家をやる。

両者で、よき作品が出来ればいい。

*。
これがこれからの地球世界構造と出来る。

| | コメント (0)

2008年12月12日 (金)

お上日本は 虚偽・誤謬・錯誤である

お上日本は、false・mistake・errorである。
その対偶としてのクールジャパンは、真善美である。

平均を取れば、なんでもない。

*。
日本が普通であるために、日本は両極端からなる。

お上が人を殺さなければいい国だ。

*。
なんでもない世界を作る、これが柔道忍術だ。
世界がなんでもないことをするように、
することが日本柔道忍術だ。

人を殺しては柔道忍術ではない。
秀吉戦略を柔道忍法して、真日本だ。

*。
成功を成功を持って倒し、幸福をすり抜ける。

これが柔道忍術日本だ。

    *。
成功と幸福を求めるアメリカであり、
これに負帰還することが柔道忍術だ。

即ち、日本の戦争放棄と幸福放棄こそ、
アメリカに負帰還を掛け、世界を最適化する。

これが日本道だ。

実際にそうしている!

*。
対偶理性を使うと、
実に簡単に日本の役目が分かる。

日本がやっていることが見える。

| | コメント (0)

日本文化のあいまい性

岡潔が第七論文をフランスで発表したら、
例題は全削除され、定理と証明だけになっていた。

岡先生はご立腹だ。

*。
何故だろう。

日本語文は、ホログラム・ホログラフィーのイマジネーションだからだ。

だから主語や述語の区別はない。

言葉には定義もない。

      *。
言葉を積み重ね、
そこにイマジネーションを結晶させていく。

その明快度が理解の深度となる。

同じ言葉の人によって、イメージが違う。
そこの理解の深さ・広さ・高さが現れる。
即ち、解像度が違う。

皆同じようだが、違う。
皆違うようだが、皆同じ。
これが日本文化の特質だ。

    *。
岡潔の例は、日本と世界の違いをを示した。

日本は左脳でイマジネーションし、
右脳でプログラムしている。
世界はその逆だ。

日本と世界は鏡像の関係だ。

*。
すると日本と世界の関係に人間性は保存される。

従って日本の使命は、人間性の保存だ。
即ち、戦争放棄と幸福放棄だ。

*。
岡潔の事例から、この特質が解明された。

| | コメント (0)

負帰還は 絶対矛盾の自己同一化装置である

楽器は、前進波と後進波の定在化装置である。
即ち、矛盾したものの自己同一化装置である。

すると文化は矛盾したものの調和振動製造装置である。

即ち、負帰還は絶対矛盾の自己同一化装置である。

*。
高度成長期の日本は、
自民党増幅器と社会党負帰還装置で、
成長と安定の矛盾の一体化に成功、
一方自民党と社会という矛盾を同一化した。

これがこれからの地球社会のメソッドロジーだ。

   *。
国家原理は、真偽・善悪から、
悪を異物排除しようとするシステムだった。

地球社会原理は、
善悪を一体化し、調和振動を作る、
即ち自己同一化することだ。

*。
異物排除は自己自身をガン化し、
自己否定自己破壊に終わる。

これを自己責任・自助努力・自己管理といった。
その対偶文が、自己否定・自己破壊・自殺であった。

即ち、人を殺して、死刑になる、強制自殺だ。

   *。
今国家はリストカットを繰り返し、
自殺による自己清算過程にある。

金融破産は国家システムの破産であり、
イラク戦争は文明の破産処理だろう。

*。
国家と文明はリセットする段階になった。

リセット後、同じものが立ち上がることはない。

インターネットNPOがそれらに上書きされる。

*。
それは人々と世界連邦の中間子であり、
世界連邦と人は負帰還関係になる。

これが今立ち上がりつつある地球社会だ。

   *。
法治国家産業文明の崩壊、
それが金融破産とイラク戦争だ。

新しい世界が一挙に立ち上がり始めた。

*。
世界は楽器であり、人はその演奏者となった。

| | コメント (0)

感情産業論 ボードリヤール アドルノ

大量消費に、感情はモノ化し、記号化し、
個々の主体の差異を消去し、
大量消費は感情産業に変質し、
社会が感情組織化し、
現実が消滅、
人々は感情を気持ちよく消費するパーツとなり、
これを現代人の特権と思い、
人間性を消費することを、
暖かい幸福だと思って、
楽しく消費するのである。

感動と癒しの楽しい消費は、
文明伝統の孤独と絶望を、
嫉妬と憎悪に進化し、
感情産業は、略奪と殺戮を生き甲斐にした。

*。
感情の大量消費である感動と癒しの対偶は、
犯罪と狂気であり、
犯罪を無限大に発散し、
これをホラー&ミステリーの大量殺人に消費する。

     *。
アメリカの経済力と軍事力は、
略奪と殺戮に化身し、
これがアメリカ・ヘゲモニーである以上、
アメリカに対する軽蔑は、
個々の人が、感情消費装置としての、
自分自身に対する憎悪と復讐以外のなにものでもない。

*。
アメリカは、我々が考えているようなものではない。
アメリカの方が我々を考えている。

金融危機やイラク戦争を実行したのはアメリカだが、
それを望み、やらせたのは我々だ。

   *。
これがいい気持ちを大量生産販売消費する感情産業だった。

いい気持ちは感情産業の出力であり、
その入力は略奪を殺戮だった。

感情産業に、略奪を殺戮を入力すると、
感動と癒しが自動演算される。

*。
感情産業の消費装置となった個々の人に、
感動と癒しを入力すると、
強盗と殺人が自動的に演算される。

   *。
現代文明における、
個々の人の成功と幸福の追求こそは、
略奪と殺戮を出力し、
これが個々のパーツの感動と癒しとなった。

これは循環であり、発振回路であり、
略奪と殺戮は感動と癒しのパラレル・ワールドであり、
感情産業は、これを無限大に発散した。

それを止めるのは人類の全滅しかあるまい。

太平洋戦争は、この事前実験であったようだ。

*。
これがボードリヤールとアドルノによる現代シミュレーションだ。

彼らは構造理性を駆使していたことが分かる。
即ち、建前が主語であり、本音が述語だった。

| | コメント (0)

2008年12月11日 (木)

金融経済論 妄想は全体なき部分である

妄想は全体なき部分であり、
部分の全体化は妄想であり、偽装偽造である。

偽装社会日本は、部分を全体化することが原因だ。

偽装は妄想の物事である。
物事や実体や事態にも妄想モードがある。

*。
金融経済は実体の妄想であった。

但し金融を複素数とする複素経済は成立する。
その時は、国家が複素化されていなければならない。

新自由主義は、
国家権力を複素化せず、
複素数を実数扱いし、
国家を偽造した原因であることが分かる。

  *。
金融経済は国家を複素数化したものであり、
即ちベクトル化した。

ベクトルをスカラー扱いした、新自由主義だ。

その支離滅裂を、暴力で、正当化した。

*。
金融経済はベクトル経済であり、
金はベクトル・マネーとなった。

金が量だけでなく、方向を持った。
この方向が国民利益である事が正等で、
国家利益は第三象限経済となる。

国民利益の第一象限に限定せねばならなかった。

第三象限経済こそ、悪の帝国であった。

*。
第三象限経済は、妄想の経済であった。

    *。
最高裁判決、国民は一人0.2である。

これは日本が妄想であることを意味し、
悪の帝国を作ったことだ。

*。
お上日本は、白昼夢と妄想の世界である。

これは第三象限の世界であり、
悪の帝国である。
即ち、第三象限は妄想の世界である。

妄想であるから、まともな物事を、異物排除し、
地獄となる。

子供がまともの育つ訳がない。
それをモンスター・ペアレントとし、
異物排除する。

*。
実はお上日本がモンスターであった。

これは鬼畜米英と同じ現象だ。

| | コメント (0)

知性と社会現象の保存則

Goedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論は、
あらゆる知的活動や社会現象に保存される。

対称性のある世界では、エネルギー保存則が成り立つ。

社会現象においても、対偶対称性が成り立つ。
従って、利益と損失の対称性が成り立ち、
自然世界へ利潤活動をやっても、
その損益は変わらない。

産業活動は、先行利益、後出損失であって、
利益が損失を上回ることはない。
超長期で見れば、産業利益はない。

*。
文明原理は、
日当たりを良くし、
風通しと良くし、
水捌けをよくすることだ。

    *。
産業活動で、利益を出すことは無矛盾である。
従って、その無矛盾は立証されない。
即ち、利益を上げることは証明されない。
即ち、利益は実現しない。

これがGoedelの不完全性定理だ。

*。
ナッシュの均衡理論では、
産業利益をとる戦略は、
人間と自然を破壊する戦略である。

   *。
知的活動においても、Goedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論は保存される。

出来ないことややってはならないことをやることは、
略奪と殺戮である。

出来ないことをやることが、略奪であり、
やってはならないことをやることが殺戮であるといえる。

*。
新自由主義グローバリゼーションは、
出来ないことをやり、
やってはならないことをやったことだ。

これはカオスを作ることだった。

略奪を殺戮は、カオスを作ることだ。

*。
即ち、成功と幸福は、略奪を殺戮は、保存される。

対偶文は、社会現象の保存則であった。

*。
知的活動にもこの保存則は成り立つ。

即ち、戦争放棄と幸福放棄が最適化であった。

最適化とは、保存則に立つことであることが分かる。

| | コメント (0)

成長と安定の絶対矛盾的自己同一化=NFB

進歩と調和、大阪万博のテーマであった。

西欧から見ると、矛盾した支離滅裂の考えだ。
戦争放棄のようにめつやくちゃな妄想だ。

だが日本では妄想にならない。
何せこの国は絶対矛盾を自己同一化出来るのだ。

*。
当時の日本は、成長と安定を同時に達成したいた。

自民党増幅器と社会党負帰還装置で、
負帰還増幅器を作っていたから。

*。
負帰還増幅器こそは、成長と安定を同時に達成する方法だ。

今地球社会は、政治経済に負帰還システムが求められている。

日本システムが世界に展開するときが来た。

  *。
国家と国民は、負帰還システムでなけれがならない。

資本原理と社会原理は、負帰還システムでなければならない。

*。
国家が国民を操作すると発振する。

資本原理が社会原理を支配すると、システムは発振する。

これが新自由主義だ。
これは国家と資本を発振させた。

そこには経済も政治もない。
略奪と殺戮しかない。
政治と経済が発振した。

増幅すべきを発振させた。
金は出来るが、社会を安定にしない。

*。
新自由主義は、発振経済を作った。

これは権力を生きさせ、
無力を死に廃棄するシステムだ。

これはガンであるから、死に至る病だ。
遂に死ぬときが来た。
これが金融のメルトダウンだ。

これは権力のメルトダウンだ。
しかし国民の金で点滴している。

ガンを生きながらえさせているだけだ。
遂に大崩壊、つまりガンの死が来る。

  *。
この救済は、資本原理増幅器に、
社会原理負帰還を掛けることだ。

資本原理増幅器に、社会原理負帰還を掛けると、
政治も経済も安定化し、成長を続ける。

腹八分目で生きることになるから。
腹八分目が、最適原理であることが分かる。

*。
成長と安定の絶対矛盾的自己同一化、
これが最適化だ。

それには権力と無力が、負帰還関係にならなくてはならない。

   *。
今年は日本物理学の年だ。

*。
政治経済はメルトダウンした。

この救済は朝永の繰り込み理論を使う。
即ち文明と国家をリセットする。

そして負帰還化する。

これが朝永の繰り込み理論だ。

*。
そして負帰還という非対称化を行う。

これは南部理論だ。

*。
これを国家が中間子=仲人となって、
政治経済を繰り込むことだ。

即ち旧システムと新システムを、
中間子仲人を国家がやり、
新システムに移行する。
これが湯川理論だ。

*。
新世界は第三国家群からなる。

これは益川・小林理論だ。

*。
世界が日本イマジネーションに嵌りだした!

| | コメント (0)

傲慢症候群

白昼夢と妄想が、人気と金を得て、巨大な自信になる。

この舞台がマスコミだ。
これで似非繁栄を手に入れる。
これがマスコミの荒廃現象であろう。

人にも社会にも中味がない。
日本を神の国、美しい国にしている。

今の日本こそ神の国である。

*。
何もない似非繁栄、
これが生み出す欲求不満。

更に似非繁栄を求める。
そこには生きる喜びのない楽しさが溢れる。

満たされない感動と幸福が溢れ、
そこに略奪と殺戮がある。

これが神の国、美しい国の正体だ。

   *。
これで国が成り立つ。

しかし世界に成り立たない。

だが巨大経済がある。

*。
生きる喜びのない幸福と感動、
欲求不満を生み出す成功と癒し、
これが心の闇だ。

喜びと不満、
この捩れが生む異常圧力、
これが閉塞感だろう。

   *。
生きる喜びのない、偽の喜び。

その不満にますます偽の喜びを求める、
これが巨大な繁栄ではないか。

大GDPに生きる喜びをますます失う。
遂に精神は破産した。

これが新自由主義グローバリゼーションであろう。
過度の肥満現象であろう。

感動と幸福を生きさせ、生きる喜びを死に廃棄する。

自分を痛めつける肥満だ。
喜びであって、喜びでない。
喜びではあるが、喜びでない。

*。
ここには繁栄が必要だ。

それが偽の喜びの偽善と欺瞞の演技だ。

偽の喜びを掴むと、
閉塞感が、繁栄という偽善に縋りつき、
心の闇が、感動という欺瞞にしがみつく。

これが精神の破産だ。
繁栄は自殺行為であり、
感動こそはリストカットであった。

これが偽自己の偽善と欺瞞の演技だろう。

  *。
ここに生まれる心の闇が、不安であろう。

これが繁栄と感動にしがみつき、人間を貶める。
これから脱出を行う凶悪事件やテロであろう。

真の自分を敵とする、偽自己を生き抜く。
これは統合失調症の発症だ。

白昼夢と妄想こそは、統合失調症の原因であり結果だった。

*。
夢と喜びは、白昼夢と妄想であり、
これが感動と幸福の正体であり、
従って、略奪と殺戮の正体であった。

夢と希望の待遇は、略奪と破壊であり、
これはパラレルワールドでもあった。

感動と幸福の地下迷宮は、破壊と殺人であった。

*。
対偶文は、パラレルワールドの記述文であった。

   *。
幸福と感動は、
人を殺して、
死刑になって、
殺して貰う方法であった。

感動と幸福は、
人の心を焼き尽くし、
人の魂を殺し尽くし、
人間性を奪い尽くした。

*。
感動と幸福に原型は、秀吉の草履伝説だ。

幸福と感動こそは悪魔のお菓子であった。

*。
世界に溢れる感動と幸福に噛み付くと、
心と魂を自分の外に落としてしまう。

これが精神の破産だろう。
感動と幸福こそは、
心と魂、自分と世界を異物排除する方法だった。

  *。
白昼夢と妄想で得た、人気と金銭で作られた、
自信満々の人々がいる。

傲慢という死に至る病に犯された超人だ。

人々は超人に縋りつき、不安を解消する。

*。
このシステムを脱出することが、
現代人の大人になるイニシエーションだろう。

| | コメント (0)

2008年12月10日 (水)

全体は三人称にあり 一人称は部分である

アインシュタインのパラドックスを考えよう。

月を見なければ月はないか。
これは一人称と三人称の違いを指摘している。

一人称では、月を見なければ月はない。

だが三人称では、月はある。
これが事実と真理の違いである。
これが事実と真実の違いである。

*。
日本衝動民族は、一人称に存在する。

衝動性に三人称はない。

   *。
例題を挙げよう。
南京問題や慰安婦問題は、
一人称の問題としては存在していない。

月は見なければない訳だから。
日本衝動民族は、ここに立つ。

従って南京問題も慰安婦問題もなかった。

*。
だが三人称世界にはこれは存在している。

一人称に存在する日本人には、問題自体存在していない。

*。
日本人には真理は存在せず、事実だけの世界に生きている。

      *。
これが空体論であり、中空構造論であり、
全体なき部分論である。

*。
全体は三人称に存在し、一人称に存在していない。

*。
日本人には、人間人類皆同じとなる。

あなたも私も同じ、これが人情世間体である。

だがここに上下関係がある。

  *。
軍神と英霊は違う。
皆死ねば神になるといいながら、
格の違いがある。

違いがありながら、皆同じという。

これが全体のない部分論理だ。

これが衝動性だ。

*。
全体も部分であり、部分も全体である。

これが衝動性だ。

言葉に全体と部分はあるが、
言葉のメタ意識は形成されていない。
即ち言葉に全体はあっても、意識にはない。

*。
だがこれを自覚して使うと、
全治と部分をショートし、
全体と部分を識別する世界にないことを在らしめる。

これが日本イマジネーション文化だ。
全治と部分をホログラムとして、
そのホログラフィーを作る。

それがクールジャパンだ。
西欧にはない美の世界を作る。

だがメタ意識がないと、狂気となる。

*。
天使と狂気は紙一重、
お上日本の狂気と、クールジャパンの天才が同居する日本だ。

一人称と三人称、
この混在した日本システムだ。

一人称と三人称を分かって使うと日本が理解できる。
これから天才振りを発揮するかも知れない。
それが日本文化だ。

お上日本は、狂気であったといえるだろう。

| | コメント (0)

自由と正義のパラドックス

自由と正義は、それを考えた人には自由と正義である。

だが国家をこれを法で行うと、
自由を否定することも正義となり、
正義を破壊することも自由となった。

これを実現したアメリカと日本である。
これに世界は対応不能となった。

*。
Goedelの不完全性定理によると、
自由と正義を実現することは、無矛盾である。
従って、これは実現することはない。

自由と正義を国家でやれば、
それは正しいとも正しくないともいえない。

唯一つ正しいことは、
自由と正義は、国家にとっては、妄想であることだ。

*。
ナッシュの均衡理論を適用しよう。
自由と正義を実現する戦略は、
人間と世界を破壊する戦略である。

対偶文を作るとこうなる。
対偶文はナッシュ理論の正しい書き方だ。

   *。
理論理性は考えた人には真理であった。

だがそれをただ使う人には、妄想でしかない。
使う人には、真理を作る能力はないから。

*。
真理を作れない人が、真理を使うと、
ただの強盗殺人にしかならない。

*。
真理を作れない人が、
日本は神の国だと思った時、
そう思わない人を殺すしかない。

彼らにはそれが真理だ。
それが自由と正義だ。

*。
真理を作る能力のない人が、
真理を使うと、
或いは自由と正義を使うと、
殺人による異物排除にしかならない。

この程度が分からない理論理性だ。

   *。
理論理性は、それを作る能力にない人は、
使ってはならない。

理論理性はそれを理解しなかった。

理論理性を作ったものは、
それを知らなかった。

かくして理論理性は、
略奪と殺戮の方法となった。

*。
理論理性は自己否定に成立していた。

これは真理の取り出し方で、
使い方ではなかった。

*。
真理の作り方と使い方は全く違う次元にあった。

これを統一し認識理解した構造理性である。

| | コメント (0)

法のパラドックス 法は妄想である証明

法は悪を排除するために作られた。

法を作ったものはその能力を持っていた。
だが国家に法が移転すると、国家にその能力はなかった。

法は法に逆らうものを排除し、
司法機関は、悪そのものとなった。

何時しか法は、司法の利権を守るものとなった。

従って、司法は犯罪を作れば作るほど儲かるものとなった。
結局自分で犯罪をやるのが一番効果的となった。

司法は自分を含めて、犯罪を製造販売消費するものとなった。

司法の犯罪は、司法の対象にならず、
司法の犯罪ほど儲かるものはない。

*。
これが司法のパラドックスであり、
司法は妄想であった訳だ。

| | コメント (0)

日本一人称世界 ヨーロッパ三人称文化

お上日本は一人称世界である。
人情世間体は、社会を一人称に圧縮する方法だ。

万事を一人称にする世界は日本以外に存在しない。
ここにユニークさと、世界に適応しない日本がある。

一人称世界は、衝動の世界であり、人情世間体の世界だ。

*。
ヨーロッパは三人称文化の世界だ。
社会があり、市民がいて、愛で結ばれている。

三人称の世界は、客観的普遍妥当性に成り立つ。
ここには真理といった土俵があり、
客観的普遍妥当性はその知的競技のルールだ。

    *。
日本とヨーロッパは全く存在構造が違う。
しかし人は生きている。

生きることにおいて同じであり、
存在することが違う。

*。
ヨーロッパは真理と理想に到達した。

日本はクールジャパンにおいて、平穏と静謐に到達した。

ヨーロッパは無限を持ち、日本はゼロを持つ。

ヨーロッパは人類に到達し、
日本は人間を結晶した。

両者合わせると、人間人類空間が成立する。
21世紀は両者からなる、人間人類世界だ。

ここで生きることと存在することが同一化される。

   *。
これが地球社会の現況だ。

ヨーロッパはシテ、日本はワキの能楽世界としての、21世紀がある。

*。
日本は世界を日本に取り込もうとし、
ヨーロッパは地球と人類を舞台とする。

両者は対偶関係にある。
両者の最適化が、地球社会のテーマだ。

だがそれがイスラーム世界と思われる。
イスラームは最適社会であろう。

*。
こういう世界が地球に成立するには、
神や宗教が消点化されなければならない。

| | コメント (0)

2008年12月 9日 (火)

アメリカの悲劇 コモンセンスなきインターナショナル

経済力と軍事力による世界支配、
ここには人類性とか人間性が欠けている。

これは暴力支配である。

対偶として、アメリカの陽気さ・楽しい文芸やテレビ映画がある。

*。
だが楽しい文芸で人を釣り、
釣った魚を経済と軍事で支配する。

そういう構図が見えてくる。

   *。
これは秀吉が信長を陥れた方法だ。

アメリカの明るさと陰険さは対偶だ。

日本人の優しさと残酷は対偶だ。

いい方を餌にして人を釣り、食ってしまう。

*。
人々はこういう方法に無力であった。

人がいい思いをしたい気持ちを用いて、
人をぐちゃぐりゃにして奴隷化する。

感動と幸福こそは、略奪と殺戮であった。

   *。
人がこの作戦に引っ掛かる限り、
権力がはびこり、人は悪党の餌になる。

自ら進んで、食わせるのだ。

*。
無力が権力に、自ら進んで食わせている。

この仕組みがここに見える。

*。
アメリカは世界をこの手で釣って、食い物にした。

だがそれでアメリカも、世界に解体されつつある。

胃袋はでかくなる一方、餌が少なくなる。

肥満崩壊だ。

    *。
人間性の欠けた経済と軍事による世界支配、
これがアメリカの繁栄であり、
そして崩壊しつつある原因だ。

*。
繁栄と崩壊は同じ原因で起きる。

システム構造は、対偶に振れるからだ。

*。
地球市民は、快楽で釣られないことが必須の条件だ。

国家も、快楽で釣らないことが生存条件だ。

快楽で釣ったり、釣られたりしない、
これが地球社会の健全条件であることが分かる。

それは国家も人も大人になることだ。

*。
地球人とは、人が大人になることである。

即ち、快楽で釣られないことと釣らないこと、
これが人間人類条件だ。

| | コメント (0)

本物と贋物

ヨーロッパの哲学は何をやっていたのだろう。

西欧に比べ日本に欠けているものがあるとしたら、なんだろう。

西欧は近代までラテン語で学問していた。
何でだろう。

*。
日常語は、会話だが、
ラテン語とどこが決定的に違うか。

西欧では、日常語と、学問語を区別していた。

日常と真理の世界を区別していた。
ここに科学技術の成立があった。

*。
科学は真偽を問題としている。

つまり本物と贋物の区別が哲学だといっていい状況が認識される。

日本ではいい気持ちになればいいといった具合で、
真偽の区別はしない。

     *。
日本人は日本自体が贋物であるといった認識はない。

そういった区別する能力がない。

*。
真偽の区別に成立した人間性だろう。

日本にはいい人はいても、人間性はない。

人間の真偽といった考えはない。

偉い人とかよく出来た人、
この区別はあるが、偉い人が悪党である認識はない。

大体認識論がない。

  *。
偽の人をただの人、真の人をよき人と考えると、
西欧の構造が理解できる。

日本ではこれがごちゃごちゃで、
金や権力を偉い人という。

この結果どうだろう。
悪党が国家を支配し、人々は食い物にされている。

生きていることに感謝しろとなる。

*。
人々も一日恙無ければ有難いとなる。

偉い人に感謝し、その悪の糾弾を許さない。

偉い人は偉い人で、人を殺しても平気だ。

     *。
水俣病研究で分かったことは、
初めに人殺しがあり、
結果として人が殺されたのはないことだ。

これが殺人事件にならなかったことがこの現状を語っている。

*。
国家権力のやる殺人は殺人ではない。

こういうい不文律が存在している。

刑法など国家の意向でどうにでもなる。

*。
西欧の法には真偽があるが、日本にはない。

国がやる殺人は問題なし。
これを西欧法でやるのだ。

日本人には真偽の観念がないことが分かる。

   *。
真偽観念なく西欧を使う、
ゼロ戦は人が死なないように考慮されていなかった。

相手の銃弾が一発当たれば死ぬ設計になっていた。
これが問題にならなかった。

即ち日本に人間性はなかった。

*。
日本産業は贋物産業である。

国民の死は問題にされない。

*。
即ち、日本は贋物であるが、その認識はなく、
それをいうものは排除される。

*。
日本は殺人衝動を生きている。

それを脱出するには真偽の理解が必要だ。

| | コメント (0)

お上日本は偽日本である

日本国は偽装日本である。

日本は贋物である。
本物に戻そうとすることは、日本国の否定となり、
日本国を生きれば自分が偽者となる。
どうしても人間として生きられない日本人だ。

日本人は誰もがダブルバインドに陥っている。

日本人は人間を捨てて、
金と権力と快楽といい気持ちにしか生きられない。

金と権力を生きる人がお上であり、偉い人と言う。
快楽といい気持ちに生きる人が下々だ。

   *。
日本はこの構造を変えられない構造に嵌った。

日本と日本人を同時に、変えることは出来るだろうか。

それをやる登校拒否とフリーターであるが、
日本の中に真日本を作るしかない。

*。
つまりお上日本という偽日本に、
偽日本人を閉じ込めたことになる。

真日本が登校拒否とフリーターの世界だ。

*。
日本には偽日本と真日本の二つがある。

偽が真を支配している。
偽が真をいじめ殺しに掛かっている。

真は偽を殺さない。
殺せば偽になるからだ。

  *。
お上日本が日本国であり、
真日本は彼らから見れば、偽日本である。

日本は日本パラドックスにある。

*。
偽日本がお上日本であり、真日本がクールジャパンだ。

昔からこうであった。

*。
偽日本を日本とするので、外交も世界もない。

世界も日本も困った。
世界も日本も、訳の分からない状態を生きている。

これでも飲む・打つ・買うは出来る。
そういう生理的人を生きている。

     *。
お上日本がクールジャパンを敵として潰しに掛かっている。

これが問題な訳だ。

*。
つまり偽日本の中に真日本を敵として作った。

即ち国家統合失調症を発症した。

偽と真が交錯、
これが訳の分からない日本だ。

*。
偽日本が真日本に勝っていると、
それは統合失調症であるが、安定している。

真日本が優勢になると、日本はごちゃごちゃになる。

即ち、統合失調症であることが日本の安定だ。

世界と関係すると、これがうまくいかない。
即ち、不安定な統合失調症となる。

   *。
政治家が繰り返す強硬発言、
これが統合失調症である訳だ。

叩かれると叩かれるほど、強硬になる。
即ち、彼らの発言が妄想であることが分かる。

*。
即ち、お上日本は国家統合失調症である。

こういうことであった訳だ。
これが日本国の現状認識だ。

| | コメント (0)

非難と侮蔑は嫉妬と羨望である

科学は対称に成立している。

人の世界は対偶に成立している。

*。
源氏物語は対偶対称性を何重にも重ね合わせ、
それらを運動関係させ、
或いは移動・反射・屈折させ、
そこに現れる普遍性から美を摘出した。

これが源氏物語の迫真した美しさであろう。
現実以上に生々しい原因であろう。

   *。
光源氏の女性遍歴は、
あまりにも美しい紫の上への嫉妬とも取れ、
侮蔑とも取れる。

*。
光源氏の女性遍歴は、
あまりにも完全な光源氏の自分自身への破壊攻撃とも取れる。

周囲の光源氏への非難は、
その完全性への非難や侮蔑とも取れる。

*。
羨望や礼賛が、非難や軽蔑となる。

これが対偶対象性だ。

   *。
美男であり、エリートであり、家柄もよく、セレブである光源氏。

これをシテとして、誹謗中傷罵倒をワキとして演じる。

そう考えると、能の形式となる。
その両者の関係がかもし出す美しさ、
これが源氏物語の美しさと言える。

*。
対偶対称性から美を抽出する、
これが日本美学といっていいのではないか。

人の美しさと醜さ、
それを組み合わせて、煌びやかな艶を引き出す。

現実をありのままに受け入れ、
そこに生きる喜びを結晶する。

これが日本文化であろうか。

 *。
現世の対偶対象性、
それを運動させて、生きる喜びを作り出す。

これは数理科学の世界と同型だ。

*。
源氏物語は人間現象の科学でもある。

光源氏の母親がいじめ殺され、
その復讐として女を弄んだ。

そして結局、光源氏は紫の上に殺される。
紫の上は六条御息所に殺され、
この殺し合いの対称構造、
多重な対称構造を重ね合わせると、
そこの美という不動点が現れる。

*。
現世のカオスを、
対称構造に開き、
その重ねあわせに不動点を結晶する。

これは現代科学の最先端と同一構造だ。

  *。
源氏物語は現代文明の誤りを指摘している。

現代は自由と正義と略奪と殺戮の対象性から、
権力の勝利を引き出している。

現世の美しさを結晶した源氏物語だ。

*。
自由と正義といった設定の誤りが見えてくる。

自由と正義の対偶は、略奪を殺戮だ。
この初期設定は、世界の破壊であることが分かる。

*。
神の設定した善悪、
これを運動させて、美しい世界を作る。

これが正法だ。

*。
現代文明は、その対偶対象を運動させると、
極悪となる。

西欧文明はその設定に誤りがあった。

自由と正義は妄想であった。

*。
源氏物語を検討するとこういうことも分かる。

| | コメント (0)

2008年12月 8日 (月)

言論弾圧するなという言論弾圧

自衛隊幹部がこういった。
アメリカ軍に日本から出て行って貰い、日本は核武装べきだ。
自衛隊幹部にこういわせないことは言論弾圧だ。

*。
免疫理論を使うと、
自衛隊幹部が核武装すべきだということは、
核禁止憲法を異物排除する。

即ち核問題を論議させない。
憲法も異物排除する。

つまり言論の自由を排除しておいて、
自分だけが言論の自由を使えるといっていることだ。

*。
平和憲法は、
神の立場に立って、この幹部を断罪リンチしている。

これは許されないことだ。

即ちこの幹部は神の立場に立って、
平和憲法を断罪リンチしている。

即ち、言論の自由を言えるのは、
お上や自分だけであって、他人は使えないといっている。

   *。
これが衝動であって、問答無用だ。

即ち、自分が神であるといっていることで、
他人は神でないといったことだ。

*。
こういう人を高機能パーソナリティ障害と見ると、
問題がカオス化する。

こういう変な考えがでないようにするにはどうしたらいいのか。

お上日本が、基本的生活習慣とか校則で、
人間性を弾圧しないようにすることだ。

即ち、日本は神の国だとすることが、
言論弾圧であることを認識して、
日本は人間の国だとすることだ。

*。
日本の正論者が、
神の立場に立って、批判者に弾圧リンチしないようにするには、
日本人が人間になることだ。

これは不可能だから、
当分は、お上が神の立場に立って、
国民に断罪リンチして行くことだろう。

だが国民が力を合わせれば、お上を断罪リンチ出来る。
それを恐れ多いとする国民だから、
お上に好き勝手やられる。

*。
最高裁が日本人一人は0.2だと言っている限り、
即ちこれはお上が神だといっている事だから、
お上は神として振舞い続ける。

お上だけに言論の自由があり、
国民にはそれがない。

これがこの最高裁判決だ。

    *。
即ち、お上が言論弾圧だといえば言論弾圧で、
そういわなければ言論弾圧でない。

言論の自由はお上だけが持っている。
お上の気持ちでどうにでもなる。

これは言論の自由であって言論の自由でない。
即ちお上の仕事は、仕事しない仕事である。

| | コメント (0)

アメリカナイゼーションの功罪

現代世界に三大思想圏が認められる。
ヨーロッパ・中国・アラビアだ。
ここにアメリカが入っていない。

アメリカは思想的に世界に影響していない。

思想なき巨大文明、
人類初めての事件ではないか。

経済力と軍事力による巨大化である。
大日本帝国はその魁だったのかも知れない。

*。
大日本帝国もアメリカも、
世界を支配しているが、支配していない。

つまり全体のない部分、
即ち空体・中空支配だ。

つまりパラドックスだ。
偽装の偽支配だ。

*。
空体支配は、パラドックスを力で制圧することだ。

   *。
アメリカの世界支配は、
秀吉の草履伝説支配と等価同型だ。
それを拡張したものだ。

*。
即ち、マック・コーラ・ジーンズ、
そして映画・スポーツ・ファッション・セックスの快楽支配だ。

これをディズニーランド伝説と呼べば、
これで若者の気持ちを支配した。

*。
ここに人類性や人間性の欠けた、いい気持ち支配が成立した。

快楽支配は創造的でもあり、破壊的でもある。

*。
快楽娯楽支配は、強盗殺人であった。

快楽は人間性を略奪し、
娯楽は人類性を殺害した。

  *。
アメリカ文明文化は、
人類的普遍性や人間的共通性に欠けていた。

*。
つまりアメリカ支配は、秀吉支配と等価同型だ。

人を焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす。

これは戦後のことだから、
日本占領中に秀吉ウィルスに感染したのかも知れない。

*。
つまり人を快楽に引き付け、
人心を空体にして、
ここに快楽を注入する。

ここには普遍人類性も共通人間性もない。

高度の獣性だ。

  *。
これは秀吉システムのように、
権力を生かし、無力を略奪殺戮する。

この状態で日本は生きてきた。
長生きできるのだ。
まして日本は長寿国となった。

だが秀吉一家は殺された。

*。
だが幕藩体制は長生きすることもできる。

だがこれはパラドックスの暴力支配だから、
そこに普遍的人類性や、共通的人間性はない。

人をいい気持ちに閉塞して、監禁粛清することだ。

これは民族的に日本で出来たが、
人類的に出来ない。
それを実証したアメリカだ。

*。
アメリカは身体を拘束したが、精神は当然拘束出来ない。

空体支配は、精神を空にした身体支配であった。
アメリカは、スフィンクスやバベルの塔を作ったことだ。

全体なき部分を作ったアメリカナイゼーションだ。

| | コメント (0)

日本反抗期現象論

かって日本は中国や韓国を父として関わった。

だが本居宣長の当たりからだろうか、
日本は神の国になってきた。

これを自我の目覚めと読むことが出来る。
かくして父である中国や韓国を見下すようになって来た。

これは父への反抗期であると読むことも出来る。
即ち、西欧で言う父殺しが始まった。

*。
そして太平洋戦争となった。

文字通り、父を殺しに行った。

頭が狂ったとしか言いようがない。
しかしこれを狂気とすると、
精神病院に入れろとなる。

これは問題を解決するというより、
問題をカオス化することだ。

だから変な考えに取り付かれ、
変な仕事に就いたと考えよう。

*。
すると何故こうなったか。
どう対応すればいいのか。

すると何をすればいいか検討できるようになる。

     *。
すると西欧モデルを使うと、
子供から青年になり、反抗期に入ったと見ることが出来る。

即ち、自我が目覚め、精神の父殺しが始まった。

   *。
衝動的日本民族だから、
文字通り父を殺しに行った。

*。
当然中韓は激怒する。

だが彼らは日本人皆殺しにしろとは言わなかった。

彼らは父として振舞ったのではないか。

日本人はそれが気に食わないのだろうか。
日本を見下されたと思ったのではないか。

俺の方が上だとする。
これが靖国・南京・慰安婦対応ではないか。

*。
これが反抗期のイニシエーションの儀式であるとすると、
収まって行くはずではないか。

収まらなくては、本当に頭に問題があるとなろう。

   *。
こう考えると、
北朝鮮は第一反抗期ではないか。

糞小便が一人で出来ない。
オムツをはいた人々だ。

何かというと泣き喚き、
しかも暴れて悪さする。

*。
こう考えると、
日本人が彼らからオムツを取れるようにすれば、
それが同時に日本の反抗期を出ることになるのではないか。

だが彼らの凶暴さに怒り、
日本は殺してやると凶暴行為にふける。

まだ同じレベルだ。

   *。
こう考えると、中韓は日本より進んでいるのではないか。

そこで問題になるのが、
工業力では日本が中韓のお兄さんやお父さんであることだ。

このねじれが、問題を複雑にしているのではないか。

    *。
だが中韓は、工業力において日本を見下していない。

金の問題になると、違った態度を取ると見るのはやめよう。
少し大人になればいいのに、
中韓に技術は見せない態度を取る。

日本はアメリカから技術を貰ったのだ。
後でアメリカは技術を隠すようになったが。

*。
このように見てくると、
日本は出っ張りすぎているのではないか。

出る杭が打たれたいるのではないか。

*。
こう考えると、
日本は北朝鮮並みの子供ではないか。

だから北朝鮮に対等の喧嘩をしてしまう。

*。
すると日本はおしめを付けた天才少年となる。

つまり高機能パーソナリティ障害だ。

  *。
アジアでは北朝鮮は、おしめを付けた幼児で、
日本はパーソナリティ障害者となる。

日本はアジアに中で、成長段階が違うのでなく、
ちょっと変わっていることになる。

*。
結構このシミュレーションは当たっているのではないか。

| | コメント (0)

文明ご破算論

産業文明法治国家は破産した。

どう対応するか。
1.市場から消してしまう。
2.破産法を適用して、再建を図る。
3.他の企業に吸収させる。
4.国が金を出して、赤字を清算する。

*。
今世界がやっているのは、4のケースだ。

金融企業が、マルチ商法をやった。
これがカオス・バブルだ。

その尻拭いを国がやって、
国が人々の金を使って、マルチ商法をやることだ。

国が国民の金を、破産企業が壊れないために、金をつぎ込む。
これで立ち直るとは保障されない。
即ち、新しいカオス・バブルを始めることだ。

*。
カオスであるから、
はじめは金の注入で、立ち直るかに見える。

もし国家管理が新しいカオスと作ることであれば、
ある時間の経過後に、急速に破滅的運動が始まる。

   *。
即ち、カオス・バブルに金を注入することは、
バブルを消去することか、
バブルを継承することか、
どっちかだ。

国家の金で、バブルを消火できるか。

*。
日本の場合は、公的資金の注入で、
バブルを消火したかに見える。

だがゼロ金利経済、低金利経済が発生した。

バブルを低金利に変換した訳だ。

*。
その結果、日本で金を借りて、
世界に投資して、その利ざやで、金を稼ぐ経済が発生した。

つまり日本のバブルを世界に転移させた。

これがアメリカ・バブルの一つの原因になった。

  
   *。
日本のバブル・ガンは、世界に転移した。

日本の低金利というガンを、
アメリカの金融工学が、世界に転移させた。

これが現状の金融危機と見ることも出来る。

*。
即ち、金融のカオス・バブルは、経済を無限大に発散した。

赤字の超インフレを作った。

*。
ここで日本伝統の物理学の出番だ。

湯川は、いろいろのパートの結合に、
仲人=中間子を設定した。

朝永は、発散、即ち再建不能に陥ったシステムは、
ゼロにして、
再建する方法を設定した。

即ち、ぼろぼろになった古屋は、
取り壊して、新築する繰り込み理論を創造した。

     *。
つまり金融危機を奇禍として、日本文化の出番だ。

*。
金融危機対策は、
産業文明をご破算にして、
環境・食料・水・人口・暴力・教育…の現代問題を救済する機会とする。

人類の使うことの出来るありったけの金で、
人類全員皆失業させ、
即ち基本所得に使い、
そこで新しい文明を立ち上げる。

*。
地球規模の、超大型公共事業、
環境適応新産業文明を立ち上げる。

その中間子、即ち仲人こそはインターネットNPOだ。

これで旧地球社会をご破算にして、新地球社会を作る。

金融危機こそは、神に授かった悪の帝国の裁きの時だ。

  **。
今日もまた我がスナイパーは、産業文明法治国家をし止めた。

神に栄光あれ。

| | コメント (0)

2008年12月 7日 (日)

日本人の知的自立 人を当てにしない

太宰治は言う。
大人とは人は当てにならないことを身に染みてわかってる人だ。

衝動的日本人は、人を当てにすること善行というようだ。
人を信じることを美徳とするのではないか。
するといい気持ちになるからだ。

*。
日本の知識人も、
マルクスにしがみついたり、国家にしがみついたりだ。

寄らば大樹の陰、
隣見百姓、
自分で決定できない。
この能力を協調性といっているのではないか。

国家やアメリカの言いなりになる。

      *。
お上日本では、国家の言いなり人らないと殺される。

マスコミ・言論界・学界は国家礼賛機関だ。
国家を批判する言論は、非国民行為とされ削除される。
意見は無視され、人は排除される。

言論の自立が認められない。
ヨーロッパでもそうだ。

だがヨーロッパには批判は可能だ。
日本では無視され、人は排除される。

かくして日本の言論自体世界に通用しないものとなる。

*。
ダブルバインドだ。

日本に通用する国家言論は世界に通じず、
世界に通用する言論は日本に通らない。

日本は今も鎖国にある。

    *。
日本はフセイン・イラクだ。

フセインに逆らわなければ、飲む・打つ・買うは自由だ。
逆らえば殺される。

日本は言論低開発国だ。
灯台下暗し、
自分自身の周りは見えない。

これがお世辞と礼賛の言論だ。
これは言論であって言論ではない。

*。
国家に縋らなければ生きさせて貰えない。

即ち、国家を生きさせ、
国民を死に廃棄する。

これが秀吉の幕藩体制だ。

*。
これを見る理性がない。

ここに国民の九割以上が幸福となる。

偽の幸福の偽善と欺瞞の演技があるばかりだ。
それを知ることができない。

*。
即ち、人は当てにならないことを知っていて、
それを当てにする振りをして生きる。

これが日本の大人だ。

だから太宰治は死んだのかも知れない。
まともな人は日本では生きられないということかも知れない。

   *。
どっちが狂っているのか。

日本で自立を考えと、
日本に殺されるか、
日本に関わらないか、
自分で死ぬしかない。

自殺大国となる理由がここにあるのではないか。

*。
日本は死の衝動、殺人衝動を生きている。

ここを脱出するには、日本殺しが必要と考える人が出て来る。
それがオウムや通りまではないか。
彼らは偽善で偽善を殺しているのではないか。

すると繰り込みをやっていることになる。

| | コメント (0)

知性の高解像度と低解像度

ペットブームである。
ペットの犬猫は、生まれて六ヶ月経つと売れなくなる。
そこで処分してしまう。

ペットはハケンだと分かる。
金を稼ぐために使われ、金にならなくなると処分される。
ハケンは犬猫の類なんだ。

なるほどころを雇用の合理化と呼んだ。

*。
あるお寺の鳩の餌売りのおばさんが、子供に言っていた。

ここの猫は鳩を食べているから、近づいてはいけない。

今の経営者は猫なんだ。
ハケンを食って生きている。
邪魔をするものが近づくと引っ掻く。

ある会社は、違法ハケンを報じた新聞への広告を打ち切った。
邪魔なやつは可愛がっていやる。

最近のマスコミには頭に来る。
復讐してやろうか。
広告を打ち切ってやろうか。
経営者団体の幹部の発言だ。

   *。
要らぬやつは殺してしまえ。

邪魔なやつは引っ掻け。

*。
最高裁は日本人一人は0.2だとする。

邪魔なやつは殺してしまえ。

日本の幹部の考えは共通だ。

使えるやつは食って、使えないやつは殺してしまえ。

*。
これが国家であり企業である。

これが自由競争であり、
国家の地球世界での生き残り作戦だという。

そう言われると反論できない。

だがこれは略奪と殺戮だ。

  *。
略奪を殺戮を、自由競争、国家の生き残り作戦だという。

するとこれが難なく通ってしまう。

鬼が福のお面を被れば福になる。

*。
高学歴の人々は、言葉のトリックの騙されたしまう。

いや騙されないと生きていけない。

*。
これはジェイン・オースティン論理だ。

二重に愚かをやっている。

自由競争で人を引っ掛ける。
それが略奪を殺戮の自由になっている。

人はこれが自由だと思う。
殺人の自由なのだが。

     *。
高解像度の知性が必要になった。

高偏差値は、低解像度の知能だった。

自分自身を知る知性ではなかった。

近いところにも遠いところにもピントが合う知性、
これが構造理性だ。

理論理性は、近くにピントを合わせると遠くがボケ、
遠くにピントを合わせると近くがボケる。

このトリックに引っ掛かった。

*。
これを用いて権力は漁夫の利益を得た。
弱者を殺し合わせ、弱者に自然と金を貢がせていた。

これを新自由主義グローバリゼーションといったのだ。

それは略奪と殺戮でしかなかった。

自由と正義と略奪と殺人、
理論理性はその両方にピントを合わせられなかった。
一方しか見えなかった。
両方同時に見えなかった。

| | コメント (0)

ただの主張 よき主張

人の存在や行動や考えに、ただの主張とよき主張がある。

ただの主張は、部分だけしかない。
よき主張には全体がある。

思いつきとよく考えた主張の違いとも言える。

よき主張には、世界観があり、思想がある。
即ち森羅万象を考えている。

だがよき主張も進化する。
人の英知の進化と共に変わる。

ただの主張は摘み食いだ。
事態の破壊だ。

   *。
物事と事態、リアルとメタ。

複素数のない実数世界と複素数のある世界の違いだ。

スカラーとベクトルの違いとも言える。

*。
ただの主張には、方向がなく、量だけがある。

主張の強弱があって、方向がない。

即ち、衝動の世界だ。

*。
鬼畜米英に天誅し殲滅せよ。

日本を良くするか悪くするか、その方向が設定されていない。

激しい衝動の爆発だ。

*。
頭に来たから、相手を殺す。

それを国家でやったことではないか。

頭に来る正当な理由がある、
日本を冒涜侮辱した。

日本は神に国だ。

     *。
もしこれを個人がやったらどうなるか。

俺は神だ。
俺の神を冒涜した、侮辱した。
許されない。

相手を殺さねばならない。

*。
それを国家でやれば許されるが、
個人でやれば許されない。

もっともこの国家を世界は許さなかった。

*。
日本の国家は特別だ。

国家は全体で、国民は部分だ。

即ち、国民の全体は国家ではない。

   *。
国家はただの部分であることが分かる。
その部分を全体とする。
これが神の国だ。

これは国の内外で成り立たない。
即ち妄想だ。

*。
何で妄想に耽るか。
気持ちがいいからだ。

感動と癒し、ただの妄想ではないか。
現実に存在していない。

*。
芸術は天使の妄想かも知れない。

狂気は悪魔の妄想かも知れない。

破壊を伴わない感動と破壊を促進する感動。
この違いがある。

いい気持ちになればいいことではない。

   *。
今の日本は感動と癒しに狂っているのではないか。

いい気持ちに狂っているのではないか。

これは人と社会に破壊ではないか。

*。
感動と癒しは略奪を殺戮である、といえないか。

美しく感動させ、人の脳みそ壊して、金をむしり取る。
即ち、
人を焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす。

*。
感動と癒しの三光作戦。
ここに人と社会は略奪殺戮される。

即ち、人を殺して、死刑になって、自殺させて貰う。

*。
感動と癒しはリストカットであり、自殺させて貰う行為である。

即ち、感動と癒しは略奪と殺戮である。

*。
人間性に基づく、即ち全体のある感動と癒し。

人間性のない、即ち部分としての感動と癒し、
その働きは全く違う。

| | コメント (0)

もしも夢と希望がいいことなら…

夢と希望がいいことなら、欲張りはいいことになる。

欲張りが勧められることなら、
欲のない善人はこの世から排除される。

現にこの世は欲張りを偉い人という。
欲張りでないと偉くなれないから。

こういう世の中はまともだろうか。

欲張りごっこを、立身出世といっているではないか。

欲張りがこの世を牛耳るとどうなるか。
弱いものを略奪殺戮し、権力を誇る。

これが現在の世界ではないか。

  *。
人と世界の破壊は、夢と希望に始まった。

夢と希望は、人と世界の破壊だった。

夢と希望は、略奪と殺戮だった。

*。
夢と希望は欲を張ることでしかなった。

こんなことに人々は燃えて、人と世界は破壊された。

これを成功物語とか立身出世といった。
これが生存競争だった。

そんなことしなくても生きられる。

*。
略奪と殺戮を、自由競争とか自由貿易といった。

どうしてこれが摩り替わるのか。

     *。
自由と正義、
誰も文句を言わない。

それを実現する民主主義と市場主義だ。
誰も反対しない。

*。
欲望の結晶である、所得・欲望・消費だ。

これを民主主義議会と、市場主義ビジネスに挿入する。

すると所得・欲望・消費は人々の決定となり仕事となる。

このシステムを人は生き抜かなければならない。

*。
すると自由と正義は、所得・欲望・消費を得ることとなった。

これを民主主義と市場主義で実現すると、
それは競争システムとなる。

それは成績競争だ。

    *。
成績競争、それは潰し合いだ。

結局これが殺し合いになった。

それを自由と正義といっていた。

*。
民主主義と市場主義は、
殺し合いを決定するものではない。

殺し合いを決定せずに、殺し合いを行わせた。

*。
自由と正義や民主主義と市場主義は、妄想だった。

妄想であるからそれに反対するものは排除する。

*。
結局、自由と正義は、
民主主義と市場主義は、
弱いものから略奪殺戮する方法だった。

  **。
我が狙撃サイレンサーは、今日もまた的を打ち抜いた。

神に栄光あれ。

| | コメント (0)

2008年12月 6日 (土)

偽自己と仮自己の意識空間論

法治国家産業文明が、人や社会に入って、
人と社会は偽自己と仮自己に引き裂かれた。

世界と国民と国家の間に、
更に国家と国家自身の間に亀裂が入り、
自分と社会と更に自分の間が切り裂かれた。

意識的には、古代は自分と世界が一体であったと見られる。
いや言葉が入って、既に切り裂かれていた。

だが現代は、それが意識されるようになり、
その意識に生きるようになった。

*。
具体的に言うと、
法は良心の棄却を命令する。

かくして国家は、金と権力の強烈世界と、
良心良識の弱い世界に切り裂かれた。

個人も、成功と幸福の強烈空間と、
良心良識の弱い世界に切り裂かれた。

*。
これらを統合する国家であり、自我である。

これは二つの世界に歪めらている。
その世界は、金権力が人間性より桁外れに大きい。

このため国家も自我も苦しむ。
国家は金権力に同一化し、
悪の帝国となり、
人は割り切った人は悪となった立身出世し、
煮え切らない善人は苦しみ中途半端となる。

     *。
悪党となった人は元気で、
善人状態の人は病人となる。

これを書いたのが、サリンジャーの「ライ麦畑」だ。

*。
現代は、悪徳犯罪者として成功するか、
良心良識を守る精神病者になるか。

人はここに切り裂かれた。

一方国家は悪に徹したアメリカだ。

     *。
これが現代世界の精神状態だ。

この世界は人も国家も適応不能だ。

ご破算にするしかない。
即ち現代文明を解体し再建するしかない。

*。
国家も人も偽善と欺瞞の演技をしている。

これで政治経済も、人の人生も生活も持たなくなった。

だが人は国家や産業にしがみつかなければならない状態だ。

これから自立する段階になった。

  *。
これをやっている登校拒否とフリーターだ。

彼らが人類の将来を担っている。

ワーキング・プアとか金融問題は、
その過度現象と考えた方がいい。

これを否定するのでなく、これを乗り越えることだ。
つまり自由世界に出るためさなぎを破っていると考えよう。

*。
国家や自我はさなぎだ。
これを破る金融問題やイラク戦争と考えよう。

| | コメント (0)

日本のしつけと教育は三光作戦である

三光作戦、
すべてを焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす。

この典型が秀吉の草履伝説である。

だが考えて見れば、
仏教の修行や、儒教の修身は、
煩悩や雑念、邪の考えの三光作戦であった。

*。
三光作戦が日本の通奏低音ではないか。

日本は邪な考えの殺意に成立している。

東洋の道徳は、悪への殺意の実行に成立した。

それが悪となってしまう道理がここにある。

*。
西欧は悪に殺されることに成立した。

皆でやると誰もいなくなるから、
キリストが代表して殺され、
これで悪と殺意を相殺したと言われる。

キリストを信じれば、愛が伝承されると考えるのであろう。

*。
東洋では、悪を殺すことと、人を殺すことの二モードに分裂したようだ。

共に修行である。
偉くなる修行は人を殺し、
仏になる修行は、悪を殺す。
共に殺人であろうか。

   *。
子育てや教育は、
悪への三光作戦であろう。

悪を焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす。

*。
過激さは無能であり、悪である。

愛国厳罰は、
国を愛さないものを、
焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くすことだ。

するとそこの国を愛するものが溢れるのだろうか。
そう考えているようだが、
そうならないことが問題はないか。

それを認識できない衝動性が問題ではないか。

  *。
仏教や儒教を、衝動展開すると、
悪への三光作戦となり、
それは人を人でなくしてしまう。

それが分からない衝動性が問題だと分かる。

| | コメント (0)

教科書問題は三光作戦である

教科書問題は、
日本を批判するもの共を、
焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くすことである。

靖国や南京問題、慰安婦問題、守備隊長裁判など、
これらは大日本帝国伝統の三光作戦である。

*。
日本人は三光作戦に燃える。

それまでの優しさは、この残酷を美化する手続きであることが分かる。

*。
日本を非難するものを、
焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす。

ここに神の国大日本は実現する。
この実現こそは、日本人の悲願であり使命である。

  *。
この考えを免疫理論で検討しよう。

日本を神の国にするためには、
それに反対するものを異物排除しなくてはならない。

神の国日本、
これに人々は涙し、
喜びが心からこみ上げ、
感動に震える。

*。
こうなると些かの批判も許せず、
断固排除せねばならなくなる。

この時、外国はどうするのか。
外国で日本を神の国と賞賛するものはいない。
即ち、外国を敵として排除せねばならない。

この時、無視されることは、都合のいいことになる。
ここに外国との交流は不可能となる。
外交とは関係せずに関係する。

だが慰安婦問題などを言うものは許せない。
まして日本人でこれを言うものは許せない。

*。
このように反日本を排除する人々はまともな人か。
日本を守るために、人をいじめ殺すことはいいことか。

*。
このような日本は存在できない。

つまり大日本は妄想であることが分かる。

    *。
ジェイン・オースティン論理を適用してみよう。

大日本に夢中になる、
すると大日本気分に浸れる。

だがそれに夢中の人々は、いい人か。

いい人気分のよくない人ではないか。

*。
いい気分になるために、
それを妨害する人々と敵対し、その人々は排除する。

いい男を追って、それを妨害することを排除する。

これが感動と癒しの正体ではないか。

    *。
排除することは、必死の気持ちだ。

だがそこでいじめ殺される人の死体の山はどういうものか。
美しい日本のために、殺された死体は美しいか。
殺した人は美しい人か。
誇れるものか。

そのときは誇れても、時間が経つとうなされないか。
それを避けるために、更に戦う。

これが教科書問題ではないか。

その人々は美しいか。
賛否は真っ二つにわれ、
一方外国は美しいとしない。

   *。
日本は二つに割れる。

美しい日本は日本を二つに割る方法だった。

これは日本の中に敵を作り、
それと戦うことになり、
これは国家統合失調症の発症だ。

この割れた日本は美しいか。
国家統合失調症は美しいか。

*。
即ち、いじめ殺しは美しいか。

美しくないことを、美しいとしていたことが分かる。

*。
美しい日本を守るために、
美しくないことをせねばならない。

それなら初めからの、ありのままの日本と変わらない。
いやそれをさらに汚すことであった。

美しい日本は、
このように物事を見ることが出来ない人がやることであることが分かる。

| | コメント (0)

産業文明崩壊としての金融危機

最近話題にならない巨大システム事故、
だが金融危機は、産業文明と法治国家の崩壊現象だ。
巨大システム崩壊だ。

イラク戦争はグローバリゼーションの崩壊現象だ。

*。
地球社会を牛耳ってきた文系だが、
その夢と希望と称する白昼夢と妄想の方法が有害となった。

文系の高偏差値では現状の認識理解が出来ない。
彼らのお世辞エチケットこそ、人々を裸の王様にした。

空想と誇大妄想のいい気分こそ、
悪魔の悪魔屋敷に釣るお菓子だった。

   *。
世界はGoedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論で動いている。

これに違反する行動は、その法則によってぶちのめされる。

現世はそのように作られているから。

*。
夢や希望、
成功物語や幸福追求、
感動と癒し、
これは世界を破壊する方法だった。

これらを対偶文にすると、
夢と希望は、略奪と殺戮である。
感動と癒しは、強盗を殺人である。
成功と幸福は、荒廃と破壊である。

これがナッシュの均衡理論だ。

  *。
国家の勝利の戦略は、
国民の敗北の戦略である。

国家自体妄想に過ぎなかった。
産業文明自体白昼夢だった。

*。
ヨーロッパは国家と国民を愛で結合し、
かなり成功したが、
即ち弱者を餓死を食い止めたが、
やはり犯罪と戦争に崩壊した。

成功と幸福は、犯罪と戦争である。
これが対偶文だ。

   *。
既に構造理性、
即ちGoedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論で、
新しい超文明は始まっている。

国家権力、
即ち民主主義がこの移行を破壊し、それを隠蔽ている。

理論理性はこれを作った犯人であり、
当然この解読は出来ない。

理論理性は子供の理性だった。

*。
人類は、理知的に大人のなる時期になった。

   *。
今日もまた我が狙撃サイレンサーは炎を噴いた。
神に栄光のあらんことを。

| | コメント (0)

2008年12月 5日 (金)

人間と世界の破壊に燃える大衆

現代に人類は、人間と世界の破壊に燃えてしまった。

所得・欲望・消費は人と世界を破壊するものだった。
所得・欲望・消費を目的としてしまった。

ここに得られる快楽こそ、
快楽であって快楽でなく、
快楽でないかといえば快楽だとなる。

即ち、快楽が発振した。
従って、快楽本来の機能を失った。

この高次快楽は、快楽と不快の両者からなる。
これは蜃気楼のようなものだ。
人知はこれを未だ知らない。

     *。
欲望が作る心の闇であり、
心の闇が作り出す欲求不満という閉塞感である。

心の闇は欲求不満にしがみつき、
ここに不安を解消するが、
その不安を解消しきれず、
凶悪犯罪にしがみつく。

*。
金融経済は凶悪犯罪だった。

権力がこのような欲求に成り立つ以上、
人々の凶悪犯罪欲求は、同じナラティブだ。

産業文明が、略奪と殺戮からなる以上、
権力犯罪も、凶悪犯罪も、
強烈な欲求の過激な消費でしかない。

    *。
権力も大衆も、略奪と殺戮に燃えてしまった。

民主主義を用いて資本主義を行えば、
資本主義の略奪と殺戮は、
大衆の決定となり、
権力は無責任に大衆を消費できる。

法治国家産業文明は、このトリックに陥った。
多くの人が望まないことが、
多くの人が望むこととされてしまう民主主義だ。

*。
人は人権によって、人権を失った。

自由と正義によって、自由と正義を破壊した。

これが理論理性だった。

理論理性は人々を欲望に閉じ込め、そこから出さない。

   *。
この監禁状態を打ち抜く構造理性だ。

自由と正義は略奪と殺戮であることを見抜いたからだ。

*。
主語の文明と述語の文明が全く違った。

現代はスフィンクスを作っていた。

顔は自由と正義、体は略奪と殺戮だ。

これが理論理性文明だ。

*。
構造理性はこの産業文明と法治国家をぶち抜いた。

新しい世界が始まっている!

| | コメント (0)

自虐史観は自虐史観である

日本は誇るべき良い国であって、
ここに立ち、ここから始めなくてはならない。

すると日本の問題点を考え、これを改善することは、
日本国家の否定となる。

即ち、問題点の改善不能となる。

  *。
いやそんなことは言っていない。
問題点をあげつらうことが許せない。

いや問題点がないとすることを問題とするのだ。
誇るべき国から始めるなら、問題さえ認識できないではないか。

問題でない問題、
即ち仕事しない仕事をとする。

*。
太平洋戦争を考えて見よう。

列強を攻撃する。
この問題点は何か。
これを考えず、日本の冒涜したことを制裁せねばならない。

これから分かることは、
日本を誇るべき国から始めると、
現実が認識されない。

即ち、白昼夢や妄想を生きてしまう。

  *。
現実論をやれば、
悪い点を指摘する人と良い点をいう人が、
噛み合って切磋琢磨しなくてはならない。

だが自虐批判に立つと、
問題を問題と認識されない。

*。
ジェイン・オースティン議論に立つと、
日本を美しくするあまり、
自分も美しい人になったと思い込み、
その人を磨くことがなくなる。

これを批判する人を潰しに掛かり、
問題が問題にならない。

即ち、自虐史観批判者を、批判することが出来なくなる。

*。
つまり太平洋戦争において、
戦争批判者を排除した。

これを挙国一致として当然とした。

つまり発振した。
即ち妄想となった。

 *。
太平洋戦争自体現実で行われた妄想だった。

妄想が過労死した敗戦だ。

*。
自虐史観批判は、妄想に立つことが分かる。

これは過労死するまで主張し続ける。

つまり反対者を神の立場に立って、断罪リンチし続ける。
過労死するまで。

こういう考えを卒業するにはどうしたらよいか。
衝動性にはいいとこともあるが、
全体としてもともになれない。

*。
即ち、部分的よさを全体とする。

即ち論理を入れて、衝動を脱出するしかない。

衝動は囚人状態であることが分かる。

*。
衝動の囚人、衝動の奴隷、衝動の家畜、
自分自身を知る知恵を身につけねば、出られない。

それには事実と真実の違いを知り、
事実から真実を推測できる能力が必要だ。

即ち、知識を心で使うことだ。
衝動には心がないことが分かる。

| | コメント (0)

産業国家はカオスだった 繰り込みの時代が始まった

成功に条件反射付けられ、幸福に催眠された現代人だ。

それが成功奴隷、幸福&感動家畜であること認識しない。
こういわれると激怒する。
それが事実であり、妄想であるから。

*。
その根拠が学校知であり、社会的雰囲気だ。

学校知こそ人を奴隷化家畜化囚人化している。
幸福と感動こそ、人を家畜化奴隷化している。

幸福の奴隷は人間か人間でないか。
感動に家畜化された人は、人間か人間でないか。

人間であって人間でなく、人間でなくて人間である。

部分が全体化して現象だ。
ここに空体文明と中空国家がある。

*。
遂に加害者であって、被害者であり、
被害者であって加害者であることとなった。

一体これは何だ。

   *。
産業国家の高度成長の幸福に酔った。

しかし初めの内だけであって、
遂に天国と地獄を乱高下することとなった。

全体を考えるとなんだろう。
天国か地獄か。
理解不能だ。

即ち、産業国家はカオスだった。

先進国は、バタフライ効果を生きていた。

*。
産業国家は初めはいい世界だったが、
突然訳の分からない世界に突入した。

産業文明&法治国家はカオスだった。
バベルの塔は崩壊した。

これを修理でもたせる現代世界だ。

     *。
現代文明を、解体して新築する時代になった。

即ち繰り込みの時代に入った。

現代文明を解体再構築する時代だ。

*。
自然世界を、日当たりを良くし、風通しと良くし、水捌けを良くする。

これは焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くすことの対偶になっている。

*。
つまり爆発の時代から、安定の時代へ存在原理が移行した。

   *。
我が構造理性スナイパーは、産業文明と法治国家を破壊した。

神に栄光あらんことを。

| | コメント (0)

右肩上がり時代→右肩下がり時代

発展途上国は人口の激増にあるが、
日本は人口の減少する時代に入った。

かって人口の増加は経済成長と同時に起きた。
日本民族の衝動性は、これに適応した。

*。
世界は爆発力の世界とまとまり力の世界に切り裂かれた。

人口増加世界は、かってヨーロッパの植民地であり、
その自立性を破壊された。
しかも現在もその能力を先進国に略奪されている。

    *。
日本の衝動性は、成長に適合したが、
減少の時代に衝動性は、ただの暴力になった。

減少の時代に成長政策しか取れない。
ここに自己否定の心の闇が生まれ、
それが欲求不満を爆発させる、閉塞感の原因だ。

即ち過労死国家の成立だ。

*。
閉塞感の爆発的処理こそ凶悪事件だ。

これに厳罰することは、
心の闇を心の病みにすることであり、
これがうつ病社会を作り、
自殺にその心の病を爆発させるのだろう。

*。
日本は右肩下がりに時代に右肩上がりの国家政策により、
心の病と凶悪事件に引き裂かれた。

これが国家暴力の偽善と欺瞞の現われだ。

   *。
発展途上国も、過去の植民地支配の心の病みと、
現在の先進国の金融支配の閉塞に、
切り裂かれている。

*。
世界は異常事態を生き抜かなければならない。

世界はガンに罹っている。
しかも手術できない。

ガンを死なないように生きる。

*。
これができるのは、負帰還システムだ。

つまり安定を生きることだ。

即ち成功や幸福を生きることは出来ない。

日々恙無し、
病があっても病がないように生きる。

  *。
病を用いて病を倒す、
即ち病の中に安定を作る、
これが柔道だ。

病の中で、病がないかのごとく生きる、
これこそ忍術だ。

*。
柔道忍術こそ負帰還だ。

異常をシテとして、その対偶異常をワキとして、
その能舞台をよいものにする。

これが人間人類の生存構造だ。

*。
異常に異常を繰り込み、
ゼロ状態にして、
そこによき舞台を作る。

これは心の現象だ。

  *。
つまり現代は、精神世界に入った。

産業文明や法治国家は、舞台の道具であり、
そこで人がどういうドラマをやるか。

そのドラマの良し悪しこそ、
生きる喜びとなる。

*。
登校拒否とフリーターは、
産業や国家を舞台装置として、
ドラマをやっている訳だ。

今では舞台装置のない舞台もある。
人だけ、心だけでドラマが出来る。

それは与えられる感動や癒しでなく、
自ら現実でやるドラマだ。

     *。
地球社会はそういう能の舞台となった。

インターネットNPOは地球社会でやる能であった。
地雷廃止条約は、人類能であった。

次々にこのような能が演じられる時代だ。

アメリカは多くに参加しないが、
彼らは観客をやっている訳だ。

アメリカがいなくても、能舞台は出来る。

能の上演のよさこそ、生きる喜びだ。

   *。
今日も我がスナイパーは目標に命中した。

神に栄光のあらんことを。

| | コメント (1)

2008年12月 4日 (木)

民主主義はトリックである

悪徳権力を生きさせ、
責任なき無力を死に廃棄する。
これは民主主義を使って行われている。

即ち、民主主義は強盗殺人である。

権力に強盗殺人をやらせ、
それを無力に責任を取らせる。

即ち、民主主義は権力の洗浄装置でしかなかった。
無力の決定として、
権力に強盗殺人をやらせる民主主義装置であった。

   *。
理念は現実で成立しない。

民主主義とか資本主義は、白昼夢や妄想であった。

*。
現世はGoedelの不完全性定理やナッシュの均衡理論という仕組みで動いている。

科学はその精度を上げ、
現実を解読できるようになった。

現代の教育はこれに大きく遅れ、
歪んだ人と社会を作った。

   *。
我が狙撃サイレンサーは今日もまた的をぶち抜いた。
神に栄光あれ。

| | コメント (0)

自己内情報戦 権力という偽善 金という欺瞞

金と権力は自己情報戦である。

自己を如何に騙し欺くか。
自分で自分に情報戦を仕掛け、
不幸を幸福に見せかけ、
自己侮辱を感動に摩り替える。

*。
精神現象を生理現象で上書きする。

そこに快楽を抽出、
これで自分を騙す。

手っ取り早い快楽にありつく、
快楽の乞食・泥棒・強盗・詐欺、
これが現代人のパーソナル・ビジネスだ。

   *。
不安をいい気持ちに解消し、
いい気持ちにしがみつく。

こうして自分を騙して、
いい気持ちになる。

*。
自分を騙し、自分を壊して、いい気持ちになる。

自己内情報戦だ。

勝っていい気持ちになって自己を破壊する。

*。
ナッシュの均衡理論で、
自分をいい気持ちにする戦略は、
自己と社会を破壊する戦略である。

*。
自分をいい気持ちにすることは無矛盾だ。
これは悪い自分を作り、実現しない。

Goedelの不完全性定理第二定理だ。

   *。
自己内快楽、
自分の中に快楽を作ることは、
本来の自分を敵とすることである。

本来の自分を敵としてこれを打ち破れば、
それは統合失調症の発症である。

それは快楽を自分のガンとすることである。

*。
こんなことを現代人はやっている!

これを認識できればそうしないだろう。

   *。
今日もまた我が狙撃サイレンサーはトリガされた。
神に栄光あらんことを。

| | コメント (0)

金と権力からの自立する大人の時代

人は存在すること、行動すること、思考することの三成分を持つ。
これを垂直構造とすれば、
歴史的に、水平成分として、
絶対系、確率系、そして今カオス系に入ってきた。

*。
カオス系は、被害者と加害者が入り乱れ、
原因と結果がごちゃ混ぜであり、
皆犯罪者にしてキチガイである。

プラトンや紫式部の時代になかったかといえば、あった。
だが今は高速度・高密度・高精度で迫ってくる。

それに人の能力が対応しない。
処理不能である。

それも昔はあった。
違いは人口の多さが大きな違いだ。
小規模と大規模、それが違う。

*。
ニュートン空間、そして確率過程、
現在はカオスとして意識することが適当だ。

カオス系では、生活空間の不動点や特異点が問題となる。

普遍から不変、そして可変である不変と言ったらいい不動だ。

  *。
自分が普遍であったころ、
社会的に不変となった時、
遂に精神的不動性としての自分となった。

これらを同時に生きる。

*。
源氏物語の時代にもこういうことはあった。

今もそれをやるのであって、
だがかってなかったことではない。

*。
カオスは現代人の意識であるが、
かって無かったことではない。

   *。
現代人の意識は、
皆犯罪者でありキチガイである世界で、
不動点としての自己を確立することだ。

それをさせない国家がある。

*。
それは源氏物語時代でもやっていたことだが、
深さや広さや高さで違いがある。

昔は小規模、今は大規模だ。

*。
大規模現代世界での、自己や社会の展開。

パソコンといった手段は違うが、精神世界は同じだ。

これが普遍性不変性の中での不動性と特異性問題だ。

*。
産業や国家はこの邪魔になる。

あっても関わらなければいい。
それをさせない国家や産業だ。

   *。
イラク戦争は国家の出過ぎの問題だ。

金融問題は産業の出過ぎの問題だ。

それらは適当を知らぬから起きる問題だ。

*。
存在や生きることを出過ぎると処理不能に陥る。

利潤や効率の最大化で、人も社会も壊れた。
リストカットや自殺を起こした。

イラク戦争はアメリカのリストカットであり、
金融危機はアメリカの自殺問題だ。

金と権力は、悪魔のお菓子だった。

*。
即ち、自分や人を殺傷して、
死刑になって、
自殺させて貰う。

金や権力に依存する問題だ。

これから自立する事が、人の生き方だ。

   *。
人間や人類は子供であった。

今大人になる、
即ち金や権力から自立する。

これが現代人と現代世界の課題だ。

| | コメント (0)

生存競争は弱者同士の殺し合いである

自由競争・自由貿易・新自由主義、
自由競争は実は、弱者同士に殺し合いをさせ、
権力が漁夫の利を得ることである。

このトリックを理論理性は見破られなかった。
それを作った犯人だから。

*。
自由と正義は、略奪と殺戮である。
これが対偶文だ。

自由とは強盗であり、
正義とは殺人である。

  *。
市場主義は、
権力が弱者同士に殺し合いをさせ、
弱者に利益を作らせることである。

権力は殺人せず、
弱者に殺人をやらせる。

権力はきれいな殺人を手に入れた。
きれいな殺人を自由競争といった。

これを民主主義で浄化する。
殺人は弱者の決定と実行となる。

これが新自由主義グローバリゼーションだ。

  *。
このトリックを野放しにした理論理性である。

いやこのシステムを作り出した理論理性である。

*。
金融サミットにおいても、
アメリカの悪徳白人権力は、
有色人種権力同士を戦わせ、
漁夫の利益を得た。

これがアメリカによるねずみ商法である。

*。
略奪の正義を殺人の自由で展開する。

略奪と殺戮を、
民主主義と資本主煮の問題に還元し、
政治と経済は、
略奪と殺戮を隠蔽しつつ、強化する。

     *。
民主主義と資本主義は、
弱者の商品化を軸に、
政治経済として自己完結している。

自由競争は、弱者をモノ化商品化し、
記号の消費を通して、
自由と正義と弱者からの略奪殺人の境界をあいまい化し、
地球社会を消滅させ、
略奪を殺戮をポストモダンな消費社会とし、
略奪を殺戮を快適に消費する。

このシステムこそシュミット弁証法だ。
ここに権力を生きさせるために、
無力を死に廃棄するシステムが、
新自由主義グローバリゼーションとして結晶した。

これが民主主主義と資本主義で、
弱者の支持の元に成立した。

    *。
大衆の熱狂的支持は、
自己破壊と世界破壊が共振する時に起きる。

弱者同士の殺し合いが、
弱者の熱狂的支持によって行われる。

ファシズムこそは、シュミット弁証法そのものだ。

これを作ったが故にこれを理解しない理論理性だ。

*。
新自由主義グローバリゼーションはファシズムであった。

政治経済は、
即ち産業文明と法治国家は所得・欲望・消費ファシズムであった。

   *。
産業文明と法治国家を同時に爆破できるモノこそ構造理性である。

    *。
ここに我が狙撃サイレンサーは今日もまた炎を噴いた。
神に栄光のあらんことを。

| | コメント (0)

2008年12月 3日 (水)

悪を憎悪することはできるか

マスコミは犯罪に毅然たる態度で、断固と糾弾する。

裁判前に、刑罰が加えられる。
報道が真犯人でないことがよく起きる。
だが制裁を盛り上げることで、
犯人でないものが犯人とされてしまう。

人々はその人が犯人であると、決定的感情を持つ。
これは感情であって、事実ではない。

即ち、日本人は感情を事実の区別がないことが分かる。

*。
だがこの勧善懲悪式の報道で、
犯罪に対する憎しみ感情も強化される。

この感情は、犯罪ばかりか、
あらゆることに強い憎しみを持つことを条件反射つける。

犯罪への憎しみを通して、
憎しみ感情が強化される。

     *。
この世に感情扇動的報道は、
犯人でないものを犯人とし、
日本人の憎しみの感情を強化する。

ここに歪められた社会が作られる。

*。
おまけに感動も強化され、
感動ばかりを追い、日常性を排除弾圧する。

ここでも歪んだ人と社会がる作られる。

*。
日本社会は、感動と憎悪でかなり歪められた社会ではないか。

これが過激な事件の発生装置となっているのではないか。

     *。
日本は過激ない事件を必要とする社会になっている。

即ち、日本は過激な犯罪の製造装置となっているのではないか。

*。
感動と憎悪の強化こそが、凶悪事件の発生装置であった。

これが構造理性の認識だ。
この歪みを除去するに構造理性が必要だ。

| | コメント (0)

感動は空体である

成功と幸福、感動と癒し、夢と希望…、
これらは空体・中空・全体なき部分である。

これらは自分さえよければいいとするエゴイズムである。

その結果、社会を悪に占拠させ、
結局悪の共謀共犯となり、
社会は悪に支配される。

    *。
対偶文を作れば、
感動と幸福は悪の社会支配である。

これは決定論的因果関係である。

*。
かくしてここにいい気持ちであるが、
生きる喜びのない世界が作られる。

感動と癒しは、生きる喜びのないいい気持ちである。

*。
夢と希望は、人間と世界の破壊だ。

こんなことに現を抜かし、現世を地獄にした。

   *。
人間の得た知識は、人間と世界を破壊した。

理論理性は、略奪と殺戮である。

*。
産業文明は人類を幸福にするか。
幸福にしたとも、しなかったともいえる。

唯一つ正しいことは、
そこに略奪と殺戮があった。

*。
産業文明と使って、
幸福を追求することは無矛盾である。

そこの幸福が実現することはない。

*。
産業文明や法治国家を使って、
幸福を実現する戦略は、
人間と地球を略奪し殺戮する戦略である。

*。
Goedelの不完全性定理とナッシュの均衡理論によって、
これが証明付きで明らかになった。

   *。
即ち、成功と幸福、感動と癒しは、
その喜びを地獄を作った。

これらは喜びであって喜びでなく、
天国であって地獄である世界を作った。

*。
部分の喜びと全体の地獄、
生の喜びのないいい気持ち、
生き甲斐のない所得・欲望・消費、
即ち、成功と幸福、感動と癒しは、
空体快楽・中空幸福・喜びのないいい気持ちであった。

| | コメント (0)

メンタル・コントロール

法治国家は、国家に都合のいいものを合法とし、
都合の悪いものを排除するシステムだ。

即ち、国家の都合のいいものを生きさせ、
国家に都合の悪いものを死に廃棄するシステムだ。

この結果、悪徳権力を創出し、
まともを無力とし、
権力を生きさせ、無力を死に廃棄することとなった。

この世界が死に瀕した、
イラク戦争であり、金融破たんだ。

    *。
権力はガンであり、これが世界転移した。

必要悪がガンになった。

*。
悪は神が作った部分がある。

これをなくす法治国家を作って、
神を殺し、人間と世界を殺した。

これが法治国家世界連邦だ。
国連はその組織の一部だ。

    *。
共存できないガンはなくし、
共存できるガンとは共存する。

共存できる悪と出来ない悪の認識に達した。
即ち、排除する悪と排除しない悪の認識だ。

*。
法治国家は悪の全廃除に行って、
それ自体が悪となった。

これが国家ガンだ。
イラク戦争や金融危機は国家ガンだ。
アメリカが世界のガンとなった。

   *。
精神のガンが現れたのは、アメリカだった。

人類世界は、精神現象の世界に既に移行した。

これを法で対応処理し、風邪がガンになった。
新型インフルエンザはガン現象だ。

*。
イラク戦争や金融危機は、
精神現象としてのハリケーンや地震だ。

法治国家にこのマネジメントは出来ない。

それができるのは、哲学や思想だ。

*。
構造理性が、イラク戦争や金融危機と制御できる。

このメタ核ミサイルで、
世界の諸問題をぶち抜くことが出来る。

  *。
今日もまた我が狙撃サイレンサーが炎を噴いた。
神に栄光あらんことを。

| | コメント (0)

議論の自立性自律性

美しい国はありえない。
この世は真偽・善悪・美醜で出来ている。

国家や民族比較で、よくできた国はある。

それを簡単に美しい国ということもあろう。
中国はアメリカを美国と書く。

*。
中国にはカタカナがないので、
漢字で当て字するが、
ここに不合理な感情がついてくる。

「靖国」と漢字で書くと、
中国には嫌な気持ちが現れる。
日本の国だけを安らかにすることは、
外国を穏やかにしないことだ。
そうでないなら靖国を書かなければいい。

*。
そういう訳で、漢字文化圏は、
いらぬ感情に惑わされる。

漢字が気に入らないといってるに過ぎないが、
人々がもめてしまう。

   *。
要するに自立した思考が出来ない。

それをうまく利用する手もあるが、
その仕組みが、いらぬトラブルを起こす。

ブログの炎上問題で、
どっちにも取れる言論があり、
これが大火災になる。

*。
漢字は蜃気楼を作る。

これを認識排除する知的能力、
それが知の自立性だ。

   *。
美しい日本、
ただの言葉に、感情を催し、
それに固着して、
美しくない部分を美しくないと言われえると、
日本の否定と過剰反応してしまう。

*。
これは蜃気楼現象であるが、
全日本の否定と取り、
これを排除する。

*。
こうなるとこれは妄想になる。

そういわれるとますます怒りがこみ上げ、殺意を催す。

   *。
官憲の取調べで、
質問を否定されると、
調べ官が全人格を否定されたと思い、
容疑者に暴行を食わせる。

これがブログで行われる炎上問題ではないか。

*。
日本の問題を指摘するだけで、
日本の否定ととる。

これは漢字の培った余剰感情だろう。

これに振り回され、大人になれない。

*。
ブログは議論を大人にするチャンスでもあり、
また人を殺める機会ともなる。

するとブログ禁止ということになりかねない。

    *。
この適当不能性は、
漢字が養った面がある。

漢字は妄想を伴う文化だといえる。

*。
漢字の感情雑音性、
その制御こそ問題だ。

漢字は思考能力を育てない面がある。
これを知って対応する教育が必要だ。

*。
アジアで揉める問題は、妄想性であることがある。

漢字の欠陥が現れたといっていいのではないか。

*。
感情の自立性、
その前に人々が自律することだが、
これは国家長幼の序が許さない。

国が国民の先立つ。
これが問題の根源でもある。

| | コメント (0)

2008年12月 2日 (火)

男女空間論

男は理屈の強い四次元空間にあり、
女は感情の強い四次元空間にあり、
男女関係は、二つに挟まれた、五次元空間にある。

その結果、
男女関係は感情が桁違いに強く、
理屈は非常に弱い状態になる。

従って、男女関係は、
男女関係空間に、男が女に強い接着剤で貼り付けられた状態となる。

即ち、男は女に身動きでいないようにされている。

かくして男は女を喜ばせなければ動けない。
女が喜ぶと接着力が弱くなるから。

     *。
男女は同じ次元に存在するが、
男女関係は異なる五次元に存在する。

男女関係は現世からワープしている。
男は女のブレーンと呼ばれる幕、または手のひらで踊らされるしかない。

*。
そこでだ。
どうせ踊らされるのだから、
女にシテをやらせ、男がワキを取る。

今までは男がシテを取ったから、踊らされることになった。

逆をやれば、男が女を躍らせられるのではないか。

*。
踊ると躍るの違いだ。

要するに、男女がいい踊りをすればいい。

男と女がいい舞台を作ればいい。

シテはワキのためにある。
シテが主役に見えるが、ワキが主役だ。

   *。
つまり、副主役の姿をして、主役を取る。
すると万事うまくいく。

こっそり主役を交代すればいい。

これが男の器量ということだ。

*。
男は度胸でなく器量だ。

これで女に踊らされずに済む。

*。
この理論は、女性のリサ・ランドール理論を用いて偽造された。
彼女にはくれぐれもばれないようにしてください。

| | コメント (0)

男と女のパラドックス 西行は何故出家したか

今ぞ知る 思ひ出よと 契りしは
忘れんとての なさけなりけり

*。
いろいろ解釈はあるが、
男の純情、女の純愛から解釈してみよう。

西行は歴史にも残る「持て男」であった。
どうして出家したのだろう。

彼の出家は女と絶縁するものであった。
妻子とも絶縁した。

どうしてそこまでしたのか謎であった。

    *。
単純にこの和歌を詠むと、
女の契りは、単に気に入った男と契るのであって、
その男自体と契るのではない。

*。
男の契りもいろいろあるが、
西行の場合は、女と契るのでなく、
その女と契りたいのではないか。

すると西行のように、
たくさんの女に契りを求められると、
選択不能になる。

*。
とどのつまりは、一人の女と契りたいが、
ただ一人の女がいなくなる。

もてればもてるほど、一人の女がいなくなる。

*。
女の方も、気に入った男と契ればいいのであって、
一人の男を選択しない。

  *。
男と女の間にヒステリシスがあって、
女と男はいても、一体化しない。

*。
ここまで突き詰めると、男女関係不能になる。

適当にやればなんでもないことも、
突き詰めると不可能になる。

感度の高い西行といった、
チョー持て男の悲劇といったらいいのではないか。

   *。
男と女のパラドックス、
感度の高い女が、純愛を求めると、
男遍歴に陥る傾向がある。

チョー持て男が、一人の女を求めると、関係不能に陥る。

*。
男と女はパラドックスに成立し、
だがパラドックスにまで突き詰めると、
関係不能か淫らとなる。

パラドックスにならない状態に生きると、
なんとなくまとなる。

*。
紫式部は普通が一番いいといった。

     *。
西行と賢礼門院、
関係せずに関係するしかなかった。

男女関係の究極は、関係しない関係であった。

究極を求めないこと、そこに関係が可能となる。

*。
適当性は、
いい加減こそ最適ということではないか。

つまりいろいろあり、ごちゃごちゃを生きることが健全となる。

健全とはトラブルすることだ。

*。
その中に安定を求める。
これが健全の中の健全だろう。

   *。
チョー持て男と、チョーもて女の出会いはどうしたらいいのか。

これに回答を与えた、
ワーグナーとコジマではないか。

彼らは芸術を創ると同時に、
男女関係を創った。

*。
西行も賢礼門院も、そうしたら関係が成立したのではないか。

男女関係だけでは、最適化不能だ。

紫式部が普通がいいといったのは、
日常性で生きれば問題ないといったことだろう。
それが出来ないチョー持ての男女関係だ。

それはワーグナーとコジマをやるしかない。

| | コメント (0)

本年度流行語シミュレーション 来たーー!サブプライム

恒例 本年度流行語による社会シミュレーション。

来たーー!サブプライム・ミシュラン 再発防止検討委員会。

ねじれ国会、
おばかキャラの名ばかり管理職は、ローゼン麻生。
居酒屋タクシーのくいだおれ太郎。

霞ヶ関埋蔵金は、糖質ゼロ。
蟹工船、後期高齢者、ねんきん特別便、
汚染米/自己米、毒入りギョーザ、メタドホス、
一斉休漁、ゲリラ豪雨、
燃料サーチャージ、ささやき女将は、
ガソリン国会に暫定税率、お思いやりばらまき給付金。

私もあなたの作品の一つです、
あなたを私は違うんです、
屁のツッパリもないですから。

言うよね、
よし、よし、よーし!
これでいいのだ。

アラフォー、アラサー、エッサッサー。

来た来た来たー!
オネエマンズ、
あげあげ 姫電!

上野の413球、
神様 仏様 上野様、
おなごの道は一本道でございます。

メーク、レジェンドは千年紀。
ポ~ニョ、ポニョポニョ!
ポ~ニョ、ポニョ。

| | コメント (0)

日本の掟 日本は美しいと思うべし

日本には法に先立ち、法より厳格な国是がある。
「日本は美しいと思わねばならない。」

こう思わないものは非国民・国賊である。

日本は美しいとして話を始めないものを、自虐史観という。
日本は美しいとする時、日本は美しくなる。

日本を美しいとしないから、きれいでなくなる。
こういう言いがかりは迷惑だ。

国民の迷惑を知れ。
これが分からない者は、非国民として排除するのは当然だ。

    *。
これで美しいとすることは、妄想であることが分かる。

国家で妄想し、反対者を排除して日本は成り立つ。

日本には超法規の掟がある。
これが憲法も支配する。

*。
司法は日本を称える組織である。

これを日本は法治国家といっている。

法治国家でない法治国家、
仕事をしない仕事である。
これによって、国家は現世を支配する。

お上日本は現世を支配している訳だ。

    *。
法は言葉になるが、お上日本は言葉で書けない。

それはいじめによって習得する。

いじめこそ日本組織の生き方だ。
いじめは暴力だから、日本は暴力組織だ。

だがこれは言葉にならない。

*。
日本は暴力組織と認識されない。

そういうものは無言で排除される。
これがいじめだ。

   *。
日本はいじめ組織だ。

これは認識されない。

認識したものは、迷惑な異物として排除される。

これが日本の国家秩序だ。

これも認識されない。
それをいうものは、ただ不愉快として排除される。
これは条件反射であり、
それは「日本美」催眠術によって導かれる。
だからこの仕組みは認識されない。
しても異物として排除される。

これが日本システムだ。

| | コメント (0)

2008年12月 1日 (月)

日本は存在し存在していない

真っ二つに割れた国は、存在するか。
日本はあってない。

違う国が日本にある。
日本と反日本だ。

*。
今年のノーベル物理学賞は、非対称性理論だ。

だが反物質がどうして消えたのか。

通常民族や国家が成立すると、
反民族や反国家が消える。

だが日本には、反日本が存在している。

      *。
すると反物質が消えたことは次のように説明できる。

宇宙が爆発することは、正帰還が掛かることだ。
すると反物質は消える。

いや反物質を消すことが、正帰還だ。

*。
衝動系の日本は、正帰還が掛かる以前の状態だ。

宇宙に初めに爆発があったのではない。

初めに衝動があった。

それが正帰還になったとき爆発が始まった。

その中に負帰還が作られる。

*。
即ち宇宙は、正帰還と負帰還と衝動からなる。

正帰還こそは非対称化であった。

何故正帰還が発生したか。
衝動にはいろいろの成分があり、
ある状態で正帰還が発生した。

    *。
衝動は対称状態だ。

だから一見何もない。

日本は賞賛と非難の対称系だ。

日本は民族や国家成立以前の状態にある。

*。
即ち、仕事をしない仕事をしている状態だ。

対称系が非対称になる。
それが南部陽一郎理論だ。

非対称になることは、反物質が消えることだ。

   *。
人類は反民族を消して存在している。

これをやったのが龍殺しであろう。

日本は龍を殺していない。
八岐大蛇は龍ではなかった。

*。
だから優しさと残酷の対称性を保存している。

この合成は殺意だ。

*。
この殺意で、人類が新しく作った、
戦争と平和のパラドックスを殺せるのではないか。
豊かさと略奪のパラドックスも殺せるのではないか。

そのために日本は温存されていた。

*。
日本人の遅れた来たノーベル賞は、これを暗示しているかのようだ。

| | コメント (0)

賞賛と非難に切り裂かれた日本

日本は賞賛と非難に切り裂かれている。
日本を美しい国、神の国としたからだ。

人の持つ孤独と絶望、
即ち実存不安。

これを日本を美しいとすることで処理する。

現世はもともと劣悪だ。
だから感動と癒しで暖めあいいい気持ちになろう。

いい気持ちに頼り、しがみ付く。

   *。
いい気持ちをお父さんとしない生き方、
これが自己の確立であり、大人になることではないか。

いい気持ちを自己とすると、
悪い気持ちにするものは異物排除する。

このようにして作ったいい気持ちは、
人間と社会を劣悪化する。

いい気持ちになっても、人間や社会を悪くする。
これがジェイン・オースティン論理だ。

   *。
人は所得・欲望・消費でいい気持ちになって、
人間性と世界を劣悪化した。

これが快楽に溢れ、生きる喜びのない現代だ。

これは感動であって感動でない。
これは幸福であって幸福でない。

これが現代人の世界だ。

   *。
この世界を抜くことは、
幸福や感動を求めるのでなく、
自分を鍛え、自分を磨くことしかない。

これが学校教育で否定されている。
これが職業生活で否定されている。
これが日常生活で自ら否定する。

即ち、幸福と感動は、自己否定・自己破壊であった。
これを自己責任・自助努力・自己管理という国家がある。

*。
民主主義と資本主義によって、
人は奴隷化家畜化し、
快楽はあっても、生きる喜びがなかった。

| | コメント (0)

衝動は自白強要である

過労死するかさせるか、
これが衝動系の特性である。

即ち、衝動系は殺人衝動系である。

*。
日本の地下迷宮のマグマは殺人衝動であり、
人情世間体はその合理化である。

それがお上体制のトートロジーだ。

    *。
人情世間体には、絶対支配者が必要だ。

即ち、人情世間体はお上体制である。

*。
ここに民主主義と資本主義を入れ、法治国家を作る。

法治国家システムを利用したお上日本、
法治国家でも民主主義でも資本主義でもない。
ただのお上国家だ。

お上の都合で法を使うだけである。

*。
日本は法治国家であって、法治国家ではない。

このシステムは、人類の知識では解読出来ない。

日本は世界にとって幽霊である。

   *。
他人を過労死させるか、自分で過労死するか。

これが自白強要制度の本質だ。

*。
警察は犯人の精神が過労死するまで拷問する。

つまり調べ官は、身体的精神的に相手を圧倒しなければならない。
これは警察庁の取調べ要領に明記されている。

自分が過労死してはならない。
相手を過労死させねばならない。

*。
お上は相手を過労死させるか、
自分が過労死するまで戦う。

断固として相手を過労死に追い込む、
国内ではこれが通る。

国外ではこれが通らない。
世界を過労死させようと、過労死してしまう。

   *。
日本と世界の間にヒステリシスがあり、
日本が世界に定位定在しない。

日本が正しく世界が間違っている。
これが他虐史観だ。

即ち、日本は世界に対する殺意である。

*。
日本が間違いで、世界が正しい。
これが自虐史観だ。

これを非国民国賊とする神聖日本だ。

世界を非国民国賊とする殺意だ。

    *。
日本以外の国は、非国民国賊である。

日本は世界への殺意である。

*。
国内でも非国民は抹殺される。

これを逃れるために、
国家と戦わない、感動と癒しに逃れる。

ここに人間でない日本人が生まれる。

*。
神聖日本は、日本を含む世界に対する殺意である。

神聖日本は存在するが存在しない。

即ち、自白強要することで存在する。
即ち、過労死するかさせるか。
これが日本の存在構造だ。

  *。
殺すか殺されるか。

殺されないための知恵が人情世間体だろうか。

それは世界に通らない。
即ち、世界を殺すか世界に殺されるか、
日本の存在構造だ。

*。
日常ではこの衝動は盛り上がらない。

いざこの衝動を生きるしかない。

家ではいいお父さん、国家を背負えば殺人者、
これが日本人の存在構造だ。

| | コメント (0)

作文は思考である!?

日本の首相が国連や世界各国で演説しても反応がない。

理由は明らかだ。
首相にとって、都合のいい言葉をコピペした。
そこには思想がない。
そこには心がない。

これでは世界を通らない。
だが日本ではこれが通る。

どういう風に通るのだろう。
褒め言葉と感謝の言葉が溢れる。

テレビでやる歓声や拍手と音だけ入れる。
するとそういう気分になる。

これが衝動性だ。

  *。
空体・中空・全体なき部分、
これに衝動は感応する。

そこには日本人しか分からない空気がある。

この空気を感知しないものは非国民だ。

*。
何事も、感謝し、喜び、称えばいい。

すると日本はそういう国になる。

日本はいい国と思えば、いい国になる。
催眠だ。
条件反射だ。

    *。
いい国を偽造した。
いい国を妄想した。

皆で偽装し妄想すれば、事実となる。

ウソは大きければ大きいほどよい。

繰り返せば、事実となる。

*。
この日本は日本人には存在するが、世界に存在しない。

つまり空体・中空・全体なき部分だ。

あると思っているからある。
皆で泣けば、それが現実だ。

日本人だけが感動し、世界が感動しない。
藤沢周平小説は、この代表だろうか。

*。
日本人だけにあって、世界にない。

   *。
それが何だって言うのか。

それが何だって言うのか。

*。
この二つの文は全く違うが、同じ言葉の羅列だ。

前文がリアル文、後文がメタ文。

日本ではリアルとメタがショートしていることが分かる。

*。
これが空体・中空・全体なき部分の正体ではないか。

確かにあるが確かにない。

これが衝動の特性だ。

    *。
日本人は左脳で音楽する。

人類は右脳で音楽する。

*。
日本人に動物の声は音楽だ。

人類にはただの雑音だ。

*。
日本人が狂っている訳ではない。

だが世界に通らぬことを知って、対応せねばならない。

これが出来ないとただのキチガイになる。

*。
だがこの対応はメタ意識があってできる。

メタ意識のない日本人には、
ユニークな特性も、キチガイ扱いされる。

    *。
そこで剥きになって正常を主張する。

すればするほどキチガイ扱いされる。

その理由を理解するメタ意識がない。

*。
メタ意識があって、
即ち、違いを知って、それなりに対応すれば、
日本は極めて個性的な国となる。

メタ意識がないと、ただのキチガイにしかならない。

*。
日本人に思考がなく、ただの作文がある。
即ちメタ意識がない。

これが空体・中空・全体なき部分だ。

*。
それ自体が悪いのでなく、使い方が悪い。

これを認識するメタ意識がない!

| | コメント (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »