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2008年11月18日 (火)

仏教儒教は悪を隠蔽する

日本において西欧化は、
仏教と儒教は感動と癒しに拡張された。

もともと仏教と儒教は、感動と癒しの方法だった。

  *。
社会にはびこる犯罪や狂気を、
放っておいて心の中に平穏を作る。

心と社会を切り裂いた。

この社会は暴力が支配する。
野放しにされたからだ。

国家は暴力組織となる。

これが仏教儒教圏の国家だ。

*。
この世界は暴力としての西欧に支配された。

西欧は鍛えられた暴力を持ち、
仏教儒教圏は野放しにされた、
ただ乱暴だけの錬度の低い暴力に止められたからだ。

   *。
仏教儒教は、悪を心の外に除外し、
社会を悪の支配する世界を作った。

これは人を感動と癒しに囲い込み、
社会を悪に支配させることとなった。

*。
権力に道徳を説く、
馬の耳に念仏だ。

権力をまとめるのは、厳しい暴力だ。

*。
ところが西欧から法が入ると、
国家暴力が正当化され、
これによって西欧に支配されることとなった。

    *。
仏教儒教は、西欧暴力に支配させる方法だった。

社会問題を、感動と癒しの問題に還元し、
社会問題を放り出して、
いい気持ちになる。

国家と権力が、結合を強化しながら、
それを感動と癒しに隠蔽する。
それが仏教儒教だった。

*。
対偶文を作れば、
仏教と儒教は、破壊と殺人だった。
そして破壊と殺人に、いい気持ちになる方法だった。

  *。
仏教と儒教という誰も反対できない言葉によって、
略奪と殺戮を行う。
そしてそれをいい気持ちに還元する。

これがアジアではなかったか。

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